繋がれた鎖 3
『ネオン』という鉱石が照らす街並み。
獣人は得意の身体能力を生かして曲芸を、ドワーフは絡み酒、エルフは体を透き通っていくような滑らかな音を奏でる。
騒がしくて五月蠅くない、落ち着いているがしんみりとはしていない。
非常に心地よく安定している空間の中で笑い声が響く。
「さっきの花火は凄かったな! 王様」
「そうじゃろそうじゃろ!! もっと褒めろバルファ!!」
一人だけコップではなく樽ごと酒を呷るジャバウォックを見て嬉しそうに笑うバルファとは正反対に、一度深呼吸をしつつも呆れた様子のメイガス。
「でもやるなら言ってくださいよ。あと威力が抑えきれてませんでしたよ? 余波で幾つかの屋根に罅が入ってます。直すのはお父さんなんですよ?」
「えぇー……儂がやるのぉ?」
「当たり前です! どうやってドワーフの皆様に頼めって言うんですか、流石の私も父親の大声で屋根を壊しましたなんて理由で頼みに行くの嫌ですよ」
「まぁいいじゃねぇか。俺も手伝うしさ」
「……儂の味方はやはりバルファだけだぁ」
「ちょっとバル!! お父さんを甘やかさないでよ!」
「いいんだよ、このくらい。俺の帰りをこんだけ歓迎してくれている皆のためだからな」
周りを見れば豪快に飲み比べをしているドワーフたち、エルフが奏でる音に乗って踊る獣人たち。
「何をぉ~!」と席を立ちあがりドワーフらの下へ行き酒を呑み合うジャバウォックの姿。
誰しもが笑って、安心して、楽しく見ていられる眺め。
久しく見ていなかった安らかな団欒を噛み締めながらバルファは言葉を吐く。
「それにしてもバル、約二年間で大人になったわね? 何だか凄まじい成長を感じるわ」
「おう! ちゃんと師匠の教えを守って戦ってたぜ」
「ウォーレイさんの教え? あんな命令を二年間ずっと守って戦ってきたの?」
「そう。って言っても魔族とやらは周りが削ってから俺がトドメを指すって感じだったし、主に後ろで回復してくれてたアレフィティナを魔獣とかから守ってた」
「……ということは『闘気解放』と『領域解放』はしっかりとマスターしたってことね。歴戦武具の方は? 使いこなせてる?」
「いや、この刀の方はまだだな。成長が見えるか?」
メイガスは極めて特殊であり特別な存在であるために、世界から力を借りることが出来る。
これは龍人であるジャバウォックとその妻の特異性によって身に宿したものではあるが、メイガスはその力を使いこなすことが出来る。
その一つが『第七感』と呼ばれる、感覚を感じ取ることの出来る力だ。
「まぁまぁね。それでも『ここが魔力の無い世界なら貴方は間違いなく最強ね』って断言できるくらいには人族として鍛え上げられているわ。まぁ……この完成しない未完の状態で魔獣と魔物らの暴走をたった一人で防ぎ切ったわけだけど」
「お、おい、あの時の話しはあんまりしないでくれって、むず痒いんだよ。それにあの時はあまりにも必死でほとんどのことを覚えてないんだよ」
何事もない日常から一転し地獄に変わる瞬間というものを見たことはあるだろうか?
寝て、起きて、働いて、遊んで、家事をして…………と、きっとそれぞれの日常がそこにはあった。
それが何の前触れもなく反転していく瞬間というのは、絶望という感情を感じ取る前に絶望してしまうといった虚無の時間が走馬灯するのだ。
「門を閉じろぉぉお!!」
「ダメだッ! そんなことしても意味ねぇ!!」
「ヴァーテクスに乗り込めぇぇえ!!」
「……やだ、嫌だよぉ。死にたくないよぉ……」
汗を流し助けるために街を駆け回る者。
緊張と絶望の狭間に立つも、国のために軍勢に立ち向かおうとする者。
子供を身籠った状態で震えて蹲る者。
泣き喚き絶望する者。
……メイガス、逃げろ。
そんな状態で初めて見た父親の本気の表情は今でも鮮明に思い出す。
だが、魔獣や魔族らは一向に国に侵入することは無かった。
ただただ静か。
戦っているのは分かる。地面が揺れ地響きが子供を泣かせ、何者かも分からない叫びが耳を劈く。
しかし、心を支配している恐怖心の中で膨らむ静かさがあった。
不思議とそれは安心感を生み亜人たちは逃げることを止めるほどだ。
……? 怖いのにどうしてだろう?
淀んだ魔素のせいで薄暗くなっていた晴天が再び現れると、大量の魔力が空気中に霧散しているのが目に見えた。獣人でさえ魔力を持たないのに空を見上げているのだ。
その時、不思議と理解した――――あぁ、戦いが終わったんだ。
「(…………あの戦いを終わらせたのが、バル)」
本人曰く、記憶にない。
無我夢中で覚えてない。
とにかく腕を振った、身体に力を込めた。
と、言っていたが亜人である者からしたら、そんなことはどうでも良かった。
国を、家族を、民を、王を、その全てを救ったのだ。
故に――――英雄
背景に映る亜人たちに馴染む人族である彼は――――紛うことなき亜人の英雄である。
「ふふっ……会い、変わらず。だな」
そう呟いてメイガスは手元にある果実酒を口に含ませる。
「いや、変わったことならあるぞ? 流石に二年ありゃ人は変わる」
「ほぉ……何が変わった?」
「えぇ……と、ほらあそこ。あそこで皆に囲まれてる女の子がいるだろ?」
席を立ちあがり首を振って何を探すのかと思えば、ヴァーテクスからのノリでジュエリーら含む多くの女性陣に囲まれている人族をバルファが示す。
その瞬間――――ふわり、と温かい風が舞った気がした。
「……なッ!?」
すると、メイガスは目を見開いた。
彼女は嫌でも感覚を感じ取れてしまう。その力故にバルファが口にする前に、真実に辿り着いてしまったのだ。
赤い糸、赤い魔力の繋がり。
「アレフィティナって言うんだけどな? あの人は――――俺の奥さんだ」
「…………え?」
「お、おい! 口から酒が零れてるって! ていうか、聞いてなかったのかよ? 要するに結婚したんだよ。俺」
そのバルファの言葉がやけに響いたような気がしないでもない。
だが、周りで酔いつぶれている者や腹が膨れて動いていなかった男たちが一斉にバルファへと視線を向けた。
それはアレフィティナを囲む女性陣たちも例外はない。
この場所にいる全員がバルファとアレフィティナを貫くような視線で交互に見ている。
「だから取り合えずは家に帰ってゆっくりしようと思ってるけど……ん? おいメイガス? 大丈夫か?」
「け、けけ……結婚!!??」
「おう。だから今日は帰るぜ? 俺の家の場所とか色んなことをティナに教えないとダメだからな。酒を呑み合うのは明日からになるな」
もう夜も深い。
月が真上にあるためか明るく見えてしまうが、あと数刻もすれば夜が眠るような時間だ。
「もちろん、片付けは――――――」
手伝うよ」と、言葉を繋ぐ瞬間に肩へ少し重たいと感じる大きな手が置かれる。
振り返ってみれば大号泣しているジャバウォックが立っていた。
「それを早く言わんか、バルファぁぁあ!!」
「うわっ……どうした? 王様」
「どうした? じゃぁないわ!! そんなおめでたいこと何で最後になって言うんじゃ!!」
「今がタイミング良いかなぁって思ったんだけど…………」
そう言いつつも周りの静けさに目を向ければ、全員がこちらを向いていた。
中には酒を更に飲み始める者もいれば、今日のことを考えて笑っている者もいる。
「ばかもん! タイミングで言うなら最悪じゃ! でも気分は最高じゃ!! これで明日も宴――――いや、明日は最高の祭りが出来る!!」
ゴォオオ!!――――笑顔の端から、喜びが漏れるかの如く空に炎の大輪が出来る。
全員で集まって笑い合うことが大好き、というよりその笑顔こそが生きがいであるジャバウォックは祭りや宴が好き過ぎてたまらないほどであった。
だから仕事はサボるし、気が付けば街の子供らに交じって鬼ごっこをやっているし、朝からドワーフたちと酒を呑みながら笑い合っている。
「よしッ、そうと決まれば明日はもっと凄い祭りをするんじゃ!! 皆も今日は終わりじゃ、明日の祭りに備えて全部を終わらせておけよ! 儂は今すぐ戻って仕事してくる。明日の分と明後日の分」
そう言って背中から翼を広げて飛んで行く。
あまりにも自分勝手過ぎる、限りなく自己中心的な王である。
だが、そんな王でも誰一人として笑っていない者はいない。
要塞に向かってフラフラと飛翔する後ろ姿を見送って笑っている。
◆
歓迎されてない。
全体を見て最初に思ったことが、それだった。
「何者だ?」
「誰……あれ」
「なんでバルファの隣にいるのかしら?」
聞こえないであろうと口に出された言葉が、嫌というほど私という存在に突き刺さる。
きっとこれは人族ということだけではない。
バルファという亜人にとっての〝英雄〟の存在が大きいのだろう。
一人は嫌だなぁ。
きっと影で酷く言われるんだろうなぁ。
王都……というより人族の中でも〝聖女〟として扱われてきた自分にとって、誹謗中傷や嫉妬の的になることは慣れてしまっている節を感じている。
だけど、そんな不安は一瞬で拭われてしまった。
たった一歩、周りの視線から逃れるように引いてしまった一歩。それなのに必ず隣にはバルファが立っていてくれた。
人族なら誰しもが見上げてしまうような大きさの龍人――――ジャバウォック。
この亜人国家を束ねる〝王〟という存在と仲良く話しながらでも、いくら思い出話に花を咲かせていても、関係なく私を見てくれているんだと感じさせてくれている。
「この人は俺の仲間なんだ。すげぇ良い奴だぜ」
そう、笑って皆に説いてくれた。
それからは全員が勝手に納得してくれたようで、冷たく鋭利な視線も柔らかく温かいものへと変わっていった。
「勇者パーティ? もちろん抜けて来たよ。師匠の鍛錬ついでについて行ったけど、俺とは合わなかったわ。あとで師匠にもちゃんと言うよ、怒られたくないしな――――あぁ、ティナは俺と一緒にパーティ抜けてついて来てくれたんだ。な? 良い奴だろ」
嘘。
本当は私を捨てる話しになって、地に落ちそうになった私を救ってくれた。
生まれてから独りになるのが早かった。
誰かといる時間があれど独りでいることと何も変わらない日々が続いた。
心が何も感じなくなる……まさに無になってしまうその時に、私はバルファに出会った。
出来る限り私が支えよう。
この人を笑顔にすれば、私の心が温まる。だから些細な力だけれど彼を支えよう。
そう決めたはずなのに…………私が支えられている。
「(やっぱり敵わないなぁ)」
ヴァーテクスに乗った瞬間から、今の今まで独りだった瞬間はない。
全員が全員、バルファと一緒にいる私のことが気になって仕方ないようで質問攻めにあっている。
ジュエリーや双子のシャロルにシュルルを含め、私とバルの関係について絶え間なく質問してくる。
この状態を…………独りではない状態を作り出してくれたのはバルファだ。
「ちょっとティナ聞いてるの!? さっさと洗いざらい言っちゃいなさいよ!」
「あ、あの…………」
「なに!? もしかして言えない関係ってこと!? そんな関係なら大スクープよ、金になる。だから早く言いなさい。その方が身のためよ」
確かに身のためだろう。そう思う。
常に飲み物があって、常に食べ物があって、常に人が周囲にいる。
今の私には逃げ場はない。
「そうですけど――――」
結婚(仮)しています。
なんて言ってしまえば、この場所は静まり帰ってしまうだろう。
優雅、そして煌びやか。
優しく安定を追求されたこの宴が色んな意味で凍り付いてしまうことは目に見えていた。
「それならどこまでの関係? もしかして――――――」
少し酔いが回った鳥獣人の女性が言葉を続けようとしたその時だった。
「アレフィティナって言うんだけどな? あの人は――――俺の奥さんだ」
そんな言葉がこの宴を切り裂くように響いたのだ。
私は思わず顔を熱くさせた。




