大嘘結婚 3
遅くなりました。
どれもこれも禁忌の黒龍が悪いんです。
皆さん討伐してやってください。
天空を覆う飛竜の群れ。
海を駆ける城塞と言われるほど巨大なヴァーテクスですら、囲まれてしまえば停止せざるを得ないような緊張感と拘束感がある――――〝力〟だ。
〝ドラゴン〟というのにも種類はある。
空を飛ぶのは飛竜。
地を這うのは地竜。
何等かの要因で進化を遂げたのは龍。
この中で龍の正体は未だに解明されておらず、謎の多い生命体だ。
だが〝力〟を持つ存在には変わらない。
一で種を滅ぼし、二で国を割る、そして三が揃えば世界が崩壊する。
そんなことが御伽話では語られているほどである。
「まぁ待て、交渉しよう。剣聖の弟子である貴方ですらこの状況は覆すことは出来ますまい?」
ドラゴンを使役……または契約という形で我が物とする人族が持つ最高戦力――――竜騎士。
生まれてきた瞬間からドラゴンの番である刻印が体のどこかしらに存在する、人数こそ多いものの〝勇者〟と同じように希少であり強力な力を持つ者たちだ。
「交渉……ねぇ、何を交渉するつもりだ?」
相手の落ち着いた声音とは反対に、バルファの声音には少しだけ怒りの感情が混じっているのが分かった。睨みつけるように見上げるその眼付はとてもじゃないが、仲間に向ける……ましてや同族に向けるものではない。
正気の沙汰ではない感情をむき出しにしているバルファの近くにいる者たちは、背筋を震わせていた。
「ふっ、そんなこと分かり切っているであろう? 積み荷を渡せ」
だが飛竜に跨る竜騎士たちは気が付いている様子はない。
さも当然だというように、断ることなんてしないだろうと切り出してくる。
「交渉をしたいんじゃねぇのか? 代わりにお前らは何をくれるんだ?」
「――――攻撃をしない」
「あぁ?」
何を言ってんだ。
「流石の次期〝剣聖〟であろうと、魔族を滅ぼすことも可能な竜の咆哮を喰らえばただでは済まない。それにこちらは空からの一方的な虐殺……交渉材料としては十分過ぎるものだと思うがね。それに超巨大船ヴァーテクスも無傷ではないだろう?」
黒い甲冑から聞こえる籠った声音。
体型からするに男性、竜騎士を率いているということはリーダーであることは間違いない。
跨る飛竜も複数体いるドラゴンの中で一番強そうな、黒い飛竜だ。
だが、
「…………何を言ってるか分からねぇな。そもそも貿易を辞めた理由は人族が獣人族に対して非人道的行為をしてきたからだぞ? まずはそれに対しての謝罪からだろうが。たかが空飛ぶトカゲに、この俺がビビると思ってんのかよ」
その程度で〝脅している〟と思われているのなら心外なものだ。
「それは我ら竜騎士に対する侮蔑と受け取るぞ……」
「そもそも魔王討伐を俺らに任せてた引きこもりが良く言うぜ」
パキッ
もしも空気中に水の塊が存在したのなら一瞬で凍り付いていた。そう勘違いさせるほど周囲が冷たくなっていくのが分かる。
「(これが……英雄の殺気か)」
看板に顔を出している亜人の全てがそう認知したことだろう。
生きたい――――そう思わせる根本から断ち切るような冷たく、鋭い殺意。
生命体として強者として君臨するドラゴンですら一歩引いてしまう。
その事実に先頭に立つ竜騎士は舌打ちを鳴らすと、まるで自らが竜なのではないかと錯覚させるほどの大気を震わせる怒号を発した。
「…………全隊!! 咆撃開始ィィイッ!!!!」
先程までの冷めた空気とは裏腹に飛竜たちの口元に火炎が集まっていき、大気全体がサウナのようなジメジメとした熱さに包まれる。
「海をも焦土と化す竜の咆哮を喰らがいい!!」
太陽を覆い隠すほどの巨大な飛竜たちの口元には、まさに太陽がある。
あの熱が直撃すればただでは済まない。
「バルッ!!」
アレフィティナが構えを取るバルファに向かって叫んだ。
ヴァーテクスの甲板に集まる者たちの中で、唯一アレフィティナだけが焦っていたのだ。
見たこともない。
感じたこともない。
味わったこともない。
そんな恐怖の中で、一人だけが焦っていたのだ。
「え……?」
「何を焦る必要があるんだ?」
未だに骨付き肉を頬張るハバンが、変わらない声音でアレフィティナにだけ聞こえる音量で説いた。
「大丈夫だ、バルが退けた魔獣の軍勢は飛竜の比じゃない。そもそも飛竜如きで〝英雄〟とは呼ばれない」
その言葉の真意を知るのには時間はかからなかった。
ゆっくりと視線をバルファの方へ動かすと、見たこともない力の塊が刀に集約されていく……。
「あれは……」
アレフィティナの脳裏に過ぎる。
人を断ち、空を断ち、城を断ち、空間すらも断ち切ったあの一刀。
そして偶然にも、バルファとアレフィティナの声が重なった。
――――アマノハバキリ
いつ抜刀したのか……それすらも不可視の一刀。
こんなに近くにいる私たちも、宙舞う竜騎士らも、何が起こったのか分からない。
ただどこか安心してしまうような、気を抜いてしまうのだ。
「よし、飯の時間にしようぜ!」
まるで何事もなかったかのようにこちらを振り返るバルファの姿を見ると……
「バ、バル――――」
『闘気解放』を使った姿は知っている。
疲労と共に体への負担が大きい……それはきっと相対した存在によって代償を払っているのだ。
だからこそ誰よりも早く状態を確認するために一歩踏み出したアレフィティナの前を遮るように腕を伸ばしたのはハバンだった。
「全員!! 船内に戻れッ、来るぞ!!」
まだ輝きを失わないバルファが持つ歴戦武具。
その輝きがカウントダウンのように、徐々に徐々に失われていく。
スゥーっと輝きを失った瞬間――――刀を振るったであろう軌跡が、ズレる。
音もなく、そして斬られた意識もなく……全てが問答無用で世界ごと断ち切られていくのが見て分かる。
そして空間が断ち切られたことによって生じた、世界の修復力が働き始める。
ゆっくりと元の姿に戻るために使われる世界の力が、亜空間を作り出しやがて全てを無かったことにする。いや無かったことにしようとするのだ。
そこに在ったものを無かったものに変える力はやがて反動として返ってくる。
断ち切れた空間の全てに超振動による波動が巻き起こり、これまで平然を保っていた海原に大津波を引き起こすことになる。
「ティナ!! 戻るぞ!!」
津波程度ではヴァーテクスは沈まない。
それでも人は沈む。
船内に戻った全員が息を切らしながら笑っていた。
やはり、バルファは〝英雄〟だったと…………
次は今週中に出します。
必ず




