運命覚醒 2
まるで時が止まったかのようにも思えた。
その懐かしい言葉に無意識に涙が零れそうになるほど感情が揺さぶられるのは、どうしてだろう?
手を伸ばしても掴めないような朧気で儚い雰囲気に包まれたアレフィティナである人物を見ていると、思わず手を伸ばしてしまった。
「あ……あれ? 何で……」
掴めてしまう。
夢を現実に体現させたようなものだと分かっていたはずなのに、その汚れが一つもないきめ細やかな美しい肌に触れることが出来てしまった。
「『…………? ほら、起きて』」
頬に触れた手を愛おしそうに包み込みながら首を傾げるその姿に改めて呼吸が荒くなる。おかげで心臓が鼓膜の内側で耳を鳴らしている。
「……誰か……分からないのに、涙が止まらない」
知らないのに知っている。
分からないのに分かっている。
記憶がないのに思い出そうとする。
心を満たそうとするのは何か分からないものの、とにかく涙が溢れて仕方ない。
会いたい、その一心で体が彼女に触れていようとする。
離さない、そう思っているのか体が彼女に触れたまま動こうとしない。
とにかく彼女の近くに行こうと体が引き寄せられる。
「『……全く、君は全然変わらないな。そんなに私に恋い焦がれていたのかい?』」
ふっ、と笑った彼女はバルファの体を引き寄せる。
「『やっぱり君の言った通りになった。どれだけ離れていようと変わらない……運命というのは例え生まれ変わっても必ず引き寄せ合うらしい。…………あぁ、本当に久しぶりだね』」
体の持ち主であるバルファの香りを堪能するかのように深く吸い込み、優しく背中を撫で回す。
「『でも、今は甘えてる暇も甘やかしている余裕もないよ? 君が目覚めないと■■■■も■■も死んじゃうよ? 助けられるのは君だけ――――そう運命で決まっている』」
ほら、来るよ。
「…………隙だらけだよッ!!」
得たいの知れない存在への先手必勝。
それは超高火力によって一瞬で殲滅してしまうことに限る。
もはや見ることも伝えることも感じさせることもさせやしない一撃、いわゆる初見殺しである。
曲りなりも強敵と言える者たちとの戦闘を経験し、バルファという一撃必殺の絶対的な力を近くで見て来たからこその非常に考えられた作戦だった。
しかも、それが勇者からの一撃ともなれば歴戦武具を扱うバルファと遜色のない一撃へと昇華される。
「続くわ」
魔人族と言われる人の体で魔力を直接体に取り込んだ彼女の力を吸収したイヤリスから放たれる炎魔法は、これまで味わったことのない威圧感である。
下手をすれば亜人国家の東側にあるこの森の全てが燃え尽くすほど…………そう思えてしまうほどの火力に圧縮を重ね、更に爆発力を高めたもの。
流石は人族の最高戦力と言える。
このままでは辺り一面が吹き飛んでしまいかねない。
「『…………■■』」
だが、彼女の表情に一切の恐怖はなかった。
■■――――とは誰なのか。
フリートは眉間に皺を寄せた。
誰かの名を呼ぶたびに聞き取れない言葉へと世界が修正しているのか、必ずノイズが混じった耳を塞ぎたくなるような雑音へと変わる。
彼――――フリートにとっては、その言葉が背筋を震え上がらせるほどの悪寒を走らせていた。
危険だ。
今までで一番危ない……感がそう告げている。
早くアレを始末しなければ何かが起こる。
冒険してきたこれまでの感覚が警報を鳴らし続ける。
その鍵となっている、彼女を…………ここで殺す!!
しかし、それは誤りであった。
「『私を助けて……――――』」
フリートの一閃がバルファごと彼女を切り裂こうとしていること?
イヤリスの炎魔法の威力が亜人国家にまで響き渡ること?
いや、全てが違う。
そもそも彼女に……いや彼女たちに手を出してしまったことが、全て。
それだけで――――どうしようもない力が覚醒めてしまった。
「……ッ!!??」
「なっ………なに!?」
瞬きなんてしていない。
だからこそ捕らえられたと言ってもいい視界のズレ。
刹那――――その更に先の速さ。
意識する間もなく起こったその現象に二人は声を上げた時に、ようやく空気が緩やかに元の流れに戻ったような気がした。
「(何が……起こったって言うんだ!?)」
分からない。
ほんの一瞬?
いや、その一瞬すらもないほどの速度で何かが起こった。
見えている視界に変化はない。
赤と黒が混じる空には薄っすらと月が顔を出し、薙ぎ払われた木々たちの葉が揺れる。
抱き締めるように受け入れられたバルファの体が動いたような形跡はない。
だが、確かに見えていた――――
何が?
分からないまま数秒……
それはまるで、時が止まったかのようにも思えた。
「(あ……あれ?――――そう言えば、何も感じない?)」
フリートは意識してピクリとも動かない体に気が付く。否、気づいてしまった。
その直後――――握っていた歴戦武具がガラスが割れるような感覚で木っ端微塵へと姿を変える。
「……え」
これまで数々の修羅場を共にしてきた相棒とも言える剣。これは自身の『誇り』であり、もっとも信頼を置いていると言っても過言ではない存在。
もしもこの剣が無ければ〝勇者〟とは呼ばれていないと言えるだろう。
だが、自分にとっての全てとも言える物はあっけなく塵と姿を変えてしまった。
どんな攻撃を受けても、どんな防御を貫いてきても、欠けたことすらなかった歴戦武具がだ。
混乱した頭の中ではもう既に茫然としているつもりだった。
それでも、無意識に勇者としての役割を守るために背中を守っていた仲間に目を向けた。
しかし現実は何処までも現実であった。
炎魔法を放っていたはずのイヤリスの姿が地面に伏していた。
瞳を動かして周りを見れば、獣人の女へと意識を向けていたゴーンの姿はない。
夢や希望もない、目の前で起きてしまったありのままをフリートの瞳はやけに鮮明に映して見せた。
「な、何が起こった?」
そんな言葉以外に考えられなかったのかもしれない。
強大な力を手に入れたからこそ手に入れられた〝力〟。それをもってして手に入れた栄光と地位。
だからこそフリートの中で夢や希望が存在してしまったのだ。
生殺与奪がある世の中、手に入れてはいけない空っぽの力のせいでいつの間にか楽観視することが多くなってしまう。
その成れの果てが――――フリートと呼ばれた男の姿である。
「『斬ったんだよ』」
ふわりと前髪を浮かす風が舞った。
「――――ッ!?」
そこに立っていたのは拘束魔法で動けなくなっていた二人の女性を抱き締めるようにして抱え込む一人の男だった。
だがフリートは名前を呼べなかった。
分からないのだ。
よく知っているようで全くしらない。
よく聞いていた声でいて全く聞いたことのない。
外見は知っているのに中身を知らない。
でもこれだけは本能が理解した――――それは、恐怖。
「誰だ……君は」
微かに漏れ出てたか細い声でそう問えば、当然のように
「『俺に決まってるだろうが』」
そう返ってきた。
「後ろの二人は…………男の方はどうした?」
「『俺の家族に手を出す奴に対してどうして手加減をしてやらないといけねぇんだ? 俺の大事な人達を傷つけようとするヤツは例外なく敵だろ――――それが勇者とか言われてる存在だろうとな』」
平然と言い切ってバルファは抱えている二人をアレフィティナの足元にゆっくりと下ろした。
「『治しておくから、そっちは任せるわ』」
「『頼んだ。こいつの家がそれらしいから、ゆっくりしといてくれ』」
そう言ってアレフィティナは二人の女性を魔力操作で持ち上げると緩やかな足取りで家へと進んでいく。
その姿も異様な光景であった。
「(あの無能が……?)」
「『おい』」
「…………何かな?」
「『お前が生きてるうちに聞きたいことがある、お前らみたいな雑魚に力を加えたのは誰だ――――あぁ、誤魔化しても無駄だぞ? 強くなればそれ以外とそれ以上ってのが分かるようになる。お前らは俺からすりゃそこらへんに倒れてる大木とあんま変わらない。記憶と違って遥かに力を付けたお前らに何かしたヤツがいるはずだ……誰だ?』」
「へ、へぇ……まるでバルとは別人みたいだね」
得たいの知れない恐怖。
感じたことのない恐怖。
何よりも、何も感じられらない意識を当てられたことによって恐怖を恐怖だと認識出来ない自分に一番の恐怖を感じた。
「『話し変えるなよ面倒だから。早く言ってくれ、俺にもお前にも時間がないんだよ』」
「僕にも?」
「『あぁ……もう! いんのかいねぇのか……早く言えよ!!』」
何もしていない。
何もしていないはずだ。
だが、
「僕たちが連れてきた新しい仲間がバルみたいに急に変わって、それで力を与えるって……」
それなのに顔面を斬り刻まれたかのような無数の痛みを感じた気がした。
圧倒的……では片付けられない力の差を前にして、本能が従って答えるつもりがなかった真実を語り始めてしまう。
「『…………あいつらか』」
懐かしむような優しい表情、なのに言葉には尋常ではない怒りと忌々しさを孕んでいた。
その得体の知れない言い表し方にフリートは、とうとう何も感じなくなっていた。
あれ、どうしてだろう。
どういうことだろう。
周りにあるものらに対して認識というのが出来なくなっていく……――――
「『チッ……早いっての』」
ボコボコと体の内側から魔力が溢れ出し、今にも人ではなくなってしまいそうなフリートを見て舌打ちをしたバルファが歴戦武具に手をかけた時の頃合いだった。
「グオオオオォォォォ――――ンッ!!」
しんみりと静かな朝焼けを叩き起こすかの如く、空気を震わせるような咆哮が耳を劈いた。
クリスマスなんてなかったんや




