繋がれた鎖 1
平和大陸最北端に位置する亜人国家。
そこへ向かうためには三つのルートが存在する。
一つは、基本的には不可能な方法だがバルファたちが利用した亜人のみが乗ることを許された超巨大貿易船であるヴァーテクスに乗って行くこと。
二つ目は、休息と魔獣や魔物との戦いを経て純粋に地図上通りの道なりを進んでいくこと。
三つめは、高等な魔法または魔術を用いて高速移動を可能とし一気に大陸を駆け抜けること。
どれこれも一筋縄……もとい決して簡単ではない。
魔素に飲まれ暴走状態となった獣たち、魔素が死を迎えた生命体に宿り異形となって道を阻んでくる。
だがそれは冒険者や――――勇者たちによって日常的に討伐されいていることから、民間の者たちや戦わない戦えない者たちでも平和に暮らしていけるのだ。
そして、
「…………ここか」
勇者パーティは今、亜人国家の東側に位置する〝深淵の森〟と呼ばれる場所に足を運んでいた。
太陽があろうがなかろうが、空を覆い隠すように生い茂る木々のおかげで光が差し込むことのない暗闇の森。唯一視認出来る点で言えば獣歩き回って作った無数の獣道のみだろうか、何か灯りがない限りは文字通り闇。それこそ、一歩でも踏み出してしまえば隣に立っている者の表情すらも窺うことが出来ないような……まさに、深淵。
「どうするのよ? 正直四人も連れて空を横断してきたから、アタシ疲れてんだけど?」
イヤリスは嫌々そうに憎らしそうに最後尾で息を切らしている新しいに仲間を睨みつける。
魔力が無い者が魔力に当てられればそれ相応の精神力を使う。だが、それは魔法を使用した者もまた同じである。
才能が皆無の者に才能を渡すということはそれこそ〝神〟でも不可能だが、法則や理の外側にいる魔法使いや呪術師などといった者たちは不可能を可能に変えてしまえる力がある。
故にイヤリスは、彼に無理やり才能を渡して才能を開花させたというわけだ。
「す……すみません! すぐに息を整えますッ」
額から、というよりは頭頂部から水をかけられたかのように汗を流す青年は、手を膝に着き地面と見つめ合ったまま。
様子を見なくとも分かる。
不可能を可能にする反動に耐えられることは素晴らしい才能だが、息を整えるというレベルで疲れを癒すというのは誰であろうと無理である。
本来、魔力自体に触れたことがない者ならば全身の穴という穴から血液を噴き出して絶命しているところだ。そうなってはいないということは魔力に触れたことのある、または魔力を持った存在と対峙したことがあるということになる。
つまり耐えられるというだけで普通ならば称賛される者であることは間違いないのだ。
だが彼の様子を見てフリートは作られた自然な笑みを浮かべながら、
「大丈夫だ。とにかく今は休もう、魔族の手がかりを探すのは明日でも構わないさ」
優しい声音で言った。
「なら……休む場所を探すか」
アレフィティナをあれほどまでに蹴落としたゴーンですらもフリートの優しさに便乗しているところから、四人目の青年は笑顔で頷いた。
「そうだね……流石に亜人国家にお世話になるわけにはいかないし、とにかく安全な場所を探そうか」
「フリート、空から見た時に川沿いに安全地帯があったはずだ。手がかかっていない砂利ではあったが、森の中に近い場所よりは良いだろう。アイテムボックスにはベットが入っているだろう?」
「だが近くに家があったはずだ。そこに尋ねてみればいいんじゃないか?」
「考えてもみろ。国の付近に家を構えるということは高確率で亜人国家に関わる者が住んでいる、勇者パーティがここにいることは極秘だぞ? 報告されては困る」
「……確かにね」
空からの移動。
きっと亜人にも、いるかもしれない魔族にも僕たちの存在は知られていないだろう。
イヤリスの魔法はエルフにだって引けを取らないことは、前回亜人国家に来た時に実証済みだ。
それでも……外で眠るのは危機感がある――――――
「…………」
未だに息を切らし、俯いたままのアレだ。
このまま僕らが離れてしまえば死んでしまうかもしれないような、アレだ。
そんな弱者に見張りを頼めるか?
「フリート、顔に出ているぞ」
ゴーンからの指摘でようやく元に戻った張り付いたような善人の顔。
思わず、彼から目を逸らしてしまう。
こんな表情を見られては勇者失格だ。
表では限りない善を与え、裏では限りある欲に浸る。そのために勇者などというものをやっている。
元々冒険者であるフリートは根っからの冒険者ではあるが、その動機までも根っからの冒険者である。
地位、名誉、金、女…………この世の限られた悦に浸るために頑張れる。
普通ではない力を手に入れたことから始まった勇者生活を順調に送って来て、これからもきっとそうやって生きていくのだと確信している。
「それじゃ、行くよ。今回の見張りを決めながらゴーンについて行こう」
だからこそ、〝力〟がもっと欲しくなる。
そして確信を得るに足りた、今まで見て来た中で最高戦力と言っても過言ではない切り札――――バルファが手元から離れてしまったことによる心残り。
「(亜人国家か……)」
バルファがこちらに逃げていることは知っている。
報告があった魔族を片付けて、直接会いに行ってもいい。
あいつがいれば僕は本物の勇者になれるのは目に見えているのだから、手に入れないわけにはいかない。
だが、足りないのだ。
バルファの下へ行くための条件が全くと言っていいほど足りてない。
「明日の朝に届けられる伝令を待つだけか」
きっと国王だってバルファに戻って来てもらいたいはずだ。
誰しもに認知され、誰しもが頼っていたあの男に。
そして――――運命の日が近づいてくる。
◆
同じく深淵の森付近。
海が近く波の音が聞こえ、虫たちの音色が聞こえるような静けさを保つ少しだけ不気味な場所。
そんな場所に一軒の家が建てられていた。
平屋ではあるが横幅が広く造られており、東方の民たちが暮らす屋敷のような建物。
瓦が所狭しとはめられた屋根や黒塗りの木造建築を始めて見る者ならば、来た足をそのまま翻してしまいかねないほどの威圧感があった。
灯りはあるが、全体を照らすようなものではなく家の中を明るくするためだけの最小限なもの。
見ているだけで睡魔に襲われそうになる優しい明かりが、ほんわりと家を包んでいた。
だが、まだ夕焼けが空を赤く染めている時間帯。少し眠るのは早いようにも見える時間だ、特に用事がないからと言っても何ならまだ灯りを付け始めようかという時間である。
「――――ん?」
白い耳をピクリと反応させた獣人の女性は、寝転んでいた体を即座に起こした。
「……誰でしょうね。こんな時間に」
「ここはウチが行く。こんな簡単に結界を通って来れる訳ないから」
「そうですね、頼みました。私は今日の夕ご飯を造り始めてますから」
壁にかかった黒いローブを羽織って全身を隠すようにする。
「それじゃ……行ってきます」
「はい」
それを笑顔で見送る女性もまた、頭の先から足の先まで黒に染まっていた。
染まっている……とは言っても目立つ部分はある。それは体を不規則に駆け抜けた真っ白な模様、そして夕焼けのように紅に染まった深紅の両目だ。
その瞳には外へ出て行った獣人の女性を見送り、次第に意味もなく外を見つめ始めた。
「貴方は、いつ帰ってくるのでしょうか……」
かつて褒められた黒い髪を撫でるように触れると、部屋の明かりを強くするために魔石に魔力を込める。
別室にある厨房とも言える台所へと向かった。
その瞬間――――空を包むような大花火が舞い上がったのだ。
爆音までは結界に阻まれて届かないが鈍く響く重音は確かに耳に届く、
「何やら催し物のようですね……ふふ、楽しそうに」
彼女自身は亜人国家に一度も入国したことがない。だが、彼女の主であり救世主である彼はこの国に住んでいたらしい。
毎日毎日、その過ごした日々の断片を楽しそうに話していたことは今でも鮮明に思い出す。
もしもここに彼がいたのならば、迷いなく国に行ってお土産を買って来てくれることだろう。
「早く……早く、会いたいですよ? バルファ様」
神をも殺すためにその身を代償にした過去の自分はもういない。
今、この瞬間に確かに存在するのは生きていたいという意思のみ。故に彼女は一人になるたびに神に呟くのだ。
小さく、叶わない願いを――――――――毎日、毎日と。
すみません。
三千文字で許してくちぃ




