第十一話 異世界でたこ焼き会 中編
「せっかくだし、上手く焼けるか試してみよう」
完成した鉄板を前にそう言うと、バルドさんは一度鉄板へ目を落とし、それから俺を見た。
「タコを買いに行くのは、このあとでしたな」
「うん。だから今は鉄板の確認だけ。ちゃんと熱が回るかとか、ひっくり返せるかとか見ときたい」
「なるほど。本番で初めて使うよりは、その方がよいでしょう」
「でしょ?」
話が決まれば早い。
バルドさんに火を用意してもらっている間に、俺は必要なものを集めていく。
小麦粉、卵、水。
「あと出汁ある?」
「今朝取ったものがありますぞ」
「それ使わせて」
「どうぞ」
出してもらった出汁を少し味見してから、小麦粉と卵、水に合わせていく。
前に作ったお好み焼きより、かなり緩めの生地。
たこ焼きなんて日本にいた頃はわざわざ細かい分量を覚えて作っていたわけじゃない。家でやるときも、袋に書いてある作り方を見たり、適当に調整したりしていた。
ただ、その辺は今なら多少どうにかなる。
――ミーネ。たこ焼き作ったときの生地、こんな感じだったよな?
『記録情報との比較。大きな差異は確認されません』
――よし。
自分じゃ忘れているようなことでも、一度見たり覚えたりしたものなら探し出してくれる。
本当にこういうとき便利だ。
「ずいぶんと緩い生地ですな」
「たこ焼きはこのくらい。焼くと外側が固まって、中は柔らかくなる」
「オコノミヤキとは、同じような材料でも随分違うものなのですな」
「形も焼き方も違うからね。出汁もちゃんと効かせた方がうまいし」
生地を軽くすくって落としてみる。
うん、たぶん大丈夫。
その間に鉄板も温まってきた。
手を近づけると、しっかり熱が伝わってくる。
「油、引くね」
「どうぞ」
布を使って窪みの一つ一つに薄く油を馴染ませる。
あとはここへ生地を流して、焼け方を見るだけ。
「……」
生地を見る。
空っぽの鉄板を見る。
「どうされました?」
「いや」
別に今日は試し焼きだ。
タコはこのあと買いに行くんだから、具なしでも目的は果たせる。
果たせるんだけど。
「……具なしって味気ないな」
「試すだけでは?」
「そうなんだけど、どうせ焼くなら美味しくしたいじゃん」
「それは、まあ」
「なんか代わりになるものない?」
「タコの代わりですか?」
「似てなくていいよ。中に入れてうまそうなやつ」
「でしたら……」
バルドさんが厨房の中を見回し、少し考える。
「腸詰め肉ならありますぞ」
「腸詰め?」
「ええ。朝食用に仕込んであるものが」
「じゃあチーズある?」
「ありますが」
「トマトを煮詰めた甘酸っぱいソースとかは?」
「それもありますな。トマトに酢と砂糖、香辛料を加えて煮たものですが……」
「よし、それ」
「随分と早いですな」
「腸詰めならチーズとケチャップだろ」
「ケチャップ?」
「あー、そっちは知らないか」
バルドさんが持ってきた赤いソースを少しだけ味見させてもらう。
トマトの酸味に砂糖の甘さ、酢、それに香辛料。
日本のケチャップそのものではないけど、方向としてはかなり近い。
「うん。やっぱケチャップっぽい」
「それが、ナギ殿の世界にあるソースなのですかな?」
「そう。もっと滑らかだったと思うけど、トマトを使った甘酸っぱいソース。肉にも合うし、卵とかにも使う」
「なるほど。それで腸詰め肉と?」
「あとチーズ。鉄板」
バルドさんが腸詰め肉を持ってくる間に、俺はチーズを小さく切っていく。
「しかし、それではタコヤキとは別の料理になるのでは?」
「形はたこ焼きだし、たこ焼き器で焼いてるからセーフ」
「そういうものですかな?」
「知らん」
「ナギ殿が知らないのであれば、私はもっと分かりませんぞ」
「うまけりゃいいんだよ」
「料理長の前で随分と思い切ったことを言いますな」
「バルドさんだって結構そういうタイプでしょ」
「さて、どうでしょうな」
否定しないじゃん。
腸詰め肉も小さめに切り、生地の横へ並べる。
これで準備はできた。
「じゃ、やってみるか」
鉄板へ生地を流す。
じゅわっ、と音が立ち、白い生地の縁から細かな泡が浮かび始めた。
「お」
「しっかり焼けておりますな」
「真ん中は結構強いな。端は……ちょっと弱いか」
「火を広げてみましょう」
「お願い」
バルドさんが下の火を調整している間に、俺はそれぞれの窪みへ腸詰め肉を入れ、その上からチーズを落としていく。
最後に、さっきのトマトソースをほんの少し。
「これで待つ」
「生地が窪みから溢れておりますが」
「それでいいんだよ」
「ほう」
「むしろちょっと溢れてるくらいの方が――」
言いながら、俺は細い金属串を手に取る。
縁が固まり始めたところへ差し込み、周囲を切り離していく。
「ここからが楽しい」
「楽しい?」
「見てれば分かる」
焼けた生地の端を引っ掛け、くるりと半分ほど返す。
「おお」
バルドさんが声を漏らした。
「完全に返さないのですな」
「最初はね。で、周りの生地も中に入れながら……」
少し待って、さらに回す。
半球だった生地が、徐々に丸くなっていく。
「なるほど……このための窪みでしたか」
「そういうこと」
「図だけではまるで分かりませんでしたな」
「俺も説明するの面倒だったから」
「職人が聞いたら泣きますぞ」
「ちゃんと礼は言うから」
一つ、二つと順番に返していく。
三つ目。
「あ」
崩れた。
「……」
「……」
「最初だから」
「私は何も言っておりませんぞ」
「今絶対笑っただろ」
「気のせいですな」
「嘘つけ」
崩れた生地を無理やり窪みへ押し込み、形を整える。
多少不格好だけど、食べれば同じだ。
「ほら、戻った」
「少々歪んでおりますが」
「丸い丸い」
「ナギ殿がそう仰るのであれば」
「料理長ってもっと優しくない?」
「料理に関しては正直であるべきでしょう」
「くっそ」
それでも二周、三周と転がしているうちに、最初は頼りなかった生地の表面がきつね色になってくる。
溶けたチーズが少しだけ外へ漏れて、鉄板に触れたところが香ばしく焼けていた。
「……いい匂い」
「確かに」
バルドさんも鼻を動かす。
「腸詰め肉とチーズですからな。合わないはずがない」
「そこにトマトだもんな」
「ナギ殿の言っていた組み合わせが、少し分かった気がします」
「ピザっぽいんだよ」
「先ほども仰っていましたな。ピザ、でしたか」
「平たい生地にトマト系のソースとかチーズとか具を乗せて焼く料理」
「それも作れるので?」
「材料あるなら作れると思う」
「では、いずれ」
「バルドさんも好きだねえ」
「未知の料理に興味を持つのは、料理人として当然でしょう」
「じゃあ今度やろう」
「楽しみにしております」
また作るものが増えた。
でもまあ、急ぐ必要はない。
表面が十分焼けたところで皿へ移し、仕上げにもトマトソースを少しかける。
「よし」
見た目はちゃんと丸い。
一個だけ微妙なのが混じってるけど、見なかったことにする。
「ピザ風たこ焼き完成」
「タコは入っておりませんが」
「細かいなあ」
「料理名の根幹では?」
「今日は試作だからいいの」
「そういうことにしておきましょう」
俺は一つ取ろうとして――やめた。
「熱そう」
「今焼き上がったばかりですからな」
「ちょっと待とう」
「賢明です」
少し冷ましてから、一つ口へ放り込む。
「ん」
まだ熱い。
でも、うまい。
出汁の風味がある柔らかな生地に、腸詰め肉の塩気と脂。そこへ溶けたチーズが絡み、甘酸っぱいトマトソースが全体をまとめている。
「……うま」
「では私も」
「中のチーズ熱いから気をつけて」
「承知しました」
バルドさんも一つ口へ運び、ゆっくり味わう。
「これは……良いですな」
「でしょ?」
「腸詰め肉とチーズは元々相性のよい組み合わせですが、こうして柔らかな生地で包むとまた違う。出汁も思ったほどトマトの味と喧嘩しておりません」
「俺もちょっとそこ心配だった」
「もう少し出汁を弱めてもよいかもしれませんが、これは好みでしょうな」
「本番でも出していいと思う?」
「私は賛成ですぞ」
「じゃ、採用」
本来のたこ焼きだけじゃなく、こっちも作ろう。
タコが苦手な人がいたとしても、こっちなら食べられるかもしれないし、単純に種類があった方が楽しい。
「もう一回焼いてみよ」
「火の具合も確認しておきたいですな」
「うん。端の方だけちょっと弱かったし」
二回目は、バルドさんに火を少し広めに調整してもらう。
同じように生地を流し、腸詰め肉とチーズを入れて返していく。
「お、今度は綺麗」
「先ほどより随分と丸くなりましたな」
「鉄板の癖が分かってきた」
「本番では問題なさそうですな」
「だね」
焼き上がったもののうち一つには、トマトソースではなく、この前作ったソースとマヨネーズをかけてみる。
マヨネーズは俺が作ったやつを見て、バルドさんも試していたらしい。
「そちらも試すのですかな?」
「本番のタコ入りにはこっち使うつもりだから、生地との相性だけ確認」
「なるほど」
二人で一つずつ味を見る。
「……うん。こっちも大丈夫」
「先ほどとは随分印象が変わりますな」
「タコ入ったらもっとそれっぽくなると思う」
「本来のタコヤキというものが、ようやく気になってきましたぞ」
「俺も久しぶりだから楽しみ」
日本にいた頃なら、わざわざここまで準備して食べるものでもなかった。
食べようと思えば店でも買えたし、冷凍だってあった。
それが今は、鉄板から作っている。
変な話だ。
でも、悪くない。
「上に何か散らしたいな」
「何か?」
「青のりみたいなの。海藻を乾燥させて細かくしたやつ」
「海藻であれば、市場にいくつかありますな」
「マジ?」
「ご希望のものと同じかは分かりませんが」
「じゃあ見てみる。どうせ海産物の店行くし」
「そういえば、タコを買いに行かれるのでしたな」
「ああ」
俺は残ったピザ風を一つ摘まむ。
今度はちゃんと冷ましてから口へ入れた。
「これ食べ終わったら行く」
「マリア殿をあまり待たせてはいけませんぞ」
「分かってるって」
「先ほどまで完全に料理へ夢中になっていたように見えましたが」
「気のせい」
「そういうことにしておきましょう」
完全に見透かされてる。
まあいい。
鉄板はちゃんと使える。
火加減も分かった。
予定になかったピザ風まで増えた。
あとは、本命を手に入れるだけだ。
「よし」
最後の一つを食べて立ち上がる。
「じゃ、今度こそタコ買いに行くか」




