↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/19

第一話 異世界最初の晩飯

とりあえず2話目

 召喚された部屋を出て、最初に思ったことがある。


 城、広すぎない?


「こちらです」


「はい」


 案内役の女性について歩き始めて、もう五分くらい経った気がする。


 正確に測っているわけじゃないので実際はもっと短いのかもしれないが、少なくとも俺の感覚では結構歩いている。


 石造りの廊下は天井が高く、三人くらい横に並んでも余裕がありそうなほど幅も広い。


 壁には一定の間隔で照明らしきものが設置されていて、白っぽい光が周囲を照らしていた。


 さっきの部屋にもあったやつだ。


 炎じゃないし、電球でもない。近くを通ると、透明な石みたいなものが淡く光っているのが分かる。


「……これ何?」


 俺が指を差すと、女性が足を止めた。


「照明、でしょうか」


「それは見れば分かる」


「……失礼しました」


「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて。何で光ってるのかなって」


 別に怒ったわけではない。


「火じゃないよね?」


「はい。光属性の術式が刻まれた魔石を使用しております」


「魔石」


「ご存じありませんか?」


「名前だけならゲームとかで」


「ゲエム?」


「……今のは忘れて」


「承知しました」


 女性は素直に頷いた。


 魔石に、術式に、光属性。


 王様が出てきただけなら、まだものすごく大がかりなドッキリという可能性も考えられた。


 いや、無理があるか。


 少なくとも俺を横断歩道からあの部屋へ連れてきた方法の説明がつかない。


 スマホは相変わらず圏外だった。時間を見ると十八時十九分。召喚されてから、まだそんなに経っていないはずなのに、体感では一時間くらい経った気がする。


「……母さん、どうしてんだろ」


「はい?」


「いや、こっちの話」


 牛乳を買って帰ると言った息子が、横断歩道の途中で突然消えた。


 事故だと思われるだろうか?それに防犯カメラに映っていたら、俺がいきなり消えた瞬間まで映っていたりするんだろうか。


 そもそも、こっちと向こうで時間の流れは同じなのか?


 分からないし、考えても答えは出ない。


 エドガルドは帰還方法を研究すると言っていた。

 どこまで信用していいのかはまだ分からないが、今のところ俺一人でできることは何もない。


 スマホで検索して帰り方が出てくるなら楽なんだけど。


 試しにブラウザを開いてみる。


『インターネットに接続されていません』


「ですよね」



 スマホが使えないことを確認し終えたところでポケットにしまうと、それまで少し離れたところで待っていた案内役の女性が声をかけてきた。


「ナギ様」


「ん?」


「こちらへ」


「ああ」


 また様がついた。


 そういえば、さっきから案内してもらっているのに、まだ名前すら聞いていない。


「そういや、名前なんていうの?」


 女性が少し驚いた顔をした。


「私、でしょうか?」


「他に誰もいないし」


「失礼いたしました。侍女のマリアと申します」


「マリア」


「はい」


「俺に様つけなくていいよ」


「ですが、陛下より賓客として遇するよう申しつけられておりますので」


「賓客…」


 誘拐してきた相手を賓客扱い。


 やっぱり変な話だ。


「じゃあ好きにしてくれ」


「ありがとうございます」


「お礼言われることでもないけど」


 調子を狂わされながら再び歩き出す。


 途中、何人かとすれ違った。


 鎧を着た兵士に、書類の束を抱えた男、俺たちと同じような服を着た侍女。

 ほぼ全員が俺を見ると一瞬だけ動きを止め、それから頭を下げてくる。


 俺も何となく頭を下げ返す。


 すると相手が少し困った顔をする。


 何回か繰り返したところで、俺は頭を下げるのをやめた。


「俺のこと、もう知られてんの?」


「本日、勇者様をお招きする召喚の儀が行われることは、城内の者であれば聞いております」


「勇者ねえ……」


 俺はまだ勇者をやるなんて一言も言ってないんだけど。


「俺が成功した第一号?」


「申し訳ございません。過去の召喚については私には……」


「ああ、そりゃそうか」


 侍女に国家機密みたいな話を聞いても仕方がない。


 というか、そもそも過去にやったことがあるのかすら分からない。


 やがてマリアが一つの扉の前で立ち止まった。


「こちらのお部屋をお使いください」


「案内ありがとう」


「仕事なので」


「そうか」


「お疲れでしょうか」


「精神的に」


 扉が開かれる。


「……広」


 最初に出た感想がそれだった。


 俺の部屋何個分だよ。


 中央には低いテーブルと椅子があり、奥には大きなベッド、さらに窓際にもテーブルと椅子が置かれている。壁には絵まで飾られていて、ホテル、それも結構いいホテルみたいだ。


「一人でここ使うの?」


「はい」


「もっと狭いところでいいんだけど」


「賓客をそのような部屋へお通しするわけにはまいりません」


「そういうもん?」


「そういうものでございます」


「そっか」


 文化の違いなら仕方ない。


 俺は部屋へ入り、とりあえず買い物袋をテーブルの上に置いた。


 そこで、袋の底が濡れていることに気づく。


「あ」


 忘れてた。


「布か何かある?」


「どうかなさいましたか?」


「牛乳漏れてる」


「まあ」


 マリアが袋を覗き込むと、少し考えてから「ただいま」と言って部屋を出ていった。


 しばらくして布を持って戻ってくる。


「ありがとう」


「私が」


「いや、自分でやるよ」


 布を受け取ってテーブルを拭いていると、マリアが不思議そうにこちらを見ていた。


「何?」


「いえ……」


「気になる」


「賓客の方が自らなさるとは思いませんでしたので」


「俺の牛乳だし」


「左様でございますか」


「あと俺、今日まで普通の大学生だったからね」


 王族でも貴族でもない。


 何なら数十分前までスーパーでバジルの値段を気にしていた人間だ。急に偉い人扱いされても困る。


 牛乳パックを取り出すと、角の部分が完全に潰れていた。


 ただ、まだ結構残っている。


「これ、冷やせる?」


「冷やす、ですか?」


「腐るから」


「でしたら厨房の冷蔵庫へお運びいたしましょうか」


「冷蔵庫あるの?」


「はい」


「電気?」


「デンキ?」


「違うか」


「冷却の魔術具を利用しております」


「へえ」


 魔法の冷蔵庫。


 ちょっと見たい。


「厨房って行ってもいい?」


「厨房へ、ですか?」


「ダメ?」


「確認は必要かと思いますが、おそらく問題はないかと」


「じゃあ今度見たい」


「料理をするのですか?」


「ああ、よく作ってた」


 マリアが少し意外そうな顔をした。


「ナギ様が?」


「俺が」


「料理人なのですか?」


「大学生」


「ダイガクセイ…」


「……そっちから説明しないとダメか」


 大学そのものがあるか分からない。


 説明しようとして、今は面倒なのでやめた。


「とりあえず学生。料理は趣味」


「なるほど」


「本当に分かった?」


「学生でありながら、料理を嗜まれる」


「まあ、それでいいや」


 マリアに牛乳を渡し、続いて袋の中を見る。


 豚肉、卵、豆腐、キャベツ、長ネギ。


「こいつらも冷やした方がいいな」


「すべて厨房へ?」


「お願い」


「承知しました」


 マリアが袋を受け取ろうとしたところで、俺はふと手を止めた。


「……待って」


「はい?」


「スマホはある。財布もある。買ったものもある」


 ポケットを確認する。


 家の鍵、イヤホン、学生証。


 全部ある。


「リュック持ってないの地味に痛いな」


 大学へ行ったのに、今日は手ぶらだったわけではない。


 そういえば。


「……あれ?」


 自分の肩を見る。


 ない。


「召喚されたとき、俺なんかバッグ持ってなかった?」


「私が拝見した限りでは、その袋だけでした」


「マジか」


 思い返してみる。


 そうだ。


 スーパーに寄る前、一度家に帰ったんだった。荷物を置いてから買い物に出た。


「なら合ってるわ」


「左様ですか」


「ごめん」


 自分で勝手に納得する。


 学生証は財布に入れっぱなしだ。特に役に立つとも思えないが。


「それでは、お預かりいたします」


「お願い」


 今度こそ買い物袋を渡した。


「お食事はいかがなさいますか?」


「食べる」


 即答した。


「腹減ってる」


「では準備が整い次第、お持ちいたします」


「お願いします」


 マリアが一礼して部屋を出ていき、扉が閉まる。


 ようやく一人になった。


「…………」


 静かだ。


 俺はその場に立ったまま、しばらく扉を見ていた。それからベッドへ向かい、そのまま仰向けに倒れ込む。


「……異世界かあ」


 声に出してみても実感がない。


 見上げた天井には当然、自分の部屋にはない模様が彫られている。


 スマホを取り出す。


 十八時三十二分。


 母親とのメッセージ画面を開いた。


『牛乳あったら買っといて』


『買った』


『えらい』


 そこで止まっている。


 試しに入力する。


『ごめん、異世界来た』


 送信。


 当然、送れない。


「……だよな」


 未送信になったメッセージを消した。


 冗談みたいな文章なのに、今の俺には冗談じゃない。


 家族に会えない。大学にも行けないし、知り合いにも会えない。動画も見られないし、ネットもない。


「ネットないの、結構きついな……」


 そこかよ、と自分でも思う。


 でも、今すぐどうにかできないことを延々考えていても仕方ない。


 帰る方法は探す。


 エドガルドたちにも探させる。


 それまでは、この世界で生きるしかない。


「……とりあえず飯だな」


 腹が減っていては何も考えられない。


 しばらくベッドでぼんやりしていると、扉が叩かれた。


「どうぞ」


 入ってきたのはマリアと、料理を載せた台車を押す別の侍女だった。


 漂ってきた匂いに、思わず身体を起こす。


「お」


 普通にうまそう。


 テーブルに料理が並べられていく。


 パンに、肉を焼いたもの、野菜の入ったスープ、芋らしきもの、葉物のサラダ。


 派手な宮廷料理を想像していたが、意外と素朴だ。


「こちらが本日の――」


「これ何の肉?」


 説明の途中で聞いてしまった。


 マリアではなく、料理を運んできた侍女が答える。


「ローディア鳥の腿肉でございます」


「ローディア鳥」


 当然知らない。


「鶏みたいなもの?」


「ニワトリ、というものが分かりかねますが、家畜として広く飼育されている鳥でございます」


「じゃあ近いのかな」


 椅子に座る。


「食べていい?」


「もちろんでございます」


「いただきます」


 二人が少し不思議そうな顔をした。


 そういえば、こっちに「いただきます」の文化があるとは限らない。


 フォークらしきものを手に取って肉を切る。見た目はほぼ鶏肉だ。


 一口。


「……うま」


 普通にうまい。


 皮は香ばしく焼かれていて、中は柔らかい。味付けは塩と何かの香草だろうか。


 口に合わない可能性くらいは考えていたが、そんな心配はいらなかったらしい。


「これうまいね」


「料理長へお伝えいたします」


「あとこれ何使ってる?」


「はい?」


「この匂い。ハーブ……香草」


「おそらくフェルナ草かと」


「フェルナ草」


 知らない。


 でも味はどこかで食べたものに近い。


 何だっけ。


 ローズマリー?


 いや、違う気がする。


 もう一口食べてみる。


「……分からん」


 別に当てる必要もないか。


 次にスープを飲む。


 こちらも普通にうまい。野菜の甘みが強く、肉か骨から出汁を取っているらしい。


「異世界でも飯って普通にうまいんだな」


「お口に合いましたでしょうか?」


「かなり」


 安心した。


 というか、ちょっと興味が出てきた。


 フェルナ草もそうだが、俺の知らない食材が普通に使われている。この世界の厨房を見せてもらったら、もっと知らないものがあるんだろうか。


 料理がちゃんとうまいなら、俺が一方的に何かを教えるというより、こっちの料理を覚えるのも面白そうだ。


 パンをちぎって口へ運ぼうとした、そのときだった。


 視界の端に何かが浮かんだ。


「……ん?」


 手を止める。


 パンを見る。


 何もない。


 もう一度食べようとすると、また見えた。


 パンをテーブルへ置き、目を細める。


 今度は消えなかった。


 薄い半透明の文字のようなものが、パンの上に重なっている。


『――麦――』


「…………」


 目を擦って、もう一度見る。


 まだある。


『加工――』

『――酵母――』

『――』


「ナギ様?」


 マリアの声に、反射的に顔を上げた。


「ん?」


「どうかなさいましたか?」


「……いや、なんでもない」


 そう答えてから、もう一度パンを見る。


 文字はまだそこにあった。


 マリアたちの様子をそれとなく窺ってみるが、特に変わった反応はない。少なくとも、同じものが見えて驚いているようには見えなかった。


 俺だけに見えてる?


 分からない。


 なら、わざわざ今ここで聞く必要もないか。


 何なのかも分からないものを、人に説明できるわけもない。


 俺は何事もなかったようにパンを手に取りながら、もう一度その文字へ意識を向けた。


 知りたい。


 そう思ってみる。


『穀物加工――』

『主原料:――』

『発酵――』

『――』


「…………」


 増えた。


 いや、増えたというより、さっきより少しだけ読める部分が多くなった気がする。


 何だこれ。


 しばらく眺めていて、ふと思いつく。


 ゲームなんかでよくある、物を見れば名前や効果が分かる能力。


 まさか。


 鑑定みたいなもんか?


 だとしたら、異世界っぽすぎる。


 今度は肉の上に乗っている香草を見る。


 知りたい、と意識する。


『フェルナ草』

『植物――』

『――』

『香気――』


「おお……」


「ナギ様?」


「いや、何でもない」


 危ない。


 普通に声が出た。


 次は肉。


『ローディア鳥』

『――』

『家畜――』

『――』


 名前は分かる。


 ただ、それ以上はほとんど分からない。


「……微妙に使いづらいな」


 小声で呟く。


 鑑定なら、もっとこう、名前とか品質とか効果とか全部出てくるものじゃないのか。


 いや、ゲームじゃないんだから知らないけど。


 次に芋を見る。


『――』


 終わり。


 何も分からん。


 逆に面白くなってきた。


 最後にスープへ目を向ける。


『複数素材――』

『――』

『解析――』


 そこで目が止まった。


 解析?


 鑑定じゃなくて?


 その言葉を意識した瞬間、頭の奥で何かが噛み合った。


 召喚部屋を出るときに感じた、あの妙な感覚。


 一瞬だけ視界いっぱいに文字が広がる。


「っ……」


 声を抑えながら身体を引いた。


「ナギ様?」


「大丈夫。ちょっと熱かっただけ」


 咄嗟にスープを指差す。


「まあ。お取り替えいたしましょうか?」


「いや、大丈夫。猫舌だから」


「ネコジタ?」


「……熱いの苦手ってこと」


「左様でしたか」


 危ない。


 俺はスープを見ないようにして、一度目を閉じた。


 さっきのは何だ?


 もう一度、ゆっくり目を開く。


 視界は元に戻っている。


 マリアたちは普通に立っている。


 俺は何でもないふりをしながら、再びスープへ視線を向けた。


 今度は慎重に。


『解析を開始しますか?』


 はっきり読めた。


「…………」


 今までの途切れ途切れの文字とは違う。


 完全な文章だ。


 返事はしない。


 というか、誰に返事すればいいんだ。


 そう思った直後。


『解析対象を確認しました』


 頭の中に女の子のような声が響いた。


 俺は動きを止めて反射的にマリアたちを見る。



 二人とも何もなかったように立っている。


 聞こえてない?


 少なくとも、反応はない。


 だったら今は黙っておこう。


 自分にしか聞こえない声がします、なんて説明して、どんな反応をされるのかも分からない。


 それに――。


『解析を開始します』


 また聞こえた。


 やっぱり俺にだけ聞こえているらしい。


 何なんだ、これ。


 鑑定みたいなものだと思ったが、どうもそれだけじゃない気がする。


 目の前には、まだ温かい晩飯。


 その向こうには、何事もなかったように控えている二人の侍女。


 そして俺の頭の中では、知らない女の子の声が勝手に何かを始めようとしている。


 異世界最初の晩飯くらい、普通に食わせてほしい。


 そう思いながら、俺は冷め始めたスープを見つめていた。


不定期で書いていく予定なのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。