第12話
そんなこんなを考えていくと、夜も自然と更けていく。
長旅による疲れもあって、米内松江の瞼は自然と垂れることになり、結果的にベッドで安眠することに、松江はなったのだ。
そして、翌日のホテルから提供された朝食、ガレットの味に、松江は驚嘆することになった。
ホテルの支配人が、あそこまでのことを言ったのは当然だ。
実母の久子が作ったガレットとは、全く違う美味を松江は味わった。
「如何ですか。我がホテルのガレットは」
「とても美味しいです」
支配人からの問いかけに、松江はそう率直に述べざるを得なかった。
朝食ということで、様々なガレットが作られており、宿泊客が好みのガレットを食べることが出来る。
松江は卵を載せたガレットと、ソーセージを載せたガレットを食べたのだが、共に実母の久子が作ったのよりも美味しい、と素直に想い考えざるを得なかった。
「当然ですよ。このガレットは、このフランス、ブルターニュ地方の蕎麦で作られたモノ。日本では決して作ることのできないガレットです」
本音では、フランス人によくある自国至上主義(とはいえ、日本を始めとする各国内でも珍しくない主義ではある)があるのだろう、支配人は胸を張ってそう言い。
それを聞いた松江は(顔には出さずに)苦笑したが。
続く支配人の言葉に、成程と松江は想わざるを得なかった。
「貴方のお母さんが、我がホテルの調理人に対して、よく零しておられました。
この地の蕎麦では、日本での蕎麦の主な食べ方、麺を作って食べても、そんなに美味しくないと。
そうしたこともあり、この地に赴いた日本軍航空隊の年越し蕎麦は、基本的にガレットだったようです。
表向きは年越しを前にして、里心がついてはいけないからなのだ、と言っておられましたが。
幾ら調理兵が努力しても、余り満足の行く麺、蕎麦切りができなかったからのようです。
それこそ新鮮な蕎麦が、折角自分達の手に入るのにです。
そうしたことから、郷に入っては郷に従えだから、と言い訳をして、日本軍航空隊の年越し蕎麦は、蕎麦を使ったガレットが、この地では基本になった、と私は聞いています」
「そんな事情があったとは。教えて頂き、有難うございます」
松江は、支配人の言葉に頭を下げて言わざるを得なかった。
その一方で、松江は色々と考えてしまった。
自分が、自らの家族を始めとする周囲の様々な面々から聞いた話だが。
欧州方面で対独、対ソ戦において戦略爆撃を行った戦略爆撃機部隊、又、それを護衛する任務に就いた戦闘機部隊の年越し蕎麦は、今でもガレットが圧倒的多数だとか。
何故にそうなったのか、というと。
欧州では蕎麦を麺、蕎麦切りとして食べることは基本的に無く、それこそガレットを始めとして、焼いて食べるのが多いとか。
要するに麵を始めとして、蕎麦を茹でたり、煮たりして食べることは、欧州では少ないのだ。
そして、それに合うような蕎麦の品種が育成されているのが、現地の現実だ。
(勿論、麺、蕎麦切りを、欧州の蕎麦で作れない訳では無いのだが。
極論を言えば、インディカ米で、ジャポニカ米の料理を作ってしまい、この料理は美味しくない、と言われるような事態を引き起こしてしまうのだ)
そんなことから、味にうるさい面々程、年越し蕎麦については、ガレットを希望する事態が、欧州に派遣された日本軍航空隊内で起きてしまったらしい。
そして、それが結果的にしみついてしまったと言うか、欧州での様々なことを、派遣された面々が偲ぶ事態が起きてしまったことから。
今でも、そういった部隊では、かつてのことを忘れるな、という大義名分から、年越し蕎麦はガレットという事態が起きているとか。
松江はそれを想い起こした。
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