第十話 異世界でたこ焼き会 前半
第10話 異世界でたこ焼き会 前半
「ナギ殿。例のものが届きましたぞ」
「マジ?」
昼を少し過ぎた頃、厨房へ顔を出した俺を待っていたのは、バルドさんのそんな一言だった。
何のことか聞き返す必要はない。頼んでから数日、そろそろ完成する頃だと聞いていたものがある。
「今朝、職人が持ってきました。奥に置いてありますぞ」
「見ていい?」
「もちろんです。そのためにお呼びしたのですから」
「じゃ、遠慮なく」
バルドさんについて厨房の奥へ向かうと、作業台の上に布をかけられた平たい何かが置かれていた。
布を取る。
「おお……」
現れたのは、厚みのある黒い鉄板だった。
その表面には半球状の窪みがずらりと並び、一つ一つの大きさもほとんど揃っている。
俺が紙に描いた雑な図から作ったとは思えないくらい、ちゃんとしていた。
「たこ焼き器じゃん」
「これが以前仰っていた、タコヤキキというものですか」
「正確には鉄板の部分だけだけどね。俺の世界だと、これと火を使うやつもあれば、電気で熱くするやつもある」
「電気……以前聞いたものですな」
「そうそう。まあ、今はこれで十分」
日本で家にあったのは電気式だったけど、こっちでそこまで再現しようとしたら、たこ焼きを作るどころの話じゃなくなる。
俺は鉄板を持ち上げてみる。
「重っ」
「かなり厚めに作らせたそうです」
「でも、このくらいの方が良さそう」
軽すぎて火の当たり方が極端になるよりはいい。
窪みを指でなぞってみても、妙な引っ掛かりはない。完全に同じ形ではないけど、手作業でこれなら十分すぎる。
「職人さん、すごいな」
「用途が調理器具だと伝えましたので、火の回り方も考えて厚みを調整したそうですぞ」
「そこまでやってくれたんだ」
「最後まで、これで何を作るのか分からなかったと首を傾げておりましたが」
「まあ、これだけ見せられても分かんないよな」
丸い窪みが大量に並んだ鉄板を渡されて、用途を当てろという方が無茶だと思う。
――《万象解析》。
念のため鉄板へ意識を向ける。
材質自体はこの世界では特別珍しいものじゃない。厚みにわずかなばらつきはあるものの、極端に薄い場所や目立ったひびも見当たらなかった。
実際にどう熱が回るかまでは、火にかけてみた方が早いだろう。
「うん。良さそう」
「分かるのですか?」
「見た感じはね。あとは実際に使ってみないと」
「では、職人には問題なさそうだと伝えておきましょう」
「お願い。できれば俺からも礼言いたいんだけど」
「機会があれば呼びましょう」
「ありがとう」
改めて鉄板を眺める。
頼んだときは、本当に作ってもらえるかも分からなかったんだよな。
そもそも城の職人に特注品を頼む以上、バルドさんだけで話が終わるはずもなく――。
◇
「聞けば、城の職人に特殊な調理器具を作らせたいそうだな」
「……もう話いってるの?」
数日前。
バルドさんに、こんな鉄板を作れないかと相談した翌日、俺はエドガルドに呼ばれていた。
「王城の職人へ特注品を依頼するのだ。当然、話は上がってくる」
「ああ、そりゃそうか」
言われてみれば当たり前だった。
城で働いている職人に、俺が勝手に仕事を頼める方がおかしい。
「やっぱダメ?」
「いや、その逆だ。許可しよう」
「いいの?」
「必要な材料もこちらで用意させる。費用についても気にする必要はない」
思ったよりあっさり通った。
「そこまでしてもらって大丈夫?」
「そなたをこの世界へ呼んだのは我々だ。こちらで生活する上で必要となるものまで、すべてそなた自身に用意させるつもりはない」
「いや、これ生活必需品ってほどじゃないけど」
「調理器具なのだろう?」
「そうだけど」
「そなたは料理を好んでいると聞いている。それならば、そなたがこちらで暮らす上で無関係なものでもあるまい」
「……まあ、俺には割と」
なくても死にはしない。
でも、作れると分かったら欲しい。
料理をする時間は、この世界に来てから俺が普通に楽しめている数少ない時間でもある。
「ならば問題あるまい」
「じゃあ、お言葉に甘える。ありがとう」
「うむ」
この世界の金銭感覚もまだ完全には分かっていないし、特注の鉄板となればどれくらいするのかも分からない。素直にありがたかった。
「それと、もう一つ頼みがある」
「条件?」
「条件ではない。断っても構わぬ」
そう前置きしてから、エドガルドは少し笑った。
「完成した暁には、私にもその料理を振る舞ってもらえぬか?」
「王様に?」
「アデルから、先日の夕食について随分と興味深い話を聞いてな」
「……アデルさん、何報告してんだ」
「料理の話だけではないがな」
「だろうね」
あの人が俺と飯を食ったのだって、ただお好み焼きを食べたかったからじゃないことくらいは分かっている。
たぶん俺がどんな人間なのか、その辺を見るように言われていたんだろう。
だからといって、今のところ追及する気もない。
「スキヤキフウと、オコノミヤキだったか。どちらもこの国にはない料理だと聞いている」
「まあ、あっちの料理を再現したからね」
「ならば、今回作るものにも興味がある」
「たこ焼きね」
「タコヤキ」
エドガルドが確認するように繰り返す。
「タコを使うのか?」
「使う。……この世界にもタコいるよね?」
「いるはずだが」
「なら大丈夫」
「そこを確認せずに道具を頼んだのか?」
「今気づいた」
「……そうか」
なんだその間。
「まあ、いなかったら別のもの入れるし」
「随分と柔軟なのだな」
「丸く焼けてうまけりゃ、それはそれで」
「それをタコヤキと呼んでよいのかは私には分からぬが」
「俺も分からん、がたこ焼き器を使ってるんだからいいだろ」
エドガルドが小さく笑った。
「ともかく、一度そなたとは食事を共にしてみたいと思っていた。公式の晩餐にするつもりはない」
「それならいいけど」
「公式だと嫌か?」
「作法とか知らないし。飯食うだけで疲れそう」
「なるほど。それでは料理を楽しむどころではないな」
「そういうこと」
「ならば、気楽な席にしよう」
話が早くて助かる。
「そういえば、フィリアとは既に顔を合わせたそうだな」
「ああ。厨房で」
「……やはり厨房か」
「何その反応」
「いや。あの子らしいと思ってな」
エドガルドが額へ軽く手を当てる。
その表情は国王というより、娘の行動に慣れきった父親のものだった。
「料理してたら匂いにつられて来たよ」
「昔から厨房へ顔を出すことがあってな。バルドには迷惑をかけていないとよいのだが」
「慣れてる感じだったけど」
「それならばよい」
「いいんだ」
「公務や学びを放り出しているのであれば叱るが、そうではないのだろう?」
「用事あるからって、すぐ戻ってったよ」
「ならば構わぬ」
その辺は意外と自由らしい。
いや、やることをやっているから自由にさせている、という方が近いのか。
「妻と息子には、まだ会っていなかったな」
「たぶん」
「妻のエレオノーラと、息子のアルベルトだ。アルベルトは王太子でもある。いずれ紹介するつもりではいた」
「王妃と王太子……」
急に肩書きが重くなった。
「なんか、たこ焼き食うだけの話じゃなくなってない?」
「では、せっかくだ」
エドガルドは少し考えてから言った。
「皆で食べるとしよう」
「皆?」
「私と妻、アルベルト、フィリアだ。そなたが普段共に過ごしている者たちも参加すればよい。エリシアやマリア、それにバルドも、厨房を離れられるのであれば構わぬ」
「王様と使用人が一緒に飯食って大丈夫なの?」
「公式の晩餐であれば、立場を考える必要はあるだろうな」
「だよな」
「だから公式にはせぬ」
あっさりしてるな。
「庭園に、家族で私的な食事を取ることもある場所がある。火を使う料理なのであれば、室内より都合もよかろう」
「庭か」
たこ焼き。
庭。
大人数。
なんか急に、堅苦しい食事会というより、俺の知ってる集まりに近くなってきた。
「いいじゃん。そっちの方が合ってると思う」
「では決まりだな」
「でもマリアとかバルドさん、王様がいたら飯どころじゃなくない?」
「その点はこちらから伝えておこう。私的な席であり、必要以上に畏まる必要はないとな」
「それで緊張しなくなるかな」
「そこまでは私にもどうにもできんな」
「ですよね」
王様でも無理らしい。
「だが、私や家族が同席していることを理由に、参加を咎められることはない。その点は私が保証しよう」
「ならいいや」
「うむ。私も、そのタコヤキとやらを楽しみにしておこう」
「期待上げすぎないでね」
「善処しよう」
「それ絶対上げるやつじゃん」
こうして俺のよく分からない注文は国王公認となり、ついでに王族まで参加する食事会へと話が膨らんだのだった。
◇
「……まさか本当にできるとはな」
意識を現在へ戻す。
目の前には、あのとき話していた鉄板がちゃんと形になって置かれている。
数日後には、これを使って王様たちにたこ焼きを作る。
そう考えると少し変な感じがした。
異世界に召喚されて、王城に住んで、魔法を覚えて。
その結果やっていることが、王様相手のたこ焼き会の準備だ。
「まあ、俺らしいか」
「何か仰いましたかな?」
「なんでもない」
鉄板をもう一度持ち上げ、裏側まで眺める。
ちゃんと作ってくれたのは分かった。
あとは――ちゃんと焼けるかどうか。
「バルドさん」
「はい?」
「これ、今から火にかけられる?」
「できますが……タコを買いに行かれるのでは?」
「それはこのあと」
完成したばかりの鉄板を見る。
ここまで来て、何もせず買い物へ行くというのもなんだか落ち着かない。
「せっかくだし、上手く焼けるか試してみよう」




