運命覚醒 8
「…………」
空から縦に裂けた体がただ落ちて来る。
バルファが振るった刃は、敵へ届き斬り裂いたのだ。
だが、どこか腑に落ちない表情をしながら落ちてくる体を眺めた。
あまりにもあっけなく幕を下ろした。
単純で簡単に終わりを迎えた相手は、無様に斬られて空から大地に叩きつけられた。
「……血が――――」
流れていない。
だが、
「いやぁ~、随分と綺麗に斬ってくれたねぇ」
人を小馬鹿にするような高音で言葉を遮られた。
体が跳ねるようにビクビク動き始めたかと思えば、二つに割れたはずの体が何事も無かったかのように斬られた断面に張り付き再生する。
「うんうん! やっぱり自分が造った体はいいね。再生が早いよ」
少しずれた接着面を整えるように体を触る青年を静かに見据えるバルファは、研ぎ澄まされていた感覚を更に深くまで落とし込んだ。
「……魔術師か。ならこの黒い膜みたいなやつに納得だ」
「ふーん、君は感が良いね。もしかして魔術師に会ったことがあるのかな? 本当なら勝手に危険視されて殺されちゃうのに」
「色んな奴と戦ってきたからな、何となく分かるだけだ。で――――お前が首謀者ってことでいいんだよな? この戦いの」
一見、どこにでもいるような兵士……または冒険者の風貌。
鍛冶屋で買った一般的な剣を腰に携えてはいるが、体の仕上がっていない駆け出しのようにも見える。
年齢もまだまだ若い。そんな青年がどうしてここにいる?
「うん! まぁ……さっきまで亜空の中で寝てたんだけどね? そしたら戦いが全然終わってないからビックリしちゃったよ!」
目元口角の一切が動かない表情筋の死んだ顔からは、考えられないほど明るい声がした。
「何でこの国を狙った……?」
「亜人が溜まる国なんて自分に実験してくださいって言ってるようなもんだもん! だから欲しくなっちゃってさ、何でか近くに人族がいたから作り変えちゃった――――あっ、そうそう! まずは自分のことだよね? 自分の名前は制限がかかってるから聞いても分からないと思うけど、もしかしたら歴史に残る大実験を一回やったから残ってるかも……」
それでぇー
「君にこそ、聞きたいことがあるんだよねぇ……自分は――――」
地面に手を翳す。
何重にも術式が重なって、その術式が地面に吸収されていった。
すると、地面が泡立ち徐々にある形を形成していく。
一つは四足歩行の大型超重量級の異形。
二つ目は記憶に新しい紅蓮の異形。
三つめは両腕が眩しいほどに輝きを放っていた純白の異形。
その三体の一つ……純白の異形を指さした。
「君はこれと戦ってたはずだよね?」
青年が気になっていたことはそれだった。
術式外から確認した時は、接戦していたはずだった姿。それが術式内に入り込んだ瞬間に姿を消したのだ。この世界基準で言えば〝運命体〟である者が見逃すわけがないのだ。
例え、この世界で達人と言われていようがその基準は変わらない。
それがどうだろう。
「…………」
〝彼と相対していた〟と思っていたのだ。
バルファの体からは異様なことに魔力を一切感じない……というよりも、魔力を溜め込む体に何等かの仕組みがあるように見えていた。
だからこそバルファに魔法が使えないことは百も承知。
それでも、確認を取ってしまうほどのことであったのだ。
「自分は確かに見たんだよね。君は戦っていたんだよ。それなのに術式内に入ってきた自分を斬った時にはもう目の前にいなかった。おかしいことだよね?」
「おかしいと思うのはテメェが魔術師で何も知らねぇからだよ……」
一瞬、青年の横を何か通り過ぎる。
「…………は?」
次の瞬間――――魔術で造られた異形らが真っ二つに吹き飛んだ。
「世の中には鍛錬の仕方が無数にある。鍛錬の密度から方法まで全部違う。テメェみたいな魔術師と俺の鍛錬の積み重ね方が同じだと思ってんのか?」
目の前には、それは大きな壁があった。
立ちはだかっているわけではない。ただ、そこを通らなければ先には進めないというだけ。
届かない。
近づかない。
ぶつからない。
そうやって……心のどこかで逃げているだけ。
もしくは、自分自身で勝手に壁を作って先へ進もうとしている者。
枷を作って進みずらくすることで誰とも〝違う方法〟で前を進む。
どちらかと言えば、相対する青年は後者なのだろう。
魔術師というのは生まれた時から枷があるようなものだ。
誰からも恐れられ、迫害され、殺される。もはや人として見てくれる者はいないだろう。
――――そのくらい強大な力を持つというは、生きていくために枷になる。
だからこそ力の付け方は他とは違う。
人としての心が壊れて歯止めが利かなくなっていく反面、独りで戦うことで〝強さ〟というものがより実感できる。力の使い方が理解できるからだ。
だが、純粋に力を付けた者の〝強さ〟は全く違うものだ。
最初から天国のような場所にいるのに、自ら進んで地獄に行く者が弱いわけがないだろう?
結局は狂気が必要なのだ。
自分を守るために強くなるか?
自分を壊さないように強くなるか?
そこへ辿り着くためには――――他者とはかけ離れた思考が必要なのだ。
「俺の背中には何が見える?」
「……何を言ってるのかな? 何も見えるわけないじゃないか」
「これでもか?」
バルファは歴戦武具を鞘から抜いて何気ない仕草のように、刀を肩に預けた。
隙だらけの構え。
敵に視線を向けず瞼を閉じる姿。
重心が片方によった立ち方。
刀が振りにくい構え方。
「…………」
ある程度の戦いを知っている者ならば、及第点すら与えない雑な構えだろう。
それでも言葉を詰まらせてしまうのは――――その構えに恐怖を感じてしまったからだった。
誰かは分からない。
それでもバルファの背後には薄っすらと影が見える。
ニヤニヤと笑いながら小馬鹿にするような視線をこちらに向ける、誰かの立ち姿が。
「少しは伝わったってことは、俺が近づいてるってことだな。それで……テメェにも映ったか? 俺が目指し、俺が超えようとしている存在が」
まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。
「テメェは俺のこと弱いと思って術式の中に入ってきたんだろ? 残念だったなぁ……」
肩に担いだ刀を、次は鞘に仕舞い重心を落とす。
バルファですら数えきれない程振ってきた剣術は運命の悪戯によって、更なる高みへと導かれることなった。
たった一振りがどんな劣勢すらも変えかねない――――攻めの極致。
「天賦領域――――」
ふわりと青年の前髪が浮き上がった時には、青年の体に亀裂が走っていた。
「断絶ッ!!」
尋常ならざる速度で抜刀された刀身から放たれた斬撃が、背後に見える空間ごと青年の体を斬り裂き、遅れて現象した大地を震わせるほどの衝撃で青年が立っていた場所が消し飛ぶ。
たった一人の人間。
たった一つの武具。
たった一人の師匠。
たった一日も休まずに振り続けてきた者が辿り着いた一撃が、運命すらも超える瞬間があるのだろうか。
「……何度やっても同じだよ。再生するように改造したんだか――――「何度でも」」
やれやれといった表情で真っ二つにされた青年に更に亀裂が走った。
首、胸、肩、腕、胴、足……次々に刻まれた刀の軌跡。
その一刀には力が込められているのが、青年が一撃一撃吹き飛ばされる光景が証明していた。
「テメェが再生するよりも早く……ッ!!」
闘気が流されて輝きを放つ歴戦武具がバルファに呼応するように、更に輝きを増していく。
何度でも、何度でも、何度でも――――体が限界を向けるまで付き合ってやる……
「あはははっ! 無理だよ、無理無理!」
斬られたそばから再生を始めている青年が斬撃を諸共せずに、バルファへと近づいていく。
「君には自分を斬ることは無理だよ。君は〝運命体〟じゃないからねぇ……そもそも選ばれた存在ですらないんだよ」
強い存在っていうのは、必ず世界に利用される仕組みになっている。
何故なら〝強い存在〟というのは何をするにも必要になるからだ。それこそ、世界を変えようとしている者が弱かったら意味がないだろう。
別に神様がいるわけではない。
強者自身が決めているわけではない。
世界が、強者の意識を留めておくのだ。
――――それが、歴戦武具と呼ばれるものである。
歴史上に〝神〟はいない。
その武具に逸話があるのなら……それは、過去に同じことをした人物が存在したということだ。
つまり……
「運命って存在を見たことあるかい?」
この青年の中に存在する者も、世界が刻むような出来事を残したということ。
斬り続けられる状態で亜空に手を潜り込ませて、一本の剣を取り出した。
それは刀身がない柄だけになってしまったもの。
「自分はそれを見たくてね? この剣を〝聖剣〟だって偽って簡単なダンジョンに置いて実験してたんだよね。どこにでもあるような剣に装飾とある術式を施してさ! それでさ……運命ってやつは助けてくれるのかなって」
刀身のない剣を舐めるように見ると、青年は笑った。
「いつの時代にも〝勇者〟って呼ばれる奴はいたんだ。皆から愛されて、皆から必要とされて、皆から憧れるような奴が……でもさ、そういう奴になるのは限られた者だけ。本当なら一人でもいたら世界ってのは動いていく。だから人間の醜さを利用した実験をしたんだ! 〝聖剣〟だって噂を流して、〝勇者〟って呼ばれる奴を作り上げて人間はどうなるんだろうってさ」
斬り刻まれている最中、青年は柄を使って地面に術式を描いていった。
「そしたら案の定、人間は勇者をいっぱい作ったよ。本物を探すことなく、そこらへんにいる凡人を勇者にして崇めさせようとするようになった。いやぁ、実に滑稽なことだったよ……だって、その剣には自分の術式が施されていてね?」
――――勝手に成長していく化け物を作り上げたさ。
「凄かったんだぁ! 自分の家族、仲間、好きな人、子供、恋人……何でもぶっ殺しちゃうんだかさ! その時は思わず笑ったよ。もう阿鼻叫喚だよ! 皆が狂っておかしくなってさ……そんな元凶が今も〝勇者〟を造っちゃってさぁ――――最高だよね?」
血も涙もない。
狂気に飲まれた一人の魔術師が生み出した剣を使って描かれた術式の真ん中に、青年が両腕を大きく広げて立った。
斬られても関係ない。
死ななければ、自分はまだまだ狂っていられる。
「人間はもう試したし飽きたからさ、次を見つけないといけないよねって訳なんだよね」
描かれた術式にのみ込まれていく青年の姿が、ドロドロとした闇に包み込まれていく。
体の形を変えて、体の大きさを変えて、もはや人間である原型は留めていない。
そこに立っていたのは――――一人の少女だった。
足にすら届きそうなほど長い髪。
片目を前髪で隠してはいるものの、抉られ、焼かれたような傷跡が隠しきれていない幼い表情。
その小さい体を包み込むように長いローブに身にまとうが、その雪のような白い肌には刺青のように術式が組み込まれていた。
「さっ、さっさと終わらせちゃうかな。もう君と話すのも飽きてきたし、斬られ続けるのも飽きてきたところだから」
世界が留まらせた最悪の一部が、そこに笑って立っていた。
あれ? 以外に更新出来てるのでは?
間違いない……これはいけるッ!!




