第十二話 異世界でたこ焼き会 後半
第10話 異世界でたこ焼き会 後半
「お待たせ」
「いえ、それほど待ってはいませんが……」
厨房を出たところで待っていたマリアに声をかけると、彼女は俺ではなく、その後ろへ視線を向けた。
「何か、とても良い匂いがしますね」
「あー……やっぱ分かる?」
「ええ。お肉とチーズ……でしょうか?」
「正解。ちょっと試し焼きしてた」
「試し焼き?」
「例の鉄板、完成したから。ちゃんと使えるか確認しとこうと思って」
「では、タコヤキを?」
「いや、タコはこれから買いに行くから別のやつ。腸詰め肉とチーズ入れて、トマトのソースかけた」
マリアが少し考える。
「それは……タコヤキなのですか?」
「バルドさんにも同じこと言われた」
「やはり」
「形は同じだからいいんだよ。ピザ風たこ焼き」
「今度はピザという知らない料理が増えました」
「それも俺の世界の料理。今度作る」
「また作るものが増えたのですね」
「増えた」
俺が答えると、マリアは呆れたように、それでも少し笑った。
「それで、出来はいかがでした?」
「うまかったよ。本番でも出すことにした」
「それは楽しみです」
「完成形はそのときまで秘密ね」
「材料は聞いてしまいましたが」
「丸くなってるところは見てないでしょ」
「そういう問題なのでしょうか」
「そういう問題」
たぶん。
少なくとも、エリシアやフィリアたちにはまだ見せていない。本番でいきなり丸いものを焼き始めた方が面白いだろう。
「あと、海藻も探したい」
「海藻ですか?」
「青のりみたいなの。乾燥させた海藻を細かくして、最後に上から散らすんだよ。似たのがなかったらなくてもいいけど」
「でしたら、タコと一緒に探せそうですね」
「だね。じゃ、行こうか」
「はい」
そうして俺とマリアは、タコと海藻を求めて城下町へ向かった。
◇
城下町へ来るのも、これで何度目かになる。
最初の頃は何を見ても知らないものばかりに感じていたけど、最近は少しずつ道も店も見覚えのあるものが増えてきた。
それでも、市場を歩くのは面白い。
特に食材を扱っているところは、見ているだけでも飽きなかった。
「海産物を扱っている店は、もう少し先ですね」
「前に来たとき、そっちまでちゃんと見なかったもんな」
「食材を探すのが目的ではありませんでしたからね」
「今日はじっくり見れる」
「タコを買うのが目的ですよ?」
「分かってるって」
釘を刺された。
人の声が飛び交う通りを進んでいくと、少しずつ空気に混じる匂いが変わってくる。
魚を並べた店が増え、桶の中では貝や甲殻類が水に浸されていた。
「おお……」
思わず足が遅くなる。
魚。
エビ。
貝。
イカ。
見覚えのあるものもあれば、明らかに知らないものも混ざっている。
保存には冷気を発する魔道具が使われているらしく、その上に並べられた魚は思ったより鮮度が良さそうだった。
「結構いろいろあるな」
「海から運ばれてくるものだけでなく、川や湖で獲れたものも集まりますから」
「王都って海から結構離れてるよね?」
「ええ。ですが南へ続く街道が整備されていますし、こういった保存用の魔道具もありますから」
「なるほどね」
魔法が生活に組み込まれている世界なら、地球とは物流の発達の仕方も違うんだろう。
その辺もちゃんと調べてみたら面白そうだけど、今日は魚だ。
「タコ探そ」
「はい」
何軒か店を覗いていると、ほどなく目的のものが見つかった。
「あったあった」
桶の中に入っているタコを覗き込む。
見た目は俺の知っているものとほとんど変わらない。
「これなら普通に使えそうだな」
「大きさも十分そうですね」
店の人に聞いてみると、今朝入ったものらしい。
こちらでも茹でたり焼いたり、煮込みにしたりと普通に食べられているという。
少し触らせてもらい、状態を確認する。
――《万象解析》。
食材として問題になりそうな異常は見当たらない。
「これにしよう」
「どのくらい必要ですか?」
「八人だし……ピザ風も作るから、これくらいかな」
「余裕を持たせるなら、そのくらいで良さそうですね」
「じゃ、これお願いします」
これで本命は確保。
あとは海藻だ。
「乾燥させた海藻ってある?」
店の人に聞いてみる。
さすがに青のりという名前では通じないので、乾燥させて細かく砕き、料理の仕上げに使えるような香りの強い海藻、と説明すると、いくつか候補を見せてくれた。
その中の一つを手に取る。
「ちょっと匂い嗅いでもいい?」
許可をもらって確かめてみる。
青のりそのものではない。
でも、磯っぽい香りはちゃんとある。
「これ結構よくない?」
「ナギさんの探していたものに近いのですか?」
「たぶん。少なくともソースとマヨには合いそう」
「でしたら、少し買ってみましょうか」
「うん」
乾燥海藻も購入。
予定していたものは、これで全部揃った。
「よし。目的達成」
「では戻りましょうか」
「そうだね」
そう答えながら、何気なく周囲を見る。
さっきから気になっていた。
大きめのエビ。
殻付きの貝。
イカ。
丸ごと並べられた魚。
「……ここ、結構いろいろあるな」
「王都でも大きな市場ですからね」
「これ、焼いたらうまそう」
「どれですか?」
「エビとか。貝もいいな」
「どちらも焼いて食べますよ」
「だよねえ」
殻ごと焼いたエビ。
開いた貝にラグを少し垂らしてもいい。
イカも焼ける。
魚だって、そのまま塩と香草で焼けばうまそうだ。
そこまで考えて、ふと気づく。
「そういや今日、庭なんだよな」
「はい」
「外で火使うんだよな」
「タコヤキを作るのですから、そうなりますね」
「……じゃあ、バーベキューもやるか」
「ばーべきゅー?」
「肉とか魚とか野菜を、その場で焼いて食うやつ」
「それでしたら、こちらにも似た食べ方はありますよ」
「やっぱあるよね」
屋外で食材を焼くなんて、別に地球だけの発想じゃない。
「たこ焼きだけより、そっちもあった方が夕飯っぽいし」
「確かに、タコヤキがどのくらいの量になるのかも分かりませんからね」
「でしょ?」
「ですが」
マリアが俺の持っているタコへ視線を落とす。
「買いすぎないでくださいね」
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
「少し不安になってきました」
俺も少し不安だ。
でも、せっかく思いついたんだからやりたい。
「マリアは何か焼きたいものある?」
「私ですか?」
「うん。俺だけで決めてもしょうがないし」
そう聞くと、マリアは店先を見回した。
「でしたら……あちらの貝は美味しいですよ」
「どれ?」
「あれです」
指されたのは、手のひらより少し小さい二枚貝だった。
「焼くと身が柔らかくなって、ラグを少し垂らすとよく合います」
「いいじゃん。それ買おう」
「よいのですか?」
「マリアが食べたいって言ったんじゃん」
「そうですが……」
「じゃ、決まり」
必要な数を選んでもらう。
こういうのは現地の人に聞くのが一番だ。
「エビも少し欲しいな」
「でしたら、こちらの方が焼くのには向いています」
「こっち?」
「ええ。身が締まっているので、殻ごと焼いても美味しいですよ」
「詳しいじゃん」
「私も食べるのですから」
「なるほど」
さっきまで俺の買いすぎを警戒していたマリアが、普通に選び始めた。
「イカは?」
「それも焼きます?」
「焼きたい」
「では一杯くらいにしておきましょう」
「はい」
止められているような、一緒に選んでいるような。
まあ、楽しいからどっちでもいい。
いくつか海産物を買い足している途中、見覚えのない魚が目に入った。
「これ何?」
青銀色の鱗を持つ、細長い魚だった。
俺の知っている魚のどれにもぴったり当てはまらない。
店の人に尋ねると、海で獲れる魚で、塩と香草を使って焼くのが定番らしい。
「へえ」
少し興味はある。
でも今日はすでにタコ、エビ、貝、イカがある。
「……これはまた今度にしよう」
「珍しいですね」
「何が?」
「ナギさんが食材を前に我慢しました」
「俺をなんだと思ってるの?」
「料理のことになると、少し歯止めが利かなくなる方でしょうか」
「否定しづらい」
知らない魚は覚えておこう。
また市場に来る理由にもなる。
海産物を選び終える頃には、当初より荷物がかなり増えていた。
「海鮮はこんなもんかな」
「十分だと思います」
「あとは肉と野菜だな」
「やはり買うのですね」
「バーベキューするなら欲しくない?」
「……お肉は少し欲しいです」
「ほら」
「ですが、少しですよ」
「分かってるって」
魚市場を離れ、今度は肉を扱う店へ寄る。
「マリアは牛と豚ならどっち?」
「そうですね……豚でしょうか」
「じゃあ豚多めにしよう」
「ナギさんは?」
「俺はどっちも食いたい」
「では、牛も少しですね」
「そうしよう」
厚めに切って焼けそうな豚肉を中心に、牛肉も少しだけ買う。
試し焼きで使ったピザ風用の腸詰め肉も追加した。
ここまで来ると、マリアも止めるというより量を調整する側になっていた。
「肉あるなら野菜も欲しいな」
「それでしたら、こちらですね」
「案内よろしく」
野菜の店では、玉ねぎ、ピーマン、きのこ、とうもろこしを少しずつ選ぶ。
どれも焼くだけで十分うまい。
そんな中、見覚えのある紫色が目に入った。
「あ、リゼル」
「こちらにもありますね」
前にすき焼き風を作ったときに使った、細長い紫色の根菜。
煮たときは火が入ると甘みが増して、かなり相性が良かった。
「これ焼いたらどうなるかな」
「焼いて食べる人もいるとは聞きますが、私はあまり食べたことがありません」
「マリアでも?」
「家では煮ることの方が多かったので」
「じゃあ試してみよう」
「また実験ですか?」
「料理」
「先ほどから境目が曖昧ですね」
「だいたい同じようなもんでしょ」
「違うと思います」
言いながらも、マリアはリゼルを何本か選んでいる。
「マリアも食べる気じゃん」
「せっかくですから」
「じゃあ決まり」
これで本当に買い物は終わり。
……のはずだ。
俺は両手に持った荷物を見る。
マリアの手にも袋がある。
「……結構買ったな」
「そうですね」
「タコ買いに来ただけだったのに」
「海藻もです」
「そうだった」
最初の予定から考えると、明らかに増えている。
「八人なら食えるかな」
「タコヤキもあるのですよね?」
「ある」
「それに、これだけのお肉と魚と野菜」
「……あるね」
二人で荷物を見る。
「買いすぎたな」
「今さらですか?」
「余ったら明日食えばいいし」
「余る前提で買わないでください」
「でも、途中からマリアも普通に選んでたじゃん」
「それは……」
マリアが少しだけ視線を逸らす。
「否定はしません」
「でしょ?」
「ですが、最初に増やしたのはナギさんです」
「きっかけは俺だけど、共犯ってことで」
「いつの間に共犯になったのですか」
「貝選んだあたり」
「随分早いですね」
笑いながら、マリアから重そうな袋を一つ受け取る。
「こっち持つよ」
「大丈夫ですよ」
「俺の方まだ持てるから」
「では……お願いします」
「はいはい」
受け取った袋が、思ったより重かった。
「……これ何入ってる?」
「ナギさんが買ったお肉です」
「自業自得か」
「そうですね」
「即答じゃん」
そんな話をしながら、城へ向かって歩き出す。
たこ焼きを作るために、タコを買いに来ただけだった。
それが気づけば、両手いっぱいの食材を抱えている。
「まあでも、楽しそうじゃん」
「何がです?」
「今日の飯。たこ焼き作って、肉とか魚も焼いてさ。みんなで食うなら、その方が楽しいでしょ」
マリアは自分の荷物へ目を落とし、それから小さく笑った。
「……それは、そうですね」
「でしょ?」
王様や王妃、王太子と一緒に食事をするなんて、普通に考えれば緊張するような話なんだろう。
でも今の俺の頭にあるのは、ちゃんとたこ焼きが焼けるかとか、エビは殻ごと焼こうとか、リゼルはどのくらいの厚さに切ろうとか、そんなことばかりだった。
国を信用したわけじゃない。
ここに残ると決めたわけでもない。
帰れるなら、今だって帰りたい。
それでも、この世界で過ごす時間の全部が嫌なわけじゃない。
料理を作って、知らない食材を見つけて、誰かと一緒に食べる。
そういう時間くらいは、普通に楽しんでもいいだろう。
「帰ったらバルドさんと仕込みだな」
「まだ料理するのですか?」
「今日食うんだから当たり前でしょ」
「そうでした」
「マリアも手伝ってよ」
「もちろんです」
「よし」
タコだけのはずだった夕食は、いつの間にか随分と賑やかなものになっていた。




