第9話
米内松江を始めとする子ども達に欧州での料理を振る舞う際、実母の久子は口癖のように言っていた。
「出来る限りの材料を集めたけれど、どうしても現地とは違う味の料理になるの。
何時か、現地で味わってみなさい。
現地で食べると、本当に美味しいと想う料理が多い筈よ」
そして、その言葉に実父の洋六や、養父にして異父兄の仁も同意するような言葉を言っていた。
「本当にな、同じ食材、それこそ米やジャガイモ等でさえ、日本と現地では違う味がするからな。
一度、現地で食べたら、こんな味なのか、と想うことが起きるぞ」
そんな言葉を、松江の二人の父は言っていた。
松江は、久子や父二人の言葉を想い出しながら、キッカ・ファルスを味わっていた。
そう言われればだけど、日本とは蕎麦の味が違う気がする。
それに、実母の久子が作ってくれたキッカ・ファルスは、ファルスを完全にほぐした状態で出て来たような覚えがある。
それを想い出した松江は、拙いフランス語で給仕に、
「母が作ってくれたキッカ・ファルスは、ファルスをほぐしていましたが、パテ状にして出すキッカ・ファルスもあるのですか」
と尋ねた。
それを聞いた給仕は驚いて、逆に尋ねた。
「キッカ・ファルスを詳しく御存知とは。
ひょっとして、貴方の母は、この地に来られていた日本軍航空隊の関係者ですか」
「ええ、そうです。母は航空隊で整備員でした」
「何と嬉しいことか。この地方の郷土料理が、日本に伝わっていたとは」
給仕はそう言い置くと、松江の傍を離れて、奥の方へと急いで向かった。
そして、給仕はホテルの支配人を連れて来た。
支配人は興奮しながら、松江に訊ねた。
「ヨナイという姓から、もしや、と想っていましたが。もしかして、ヒサコ・ヨナイは貴方の母ですか」
「はい。ヒサコは私の母です」
「ヒサコ・ヨナイは元気にされていますか」
「はい」
「それは良かった。食事後、少し個人的な話をさせて貰えませんか」
「それは構いませんが」
松江は、実母の久子と此処のホテルの支配人にどんな因縁があるのか、気になってしまい、急いで食事を終えて、支配人室に向かうことになった。
支配人室で、松江と久子は向かい合って、机を間にして椅子に座った状態で話すことになった。
というか、松江としては、そうせざるを得なかった。
松江は立ち話で済ませたかったが、涙を浮かべた支配人から椅子に座るように勧められたからだ。
「英語の方が良さそうなので、英語で話させて貰います。本当は仏語で話したいですがね」
「其処までお気遣い頂き、有難うございます」
支配人の言葉に如才なく答えながら、松江は想わざるを得なかった。
英仏の因縁から、多くのフランス人は英語を話したがらない、と実の両親から聞いていたが、それは本当の話のようだ。
「あの(第二次)世界大戦のときは、本当に色々と悲惨な目に遭いました。
そうした中で、私やその周囲の人達の心の支えの一つになったのが、日本軍の存在でした。
遥々と東アジアの地から、祖国フランスを救う為に日本軍は駆けつけてくれた、彼らの奮闘を想えば、自分達も頑張らねば、そう自分や周囲は考えたのです」
支配人は、松江にそう語って、松江は無言で肯かざるを得なかった。
松江としては、それなりのことを言いたかった。
松江は、その立場からそれなり以上のことを知っている。
実父の洋六は提督と呼ばれる立場になっており、又、既に物故しているが、自身が米内光政元首相の遠縁になることから、松江は表立っては言えないことさえも、表向きは単なる噂として知っているのだ。
その松江の知識から言えば、支配人の言葉は、松江にしてみれば余りにも日本を美化しているとしか、言いようが無い話だった。
言わずもがなのことかもしれませんが。
この話の中で、米内松江は日本の軍服を着用しています。
だからこそ、給仕や支配人は、松江を日本の軍人と確信して、話をすることになりました。
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