運命覚醒 5
夜明けの空。
まだ月が照らしている大地の下が、耳を塞ぎたくなるほど騒がしい。
誰かの吐息、無数の手足、人や獣の血溜まり、そして何者かの咆哮。
「『――――はぁ……はぁ、はぁ』」
誰が何と言おうと、それは決戦と呼べるものだった。
血みどろの戦いとも言っていい戦場を駆け、視界に映る異形を斬る進む。
目で捉えてしまってから数えることすら無駄だと思ってしまった相手を斬り伏せる度に、心臓が重く震えて歴戦武具を握る手の平に力が入りにくくなっていくのが分かった。
それは、異形の姿に答えがあった。
アァ……
グルルゥ……
あははは!!
こっちだよ、お父さん!
頭部には両腕が、体には猛獣が、それを支えるのは何種類かも分からないほどの動物や人間の手足。
泣いているようにも聞こえる声が耳を掠めて眉間に力が入る。
子供らしい楽し気な声が聞こえる度に涙腺が開きそうになる。
獣の鳴き声が聞こえた時に、一気に気を引き締められる。
感情という感情がぐちゃぐちゃになって、それを吐き出すようにまた刀を振るう。
――――…………重い。
異形そのものが……ではない。
異形へと至るために関わった全ての命を斬り伏せることが、である。
何だろうと両断出来る。否、何であろうと両断してみせる。
例えそれが〝命〟であろうと、守るためならば修羅にでも悪魔にでもなってやろうと思っている。
だが、これは違うだろと戦場に無意味な感情が心から滲み出てくるのだ。
戦う者として、戦っている者に対して――――これほどまでに怒りを覚えたことはない。
「『……ふぅ』」
一撃一刀。
異形を斬り伏せれば、黒ずんだ魔力と存在が耐えきれなくなった後の破片が残る。
これを何十何百と繰り替えす。
全ては、この元凶を断ち切るために…………
「グルルルゥゥアああああ!!」
無数の手から魔力を放ち波状攻撃を繰り出す。
無数の足は同時に動き始め速度を上げて移動する。
混ざり合った声音は鼓膜を震わせる。
だが、
「『ごめんな』」
その全てを問答無用で斬り刻み、圧倒的な力でねじ伏せてみせる。
「『俺も守らないといけないもんがあるんだ』」
それがここに〝俺〟がいる理由だ。
見渡すまでもない。
この百八十度の視界には無数の異形が跋扈している。
その全てから守り抜かないといけない存在が沢山あるのだ。
「『…………絶対だ』」
だから、これだけは約束しよう。
この元凶は必ず――――殺す。
誰にでもない、この凄惨で残酷な事象に巻き込まれた全てに約束しよう。
月が雲に隠れるように身を動かしたその時、雲が微かに流れて月が更に大地を照らした。
一拍、その時間が長く感じるほどに神経が研ぎ澄まされていたのだろうか……唐突な暴風が黒い髪を掻き上げ、体を震わせるほどの重音が空気を震わせた。
「『あれは…………』」
彼方に龍を見た。
土煙から晴れた視界、この地獄のような戦場ですら夜空には星々が散りばめられているのがよく分かる。
満天の星空の下で優雅に降り立ったのだろう。まるで星に飾られるように大地に姿を現している。
「そんなにここから先に行きたきゃぁ!! 儂をどかして見せろォ! 鎧豚ァ!!」
「グオオオオォォォ――――ンッ!!」
〝龍〟が拳を振るえば、鎧のような外骨格を見にまとった異形が応戦するように拳に体を衝突させる。
その緩やかで連続的な衝撃波が天まで届いているのだろう。
一撃、また一撃、更に一撃と繰り返す度に――――夜空で浮かぶ雲をどかしている。
「ははは! オメェじゃぁ儂の最後の相手は務まらん、出直して来いやァ!!」
天に浮かぶ〝龍〟と同時にジャバウォックが振りかぶって剛腕を振るった瞬間――――あまりにも強すぎる衝撃に世界が耐えきれなくなったのか、大地を捲りあげながら〈鎧の異形〉諸共を吹き飛ばす。
その威力たるや真名を解放した霊剣すらをも思わせるほど。
腹の底から豪快な笑い声を出す男の姿に目を奪われていると、向こうもこちらを視界に捕らえた。
「バルファ……なのか?」
向こうからの声は当然聞き取れない、それはお互いだ。
そして、ジャバウォックは今のバルファの雰囲気に違和感を持ったのかこちらに近づいて来ている。
だが今ジャバウォックが動いてしまえば亜人国家の正面をがら空きにさせてしまうということ、故にバルファも自身の周りに蔓延る異形らを全て斬り伏せるために歴戦武具の本来の力を目覚めさせた。
「〈神滅十剣〉切り開け――――霊剣」
それは神を殺すために神自らが造った十の剣を、一つの形にした歴戦の武具である。
理不尽の象徴とも言える〝神〟と呼ばれる存在を滅するためだけに考え造られた剣には様々な力が備わっている。
その中の一つ――――魔力そのもの断ち切る剣。
「『理を断つ天剣』」
月が照らす大地に、透明な半月が浮かんだ。
それは雲の上に龍がいたら驚くことだろう。
黒い霧のような汚れた魔力の霧散は夜のように、異形の散り際に儚く舞う灰は雲のように、大地に広がった透明な半月はとても幻想的に…………。
どれだけ混ぜようが、元々は生物である。
この世界で魔力のない生物は例外を除いて存在しない。
故に、この魔力を断ち切る一撃は問答無用で全てを切り裂いた。
〝神〟を滅すために、神が造った武器である。
理屈などに阻まれることはない…………。
「『…………』」
バルファは刀を仕舞い顔を見上げた。
必ずだ。必ず俺が終わらせる。
何に対して……とかではないのだ。
運命のような赤い糸で繋がれることがあれば、別の糸で繋がれている可能性だってある。
当然、互いの運命が目覚めていれば生き寄せ合うものなのだ。
目覚めるための事象に対して、互いの意味が重なっていればぶつかり合うことだってあるだろう。
『(ここまで戦いと共鳴するのかよ……俺は)』
だが、運命には逆らえない。
そこが自分の居場所であるならばそうするべきなのだ。
ふと……ジャバウォックを見る。
「『きっとアンタも俺の近くにいてくれたんだな……』」
無精髭を蓄えた頑強な見た目をした大男。
記憶を辿ればいつでも近くにいてくれた存在だとすぐに気が付いた。
俺が初めて目覚めた瞬間も近くで一緒に戦ってくれていた。
知らずに口角が上がり、異形の影が見えなくなった大地を一歩踏み出してジャバウォックの下へ走り出そうとした瞬間――――
「コオオオオォォォ――――!!!!」
甲高く耳鳴りに近い鳴き声が鼓膜を貫き、思わず瞼を閉じた。
「バルファ!! 上だァ!!」
ジャバウォックにはあまり聞こえていないだろうか?
ただ指示された通りに上を見上げる。
すると、そこには――――天を覆うほどの魔方陣が広がっていた。
見えた瞬間に体が反射するかのように動いてくれたが、動いたのは上半身だけで下半身が全く動かない。
「『重力……ッ!?』」
たったの数秒を奪われたバルファの天上には無数の魔力の塊が降り注ごうとしている。
まるで星々が流れ落ちるかのようにも見えるほどの、圧倒的な魔法。
上下左右からの重力が徐々に体の動きを制限していき次第には全く体を動かすことが出来なくなっていくのが分かる。
これを弾き返せるほどの魔力を持っているはず、いや本来ならば持っていたはずなのだ。
それなのにも関わらず今の俺には魔力が一切ない。
「バルファァァ!!!!」
ジャバウォックが動き始めたのが見える。
焦燥に駆られて、不安に圧しつけられて、先ほどの豪快な笑い声は叫び声に変わった。
まるで木魂するように聞こえるよ。
視界が限りなく白に染まったとこで、強襲してきた存在が夜空を背景に姿を現した。
まるで血のような紅蓮の装飾をしたマントを翻した完全な人型であった。
口も鼻も耳も髪もない、ただ無数の瞳が顔中に散りばめられた背筋がざわめく姿をした女性の体をした異形は表情もないというのに笑っているように見えた。
その時――――とある人物が脳裏に過ぎった。
「『お前……――――』」
だが、答え合わせをする時には既に眼前が真っ白に塗り潰される…………
今日から頑張ろうと思う。
毎日は無理でも二日……いや三日更新を目指すぞい!




