運命覚醒 7
ゆっくりと目で追える速度で天から降り立った白い騎士。
その存在が放つ雰囲気というものは、ここにいる三人の中で一番――――〝善〟に近いものを感じ取れるほどであった。
色や姿形がそう思わせているわけではない。
人間が必ず持つ悪の感情が、本能的にそう思わせているのだろう。
「…………キュルルルルゥ」
既に抜かれている剣。
汚れや目立つ装飾品の一切を許すことのない完璧なまでに整えられた〝白〟。
剣すらもまた、美しく強かな雰囲気をしっとりと香らせていた。
「『敵……だろうけど、最後って訳じゃねぇな』」
その気高くも洗礼された高潔さに、思わず無駄口を叩いてしまうほど……
それは緊張しているということを隠そうとしていたのかもしれない。
これまでの異形とは明らかに違う何かを持った敵に対して、理解が出来ていない部分や理解が出来ている部分が相乗して〝恐怖〟してしまっているのだ。
「『手伝――――』」
「儂も――――」
静かに相対する最中、隣から仲間の声が聞こえた。
だが、バルファは腕を横に広げて言葉を遮った。
「『二人は国を守ることが最優先だろ? せっかく三人集まってるんだから役割分担してこうぜ。取り合えず二人は俺の家に向かってくれ、すげぇ森林伐採されてるから』」
そう言って横一列になった三人の中から一歩前に踏み出した。
「おいッ! それ初耳なんじゃけど!?……って、んなこと今はいいわ!! いくら剣聖の弟子でもアレは無理じゃろうが」
不意にジャバウォックが言った言葉が心に残った。
――――〝剣聖〟
勇者と呼ばれた者がいた。
魔王と呼ばれた者がいた。
運命という不可視で不確かな道の上には、必ず道を示してくれる存在がいる。
それは一人一人に確かにあるものであり、他の誰かはもちろん自分自身でも分からないものである。
ただ、道を示してくれる存在がいるのならば、何者でもなかった者は何者かにはなれてしまうのだ。
それが運命の力を身に宿し皆を先導する――――勇者と呼ばれる者だ。
しかし……その裏にはまた別の存在がいる。
英雄と呼ばれる者がいた。
賢者と呼ばれる者がいた。
剣聖と呼ばれる者がいた。
かの者たちには、誰かを先導する力などない。
むしろその逆とも捉えることが出来てしまうことだろう。
自身が目指すものへの他の追随を許さない――――限りなく極限に近い場所へ行こうとしている者。
見る人は異常に思ったことだろう。
聞いた人は嘘だと思ったことだろう。
知っていた人は恐怖したことだろう。
――――目指す場所は高ければ高いほどいい。
そんな言葉を傷だらけの体で言える者を見て、誰も「ついて行こう」とは思わないだろう。
〝狂人〟などの陰口を言われ、誰からも相手にされず、周りから人がいなくなっていく。
考えることの出来る生物というのは安全ではない所には近づいてこないのだ。
例え、動物や虫すらも殺せない優しい人間だろうと……だ。
(「『そりゃ……俺に馴染むわけだ』」)
厳しくもユーモラスな師がいて。
一人、木刀を振り続けて。
手の平に出来たばかりの豆をぐちゃぐちゃに潰して血みどろになって。
師から技を受け継いで。
他を寄せ付けないような力を手に入れて。
手を伸ばせるものが多くなって。
だけど手を伸ばせるものなんて周りにはなくて。
「『ふっ……』」
自分の記憶と自分の記憶が重なって思わず笑ってしまう。
共感ができる……――――そんな言葉では言い表すことなんかできない。
「何を笑っておるんじゃ! いくら何でも一人では――――」
「大丈夫だよ。王様」
バルファは振り返らずに更に前へと歩みを進めた。
◆
朝焼けの空。
本来なら燃え上がるような朝の空も、見上げれば漆黒に染まっていた。
星も、月も、雲もない。
自然から溢れ出る生命力というものが全くない、人為的に造られた空が貼り付けられている。
ただ……美しいと感じるもは存在した。
――――常闇に映える煌めく純白の軌跡、それに相対するように白銀の輝きが応戦していた。
一撃一撃のぶつかり合いで木々がざわめくほどの威力。
空気が振動しているのか世界が二重に重なって見える瞬間が、何も感じない景色にやけに目立っていた。
呼吸の音、激しい息遣い、思わず出る声。
そんなものは無い……ただ双方の剣戟が鳴り響く空間だった。
その永遠のようにも感じつつあった空間を眺めるのは、どこにでもいるような青年だった。
防具や武器を持っていはいるがカバンを背負っている。まるで帰宅途中の王都兵士であった。
ただ一つだけ…………違うところがあれば、
「なぁーんだ、期待外れだ」
彼だけが、黒い空の向こう側から眺めているということであった。
「……昔もこうやって実験したやつらを戦わせてたけど、流石に拮抗したことはないよ。そこまで強くないのかなぁー、あのバルファとかいう奴。面白くなって人間に力渡して一から作り変えてみたけど、二体とも案外簡単にやられちゃったし。けど三匹目は善戦中だよね! 流石は勇者って言われてるだけあるなぁ」
声に抑揚はあれど、青年の表情は無表情のままである。
まるで中身だけ取り替えたかのような……
「だけど……やっぱり近くにいる〝運命体〟だよね。自分でやるしかないのかな?」
同じ存在であるからこそ肌で感じ取れた力は二つ。
この世界では到達することのできない理不尽な力というのは、この世界しか体験したことのない人物では感じることはできやしない。
もしも感じ取れてしまったら、得体の知れない強大な力に圧倒されて発狂してしまうことだろう。
だが逆に感じ取ってしまうことによって〝運命体〟が〝運命体〟を目覚めさせてしまう可能性があった。
「これ以上戦力に差が開くのはキツイよなぁ……かと言って、〝運命体〟は全員術式の中にいるもんなぁ。結局自分が中に入るしかないか」
魔法とはまた別のもの。
魔力を一切媒体とせず、祈りや呪いから生まれた思念を力に変えることが出来る能力を持った者のみが扱える秘術――――それが〝魔術〟である。
魔法のように起きうるはずのない現象を顕現させるものではないため使い勝手は、魔術を扱う者がどれだけ想像性に溢れているかで決まるようなもの。
ようするに……造り出したい存在をどれだけ欲することが出来るか。
やり方次第では世界を変えかねない力である。
その存在は忌避され、秘匿され、挙句に処刑される。
そんな末路はごまんとあるだろう。
だが、それでも世界を生き抜いてきた魔術師というのはそれだけで強力で凶悪な存在になりえる。
〝運命〟というのは微笑みことはしない。
が、きっと残酷な表情をしていることだろう……
「まっ、自分でやれば早いよね。どっちにしろあの人間は弱そうだ」
バルファを見つめる瞳は酷く冷たいものであった。
まるで雑草を一瞬だけ見るような。
意識していなかったものが見えたのに、何も反応を示さない。
これ以上の冷めた感情はこの世にないだろう――――
ゆっくり溶けるように黒で囲まれた世界に入り込んでいく一人の青年。
「…………テメェか」
しかし、やはり世界は残酷なものだった。
熱さというよりも、凍てつくような怒りが体を貫いていったのだ。
ぞくりと死体であるこの体が反応を示すほどの怒り――――――その正体と目が合った。
魔力も感じない。
呪力も感じない。
むしろ、何も感じなかったのだ。
あれ? あの勇者を合成した異形はどこにいったの――――
直後、意識が察した。
斬られてしまう……?
「〈領域解放〉」
ぶわりと産毛が逆立った。
「天賦領域――――断絶」
大地…………いや、もはやその一刀は視界に入ったものを斬り裂く。
術式によって囲まれた世界。
そんな小さく狭いちっぽけな世界で見据えていたものなど最初から一つしかなかった。
何者かなんてどうでも良いのだ。
ただ、約束をした。
諸悪の根源を断つ。
そんな強い思いが籠った斬撃が天から現れた青年の中心線を捕らえた。




