運命覚醒 6
運命とは些細なことの積み重ねで起こる奇跡の延長線である。
何だか気が合う人と出会って運命を感じたり。
何だか気に入った物を見つけて運命を感じたり。
どうしてか行きたくなった場所に運命を感じたり。
偶然は必然というのはよく言ったものだ。
それらは全て、貴方の運命上に存在する貴方にとって必要な出来事でしかない。
もっと簡単に言えば生きていれば必ず出会うことになるはずだった存在というだけだ。
それは人であり、物であり、場所であり、出来事である。
だから私は、また大切な人に引き寄せられて笑っていたのかもしれない。
もっと言えば出会うタイミングも、瞬間も良い。
……あぁ、やっぱりいいですね。私たちの相性は――――
あの時はとても殺伐とした戦場だった。
たった一人の男が、別の運命に奪われそうになった女を助けるどこかの御伽噺のような物語。
強靭な体と万物を砕く牙を持ち、獰猛でいて戦いを好む戦うためにそこにあるような存在である〝竜〟。
ありとあらゆる知識をそれぞれが持ち、膨大な魔力と豊か過ぎる想像力を力に変える〝精霊〟。
歴史では決して語られることのない頂上決戦であった。
あの時の彼には味方など一人もいない。
一本の神器を構え、誰一人も殺すことなく戦場を駆け巡っていた。
どこからでも顕現する稲妻や吹雪を切り裂いて、天から降り注ぐ火柱を切り裂いて、存在あるもの全てを燃やし尽くす火炎を切り裂いて、ただ真っすぐに――――
「『ふふっ、今度は私が貴方を助けることが出来るなんて……』」
亜人国家の本拠地である漆黒の要塞の屋上にて、彼女は戦場を非道く穏やかな表情で見つめていた。
見つめると言っても、本当にただ一点を見つめている。
「『■■…………』」
感覚が告げている。
姿や声が違っても、彼の中に彼はいる。そして今、彼を守るために彼がいる。
彼が目覚めたならば近くに必ず大事な人がいるはずだ。きっと他の人も目覚めたのだろう。
……本当に変わらない。
不可視とすら感じる剣の軌跡に感動すら覚える。
命を慈しむ姿に愛情を感じる。
目指す場所を見据えている姿に安心する。
「『さぁ、私も彼の下へ行かなければ――――ッ!?』」
その瞬間気色の悪い魔力が肌に触れた。
見たことも感じたこともない……だが、どこか気配を知っている。
言葉に言い表すことの出来ない気持ち悪さを覚えるその姿――――紅を翻す異形は天に立っていた。
空を見上げれば星々に混ざり合うような美しくお手本のような魔方陣が広がっており、その的になっているのは私の運命の相手であった。
だが、彼女は笑っていた。
体が一体化し徐々に体に力が入るのが認識できるほどには冷静だったのだ。
だって、彼が死ぬはずがない。
彼には守るべきものがあって、彼のそばには私たちがいるのだから。
「『行きます』」
また、彼女は笑った。
片腕を前に突き出し視認している世界に映し出された魔力を把握する。
その身に宿すのは〝龍〟と〝精霊〟の力。
ただし、破壊と再生などという生易しいものではない。
膨大な魔力と破壊の化身では再生など出来るはずがないだろう?
「『聖典・第一章〈失楽園〉』」
世界の理などは壊すためにあるものである。
目覚めた運命の力というのは、常識が通じず正当化することなど出来やしない。
それは、彼女を見れば納得してしまうことだろう。
手元に手繰り寄せるように魔力を収束されていき、
それら全てを断ち切るように広げていた掌を閉じるだけ…………
それだけで、彼女に掌握された魔力というのは容易く消失した。
◆
「『起きて?』」
強く瞼を閉めるバルファに優しく言葉をかける。
いや、これはバルファであってバルファではないことは理解している。
私と貴方の中に存在している〝運命〟だ。
出会うべくして出会い、分かり合うべくして分かり合い、幸せになるべくして幸せになるための一歩目でしかない。
「『こらっ、■■! 起きなさい!』」
こちらの言葉では世界が翻訳出来ない、運命上での過去の名前。
今の名前とは少しだけ違う響きではあるが私にとっては、感慨深く懐かしいものだ。
「『……ん? ん?――――えぇ!? なんで■■■■がここに!? てか、俺の目の前にあった魔法は…………』」
自分の体に傷が一つもないことを確認するようにクルクルと回るバルファを見ていると、まるで昔のようだと笑みが零れた。
「『覚えているでしょう? 私は魔力が関わる存在を破壊することが出来るというのは』」
「『あ、あぁ……そうだった。■■■が目の前にいて混乱してたわ』」
「『流石です! いつの時代も■■を目覚めさせるのは■■■の仕事ですね……っと、いけません。まずは今の出来事をお父様にお話ししなければなりませんね』」
そう言ってメイガスが見つめた見つめた先と同じ方向に視線をやると、空を茫然と見上げているジャバウォックの姿を見つけた。
「あぁ、うんうん。もう儂分からん。全く処理が追い付かんからね」
今にも倒れそうな状態……もとい、今起こったはずの出来事に脳が追い付いていない様子のジャバウォックであったが、それはバルファも同じであった。
たった数秒の時間、瞼を閉じただけ――――それなのに周囲には何も残っていないのだ。
特に脳裏に残ったまま赤い女型の異形の姿……それすらもまるで無かったかのような――――
「『お父様』」
「え? なんて?」
「『――――あっ、お父さん! しっかりして下さい』」
「あれぇ、何でここにメイガスがおるんじゃ? ん? バルファはどうなった!?」
「『バルは無事ですよ。私も無事です。ここで無事じゃないのはお父さんだけですよ』」
「え、でもさっき赤い異形が魔法をぶっ放してた気がするんじゃが……」
「『いいえ? 私はそんなものは見てませんよ?』」
「う……ん、まぁメイガスがそういうならいいかぁ。それにしてもメイガス……? 何か変わった気がするのぉ」
「『流石は私のお父さんですね。気が付きましたか』」
「当然じゃ! だってメイガスはそんなに〝お父さん〟なんて言わんもん」
激務であった父を助けるために秘書になったメイガス。
そして、秘書になる前は外交官として平和大陸から様々な大陸を行き来していた。
強さを磨いて来ただけではなく、エルフの母親から譲り受けた美貌も持ち合わせるメイガスは、ヴァーテクスの船員としても貿易面での看板娘としても存在感は上々なものだったからだ。
だが、しかしである。
このジャバウォックという男は少し引くくらいの家族大好き男なのだ。
「あぁ……もう無理じゃ。メイガスの顔を見ないと元気でない」
「あぁ……妻に会いたい。儂が頑張ってる姿を見せたい」
「あぁ……王様って面倒じゃぁ、一人の時間がねぇ」
「…………書類とか燃やせば良くね? 書類に残さんくても覚えとるじゃろ」
「てか、もう儂いらんよね? ユーリーに任せて帰っていいよね?」
全部要約すると、家族と一緒といたいから帰らせろということだ。
もしも秘書としてメイガスが隣に立っていなければ、指名手配として各大陸から追われていたことだろう。
「『ふふっ、変わった理由は内緒です。私だって変わるんですよ?』」
その記憶があるからこそ、彼女は対応できたのだろう。
「……そんな大人ぶるメイガスも可愛いから良しッ!」
親指を立てたジャバウォックの豪快な笑い声が荒野に響く。
たったの今まで戦いの渦中にいたジャバウォックの体には土埃と血液が混ざったものがこびり付き、少しだけ湯気が立っていた。
彼をそれほどまでに戦わせた存在は見渡す限りどこにもいない。
かわりに斬撃痕で荒れていた大地は、ひび割れ、捲りあがり、まるで天変地異が起こったかのような有様へとなり空気中に漂う魔力の粒子すらも無くなった空間となっている。
ここにいる者は思うのだ、ようやく静けさが訪れたようだ……と。
戦いの音……神経が研ぎ澄まされている状態に聞こえる敵の音が聞こえない。
心臓を殴られたかのような鼓動も、体から流れた汗が蒸発してしまうのではないかと勘違いしてしまうほどの熱さも、何も感じなくなった。
まるでオーケストラが終わりを迎えた直後に感じる圧倒的なまでの安心感を、自然と体が思い出していったような気分だけが残った。
「『ふぅ…………』」
故にバルファは大きく息を吐いて、辺りを見渡した。
「『……ッ!!? 何か来ますッ』」
だが、その静けさは戦いが終わった後の残響ではない。
「なんじゃ…………ありゃぁ」
空が橙色に変わり、そろそろ青に塗り潰されそうになっていた夜明け。
誰しもが爽快な気分になるような景色に魔が射した。
空の奥……蒼穹の深い場所から色が濁り始め――――やがてそれは黒へと変わっていく。
「『これからは俺の戦いだ』」
その黒い背景とは違う、真っ白な異形。
片腕に白銀に輝く剣を持ち、全身に純白の鎧を身に着けた……明らかに毛色の違う完全な人型の異形の姿である。
これまでの異形とは違って混じり気の無い純粋な聖属性の魔力を膨大に吸収し、黒い世界にたった一つだけ存在する光にも感じるような神々しさを露わにするその姿。
見る人が違うのならば、
境遇が違うのならば、
感じることが違うのならば、
この景色しか知らないのならば、
誰しもがこう言ってしまうのだろうか…………
――――勇者




