第2話 サイバー総力戦! 忍び寄るマッドサイエンティストの影
大きなミッションをクリアしたことで、レッドさんたちは、ちょっと休憩するのかなと思っていたけれど、手を休めることなく、次に探す宝石や音楽コードの在処を探し始めました。
「ほんと、レッドさんたち…働き者ですね…マルちゃんは疲れちゃったんじゃないの…ちょっとお買い物で疲れを取りにいこうよ」
唐突に、エリスが外出の提案をしました。
お買い物で疲れが取れるのは、たぶん、このメンバーの中ではエリスだけだと思うけど、エリスにとっては、牡羊座から旅立って新たな生活の場を探す旅でもあるわけだから、その提案には乗ることにしました。
「ジョオさん、この近くでショッピングできるところはあるんですか?」
「この星では、買い物は全部ネット注文で済ませるから、ショッピングする場所はまったくないね…何が欲しいんだい?注文してあげるよ」
「なにか欲しいものがあるわけじゃなくて、マルちゃんとショッピングデートしたいんです」
エリスは不満そうだけど、僕はほっとしました。この星は、エリスには向いてないことがはっきりしたからです。まだ、少し一緒にいられると思ったからです。
「ショッピングセンターはないけど、カラオケ店ならあるよ…この星の若い連中のデートといえば、カラオケが定番だ。行ってくるといい…
カラオケ店のある総合レジャーセンターには、ゲームセンターもあるから、マルちゃんは、ゲームのほうが楽しめるんじゃないかな?」
「それは嬉しいけど…女の子2人連れだと危険じゃないですか?そういう場所って…」
「この星の治安は良いほうだけど、心配ならここにいるといいよ。無理して外出する必要もないだろう?」
「どうする?やめる?」
「カラオケ行きたい…できれば、踊れるとこがいい?ありますか?ジョオさん」
「あるよ…歌って踊れるカラオケバー…エリスちゃんはお酒は飲めないけど、マルちゃんは飲めるよね…こっちが落ち着いたら、私もそっちに行くよ。ちょうど飲みたい気分だ」
「ジョオさんは来なくていいです…いつものメンバーと一緒だったらデートにならないじゃないですか」
エリスは、めちゃくちゃイヤそうな顔を、ジョオさんに向けます。
「はいはい…とりあえず、明日の昼にはここを出発するから、それまでには帰ってくるんだよ」
「朝帰りなんかするつもりないですから、すぐ帰ってきますよ」
少しだけエリスの話を聞いたらすぐに戻るつもりだったので、僕は、ジョオさんに言いました。
「そうしてくれるとありがたい…ボディガードが見つかればいいんだけど…」
「だから、大丈夫ですって…どこの世界に、ボディガードを連れてデートするカップルがいるんですか?」
「この星では、みんなそうしているよ…予習していないのか?」
「え?だって、さっき、治安はいいって言ってたじゃないですか?」
「治安はいいんだけど、街まで行くと軍人が多いからバーで飲んでると彼らが絡んでくるんだよ…女二人とかだと、格好の獲物になっちゃう。それで、無料レンタルのボディガードが必要なの」
「あの…エリス、やっぱり、ここは、お出かけしないほうがいいと思うんだけど」
「だって、ここにいたら、プライバシーゼロじゃないですか…ロミオとかって覗き魔も放し飼いだし…あたしは、マルちゃんと二人っきりで大切なお話をしたいの…」
「治安が良いということは、犯罪者がいないということではないのよ。ちゃんと、市民が自衛の手段をわきまえてるから、トラブルが少ないだけだから。
ちなみにボディガードが依頼者に手を出すようなことがあれば、そのボディガードは職を失うだけじゃなくて、居住権そのものを奪われるの…
とりあえず、ここに、ボディガードリストがあるから、誰か一人選んで連れて行くといい…現地合流もできるからね」
そう言ってジョオさんが差し出した【無料レンタルボディガードリスト】が載っているタブレットを受け取って、リストの内容を、エリスと一緒にチェックします。
「けっこう、ケンタウロス族もいるのね…この銀髪の男の子、イケメンじゃない?ちょっとシンちゃんに似てるし。とりあえず…ポチ」
エリスは、さっさとボディガードを選ぶと外出着に着替えを済ませました。
そして、僕とエリスは、レンタルカーに乗って金牛駅とは逆方向にある総合レジャーセンターに向かったのです。
「立場上、ああは言ったけど、行かしちゃって良かったの?」
マルコとエリスの二人を送り出したジョオが、セーラに言います。
「エリスは危なっかしいけど、マルちゃんが付いてるから大丈夫でしょ」
セーラが明るい表情で、心配はいらないという意味の返事をします。
「レッド、一応確認するけど、この研究所でチェックすることは完了したってことで大丈夫?
ラスカルの物語は、結局、見つかっていないけど…ラピスを再チェックしてみたほうがいいんじゃないかな?」
セーラがAIチームのリーダーのレッドに確認をします。
「宝石の位置をサーチできるレーダープログラムを作れればいいのですが、ちょっと時間がかかりそうです。
ただ、今までの経緯を考えると、やはり、マルコさんのいるところに、宝石は集まると思えます。この先も12星座銀河の主要な星を巡る旅を続ければ、宝石のほうは自然と集まると思っています」
「レッドとしては不本意な結論みたいね?」
「こんなに計算通りに事が運ばないことは初めての経験です。良い経験をさせてもらってると思うようにしてます」
「そうね…物語のサルベージの方法はわかったし、消失したデータの復元ツールプログラムも完成したから、次は、インタビューの申し込みを考えましょう。初めにコンタクトを取る相手は、蟹座のペリーヌで良いのかしら?」
セーラがジョオに意見を求めます。
「うん、今からアポを入れてみる…カメラマンだから、仕事の依頼という形で申し入れれば、きっとすぐに返事がくるはず」
「じゃ、そっちは頼むわ。よろしく」
「セーラ様…エム様の深層意識のさらに奥に、どこかに通じる道が見えるのですが…確認していただけますか?」
ホワイトが、復元ツールの再チェックをしている時に発見した違和感について、セーラに伝えます。
「道ということは、入り口があるということ?セキュリティホールのようなものかしら?侵入された形跡はある?」
セーラは、つぶやきながら、ホワイトが示した【道】をホログラムの拡大映像で観察します。
「おそらく、セキュリティホールね。侵入してきたのは、どこの誰かは確認できてるの?」
「侵入者のアドレスは特定できています…このルートのアドレスは…【蟹座】です。道の入口付近に頻繁にアクセスした形跡もあります…間違いなく【蟹座】から侵入してきていますね…
なんらかの方法で、この翠玉に接触して、接続するための通信プロトコルを一方的に設置・開放したように思えます。アクセスログは…このデータです。全て同じ場所からのアクセスになってますが…」
「はっきり言っていいわよ…ホワイト」
「はい…場所は特定できています、【蟹座】のペリーヌ様のご自宅に設置されているスーパーコンピュータサーバからアクセスされています…
個人で、このクラスのスーパーコンピュータを所有しているのですね。
何か独自の研究開発をしているのか…誰かが、研究のために持ち込んだか…
ペリーヌさん以外の誰かの可能性が高いと思いますので、継続して調べます。このコンピュータサーバにアクセス可能なアカウント情報を発見できれば、所有者の特定はし易いはずですから」
「この翠玉を発見して、すでにデータの分析をしている研究者がペリーヌさん…または、他の誰かということね…引き続き向こう側の詳しい情報を集めてちょうだい…よろしくね」
「かなり頑丈な独自プログラムによるファイアウォールが構築されていますが、でも、この程度なら突破できます…10分の時間をください」
「ホワイトはそっちをお願い。急ぎ過ぎず慎重にね…ところで…ロミオ?」
「呼びましたか?」
「あなたが、この宝石たちを通信機として使ってるメカニズムはどうなってるかわかる?」
「う~ん、自然に繋がったとしか言えないかな?ピスケス・ドームの時もそうだったけど、なにかの周波数が一致した時に繋がるような感じはしてる」
「そうよね…レッド…今、どんな手続きで、ロミオと通信ができてるかを解析してくれる?ロミオは、解析が済むまで、ちょっと、私と話してくれると嬉しいけど」
「それって命令ですか?」
「お願いしてるつもりなんだけど…もしかして、いや?」
「セーラさん、その言い方って…『いや』と言えない空気を作ってませんか?」
「マルちゃんと一緒で、私もできればキミとは仲良くしたくないのよ…それくらい、察しなさいよ」
いつになく強い口調で、セーラはロミオに接していますが、セーラとロミオの会話は、この調子で5分間続きました。
「セーラ様、ロミオ様が、3つの宝石のある場所で、こちらにホログラム映像と言葉を送信する手続きがわかりました」
レッドが、さっそく、セーラに報告します。
「ラピス、カーネル、ダイヤの3人の間では、常にある一定の周波数帯での波動が発生しています。この3つの波動で作り出されるデジタル信号が一つの通信プログラムを形成して通信を可能にしています。
例えていうならですが、ルービックキューブを超高速で回転させながら、6面のうちの1面が完成した瞬間だけ、通信が可能になる仕組みということで間違いありません。
断続的ではあるけれど、3つの波動がお互いの波動を活性化させることで、ルービックキューブの回転を速くしているので、通信が途切れることなく接続状態が維持できる…常時接続に見える仕組み…手続きだと言えます。
そして、おそらく、マルコ様がいる時は、その3人が発生させる波動の活性率はマックス状態に近いと思われます。
それによって、マルコ様がいる時は、より鮮明なロミオ様の映像と音声を再生できていると考えられます。マルコ様が帰宅されれば、この推察も証明できるはずです」
「なるほど…わかりました…ありがとう、レッド。ロミオも…ありがとう。こんな不毛な会話につきあってくれて。感謝するわ」
「僕は、セーラに、けなされただけだけど…それで、謎解きの役に立ったのなら、まぁ良かったってことにしとくよ」
「ところで、ちょっと、その左手の指輪を見せてくれる?」
「指輪…ですか?」
セーラの指示に従い、ホログラム映像のロミオが、左手を突き出します。
「それって、黒真珠じゃないの?」
「これ?これは、生まれた時から身に着けてたもので、大した価値のあるものじゃないよ」
「でも、宝石には違いないわ…そっちに着いたら、レッドに調べさせるわ」
「セーラ、ペリーヌさんから返信来たよ…今日中にミーティングができることになった」
ジョオは、ペリーヌからダイレクトメッセージが返信されたことを、セーラに伝えます。
「セーラ様…このエム様の深層意識の奥にある…この道…銀河連邦政府専用通信回線が使われています。ペリーヌ様は、おそらく連邦政府と繋がっています」
ホワイトが、ファイアウォールの突破を試みている間に突き止めた事実をセーラに報告しました。
「連邦政府?…ということは、ペリーヌが政府の命令で、このエメラルドを監視・サーチしていたということになるけど…
ジョオ、この後のペリーヌさんとのミーティングで、彼女と連邦政府の関係性を訊くことはできるかしら」
「それとなく訊いてはみるけど、あまり期待はしないでね。今回は、ペリーヌが、なんらかの物語の登場人物か?その記憶はあるか?手元に宝石は存在するか?
その3つに絞って訊いてみる予定なので、今はまだ余計なことを訊いて心証を悪くしたくはないんだ」
「そうね…今日のところは、それだけ確認してくれれば充分。他のことはペリーヌと仲良くなれたらということで」
「セーラ様、ファイアウォールを突破できました…映像投影します」
「ちょっと待って、ホワイト…向こうに気づかれていない?連邦政府の回線なんでしょ」
「気づかれるようなへまはしていませんが、慎重を期すというのであれば、やめておきます」
「いえ…いいわ…見せてくれる?」
「はい」
そして、ホワイトは、空間への投影ホログラムではなく、セーラの手元にあるタブレットに、蟹座のペリーヌの居室の映像を表示させます。
そこには、ペリーヌと思える人物の他に、3人の人物が写っています。その3人のうちの1人は、ケンタウロス族であることがシルエットからはっきりわかります。
「ゲンパク、リョウタクと、もう一人は、シバサブローのようだね…まぁ、予想通り…奴らが何か企んでるのは確かだということはわかった」
タブレットに表示された映像を覗き込んだロミオが、蟹座と射手座で研究をしている科学者3人の名を口にします。
ロミオは、この3人と、オーガイという名のケンタウロス族を含めた4人の医師・科学者の存在に気づいていました。
「ありがとう、ホワイト。とりあえず映像は、これで充分…あとは、ジョオが直接ペリーヌさんに訊いてくれるから…それより気になることがあるの」
「政府専用回線のことですね…セーラ様」
「うん…この回線から、政府のデータベースに入ることはできる?」
「やってみます…政府が、ストーリー・イラの情報を調査・分析しているという噂はありましたが、政府専用のデータベースに入り込めるチャンスですからね…この機会を逃すのは確かにもったいないです」
「お願い、やってみて…ただ、検索するのは、セーラ・クルー、コゼット、セディの名前と作品名の検索をメインにしてもらえるとありがたい。どの宝石から、どのストーリーがサルベージされたのか…それが、どういうタイミングで一般に公開されたのか…私が生まれたときから『小公女』のストーリーも『小公子』のストーリーも存在していたから、もしかしたら、かなり古い記録かもしれないわ」
セーラの指示に従い、ホワイトは、銀河連邦専用回線への侵入を試みます。
その名の通り、エメラルド色に美しく輝く、翠玉・エムの深層意識の中をホワイトが進行していきます。
そして、エムのデータメモリーに空いた、とても小さいシミのようなセキュリティ・ホールを再度確認します。
エメラルド色の中に現れたワームホール内に移動して、そのワームホールの起点となっている、ペリーヌの居室内に設置された超小型スーパーコンピュータのファイアウォールまで瞬間移動します。
先ほどのダイビングで、ホワイトがこのファイアウォールを突破した手続きは、以下の手順でした。
・セーラのAIチームで【セーラー・パラライザー・ヴァージョン3.6】と名付けたウィルスを使って、一時的に…ファイアウォールの機能をマヒさせる。
・マヒ状態となっている一瞬の間に、ダミーの認証可能なアカウント情報を注入する。
・合法に見えるように偽装して、スーパーコンピュータにログインをする。
連邦政府のデータベースへ接続可能なアカウント情報は、この手順でペリーヌのスーパーコンピュータに侵入した一瞬のうちに入手しました。
ペリーヌのスーパーコンピュータは、連邦政府専用のネットワーク回線に参加している状態であることは、セーラに報告した通りなので、
このネットワーク回線を使って、まずは政府機関の総合コンピュータシステム群の中にあるアプリケーションサーバの入り口まで到達します。
そして、アプリケーションサーバにインストールされたウィルス防御用のアプリケーションの全てを、
やはり、【セーラー・パラライザー・ヴァージョン3.6】を使って一時的にマヒさせます。
アプリケーションサーバをマヒさせ、支配下に置いた状態で、データベースサーバに接続・侵入をして、データベースサーバのメモリ内容を直接スキャンするのです。
スキャンした結果は【MA-GI-CA】に転送して、スキャンデータの再構成とデータサーチを任せます。
この【MA-GI-CA】は、セーラの開発ルームに設置された民間人が購入可能な最高スペックのスーパーコンピュータです。
ホワイト自身にももちろん、データサーチ機能は搭載されているのですが、政府用データベース内で、データの再構成やアプリケーションの機能を使ったデータサーチをするよりは、
【MA-GI-CA】に任せたほうが、より高速で高精度のデータサーチが可能であると判断したのです。
この時のホワイトは、愚直に連邦政府データベースのデータをスキャンすることと【MA-GI-CA】へスキャンデータを転送することに専念していました。
「セーラ様…ペリーヌ様の居室に妙な動きがあるようなので、私は蟹座ルートに侵入します」
レッドが、いつになく焦った表情になってセーラに報告をしました。
「妙な動き?」
「ホワイトの侵入を察知された可能性があります…いえ、それだけではありません。セーラ様…私たちの【MA-GI-CA】に侵入するウィルスプログラムを発見しました。私は、そちらの迎撃をします」
「【MA-GI-CA】への侵入を許したっていうの?」
「申し訳ありません…ブルーにこの新型ウイルス迎撃用のプログラムワクチンを作らせます…【MA-GI-CA】のデータを消されるわけにはいきません」
「ブルー、イエロー…頼みます。このタイミングでの侵入ということは、あの蟹座のペリーヌに繋がるルートは、彼らの罠だったのかもしれないわね」
「はい…こちらのアドレスをトレースされて【MA-GI-CA】を特定されたんだと思います…セーラ様、一旦、ホワイトもこちらに戻します…」
「そのほうがよさそうね」
セーラは自身のサーバ監視用タブレットを開いて、まずは、【MA-GI-CA】のウイルス迎撃用アプリケーションの実行状況を画面に表示しました。
その画面に表示される情報を一瞬で把握し、迎撃アプリケーションへのウィルス攻撃が開始されていること…まだ、こちらの迎撃アプリケーションはマヒ状態ではなく、突破もされていないことを認識したのです。
「まだ、こっちの白血球たちは機能停止にはなっていないわね…」
セーラが【白血球】と呼んだプログラムは、【MA-GI-CA】にインストールされた、セーラとAIチームが開発したフルスペックのファイアウォールを備えたワクチンシステムで、侵入したウィルスを迎撃し、破壊・駆逐する機能を有しています。
「白血球により破壊したウィルスが、分裂した後、結合して復活しています…しかも結合速度が速まっています」
「く…突破されるのも、時間の問題ね…ホワイトは戻ってこれた?」
「連邦政府データベースへ侵入した足跡…通信ログと実行ログを完全消去するのに、もう少し時間がかかるはずです」
「了解…ホワイトが戻るまで、持ちこたえるわよ」
「このウィルスは、未知の新種ウィルスです…【MA-GI-CA】攻略用に製造されたウィルスである可能性が高いです」
「【MA-GI-CA】には、独自の防衛システムを組み込んであるとはいえ、所詮は市販品だからね」
「攻撃してるのは、さっき、ペリーヌさんの部屋にいた科学者たちですよね」
「私の【MA-GI-CA】を攻略しようなんて…度胸があるじゃない…あいつら…」
「セーラ様…【MA-GI-CA】のベア・ユニットが突破されました…データエリアのメモリが捕食され変質していることが確認できました」
「うん…報告ありがとう…ベア・ユニットのメモリ群を活性化させて、体制を高めてくれる?」
「もう、やっています」
「ありがとう…」
直接【MA-GI-CA】のデータに触れることができるているレッドと、タブレット画面で視認するセーラとでは、データ把握に時間差があります。
レッドの迅速で的確な報告があることで、セーラは、正しい対処方法を指示できます。
「く…パンサー・ユニットも突破されました…これは、バンパイア型の新型ウィルスです。噛まれたメモリがウィルスに変質していきます」
【MA-GI-CA】は、5つの独立したスーパーコンピュータユニットで構成されている複合型のシステム開発用のサーバ・システムで、
侵入された、ベア・ユニットと、パンサー・ユニットの他に、ライオン・ユニット、タイガー・ユニット、ウルフ・ユニットの合計5つが物理コンピュータとして設置されています。
その5つのうち、現時点では、2つのユニットに侵入を許しているのです。非常に危険な状態です。
「私たちのデータを消去されるわけにはいきませんから、ホワイトが戻ったら、【MA-GI-CA】をバックアップサーバに切り替えて、【MA-GI-CA】の電源をシャットオフします」
「間に合う?」
セーラは、真剣な表情でレッドに聞きます。
「間に合わせます。このエマージェンシープログラムは、何度もシミュレート済みですから、絶対に間に合わせます」
「セーラ様、今、戻りました。レッド、バックアップサーバへの切り替えをお願いします」
連邦政府のデータベースに侵入していた間、微動もしなかったホワイトのデジタルデバイスが動きを取り戻し、この場に戻ってきたことをセーラに伝えます。
「エマージェンシープログラム・ケース707を実行します」
デジタルデバイスとして実体化していた、レッド、ブルー、イエロー、ホワイトの姿が一瞬だけ消失した後で、すぐに復活しました。
「全員、無事です…すぐにシャットオフした【MA-GI-CA】のメンテナンスを実行します。
【MA-GI-CA】の電源をオンにしたら、ホワイトは、【MA-GI-CA】を復旧するための作業に専念させます」
「リモート操作のウィルスではなく、物理的に【MA-GI-CA】に干渉・侵入されたのだとすると…
電源をオンにした瞬間に、彼らのウィルスが活動を再開する可能性があるわね」
「そっちは、心配ありません…セーラ様、ワクチンプログラムを構築できています。ワクチンをホワイトに持たせて、攻撃を受けたデータの復旧の前に、残留したと思われる彼らのAIウィルスを駆除いたしますから」
ブルーとイエローは、ホワイトが帰還したのとほぼ同時に、この新型ウィルス撃退用のワクチンをしっかりと完成させたのです。
僕とエリスは、レンタルカーを総合レジャーセンターの駐車場に置いて、無料レンタルボディーガードの窓口にやってきました。
「はい…先ほどご予約されたエリス様ですね。承っております。ご指名をされました『リンタロウ』は既にスタンバっております」
「ありがとうございます」
「どちらから、いらっしゃったんですか」
「あたしは、お隣の牡羊座星からです」
「随分、遠いとこからいらっしゃったんですね…ボディガードサービスをご利用されたことは、賢明な判断です」
「軍人さんがナンパしまくるって本当なんですか?」
「そうですね。彼らは、それを社交辞令のように考えているものですから…カップルやボディガード付の旅行者へは声をかけることはありませんので、ご安心ください」
窓口係のお姉さんが、とってもにこやかに応対してくれます。
そして、すぐにボディガードのリンタロウさんが奥のほうから出てきました。
写真では、ちょっとシンタロウさんと似てる感じでしたが、実際に会ってみると、少し年配の方だということがわかりました。
「リンタロウです…今日は、誠心誠意お勤めいたします…本業は、陸軍軍医をしています…健康面で心配なことがあれば、診察もいたします」
「それは心強いです…」
「ボディガードではありますが、さっき申し上げましたように、診察もしますし道案内もいたします。これから、どちらに行かれますか?」
「一つ質問していいですか?」
僕は、この無料ボディーガードサービスというものを、この星で初めて知ったので、聞きたいことがありました。
「どうぞどうぞ…ネットで検索しなさいとか、野暮なことは言いませんので…なんでも聞いてください」
あの…言ってるじゃないですか…検索しろって、はっきりくっきり。
「陸軍軍医とおっしゃいましたが、このサービスは、陸軍で運営されているのですか?」
「ああ…確かにそれは、検索しても出てないですよね。陸軍はノータッチですよ。アルバイトで、いろいろな職種の人間が在籍してるんですよ」
「はぁ、アルバイトですか?」
「他に質問がなければ、目的地まで案内します…たしか、ダンスステージ付きのカラオケバーですね」
「よろしくお願いします」
リンタロウさんにエスコートされた僕たちは、すぐにジョオさんが言ってた、歌って踊れるカラオケバーに入店しました。
カウンターからかなり離れたボックス席に腰を下ろした僕とエリスは、お酒を飲むのはやめようということになったので、ソフトドリンクを注文しました。
「二人きりで話したいって言ったことだけどさ」
席に着くとすくにエリスは真顔で、僕の顔をまっすぐに見つめて言いました。
「そうだね…その話だったね」
「13人の選ばれし人とか、宝石とか、あたしだけ、何にもないんだよね」
「それを言ったら、僕だって…他の12人とは違って、何も取り柄がないよ」
「でも、マルちゃんは、あんなに素敵な物語の主役じゃないの…マルちゃんばっかり…なんか、ずるいよ」
「ずるいと言われても…」
「4姉妹の物語とか、ジョオさんって…ほんとになんなの?あの人」
「確かにジョオさんはチート過ぎだよね。
でもさ…もしかしたら、エリスにもストーリー・イラの物語があるかもしれないよ…ラスカルさんの物語がまだ見つかっていないように」
「う~ん、ほんとは、物語とかはどうでもいいんだ…」
「…」
エリスは、下を向いて大きなため息をつきました。
「マルちゃんと、こんなふうにずっと一緒にいたいだけだから…ね、マルちゃん…あたしの膝に乗らない?」
「いいよ…エリスの邪魔じゃなければ」
差し向かいで話をしていた僕たちだったけれど、エリスに言われて、僕はエリスの膝の上に移動しました。
エリスは、すぐに僕のいろいろなところを撫でてくれます。
「ごめん、嘘ついちゃった。
どうでもいいってのは、嘘…
あたし…
できれば、マルちゃんの物語の中に登場したかったんだ…
結局、最後まで、エリスって女は、マルちゃんの物語の中には出てこなかったから…
それで、いっぱい泣いちゃった…
一人だけ、仲間はずれなんだもん…
みんなの仲間になれないって、やっぱり、さびしいよ」
「二人きりになりたいって…
そのことを言いたかったの?」
「うん…
みんながいる場所じゃ言えないでしょ…
こんなこと…
特にセーラさんがいるところじゃ」
「どうかなぁ…
セーラさんは、あんまりそういうこと気にしないと思うけど」
「まぁいいや。言えたから、すっきりした。どう、マルちゃん、1曲歌わない?あたし、踊りたくなっちゃった」
そう言ってエリスは、ダンス用のステージを指さしました。
「選曲はマルちゃんに任せるわ…なんでも踊れるから」
「僕、こんなに人がいるところで歌ったことなんかないよ」
「下手だっていいの…どうせ、あたしのダンスだって下手なんだもん…だからさ、一緒にステージで歌おう」
「どうしようかな…」
ぐるっと見回すと、ボックス席に座っているのは、男女のカップルばかりでした。
「ここ…この街で一番のナンパスポットなんだって」
男性に声を掛けられるのを待ってる雰囲気の女性も数人いるようなので、エリスのその説明にちょっと納得しました。
恋愛リアリティショー番組が好きなエリスにとっては、いろいろなカップルを見られるのは、美味しい場所なのかもしれません。
二人で相談した結果、僕が歌ってエリスが踊ることになったので、カラオケ曲を1曲予約して番が来るのを待ちます。
先に予約を入れていた3人くらいが歌い終わって、僕たちが予約した曲を歌う番になったので、ステージに移動してカラオケのイントロが始まるのを待ちます。
予約した曲は、『いけないボーダーライン』。
僕はマイクを手にしたけれど、エリスは、ヘッドレストを装着しています。
(あたしが踊りながらコーラスとハモりを適当に入れるから、マルちゃんは、普通に主旋律を歌ってくれればいいよ)
エリスは、歌い出す前に僕にだけ聞こえる声で囁きます。
曲のイントロが流れ、2人で歌うステージが始まりました。
(え…やばい…めっちゃ歌い易い…)
エリスのダンススキルが高いことは知っていたけれども、ハモリもコーラスもめちゃくちゃ高水準な上に、僕の声を強調させるためのガイドヴォーカルまで発声しているのです。
決して出しゃばらない…マイクが拾わずに、僕だけに聞こえるエリスのガイドヴォーカルの歌い易さに、僕はびっくりしました。
ダンスをしながら、エリスは、ずっと、僕の顔を見続けます。
エリスは今、この店のお客を観客として見ていないのです…エリスは、ただ、僕に見せるためだけに今はダンスを踊っています。そのことがすごくよく伝わる表情です。
生演奏ではないカラオケ音源だし、お店のお客さんたちのおしゃべりがあちこちで交わされるノイズも多い中のステージではあるけれど…
しかし、ワンコーラスが終わって、ツーコーラスめに入ったところで、お店の雑音がすーっと消えたように感じました。
お店にいる人のほとんどすべての人の目が、エリスに集中しているのです。
ボディガードとして来てくれたリンタロウさんは、ステージの間近にまで迫ってその大きな身体をリズムに合わせて揺らしているのです。
(ああ…僕だけじゃないんだ…エリスから目が離せなくなっちゃたのは)
歌いながら、僕は心の中でエリスに盛大な拍手を送っていました。
最後のフレーズを歌い終わった瞬間、僕は思わず、エリスに飛びつきました。
僕の身体を、その胸と両手で抱きかかえたエリスの顔が、僕の目の前にあります。
僕は、エリスと一旦、目を合わせると、目を静かに閉じて顎を上げ、唇を突き出します。
エリスの唇が、僕の唇に触れたのがわかりました。
【MA-GI-CA】に襲いかかった謎のバンパイア型ウイルスを駆除し、システムの再構築を終えたAIチームの開発室は、静かな緊張感を取り戻していた。
「……ふぅ。一時はどうなるかと思ったけれど、これで【MA-GI-CA】の完全防壁とワクチン抗体の生成は完了ね。ブルー、イエロー、ホワイト、お見事だったわ」
セーラがタブレットのステータス画面を閉じ、小さく息を吐く。
「セーラ様、約束の時間です。蟹座のペリーヌ様とのオンラインミーティング・回線を開きます」
ジョオがホログラムコンソールのスイッチを入れ、通信画面を中央に展開させた。
画面が明転し、そこに一人の女性の姿が映し出される。
肩にかかる柔らかな髪、上品でどこか儚げな雰囲気を纏った美しい女性——写真家兼召喚士のペリーヌだった。
『……お電話……いえ、通信をありがとうございます。ジョオ探偵事務所の皆様ですね。お噂は伺っております』
画面越しのペリーヌは、丁寧なお辞儀とともに穏やかな声を届けてきた。だが、その声のトーンには隠しきれない緊張と、わずかな「震え」が含まれているのを、探偵であるジョオは見逃さなかった。
「初めまして、ペリーヌさん。急な仕事の依頼で申し訳ない。実は、我が事務所で追っている【古代の記憶と物語】に関する写真撮影と、調査協力をお願いしたくてね」
ジョオはいつもの煙草を指に挟み、優しく語りかけた。
「単刀直入に伺うけれど……ペリーヌさん。あなたは、ご自身の記憶の中に『写真家として旅をした少女の記憶』……あるいは、何か特別な宝石のようなものに心当たりはないかしら?」
ジョオの問いかけに、画面の中のペリーヌがハッと目を見開く。
『……っ! なぜ……それを……』
『余計な口を滑らせるなと言ったはずだぞ、ペリーヌ』
冷酷で低い男の声が、ペリーヌの背後から響いた。
画面のフレーム外から、白衣を着た三人の影がのそりと現れる。
蟹座と射手座の医学界を裏で牛耳るマッドサイエンティスト——ゲンパク、リョウタク、そしてシバサブローだ。
「……やっぱりね。画面の横に嫌な気配が漂っていると思ったら、マッドサイエンティスト3人組のお出ましというわけか」
ジョオが冷ややかな笑みを浮かべ、帽子を目深にかぶり直す。
『フン、若草物語のジョー・マーチ気取りの探偵気取りか』
ゲンパクと呼ばれた老医師が、歪んだ笑みを浮かべて前に出た。
『連邦政府の通信回線にハッキングを仕掛けてきたのは、そちらの生意気なAIどもだな? 【MA-GI-CA】のデータは奪い損ねたが、ペリーヌの通信元を探れば貴様らの潜伏先など丸裸だ』
『ゲンパク先生……! おやめください! この方たちはただの……!』
ペリーヌが必死に叫ぼうとするが、リョウタクが冷酷に彼女の肩を強く押し抑えつけた。
『黙りなさい、ペリーヌ。君は我々の最高傑作である【不完全召喚術】の触媒として、黙ってレンズを覗いていればいいのだ』
「……不完全召喚術ですって!?」
セーラが身を乗り出し、鋭い眼差しで画面を射貫いた。
「ペリーヌさんを軟禁して、一体彼女に何をさせているの!?」
『ハッハッハ! 教えてやろう、ダイヤモンド・プリンセス!』
シバサブローが狂気を含んだ声を上げて笑う。
『このペリーヌが持つ【カメラ型の魔導具(宝石)】と、彼女の召喚適性を使えば、封印された【時のアーカイブ】から、過去の物語に登場する英霊(使い魔)を現代に引きずり出せるのだ!』
『だが、まだ記憶のコード(旋律)が足りん』
ゲンパクが悔しそうに歯噛みする。
『そのため、召喚される使い魔は意志を持たぬ“黒い煙の怪物”や“不完全な幻影”にしかならんのだ。そこでだ……セーラ・クルー。貴様らが持っている宝石と、解析した“音楽コード”をこちらに渡してもらおうか!』
『私を……私を助けて……!』
画面の奥で、リョウタクに拘束されたペリーヌが、涙を浮かべてカメラに向かって叫んだ。
『私は……本当の物語を撮影したいだけなのに……! 彼らは物語の主人公たちを、兵器として現実世界に召喚しようとしているの……っ!』
『喋りすぎだ、ペリーヌ!』
リョウタクが力任せに通信端末の電源を遮断し、画面は激しいノイズとともに暗転した。
「……ペリーヌさん……!」
セーラが握りしめた拳を震わせる。
「許せないわね……」
ジョオの口から、ココアシガレットがポロリと落ちた。その瞳には、探偵としての冷徹な怒りが燃え盛っている。
「人の記憶や物語を兵器に利用しようだなんて……探偵ジョオの名において、絶対にあのマッドサイエンティスト共を叩き潰すわ」
「状況が整理できました」
レッドが冷静にホログラム画面に状況図を展開する。
「ペリーヌ様は蟹座の極秘研究施設に軟禁されており、不完全な召喚実験を強要されています。そして、先ほど【MA-GI-CA】に放たれたウイルスも、彼女のカメラを経由して送り込まれたものでした」
「でも、これで敵の目的と、ペリーヌさんが助けを求めていることがはっきりしたわ」
セーラが深く頷き、AIチームとジョオを見渡した。
「マルちゃんたちがカラオケから戻り次第、次の作戦に入るわよ。乙女座、蠍座、射手座、山羊座の“選ばれし者たち”へ緊急オンラインインタビューを試み、彼らの持つ記憶の断片を集めるの。そして……ペリーヌさんを救出するために、蟹座へ殴り込むわ!」
「賛成だね」ジョオが不敵に笑う。
「それにしても……マルコとエリスのカップルは、そろそろ良い雰囲気で戻ってくる頃かしらね?」
その頃、カラオケバーのステージ上で、甘いキスの余韻に包まれていたマルコとエリスは、自分たちの留守中に事務所でそんな大事件が起きているとは、まだ知る由もなかった——。




