第十五話 王族とたこ焼き 中編②
最近忙しくてなかなか投稿できなくて申し訳ありませんでした。
「じゃあ、次はこっちだな」
俺は腸詰め肉とチーズを手元へ寄せた。
さっきまで焼いていたものとは違い、今度はタコを使わない。試し焼きの時にバルドと作った、腸詰め肉とチーズを入れたやつだ。
「こちらはタコを入れないのですか?」
フィリアが不思議そうに覗き込んでくる。
「入れないよ。代わりに腸詰め肉とチーズ」
「それでも、たこ焼きなのですか?」
「たこ焼き器で焼いてるからいーの」
「そんな決め方なのですか?」
「美味ければいいんだよ」
「ナギは料理の名前に関しては妙なところで適当だな」
向こうで肉を焼いていたバルドが笑う。
「食い物なんだから味が一番だろ」
「それについては同意するがな」
どうやら料理人としても、最終的には味らしい。
鉄板へ油を馴染ませ、出汁を混ぜた生地を流し込む。そこへ小さく切った腸詰め肉とチーズを落としていくと、じゅわっと音が立ち、チーズが熱でゆっくりと溶け始めた。
その様子を、フィリアが俺のすぐ横からじっと見ている。
さっきから視線が妙に熱い。
「……フィリア」
「はい?」
「やってみたい?」
「えっ」
一瞬目を丸くしたあと、フィリアの視線が鉄板へ戻る。
「……よろしいのですか?」
「俺は別にいいけど」
とはいえ、目の前にあるのは熱した鉄板だ。
料理に興味を持つのはいいとしても、火傷したら笑い話じゃ済まない。それに相手はこの国の王女だ。俺だけで勝手に決めるのも違うだろう。
俺は少し離れたところで食事をしているエドガルドへ顔を向けた。
「王様」
「なんだ?」
「フィリアにちょっとやらせても大丈夫?」
「危険はないのか?」
「鉄板は熱いけど、俺がずっと隣にいるし、危ないことしそうになったら止めるよ」
「そうか」
エドガルドは少し考えたあと、頷いた。
「ならば構わん。フィリア、ナギの言うことをよく聞くように」
「はい、お父様」
「袖にも気をつけなさいね」
エレオノーラからも穏やかな声が飛んでくる。
「はい、お母様」
そう答えたフィリアは、もう一度鉄板へ視線を戻した。
口元が少し緩んでいる。
……結構やってみたかったらしい。
「じゃ、これ使って」
俺は細い串を一本渡した。
「まず絶対に鉄板には触らない。あと、落としても手で取ろうとしない」
「はい」
「うまく回らなくても無理やりやらない。その時は俺がやる」
「分かりました」
「よし」
返事を確認してから、俺はフィリアが作業しやすいよう少しだけ位置を空けた。もちろん離れはしない。
「最初はこれ。端が固まってきてるだろ?」
「はい」
「串をここに入れて、持ち上げる感じ」
「持ち上げる……」
フィリアが慎重に串を差し込む。
「そうそう。そのまま――」
「あっ」
べちゃ。
持ち上がりかけた生地が崩れた。
フィリアの動きが止まる。
「崩れました…」
「崩れても最終的に丸くできるから気にしないでいいよ」
「そうなのですか?」
「うん、だから気にしないで次行こうか」
「……わかりましたわ、次こそは!」
やる気を取り戻したようだ。
どうやら、少し負けず嫌いらしい。
「じゃあ次。今度はもう少し浅く串入れて」
「こうですか?」
「そう。で、一気に全部回そうとしないで、ゆっくり
」
フィリアが慎重に串を動かす。
今度は生地が崩れずくるりと起き上がった。
「お」
「できました!」
「やったね。じゃあ少し待って、こっち側も焼けたらもう一回」
俺も隣で残りを次々と返していく。
全部をフィリアに任せるつもりはない。十個以上あるうち、フィリアが触っているのは二、三個だけだ。
それでも本人は十分楽しいらしい。
焼け具合を確かめながら何度か回しているうちに、さっき返したものが丸い形になった。
「ナギさん、これは?」
「もういける。回してみ」
「はい」
くるっ。
綺麗に返すことに成功したした。
「できました!」
「おー。しっかり丸い」
フィリアが嬉しそうに笑い、そのままエドガルドの方を見る。
「お父様、見てください!」
「見ている。上手くできたではないか」
「はい!」
「フィリア、あまり身を乗り出すな」
今度はアルベルトから注意が飛んできた。
「大丈夫です、お兄様」
「そう言いながら、先ほどより近づいているぞ」
言われてフィリアが少しだけ身体を引く。
「俺が見てるから大丈夫だよ」
「そうか。ではナギ、妹を頼む」
「任された」
「……皆さん、少し心配しすぎではありませんか?」
不満そうではあるものの、フィリア自身も俺の言ったことはちゃんと守っている。好奇心は強いけど、危ないと言われたことを無視するタイプではなさそうだ。
その後も俺がほとんどを焼きながら、フィリアには何個かだけ任せた。
二個目、三個目と進むにつれて動きも良くなり、形もそれなりに整っていく。
「だいぶ上手くなったじゃん」
「ふふん」
「なんで得意げなの」
「褒めたのはナギさんでしょう?」
「それはそうだけど」
その時だった。
「……見ていると、私も少しやってみたくなってきた」
不意に聞こえた声に、俺とフィリアが同時に振り返った。
エドガルドだった。
「お父様が?」
フィリアが目を丸くする。
「そんなに意外か?」
「お父様がお料理をされているところなど、見たことがありません」
「確かに、私も記憶にありませんね」
アルベルトも少し意外そうに父を見る。
エドガルドは苦笑しながら鉄板へ近づいてきた。
「料理そのものを始めようというわけではない。ただ、フィリアがあまりに楽しそうなのでな」
「やってみる?」
「ああ。一つだけ頼む」
「じゃ、王様も同じね。鉄板触らない。串落としても手で拾わない。無理やり回さない」
「……フィリアとまったく同じ説明だな」
「熱いものは王様でも熱いでしょ」
「それはそうだ」
エドガルドが素直に頷いた。
王様だから火傷しないなんてことはない。
俺は新しく生地を流し、そのうち一つをエドガルド用にする。
「端が固まってきたら、ここに串を入れて起こす」
「こうか?」
「うん。もうちょい浅く――そう、そのまま」
くるっ。
「……」
「……」
綺麗に返った。
フィリアが無言になる。
「王様、初めてだよね?」
「当然だ」
「なんか上手いな」
「そうか?」
本人は平然としている。
少し待って反対側にも火が通ったところで、もう一度串を入れてもらう。
「じゃあ、もう一回」
「こうだな」
くるり。
ほぼ綺麗な球になった。
俺はそれを見る。
フィリアも見る。
そして二人でエドガルドを見る。
「できたぞ」
「お父様……」
「なんだ?」
「私の最初の一つは崩れたのですが」
エドガルドの口元がほんの少し緩んだ。
「ならば、私の方が才能があるのかもしれんな」
「お父様!」
「王様、ちょっと嬉しそうじゃん」
「そのようなことはない」
「いえ、お父様。今、少し笑っていました」
「フィリアまで何を言う」
否定しているけど、たぶんちょっと嬉しい。
「陛下、思わぬ才能がおありだったのですね」
「エレオノーラまで言うのか」
「ですが、本当に綺麗にできていますもの」
結局、エドガルドが焼いたのはその一つだけだった。
「確かに面白いな。だが私は食べる方へ戻るとしよう」
「もうよろしいのですか?」
「私はな。フィリアはまだやりたいのだろう?」
「……はい」
「ならば、ナギの邪魔をしない程度に教えてもらいなさい」
「はい!」
フィリアがすぐ俺の横へ戻ってくる。
「まだやるの?」
「あと少しだけです」
「少しね」
「はい」
たぶん本人の『少し』と俺の『少し』には若干の差がありそうだ。
まあ、俺が隣にいる間ならいいだろう。
焼き上がった腸詰め肉とチーズ入りの方には、普通のたこ焼きソースではなく、試し焼きの時と同じトマトのソースをかける。
「こっちはマヨネーズも合うよ」
「見た目が先ほどのものとは全然違いますね」
「中身も違うしな。俺のいた世界に、ピザっていう料理があってさ」
「ピザ?」
「小麦の生地にトマトのソースとかチーズとか乗せて焼く料理。これはその味にちょっと近い」
「そのピザというものも作れるのですか?」
「材料が揃えば、たぶん」
厳密に同じものになるかは分からない。
でも、小麦もチーズもトマトもあるし、窯だってある。かなり近いものは作れるだろう。
「また作る料理が増えたな」
バルドが面白そうに言う。
「今日は作らないからね?」
「分かっている」
「その顔、絶対いつか作らせる気じゃん」
「料理人として興味があるだけだ」
「俺もあるから困るんだよな……」
結局、未来の自分が作っている姿が簡単に想像できてしまった。
焼けたものを皿へ移しながら、俺も一つ口に入れる。
「熱っ」
慌てて口の中で転がす。
でも、腸詰め肉の塩気とチーズの濃さ、甘酸っぱいトマトソースがよく合う。試し焼きの時より火加減も安定していて、外側も綺麗に焼けていた。
「ナギさん」
「ん?」
声をかけられて振り向くと、マリアが焼いた肉と野菜を載せた皿を持って立っていた。
「先ほどから、ほとんど鉄板の前にいませんか?」
「焼く係だからね」
「それは分かっていますが、ご自分の食事を忘れていません?」
「忘れてないよ。ちゃんと食ってる」
「本当ですか?」
「今も食ったじゃん」
「それは一つ味見しただけでしょう」
「見てたの?」
「見ていなくても分かります」
「なんでだよ」
マリアは答えず、俺の手の届くところへ皿を置いた。
「こちらも食べてください」
「はいはい。ありがと」
「返事だけで終わらせないでくださいね」
「食べるって」
ようやく納得したのか、マリアは小さく息をついて戻っていった。
……最近、妙に扱いが雑になってきた気がする。
まあ、最初みたいにずっと『勇者様』扱いされるよりは、こっちの方が楽だけど。
フィリアはまだ隣で真剣に一個を回している。
向こうではバルドが肉を焼き、エリシアが何やら焼き方について質問していた。アルベルトは妹の手元を時々気にしながら食事を続け、エレオノーラはそんな兄妹を穏やかに眺めている。
そして王様は、自分で焼いた一個を普通に食べていた。
なんというか。
変な光景だ。
少し前までなら、王族なんてもっと遠いものだと思っていた。
王様、王妃、王太子、王女。
肩書きだけ並べれば、俺とは住んでいる世界そのものが違う人間たちに見える。
なのに今は、その王様にたこ焼きの焼き方を教えて、王女と並んで鉄板を囲んでいる。
王様でも、初めて見る料理には興味を持つ。
王女でも、失敗すれば悔しがる。
兄は妹を心配して、母親はそんな家族を見て笑う。
考えてみれば、当たり前のことなのかもしれない。
肩書きがあっても、そういうところまで別の生き物になるわけじゃない。
俺をこの世界へ勝手に呼び出したことを、許したわけじゃない。元の世界へ帰りたいという気持ちだって変わっていないし、この国を信用したわけでもない。
それでも、この世界で出会った人たちと飯を食って、笑うことまで嫌いになる必要はない。
「ナギさん、見てください」
「ん?」
「今度は最初から綺麗にできました!」
「お、ほんとだ」
「ふふん」
「だからなんで得意げなの」
嬉しそうに笑うフィリアを見ながら、俺も次の生地を鉄板へ流し込む。
今は、それくらいでいいと思った。




