第1話 ジョオの巨大翠玉(エメラルド)と探偵事務所
ジョオさんの探偵事務所に着いた僕たちは、巨大翠玉と対面しました。
ホログラムで見た時は、その大きさにピンとこなかったのですが、実際にこうやって見上げてみると、めちゃくちゃ大きいです。
たぶん、2メートル級の巨人くらいあります。シンタロウさんを見上げるときと同じくらい首が疲れます。
このエメラルドさんは、ダイヤちゃんたちのようには喋らないみたいで、じっと黙っています。
「『クオレ物語』にマルコという女の子がいるんですか?」
僕はこの事務所に到着するまで、ずっとモヤモヤしていた、僕の物語についてジョオさんに訊いてみました。
「正確には『クオレ物語』の中で語られる劇中劇…つまり挿入ストーリーだね。『アペニン山脈からアンデス山脈まで』というタイトルで紹介されたこの物語に、マルコという少年が登場してるよ」
「少年…男の子なんですか?」
「そう、マルちゃんと同じくらい、めちゃくちゃ可愛い男の子だよ」
「その物語は…どこに行けば読めるんですか?『クオレ物語』とか聞いたことないです」
「この、エムだけが知ってる物語だからね…聞きたいかい?」
「もちろん、聞きたいけど…もっと大切なことがあるんですよね…今は、そっち優先でもいいですよ」
「でも、気になるよね」
「気になります…気になる木になる…木です」
ジョオさんは、なんか意地悪な聞き方をします。
「エムは、このとおり、ダイヤたちみたいにしゃべることはできないけど、エイミーの接触テレパシーで、エムの思考を翻訳することができるの」
「エイミーちゃん、そんなこともできちゃうの?めっちゃ凄い」
「マルちゃんには言ってなかったけど、そういうこともできちゃうのよ。ネイティブ・トーラス星人は、テレパシー能力を持ってる人が多いけど、あたしは特に強いの。
ジョオほど何でもできるわけじゃないけど、このテレパシー能力に関してだけはチート級レベルだと思うから、もっと褒めてくれていいわよ」
エイミーちゃんは、笑顔でドヤ顔をします。
「ほんと凄い…じゃ、僕の物語もう知ってるの?」
「知ってるといえば知ってるんだけど…でもね、エムが憶えているのは、物語全部じゃないの…どうも、ジグソーパズルのピースみたいに物語のところどころが抜け落ちてしまっているの…
それでもね、エムは、この『クオレ物語』の6割くらいのピースを持ってるし、その物語の中の『アペニン山脈からアンデス山脈まで』は8割くらいが翻訳できたのよ。
ちなみに『黒い兄弟』はまだ6割くらい。『クオレ物語』と『黒い兄弟』以外にも、僅かな断片しか残っていない物語もいっぱいあって、この二つの物語のピースを集めるのはすごく苦労したの…
苦労はしたけど、どっちも物語の内容が印象的だったから、その適当にばらまかれたピースを集めておいたんだ。
だけど、これだけ、エムの記憶の中のたくさんの物語を探しまくったのに、ジョオの物語も、あたしの物語も、たった1つのピースさえ見つからなかったのよ」
「いっぱいって、どれくらいなんですか?」
「正確な数字はわからないけど…出版された書籍以外の物語…いわゆる当時のWEB小説も含めれば、500万冊くらいかな?」
「500万?それ全部読んで解読しちゃったんですか?」
「あらすじを読んで、興味を持った物語は結局、全部読んじゃった感じだね。ただ、目的は、ジョオの物語を探すことだから、登場人物の検索をして…ジョオらしき名前が付けられたキャラクターが登場してる物語は、一応だけど読んだよ。
ジョーとか、ジョースターとか、ジョジョとかジョゼフとか、ジョリーンとか、もう片っ端から全部読んだけど…全然、見つからないの…もともと、ないものを探すのってほんとにたいへんなの。
あるものなら、すぐ見つかるんだけどね…全部読んだ物語は50万冊くらいかな?」
「50万冊?」
「うん…音読してるわけじゃないから、そんな大したことないよ…その50万冊の中に、マルコ少年の物語とロミオ少年の物語があることを憶えてたから、ジョオに言われてすぐにピンときたの…
さっきも言ったように旅をするマルコ少年と、人買いに売られてしまうロミオ少年の物語は興味深かったから」
エイミーちゃんは、すごい努力家で、記憶力も抜群だということがわかりました。めっちゃ素敵です。惚れ直してしまいそうです。
「そうか!なんで、こんな簡単なことに今まで気づかなかったんだろう」
突然、レッドさんが声を上げました。そして、エイミーちゃんのところに来ます。
「この4つの宝石…いや、実際にはもっとある…きっと、13人の選ばれし者と同じ数は確実にある…
この宝石たちはストーリー・イラの語り部だったんだ」
「確かに今まで双児駅の先にあるという【時のアーカイブ】が過去の物語を所蔵しているという想定でいたから、物語の発生場所が、選ばれし宝石であることを選択肢から外してしまっていたわね」
レッドさんの言葉をホワイトさんが補足します。
「ピースが足りていないということは、なんらかのシステムのバグで消えてしまってる…見えなくなっている可能性もあるよね」
イエローさんが、興味深そうに言って、なにやらエムさんをいじり始めました。
「アナログ的なテレパシーを使って、深層意識を見ることができたということは、もしかしたら、デジタルデータがその深層意識の中に残っているかもしれない…
見えていないというか意図的に消されたデジタルデータがこのエメラルドに一旦記録されていたということであれば、サルベージ用のプログラムを組み上げれば復元が可能だと思う…やってみる価値はあるかもしれない」
「メモリーチップとか見つかると嬉しいね」
ブルーさんの提案にイエローさんが同意します。
「うん、確かに宝石の心臓部にメモリーチップを隠した組織、あるいは人がいたのかもしれない…それも考えられる」
創るものが決まると、このブルーさんとイエローさんのコンビは行動が早いです。
「リーダー、サルベージ用のプログラミングプランは、これで行こうと思います…問題ないですよね」
ホログラム映像を展開して、レッドさんと、その設計用デスクトップを共有しながら設計図をあっという間に組み上げていくブルーさんは、いつ見ても頼もしいです。
「そうだね、この設計図で問題ない…ブルー、イエロー、そっちは任せる…私たちは、宝石から引き出されたと思われるストーリー・イラの物語がどれくらいあるかを検索してみるよ。『小公女』『小公子』『レ・ミゼラブル』などの作品は、ここにある宝石以外の宝石の深層意識から、何者かの手によってサルベージされたものかもしれないからね」
「銀河連邦政府関係者で、13人の選ばれし者…そして、物語が発見されていて、記憶もあると言えば…セディさんしかいないことになる。セディさんは、既に宝石を手にしているのかもしれない」
「【時のアーカイブ】の中身も、今までの想定とは違う可能性が出て来たね」
「そんなことは、微調整すれば済むことですよ。誤った想定に固執して事実を見誤ることはよくあること…イエローからよく言われてることですよ」
ホワイトさんが困惑することは絶対にありません。想定外のことが発見された時でも、あっというまに軌道修正して、正しい道を見つけてしまうからです。
「そうだよ…どんな小さなバグでも、綺麗に直しておかないと、大きなセキュリティリスクになっちゃったりするんだから…常に微調整は必要だってことさ」
ブルーさんが超高速でプログラムを組み上げていく、そのペースを上回る速さで、完成されたシステムパーツの調整とブラッシュアップを速やかにこなしていくイエローさんもまた、とっても頼もしいのです。
「でも、ダイヤもラピスも、ストーリー・イラの物語とか知らないよね」
「ごめんなさいなのです…セーラ様、忘れてるだけかもしれませんが、思い当たりません…なのです」
ダイヤちゃんがとても恐縮した声で答えます。
「我も、いっこうに心当たりはないでござるなぁ。かたじけないことこの上ない。あいすまぬ」
ラピスくんも、あまり済まなそうには聞こえない、元気いっぱいの声で謝っています。
「それも、想定内だから…みんなに、ここに集まってもらった理由がそれなのよ」
「うん…あたしから説明するね」
ジョオさんが説明を始める前に、エイミーちゃんがジョオさんに代わって話し始めました。
「あたしは、接触テレパシーでしか、エムの思考をを読み解くことができないの。思考というより深層意識ね…エムの表層意識の奥のほうに大切に保管されているいくつかのメモリーのことなんだけどニュアンスは伝わるかな?
つまりなんて言うか…エムが仮に言葉をしゃべれたとしても、エムは語り部にはなれなかったということ…そして、列車の中で、ダイヤちゃんやラピスくん、カーネルさんにも接触テレパシーを試みたけど、みんなの深層意識にはたどり着けなかったの…覗き見るようなことしちゃって、ごめんね」
「我が役に立てることならば、いくらでも覗いて欲しいでござる」
「そう?じゃ、お言葉に甘えちゃうね」
我が意を得たとばかりに、エイミーちゃんは、ラピスくん…ブレスレットに嵌め込まれた瑠璃を両手で大切そうに包み込んで、頬ずりまでしています。
「ジョオが登場する物語…見つかったよ」
30分くらいの時間が経過した後、エイミーちゃんは、目を細めてそう言いました。
「なんと…我の中に、ジョオ殿の物語が?」
「うん…見つかったピースはたぶん、物語全部の中の3割くらい…物語のタイトル聞きたい?」
エイミーちゃんは、まだ大切そうにラピスくんを両手で抱えたまま、ジョオさんに振り向きます。
「もちろんだよ」
「ジョオとあたしの物語のタイトルは『若草物語』だと思う…主役4人の中に、ジョオとエイミーがちゃんといるよ」
「『若草物語』…ジョオは女の子なのね?」
「うん、そうだよ。よかったね、ジョオ」
エイミーちゃんは、確信を持ってうなずきます。
「良かったね…ジョオ、貧乏人のボクサーじゃなくて」
セーラさんも、自分事のように喜んでいるようです。
「うん、ほんと良かった。ちょっと安心したよ」
「マルちゃんの前世は『アペニン山脈からアンデス山脈まで』のマルコ少年。ロミオは『黒い兄弟』のロミオ。そして、ジョオは、『若草物語』のジョオ。あたしは、同じく『若草物語』のエイミーで決まりね」
「でも、どうして…列車の中では、ラピスくんの深層意識に辿り着けなかったの?」
僕は、エイミーちゃんに訊いてみました。きっと、他のみんなも聞きたいと思っていたことだと思ったので。
「エムの、このでっかい図体は、一種の増幅器なんだと思うの。エレキギターの音を何倍もの大きさに拡大することができる機能を持ってるアンプ装置のようなものね…その増幅機能は、もちろん、エム本人の深層意識を拡大して伝えられるから、あたしには、エムの深層意識の奥深いところにある、小さな小さな記憶の欠片を見つけ出すことができた。エレキギターのアンプというより顕微鏡といったほうが正しいかな?
そこに確かに存在するのに小さすぎて聞こえない物、見えない物を、エムが見えるようにしてくれていたんだと思う。
エムがここにいて、増幅器の役目を果たしていることで、ラピスくんの中の深層意識もはっきりと見えるようになったんだと思う。確証はないんだけどね。
科学的検証は、レッドくんやホワイトちゃんに任せるけど…きっと、これが正解…
もしかしたら、エム自体は、ほんとうほもっと小さくて、見栄を張って、自分を大きく見せてるだけかもしれないわね」
「エイミーちゃんって…天才?」
僕は、思わず心の声を口に出してしまいました。
「ほんとうにマルちゃんは素直だよね、もっと褒めてくれていいよ…ほんとうのことしか言わないもんね…誰かさんと違って」
「誰かさんって誰よ」
「ジョオに決まってるじゃないの…真実を突き止めるためにと言いながら、いったい、どれだけの嘘を吐いてるか、あたしは全部知ってますからね」
この二人が同じ物語の中の主役の二人なんだと思うと、ちょっと羨ましくなりました。もしかしたら、姉妹関係だったりするのかも…
僕の兄弟かもしれないロミオは、覗き魔の男の子みたいだから、なんとも複雑な気持ちです。
「さてと…」
そこで、セーラさんが、僕を抱きかかえてくれました。
「ジョオの物語が発見できたことは喜ばしいことですが、ちょっと、これから確認することを整理しましょう」
セーラさんが、僕の頭を撫でてくれます。
「私のパートナーのマルちゃんの物語…私も気になっていました。どうも、エイミーさんは、ラピスの次は、ダイヤとカーネルも覗きたいと考えてるみたいだけど、どっちを優先しますか?」
「私のほうは後回しでいいよ…見つかったことがわかれば、いつでも、エイミーから聞くことができるから…まずは、マルコ少年の話を、聞かせてあげてほしい」
「その話って録音とかはしてないんですか?僕とセーラさんが、その記録を聴いてるうちに、エイミーちゃんがダイヤちゃんたちの記憶を引き出すことができれば効率いいですよね」
「そうね…マルちゃんの判断は正しいわ」
「じゃあ…」
「でもね…別に急ぐ旅ではないから、私は、エイミーさんの口から、マルちゃんの物語をお聞きしたいわ…面倒くさいなら録音でもいいけど…どうかしら?」
セーラさんは、落ち着いた声で穏やかな表情で、そう言って、その場にいるみんなの顔を見渡しました。
「急いでないのに、僕の物語の朗読を最優先…でいいんですか?」
「私がわがままなのは、マルちゃんが一番よく知ってるでしょ」
「そうですね…そうでした。忘れてました」
「では、そのわがままなダイヤモンドプリンセス様の希望を叶えましょうか?」
「ありがとう…お願いします」
そして、エイミーちゃんは、自分のスマホをタブレットサイズに拡大して、そこに記録された『アペニン山脈からアンデス山脈まで』という物語を、僕たちに読み聞かせてくれました。
「マルコ・ロッシは、ちゃんとお母さんに会えたんだね」
「ラストシーンは、あたしの創作じゃないよ…ちゃんとエムが記憶してくれたことだから、ちょっとオーバーな表現も途中で入れちゃったけど…大筋は合ってるはず」
このマルコ・ロッシという名の少年が、僕の前世なんだと思うと、なんか自分の3年間の旅も、このセーラさんと出会ってからの旅も、なにもかも、僕のほうが恵まれていて、僕の旅は全然、まったくつらい旅ではなかった。
とにかく、マルコ・ロッシが暮らしていた時代のイタリアという国の労働法制には、むかつきまくりだった。フィクションだってことはわかってるんだけど、やっぱり腹が立ってしかたがない。
そんな過酷な労働環境しか作れないような政府の国から遠く旅をして、別の国で、お母さんと出会えたことは良かったけど…
でも、やっぱり、マルコ・ロッシは、僕とは全然違う人のように感じてしまったのです。
「僕はこんな立派な人じゃないし…そもそも、僕は女の子で猫で…全然、違う人だと思うけど…やっぱり、この人の生まれ変わりなのかな?」
「どうかな?物語の主人公に直接会うことはできないから難しいと思うけど…直接会えれば、きっと、もっと共通点が見つかるんじゃないかな?実は、マルコ少年には、青い髪色の恋人さんがいたり、マルちゃんと同じくらいゲームが好きだったり…するかもしれないよ」
僕と一緒に、僕の物語を聞いてくれたセーラさんは、どんな気持ちで、今までセーラ・クルーの物語を読んでいたのだろう。
「きっと、つらい思いを繰り返さない為に、私もマルちゃんも生まれ変わったんだと思うわ…私は、ずっとそう思うようにしてきたから、マルちゃんも今までと同じでいいと思うよ」
「マルコ・ロッシのお母さんのように仕事をするために遠くに出かけなくても、ペガスス座銀河でも、列車の中でもゲーマーという仕事を普通にできている僕は、恵まれてるんだね」
「社会が変われば、労働条件も変わるわ…好きなことを仕事にできて報酬をもらえることの大切さは、こういった物語があったから、少しずつ改まってきて今があるんだと、私は思ってる…
その証拠に『レ・ミゼラブル』のファンティーヌのような人は、今は、どこを探してもいないでしょ。こんなことを繰り返しちゃいけないというメッセージなんだよ、きっと」
僕たちと一緒に、マルコ・ロッシの物語を聞いていたエリスは、もう、物語の途中から涙腺が崩壊しちゃってて、綺麗なお顔もぐちゃぐちゃになってしまっていました。
そんなエリスは、何かを言いたそうにしていますが、なかなか涙が止まらない様子で何も言えずに僕の手をギュッと握ったままでした。
「マルちゃん…セーラさんに会えて、ほんとに良かったね」
小さな小さな声で、エリスが僕に囁くように言ってくれました。
「エリスにも、こうやって会えたからね…僕は、きっと、もの凄くついてるんだよ」
「次は…ロミオの物語にする?あたしは、どっちでもいいけど」
エイミーちゃんは、僕とセーラさんが、物語の感想を言い合っていることを察して、少し黙ってくれていたけど、エリスがその感想大会に参加しそうになっているのを見て、僕にそっと訊いてくれました。
「ロミオは、後回しでいいと思う…覗き魔は生きる権利も死ぬ権利もありません。だから、物語を聞く権利もありません」
「そう?それでいい?ロミオちゃん…聴いてる?」
エイミーちゃんは、首を巡らせてロミオの存在を確かめる仕草をしました。
「ああ…僕のは、後でデータを送ってくれればいい…ただ、ネットを通すと銀河連邦政府にバレる恐れがあるからな…双児駅に来た時に教えてくれればいいよ…どうせ、僕の物語だ。人買いに売られた冴えない猫がどっかで野垂れ死ぬストーリーだってことは想像できるよ」
「ロミオは死なないけど、親友がねぇ…まぁいいや。とりあえず、今はロミオのことはどうでもいいから…ダイヤちゃんの深層意識見せてもらってもいいかな?」
「ちょっと待ってくださいなのです…まだ、心の準備が全然できてないのです」
「じゃ、ダイヤちゃんは後にしましょう。カーネルさんはどうですか?」
「準備万端です!ダイヤみたいに、覗かれて困ることなんて1個もありませんから。私は清廉潔白です。オールオーケーです。ノープロブレムです。モーマンタイです。」
カーネルさんは、めちゃくちゃ動揺しまくっていましたが、やっぱり宝石さんでも、心の中を見られることには抵抗があるのかもしれません。
僕が覗かれて困るのは、セーラさんへの本当の気持ちとか、シンタロウさんへの本当の気持ちとかですけど、いつも、セーラさんには『マルちゃんは嘘が吐けないから、隠したい気持ちが全部顔にでちゃってるよね』と言われているので、結局、そういう恋する気持ちを覗かれても、あまり困ることはないのかもしれません。
「あたしの推理が正しければ、カーネルさんより、ダイヤちゃんのほうが『若草物語』のピースをより多く持っていそうなんだよね。とりあえず、カーネルさん、覚悟はよろしい?」
「はい…いつでもど・ど・ど…どうぞ」
エイミーちゃんは、恥ずかしそうにしているカーネルさん…紅瑪瑙のブローチを、両手で包み込んで、彼女の深層意識向かって深く潜り込んでいきました。
「……よし、見えたわ!」
カーネルさんの紅瑪瑙を包み込んでいたエイミーちゃんが、パッと目を見開きました。
「カーネルさんの中にも『若草物語』のピースがあった! それも、ジョオとエイミー以外の二人——メグとお姉様、そしてベス(エリザベス)の記憶よ!」
「ほ、本当ですか! 私の中にそんな優雅な四姉妹の記憶が……! ああ、清廉潔白でよかった……変な隠し事とか覗かれてなくて本当によかった……!」
胸を撫でおろすカーネルさんを横目に、イエローさんとブルーさんの手がホログラムキーボードの上を光の速さで駆け抜けます。
「エムの増幅波形と、ラピス・カーネルから抽出した深層意識のログの同期に成功したよ!」
ブルーさんの声と同時に、ジョオ探偵事務所の中央に設置された巨大なエメラルド——エムさんが、ボワッと深いエメラルドグリーンの光を放ち始めました。
「解析プログラム『サード・ダイブ』稼働……未復元データのサルベージを開始します」
ホワイトさんがクールに宣言すると、エムさんの巨体から無数の光の文字列が噴出し、事務所の天井一杯に広がる巨大なホログラム・ツリーへと姿を変えました。
「すごい……! 文字が、どんどん繋がっていく……!」
セーラさんの膝の上で、僕と思わず息をのむと、エイミーちゃんが歓声をあげました。
「『若草物語』の残り7割のピースが、エムの深層データから一気に復元されていくわ! メグ、ジョオ、ベス、エイミーの四姉妹が織りなす、温かくて、時に切ない愛と成長の物語……! ジョオ、やっぱりあたしたち、本当の姉妹だったんだね!」
「……ふっ、そうみたいだね」
ジョオさんは、少し照れくさそうに帽子を目深にかぶり直しながら、優しく微笑みました。
「型破りで、小説家を目指していて、家族を誰よりも愛する次女ジョー・マーチ……それが私のオリジン(原点)。なんだか、長年の探偵捜査でずっと追っていた犯人の正体が、自分自身だったと分かったような気分だよ」
「これでジョオの前世が【若草物語】であることが、パーフェクトに確定したわけだね」
レッドさんが力強く頷き、ホログラム画面の分析データを指し示しました。
「だが、驚くべきはそれだけじゃない……見ろ! エムが隠し持っていたのは、物語のテキストデータだけじゃなかったんだ!」
「えっ……? テキストだけじゃないって……どういうことですか、レッドさん?」
僕が身を乗り出すと、イエローさんが不敵な笑みを浮かべて、エメラルドの心臓部から抽出された【極秘暗号データ】を拡大表示させました。
「宝石たちに刻まれているのは『記憶の文章』だけじゃない。深層意識のさらに奥底——超高密度に圧縮された『周波数データ』が埋め込まれていたんだよ」
「周波数……?」セーラさんが首をかしげます。
「分かりやすく言うと『音楽のコード(旋律)』です」
ホワイトさんが静かに解説を加えました。
「セーラ様の【ダイヤモンド】には『第1のコード』。アン様の【紅瑪瑙】には『第2のコード』。ラスカル様の【瑠璃】には『第3のコード』。そして、この巨大エメラルド【エム】には、強烈な重低音とともに『第4の音楽コード』が刻まれていました」
*ゴゴゴゴ……*と、エムさんの巨体がかすかに共鳴し、事務所の中に神秘的で美しいメロディの「一節」が響き渡りました。
それは、どこか懐かしく、胸が締め付けられるほどに切なく、そして力強い、古代ペガスス座銀河の「忘れられた旋律」——。
「これって……音楽なの?」エリスが涙を拭いながら耳を澄ませます。
「ええ。単なるBGMではありません」レッドさんの目が鋭く光りました。
「13人の選ばれし者と、13個の宝石……そのすべてが集まり、13の音楽コードが一つに重なった時、それは過去の映像コンテンツ……つまり『物語の動く姿』を再生するための完全な【起動キー】になるんだ!」
「アニメーションの起動キー……!?」僕とセーラさんは思わず声を合わせました。
「肯定します」ブルーが頷きます。
「動画職人コゼットが発掘・復元を試みている数々の断片映像も、この13の音楽コードという『正調の音律』がなければ、ノイズが解除されず完全なフルカラー映像として再生できません。エムから得られたこの『第4の音楽コード』は、封印された過去の記憶を映し出す、決定的な鍵となります」
「4つの宝石が揃い、第4のコードまでが解読された……」
ジョオさんは煙草(の形をしたココアシガレット)をくわえ、エメラルドの光を静かに見つめました。
「これで、双子座の【双児駅】へ乗り込む準備の第一段階は整ったわ。あそこに眠る【時のアーカイブ】を開くには、この音律の共鳴が絶対に不可欠なんだから」
「ふふっ、マルちゃん」
セーラさんが僕をギュッと抱きしめ、耳元で優しく囁いてくれました。
「なんだか、私たちの旅が、物語を読むだけじゃなくて、素敵な音楽を奏でる旅にもなってきたわね」
「うん……! 僕、セーラさんやみんなと一緒に、その『完全な曲』を聴いてみたいです!」
巨大なエメラルド・エムさんが放つ緑の光景の中で、僕たちの牡牛座での最初の事件——「第4の音楽コード」の解読は、大成功のうちに幕を開けたのでした。




