第十三話 王族とたこ焼き 前半
夕方。
王城の庭園の一角には、普段とは少し違う光景が出来上がっていた。
「……なんか思ったより本格的になったな」
目の前には大きめのテーブルが二つ。
一つには皿や飲み物が並び、もう一つには今日買ってきた食材が置かれている。
その横には火を使えるよう石で整えられた場所があり、例のたこ焼き用鉄板と、肉や魚を焼くための焼き網まで用意されていた。
「ナギ殿があれだけ買ってこられましたからな」
「足りなくなるよりはいいでしょ」
「まあまあ。これだけあれば、皆様にも存分に楽しんでいただけるでしょう」
「バルドさんが一番分かってる」
「私は料理人ですからな」
買ってきた食材は、厨房である程度下ごしらえを済ませてある。
タコは茹でて一口大に切り、エビや貝もすぐ焼ける状態にした。肉と野菜も切り分けてあるし、リゼルは焼き方を変えて試せるよう厚さを分けている。
ピザ風に使う腸詰め肉とチーズも準備済み。
たこ焼き用のソースとマヨネーズ、それに市場で見つけた乾燥海藻もある。
「こっちは俺がやるから、バルドさん焼く方お願いしていい?」
「もちろんです。」
「ありがとう」
「タコヤキに夢中になって、こちらを忘れないでくださいよ」
「忘れないって」
「どうでしょうな」
「信用ないなあ」
そんなことを話していると、庭園へ続く道から足音が聞こえてきた。
「ナギさん」
振り返ると、フィリアがこちらへ歩いてくるところだった。
青藍色の短い髪を揺らしながら、俺たちのところまで来る。
「こんばんは。もう準備を始めていたのですね」
「こんばんは。ほとんど終わってるよ」
「まあ」
フィリアが並べられた食材を見る。
一度。
二度。
少しだけ首を傾げた。
「……ずいぶんありますね?」
「増えた」
「タコヤキという料理をいただくと聞いていたのですが」
「最初はその予定だった」
「最初は?」
「市場行ったらエビとか貝とか色々あってさ。庭で食うなら一緒に焼いた方がうまそうだなって」
「それで増えたのですね」
「そういうこと」
「なるほど……」
フィリアが並んだ食材へ興味深そうに視線を走らせる。
「楽しみです」
「フィリア殿下は受け入れるの早いなあ」
「美味しいものが増えたのでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「でしたら問題ありません」
「フィリア殿下まで……」
マリアが困ったように呟いた。
「楽しそうね」
今度は別の声が聞こえた。
「エリシアも来た」
「来るように言われていたもの」
エリシアは俺たちのところまで来ると、早速たこ焼き用の鉄板へ目を向けた。
「それが例の?」
「そう」
「へえ……」
半球状の窪みが並んだ鉄板を覗き込む。
「これだけ見ても、どう使うのか分からないわね」
「あとで見れば分かるよ」
「そうさせてもらうわ」
「私も気になっていたのです」
フィリアまで横から覗き込む。
「二人とも近いって。まだ火つけてないからいいけど」
「始まったら離れればいいのでしょう?」
「油跳ねるかもしれないからね」
「分かりました」
フィリアは素直だ。
エリシアも――たぶん言えば離れるだろう。
たぶん。
「皆、もう来ていたか」
その声で、自然と視線が庭園の奥へ向いた。
エドガルドが歩いてくる。
その隣には、まだ会ったことのない男女がいた。
一人は女性。
深い青藍色の長い髪に、落ち着いた色合いのドレス。派手に着飾っているわけではないのに、立ち姿だけで身分の高さが伝わってくる。
その隣を歩くのは若い男だった。
黒に近い濃紺の短い髪に、青灰色の瞳。
背筋を真っ直ぐ伸ばした姿はエドガルドとはまた違う意味で隙がなく、いかにも真面目そうな印象を受ける。
たぶん、聞いていた二人だ。
「陛下」
マリアとバルドさんが姿勢を正す。
エリシアも普段より少しだけ改まった。
「そう畏まらなくてよい。今日は先に話した通り、公式の席ではない」
「ですが……」
「マリア」
「はい」
「今日は給仕として呼んだのではない。そなたも参加者だ」
「……承知いたしました」
「バルドもだ。料理を任せることにはなるが、我々の世話だけをして終えることのないようにな」
「これはこれは。陛下にそこまで仰られては、従わぬわけにはまいりませんな」
「うむ」
バルドさんは相変わらず強い。
エドガルドが俺を見る。
「ナギ。待たせたな」
「いや、俺たちが早めに準備してただけだから」
「そうか。では、改めて紹介しよう」
エドガルドが隣の女性へ視線を向ける。
「妻のエレオノーラだ」
「エレオノーラ・レグナリアです」
エレオノーラが柔らかく微笑む。
「あなたのお話は陛下から聞いています。それに、フィリアも厨房でお会いしたそうですね」
「はい。料理してたら来ました」
「ナギさん。その言い方ですと、私が勝手に入ってきたように聞こえます」
「違うの?」
「きちんと声をかけました」
「そこ?」
「大事です」
「ふふ」
エレオノーラが小さく笑う。
「フィリアが厨房へ顔を出すこと自体には驚きませんが、随分と楽しそうに話していましたよ」
「母上」
「事実でしょう?」
「……そうですが」
フィリアが少しだけ気まずそうに目を逸らす。
エレオノーラはそんな娘を見てから、再び俺へ向き直った。
「ようやくお会いできましたね、ナギさん。今日は楽しみにしていました」
「雨宮凪です。よろしくお願いします」
これでいいのか?
王妃相手の挨拶なんて知らない。
とりあえず失礼にならない程度に頭を下げておく。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「王妃と会うの初めてなんで」
王妃と知り合う大学生なんてそうはいない。
「そして、こちらが息子のアルベルトだ」
エドガルドに促され、若い男が一歩前へ出る。
「アルベルト・レグナリアだ。この国の第一王子として、王太子を務めている」
「雨宮凪です」
「君のことは父上から聞いている。以前から一度、話してみたいと思っていた」
「俺と?」
「ああ。異なる世界から来た人間と話す機会など、まずないからな。それだけではなく……」
アルベルトが一瞬だけ言葉を選ぶ。
「父上から、興味深い人物だとも聞いている」
「何言われてるんだ俺」
「それは父上に聞いてくれ」
「エドガルド?」
「さて、何のことだろうな」
「絶対とぼけてるじゃん」
「父上は昔からこういうところがある」
「アルベルト」
「事実でしょう」
真面目そうな見た目に反して、父親には意外と言うらしい。
少しだけ印象が変わった。
「俺のことは凪でいいよ。雨宮って呼ばれる方が慣れてないし」
「……では、凪と呼ばせてもらおう」
「うん」
「そちらは好きに呼んでもらって構わない」
「さすがに王太子呼び捨てはまずくない?」
「今日の席であれば、私は気にしないが」
「でもなあ」
少し迷って、エドガルドを見る。
「今日は私的な席だ。本人が構わぬと言っているのなら、好きにすればよかろう」
「じゃあ……アルベルトで」
「構わない」
「なんかすごいことしてる気がする」
「今さらではないか?」
アルベルトに言われた。
「初対面の王太子に今さらって言われたんだけど」
「父上に対する話し方を見ていればな」
「あー……」
それは反論できない。
その横でエレオノーラが口元を押さえている。
「あなた、随分と気に入られているのですね」
「そう見えるか?」
「ええ」
「私は普通に接しているつもりなのだがな」
「王様に普通に接されるのも、それはそれで困るんだけど」
「難しいものだな」
「本当にね」
こうして並んでいると、少し不思議な感じがする。
国王。
王妃。
王太子。
王女。
肩書きだけ並べれば、俺とはまず縁のない人たちだ。
でも今のやり取りだけを見ていると、普通に夫婦で、親子で、兄妹なんだなと思う。
「ところでナギ」
「ん?」
エドガルドがテーブルへ視線を向けた。
「私はタコヤキという料理を振る舞ってもらえると聞いていたのだが」
「そうだよ」
「私の目には、それだけとは思えない量の食材がある」
「増えた」
「市場にタコ買いに行ったらエビとか貝とかあったから、庭なら一緒に焼けばいいかなって」
「ふむ、賑やかになりそうでいいではないか」
「わかってるね、さすが王様」
「それでは、始める前に一つだけ」
エドガルドの声が少しだけ変わった。
俺だけではなく、その場にいる全員を見る。
「先にも伝えたが、今日は王として設けた晩餐ではない。私がナギの料理に興味を持ち、家族や皆と共に食べたいと思って設けた私的な席だ」
そして、マリアとバルドさんにも視線を向ける。
「身分を忘れろとまでは言わぬ。それはかえって無理を強いることになるだろう。だが、この場で共に食事をし、会話を交わすことを咎める者はいない。少なくとも、私は咎めぬ」
「……ありがとうございます、陛下」
マリアが頭を下げる。
「では、私も楽しませていただきますぞ」
「そうしてくれ」
「私には何も言わないの?」
エリシアが口を挟む。
「そなたは言わずとも勝手に楽しむだろう」
「あら。よく分かってるじゃない」
「長い付き合いだからな」
「エリシア強いなあ」
「何が?」
「なんでもない」
これなら、少なくとも食事中ずっとマリアが立って給仕をするようなことにはならなそうだ。
「じゃあ、そろそろ始める?」
「うむ。頼む」
「バルドさん、そっちお願い」
「承知しました」
バルドさんが焼き網の方へ移動する。
俺はたこ焼き用の鉄板の前へ立った。
さっき試したばかりだから、火加減は大体分かっている。
「まずは普通のやつから」
「それが本来のタコヤキなのですね?」
案の定、フィリアが近づいてきた。
「そう。タコ入り」
「この鉄板をどう使うのか、ずっと気になっていました」
「近すぎると油跳ねるよ」
「では、このくらいで」
一歩下がる。
素直だ。
その反対側からエリシアも覗き込んでくる。
「エリシアも近い」
「まだ何もしてないじゃない」
「今からするんだって」
「分かってるわよ」
「じゃあちょっと離れて」
「はいはい」
二人が離れたところで、鉄板へ油を馴染ませる。
十分に熱くなったら、生地の入った容器を持ち上げる。
「じゃ、いくよ」
窪みへ生地を流していく。
一つ一つに収めるのではなく、鉄板の上へ少し溢れるくらいまで一気に。
「あっ」
フィリアが声を上げた。
「ナギさん、溢れています!」
「これでいい」
「ですが、窪みの外まで……」
「大丈夫。あとで中に入るから」
「中に?」
「見てれば分かるって」
エリシアも鉄板を見つめる。
「わざとなのね」
「そう、ですかさずタコをっと」
生地の縁が固まり始めたところで、切っておいたタコを一つずつ入れていく。
「これがタコですね」
「そう。これが入ってるから、たこ焼き」
「分かりやすい名前なのですね」
「そういう料理多いよ」
少し待つ。
じゅうじゅうと生地が焼ける音に混じって、出汁の香りが立ち始めた。
少し離れたところでは、バルドさんもエビや野菜を網へ並べている。
「良い香りですね」
エレオノーラが楽しそうに言う。
「まだもうちょっと」
俺は串を手に取る。
固まり始めた生地の縁を切り離し、窪みの中へ寄せる。
「ここからが腕の見せ所よ」
一つ目へ串を差し込む。
そのまま、くるりと返し、周りの生地も巻き込んで中に入れていく。
「おお」
アルベルトが小さく声を漏らす。
「そうやって周りの生地を中に入れていくんですね」
エリシアは納得したように頷いた。
別のものも順番に返していく。
一周。
少し待って、もう一度。
半球だった生地が、徐々に丸みを帯びていく。
「……なるほど」
エリシアがじっと鉄板を見ている。
「窪みの中で少しずつ回転させながら、外側を順番に焼き固めていくのね」
「正解」
「面白い焼き方ね」
「でしょ?」
もう一度串を動かす。
くるり。
くるり。
向きを変えるたびに表面が焼け、形が整っていく。
「本当に丸くなりました……」
フィリアが目を輝かせている。
「だから言ったでしょ」
「これは面白いですね」
「でしょう?」
なぜかフィリアが得意そうに答えた。
「フィリアが作ったわけじゃないけどね」
「分かっています」
「では、なぜそなたが得意げなのだ?」
「父上まで……」
エドガルドが笑う。
俺は最後にもう一度たこ焼きを転がし、全体の焼け具合を確認した。
表面はきつね色。
形も悪くない。
「よし。焼くところまでは完成」
「焼けたのに、まだ完成ではないのですか?」
フィリアが不思議そうに首を傾げる。
「ここからが仕上げ」
俺は皿を手元へ寄せ、用意していたソースへ手を伸ばした。




