第十四話 王族とたこ焼き 中編①
「ここからが仕上げ」
俺は皿を手元へ寄せ、用意していたソースへ手を伸ばした。
焼き上がったたこ焼きを皿へ移し、まずは少し甘めに調整したソースを上からかける。続いてマヨネーズ。最後に、市場で見つけた乾燥海藻を指先で細かくしながら散らしていく。
焼いただけのときは丸い生地にしか見えなかったものが、ここまでやると一気に見慣れた姿になった。
「よし。完成」
「これが、たこ焼き……」
フィリアが覗き込んでくる。
「先ほどまでとは随分と印象が変わりましたね」
「ソースかけると一気にそれっぽくなるからね」
「その白いものが、以前作っていたマヨネーズね」
エリシアも横から皿を見る。
「そうそう。こういうのに合うんだよ」
「なるほど。それで卵の件をあれほど気にしていたのね」
「あれだけが理由じゃないけど、作りたかったものの一つではあるかな」
フィリアは最後に散らしたものが気になったらしく、そちらを指した。
「この黒っぽいものは、今日買ってきたものですか?」
「そう。乾燥させた海藻。俺の世界だと、これに加えて魚を乾燥させて薄く削ったやつを乗せることも多いんだけど、似たものが見つかるか分からなかったから今回はこれだけ」
「魚を薄く削るのですか?」
「うん。かなり薄く」
フィリアが想像するように首を傾げる。
「それも美味しいのですか?」
「俺は好き。こっちにも似たものがあるなら試したいけど、それはまた今度かな」
話しているうちに、エドガルドも興味深そうに皿を見ていた。
「ナギの故郷では、これを日常的に食べるのか?」
「地域によるかな。俺の住んでたところだと珍しくはないよ。店でも売ってるし、家で作る人もいる」
「家庭でもか」
「専用の道具があれば」
そう言って鉄板を指す。
「だから、あれ作ってもらったわけ」
「なるほど。ようやくあの形状の意味が理解できた」
エドガルドが少し満足そうに頷いた。
散々説明するより、実際に完成したものを見せた方が早い。
「じゃ、冷めないうちにどうぞ。ただ――」
フィリアがさっそく一つ取ろうとしたので、先に止める。
「熱いから気をつけて」
「焼きたてですものね」
「たぶん思ってるより熱い。丸ごといくと後悔するかも」
伸びていた手が止まった。
「……それほどですか?」
「それほど」
「では、どうすれば?」
「最初は割って食べた方が安全かな」
「分かりました」
素直だ。
人数分を取り分けていく。
エドガルド、エレオノーラ、アルベルト、フィリア。エリシアとマリアにも渡し、俺も一つ取る。
残るは――。
「バルドさんも」
焼き網の前にいるバルドさんへ皿を差し出す。
「では、ありがたく」
これで全員に行き渡った。
フィリアは言われた通り、たこ焼きを二つに割っている。中から湯気が上がると、少し驚いたように顔を引いた。
「本当に熱そうですね……」
「だから言ったじゃん」
「疑っていたわけではありません」
「じゃ、いただきます」
俺も一つ口へ入れる。
熱い。
でも、これだ。
柔らかい生地に出汁の味があって、その中にタコの弾力。甘めのソースとマヨネーズもちゃんと合っている。
乾燥海藻も悪くない。
向こうで食べていたものとまったく同じではないけど、十分たこ焼きだ。
「……うん。ちゃんとできてる」
その言葉にフィリアがこちらを振り向いた
「試作したんじゃなかったんですか?」
「タコなしはね、前いた世界の食材じゃなくて似たような食材を使ったしね」
「そうだったのですね」
「だからちょっと不安だったけど……これは成功でいいな」
フィリアも冷ました片方を口へ運ぶ。
何度か噛んだあと、ぱっと表情が明るくなった。
「美味しいです!」
「よかった」
「外側はしっかり焼けているのに、中はとても柔らかいのですね。それにタコの食感が全然違って……」
「そこがいいんだよ」
「このソースとマヨネーズも合います」
気に入ったらしい。
アルベルトも断面を確かめてから一口食べ、少し考えるように咀嚼している。
「面白い料理だな」
「でしょ?」
「上にかけたソースはかなり味が強い。それでも中の味が消えていない」
「生地に出汁入れてるからね」
「ダシ?」
「魚とか肉とかを煮て、旨味を汁に移したもの。今回は魚系」
俺が答えると、焼き網の方からバルドさんが補足した。
「こちらの料理にも似た考え方はありますな。煮込みや汁物の土台を取る際などに使います」
「やっぱりあるよね」
「食材から旨味を引き出すこと自体は、こちらでも珍しくありませんから」
「そういう違い比べるの面白いんだよなあ」
「私もそう思います」
料理そのものは違っても、考え方が似ているところは結構ある。
地球にしかないと思っていたものに近い技法がこっちにもあったり、逆に見たこともない食材を、こっちでは当たり前みたいに使っていたりする。
「料理の話になると、本当に楽しそうね」
エリシアに言われて顔を向ける。
「楽しいからね」
「魔法のときと似ているわ」
「そう?」
「知らないものを見ると、すぐ試したがるところ」
「……あー」
否定できない。
「たぶんそういう性格なんだろうね」
「今さら気づいたの?」
「自分のことって意外と分かんないじゃん」
「そういうものかしら」
「エリシアだって魔法のことになると大概だと思うけど」
「私は研究者だからいいのよ」
「便利だな、その言葉」
そんな話をしている間にも、皿の上のたこ焼きは順調に減っていった。
「ナギさん」
「ん?」
マリアが空いた自分の皿を少し持ち上げる。
「もう一ついただいても?」
「もちろん。まだ焼くよ」
「では、私もいただこう」
エドガルドも手を伸ばした。
「陛下、先ほど二つ召し上がっていませんでしたか?」
アルベルトが横から言う。
「美味いのだからよかろう」
「駄目とは申しておりません」
「ならば問題ないな」
「……そういうところですよ、父上」
アルベルトが小さく息を吐く。
その横で、エレオノーラが静かに笑っていた。
「あなたも先ほどから随分と召し上がっているでしょう」
「母上まで」
「違うのですか?」
「……もう一ついただこうとは思っていました」
「兄上も同じではありませんか」
フィリアがすぐに突っ込む。
「私は父上のように開き直ってはいない」
「食べることには変わりありません」
「フィリア」
「はい」
兄妹のやり取りを見ながら、俺は次の生地を鉄板へ流す。
油を馴染ませ、生地を入れ、切ったタコを落としていく。
少しくらい外へ溢れても問題ない。
「仲いいね」
手を動かしながら何となく言うと、二人が同時にこちらを見た。
「普通だ」
「普通です」
「そこ揃うんだ」
思わず笑う。
エレオノーラも口元に手を添えた。
「小さい頃から変わりませんね」
「母上」
「何もおかしなことは言っていませんよ」
「兄上は昔から、都合が悪くなるとすぐ母上に――」
「フィリア。それ以上は言わなくていい」
「まだ何も言っていません」
「言おうとしていただろう」
「どうでしょう?」
「……」
なんか普通に兄妹だな。
王太子と王女なんて肩書きだけ聞けば、もっと遠い人間に思える。
実際アルベルトは最初かなり堅そうに見えたけど、こうして家族といるところを見ると、妹に振り回される兄だった。
「ナギ殿、そろそろこちらも焼けますぞ」
「お、待ってました」
バルドさんの声に振り返る。
網の上ではエビの殻が鮮やかに色づき、貝が口を開いている。その横では肉や野菜もいい具合に焼けていた。
「貝にはラグを少々」
「それ絶対うまいやつ」
「マリア殿のおすすめですからな」
「私が好きなだけです。ナギさんの好みに合うかまでは保証できません」
「じゃあ食えば分かるな」
たこ焼きの状態を確認する。
まだ少し待てる。
その隙に貝を一つ取ろうとして――。
「熱いですよ」
「分かってるって」
「先ほど皆様にも同じことを仰っていましたので」
「俺離れてるから大丈夫」
「何も大丈夫ではありません」
マリアに呆れられながら殻から身を外し、口へ運ぶ。
「熱っ」
「ほら」
「でもうまい」
「……そうですか」
少しだけマリアが嬉しそうな顔をする。
身に弾力があって、噛むと貝の旨味が広がる。そこにラグの塩気と香りがちょうどいい。
「これまた買お」
「気に入ったのですか?」
「うん。焼くだけでこれなら楽だし」
「でしたら、城下ではそれほど珍しいものでもありませんよ」
「マジ?」
「……マジです」
「そこ使うようになったんだ」
「ナギさんやエリシア様が使うので」
「私も?」
「使っています」
「……そうだったかしら」
エリシアが首を傾げている。
その間にも生地の縁が固まってきた。
「っと、そろそろ」
串を入れて、周りの生地を中へ押し込む。
一つ返す。
もう一つ。
くるり、くるりと形を整えていく。
「食べながらよくできますね」
フィリアが感心したように言う。
「慣れればね。ずっと見てなくても焼け具合はなんとなく分かるし」
「それでも先ほどから、ナギさんはほとんど鉄板の前ではありませんか?」
「作るのも楽しいからいいんだよ」
それに、自分で焼いたものを目の前で食べてもらうのも結構楽しい。
「ナギさん」
今度はエレオノーラに呼ばれた。
「はい?」
「元の世界でも、よく料理をされていたのですか?」
「まあ、それなりには。毎日ちゃんと作ってたわけじゃないですけど」
たこ焼きを返しながら答える。
「面倒な日は買って済ませたりもしてたし。でも料理自体は好きでしたね」
「ご家族にも?」
「たまに作ってましたよ。自分が食べたいもの作るついでとか」
答えたところで、一瞬だけ実家の台所が頭に浮かんだ。
特別な思い出ってほどじゃない。
スーパーで買ってきたものを冷蔵庫へ入れて、適当に献立を考えて、誰かが食べるなら少し多めに作る。
そんな程度だ。
でも今は、それすら随分遠い。
「……そうですか」
エレオノーラはそれ以上詳しく聞かなかった。
ただ、少しだけ柔らかく笑って、
「また、作って差し上げられるとよいですね」
そう言った。
「……ですね」
俺は短く答えて、鉄板へ視線を戻した。
帰る方法は、まだ分からない。
それでも帰りたいという気持ちがなくなったわけじゃない。
むしろ、こういう何でもないことを思い出したときの方が、帰りたいと思う。
「ナギさん?」
フィリアの声に顔を上げる。
「ん?」
「そちら、先ほどより色が濃くなっていますが」
「……あ」
慌てて一つ返す。
「危なっ」
「焦げましたか?」
「ギリセーフ」
「考え事をしながらでも焼けるのでは?」
「今のはノーカン」
「なぜです?」
「焦げてないから」
「そういう問題なのでしょうか」
フィリアが笑う。
俺もつられて笑いながら、残りを返していく。
「よし。こっちもそろそろ完成」
焼き上がったたこ焼きを皿へ移しながら、ふと別の皿に用意してある腸詰め肉とチーズが目に入った。
タコ入りはちゃんと成功した。
なら、次はあっちだ。
「さて」
「まだ何かあるのですか?」
フィリアがすぐ食いつく。
「試し焼きしたときに作った別バージョン」
「別のたこ焼き?」
「タコ入ってないけどね」
「それはたこ焼きなのでしょうか?」
「たこ焼き器で焼いてるからいーの」
俺は笑いながら、もう一度鉄板へ油を馴染ませた。




