↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/19

第八話 異世界でいつもの味 後半




「で、どんなソースなのです?」


 バルドにそう聞かれて、俺は少し困った。


「それを説明するのが難しいんだよな……」


 お好み焼きのソース。


 日本にいた頃は、冷蔵庫からボトルを出してかけるだけだった。自分で作ろうなんて考えたこともないし、原材料だって裏の表示を何となく眺めたことがある程度だ。


「甘くて、酸味があって、塩気もある。香辛料も入ってて、結構濃い味」


「肉料理に使うソースに近そうですが、それだけではなさそうですな」


「そうなんだよ。野菜とか果物も入ってたはずなんだけど……」


 ――ミーネ。俺、お好み焼きのソースに何が入ってたか覚えてる?


『記録を検索します』


 少し待つと、いつもの声が返ってくる。


『複数の商品に関する断片的な記録を確認。野菜、果実、糖類、酢、食塩、香辛料、その他調味原料――』


 ――そこまででいい。


 やっぱり大体そんな感じか。


 問題は割合も作り方も知らないことだ。


 俺は料理が好きなだけで、ソース工場で働いていたわけじゃない。


「材料は大体分かる。でも作り方は分からん」


「でしたら、同じものを作ろうと考えない方がよろしいでしょう」


「というと?」


「ナギ殿が欲しい味に近いものを、こちらの料理から探せばよいのです」


「ああ、それいいな」


 さすが料理長。


 こういうところは俺よりずっと頼りになる。


「甘酸っぱくて、少しとろみがあるものなら?」


「果実を煮詰めたソースがいくつかあります。肉料理に合わせるものなら、香辛料を加えたものも」


「それ見たい」


「少々お待ちを」


 バルドが持ってきたのは、いくつかの小さな器だった。


 赤いもの、茶色いもの、黄色っぽいもの。


 一つずつ味を見る。


「これは?」


「トマトを煮詰め、酢と香辛料を加えたものです」


「これ結構近い」


 もちろんケチャップそのものではない。


 トマトの酸味が強く、甘さも控えめだが、土台としてはかなり使えそうだ。


「こっちは?」


「果物を煮詰めたものです。肉料理に使います」


 舐めてみる。


「甘いな。でもちょっと香りが強い」


「では量を抑えましょう」


「それとラグも使いたい」


「塩味を加えるなら悪くないでしょう。ただし、先ほどのすき焼きと同じく入れすぎには注意が必要ですな」


「じゃあ少しずつやるか」


 そこからは二人で味を探した。


 トマトを使ったソースを土台にして、果物を煮詰めたものを少量。


 砂糖。


 酢。


 ラグ。


 そしてバルドが選んだ香辛料。


 俺が味見して、欲しい方向を伝える。


「もうちょっと甘い」


「でしたら砂糖より、こちらの果実を増やした方がよいでしょう」


「なんで?」


「砂糖だけを増やすより味に厚みが出ます」


「じゃあそっち」


 混ぜて、火にかけて、また味を見る。


「……お。こっちの方がいい」


「酸味はいかがです?」


「ちょっと強いかな」


「煮詰めれば多少丸くなります。先に様子を見ましょう」


「了解」


 弱火で煮詰める。


 しばらくすると水分が飛び、とろみが強くなってきた。


 もう一度味を見る。


「……かなり近づいた」


「元の味を知らない私には判断できませんが、料理用のソースとしては悪くないと思います」


「俺もそう思う」


 日本のお好みソースとは違う。


 でも、甘味と酸味があって、ラグの塩気と発酵した風味があり、香辛料もほんのり効いている。


「これならいける」


「では、完成ですかな」


「いや」


 俺は少し考える。


「もうほんのちょっとだけ甘くしたい」


「では、こちらを」


「やっぱプロって便利だな」


「料理長ですので」


「一家に一人欲しい」


「王城の料理長を持ち帰らないでください」


 横で聞いていたマリアが口を挟んだ。


「持ち帰らないよ」


「今、欲しいとおっしゃったではありませんか」


「言い方」


 バルドが笑っている。


 最後に少しだけ調整して、もう一度味見。


「うん。これでいこう」


 完全再現じゃない。


 でも、それでいい。


 俺が知っている味を土台にして、バルドがこの世界の料理から使えるものを選んだ。


 これはもう、お好みソースの偽物というより、こっちで作った新しいソースだ。


「じゃ、今度こそお好み焼き」


 残っていたキャベツを半分に切り、細かく刻んでいく。


「随分細かくされるのですね」


 マリアが横から覗き込む。


「このくらいの方が生地と混ざりやすいから」


「私もお手伝いしましょうか?」


「じゃあ半分お願い。包丁使える?」


「ナギ様より長く厨房へ出入りしております」


「失礼しました」


 即答された。


 バルドが小さく笑っている。


「何?」


「いえ。何も」


「絶対なんかあるだろ」


 マリアにキャベツを任せて、俺は生地の準備に取りかかる。


「バルド、粉ってどれ使えばいい?」


「焼くのでしたら、こちらがよいでしょう」


 出されたのは、この国でパンや焼き菓子にも使われている穀物の粉だった。


 見た目は小麦粉に近い。


 こっちにも地球と似た穀物は普通にあるらしい。


「出汁も欲しい」


「魚で取ったものでよろしければ」


「それで」


 味を見ると、俺が知っている和風出汁とは違うものの、魚の旨味はしっかり出ていた。


 ボウルに粉。


 卵。


 出汁。


 少しずつ混ぜて、生地の固さを調整する。


 そこへ刻んだキャベツを入れる。


「……多くありませんか?」


 マリアが聞いてくる。


「こんなもん」


「粉より野菜の方が多いように見えます」


「俺はキャベツが本体だと思ってるから」


「それは料理として正しいのですか?」


「知らん。俺はこれが好き」


「急に個人の好みになりましたね」


「お好み焼きなんだから好みでいいんだよ」


「なるほど?」


 納得してない顔だ。


 残しておいた豚肉も用意する。


 バルドに平たい焼き台を借り、油を薄く引いて熱した。


「よし」


 生地を落とす。


 ジュウッ、と音が上がった。


 丸く形を整えて、その上へ豚肉を広げる。


「これを焼くのですか?」


「そう。で、途中でひっくり返す」


 マリアが焼き台を見る。


 俺を見る。


 もう一度、焼き台を見る。


「崩れませんか?」


「崩さなければいい」


「答えになっていません」


「まあ見てて」


 底が固まるまで待つ。


 焼けた生地とキャベツ、それに豚肉の匂いが立ち始める。


「そろそろかな」


 へらを差し込んで持ち上げる。


 一気に返す。


 ぱたん。


「おお」


 綺麗に返った。


「どうよ」


「お見事です」


「ふふん」


「少し得意げですね」


「成功したんだからいいだろ」


 反対側も焼いていく。


 豚肉から出た脂が焼き台の上で弾け、さっきとはまた違った香ばしい匂いが厨房に広がった。


 火の通りを確認して皿へ移す。


「で、さっきのソース」


 表面にたっぷり塗る。


 熱で温められたソースから、甘酸っぱい香りが一気に立ち上がった。


「……ああ、いいなこれ」


 思わず声が出た。


 同じじゃない。


 日本で食べていたものとは、間違いなく違う。


 それでも焼けた生地と豚肉に濃いソースの香りが合わさると、一気に記憶の中のお好み焼きへ近づく。


「確かに、先ほどより香りが強くなりましたな」


「これこれ」


 バルドも興味深そうに皿を覗いている。


 マリアに至っては、さっきから視線が料理から動いていない。


「食べる?」


「よろしいのですか?」


「味見くらいなら」


「では、ぜひ」


 切り分けようとした、そのときだった。


「バルド、何を作っているんですか?」


 厨房の入口から声がした。


「廊下までいい匂いがしていましたよ」


 振り返る。


 見覚えのない女の子が立っていた。


 俺より年下に見える。


 青藍色の短い髪は首元で軽く外へ跳ねていて、明るい青系の瞳が厨房の中を興味深そうに見回している。


 服は明らかに上等そうだが、華美なドレスではない。動きやすそうな膝下丈の服に短いブーツで、立ち姿は綺麗なのに、視線だけは完全に料理へ向いていた。


「……それですか?」


「たぶん」


「初めて見る料理ですね」


「俺のいたところの料理だからな」


 そこでようやく、その子が俺を見る。


「あ……では、あなたがナギ様ですか?」


「そうだけど」


「やはり。私はフィリア――」


 名乗りかけたところで。


 視線がまた皿へ落ちた。


「……それ、もう食べてもよろしいですか?」


「自己紹介よりそっち?」


「すみません。とてもいい匂いなので」


 素直だな。


「まあ、いいけど。俺は凪」


「存じています」


「俺だけ知られてるの、なんか変な感じするな」


「申し訳ありません」


「いや、謝らなくていいって。食べる?」


「はい」


 即答。


 小さく切って皿へ乗せようとしたところで、後ろからバルドの声が飛んできた。


「フィリア殿下」


「はい?」


「せめて先に、きちんとご挨拶をなさってください」


「…………」


 俺の手が止まった。


 今、なんて?


「……殿下?」


「はい」


 フィリアが俺を見る。


「王女様?」


「はい。フィリア・レグナリアです」


 今度こそ、綺麗に一礼した。


「先ほどは大変失礼いたしました」


「いや……」


 もう一度フィリアを見る。


 上等な服。


 綺麗な所作。


 言われてみれば納得できる。


 でも。


「王女様ってもっと分かりやすい格好してるもんだと思ってた」


「王城の中でまで、常に正装しているわけではありませんから」


「なるほど」


 それからバルドを見る。


「先に言って?」


「料理を勧めたのはナギ殿でしょう」


「それはそうだけど」


「フィリア殿下も名乗ろうとはされていましたぞ」


「途中でお好み焼きに負けてたじゃん」


「……それについては反省しております」


 フィリアが少しだけ気まずそうに目を逸らす。


 マリアを見る。


「マリア、知ってた?」


「もちろんです」


「教えてくれてもよくない?」


「私もお声をかけようとは思ったのですが……」


「ですが?」


「ナギ様があまりにも普通にお話しされるので、少々機会を逃してしまいました」


「絶対ちょっと面白がってたよね?」


「さて、何のことでしょう」


「目逸らした」


 フィリアが小さく笑う。


「それで、ナギ様」


「ん?」


「味見は……」


「まだ食べる気だったんだ」


「いけませんか?」


「いや、作った側としてはむしろ嬉しいけど」


 小さく切り分けて皿に乗せる。


「熱いから気をつけて」


「ありがとうございます」


 フィリアは一口分を取り、少し冷ましてから口へ運んだ。


 その目がわずかに大きくなる。


「……美味しいです」


「お」


「外側は香ばしいのに、中は柔らかいんですね。それに、このソース……甘いのに酸味もあって、お肉にもよく合います」


「それ、さっきバルドと作った」


「このソースをですか?」


「俺の世界に似たものがあるんだけど、同じものはないからさ。俺が味を説明して、バルドにこっちの料理から使えそうなものを探してもらった」


 フィリアがバルドを見る。


「では、お二人で作った新しいソースなのですね」


「そうなるかな」


「元のものとは違うそうですがな」


「うまければいいんだよ」


「ナギ様らしいですね」


「今日会ったばっかりなのに俺らしさ分かる?」


「あ」


 フィリアが一瞬止まる。


「噂から、でしょうか」


「どんな噂流れてんだよ、この城」


 今度はバルドまで笑った。


「もう一口いただいても?」


「どうぞ」


「ありがとうございます」


「今度は確認?」


「……その言い方は使えるのですか?」


「誰から覚えたんだよ」


 フィリアが楽しそうに二口目へ手を伸ばしたところで、入口から別の侍女が姿を見せた。


「フィリア殿下。こちらにいらしたのですね」


「あ」


「そろそろお時間です」


「もうですか?」


「はい」


 分かりやすく残念そうな顔をする。


 それでもすぐに表情を整えるあたりは、やっぱり王女なんだろう。


「分かりました」


 フィリアは皿を置き、こちらへ向き直った。


「ナギ様。途中になってしまいましたので、次にお会いした際に改めてご挨拶させてください」


「別に気にしなくていいけど」


「私が気にするのです」


「あ、はい」


「それでは、また」


「ああ。また」


 フィリアはバルドとマリアにも声をかけてから、迎えに来た侍女と一緒に厨房を出ていった。


 姿が見えなくなってから、俺は入口を見る。


「……王女様なんだよな?」


「正真正銘、フィリア殿下ですぞ」


「普通に厨房来るんだ」


「珍しいことではありませんな。お時間があれば、こうして覗きに来られます」


「王女ってもっと厨房から遠い生き物だと思ってた」


「殿下が聞けば笑われますぞ」


「本人には言わない」


「またお会いになるでしょうに」


「そのときはそのとき」


 俺は焼き台へ向き直った。


「さて、まだ焼くぞ」


「切り替えがお早い」


「飯冷める方が嫌だから」


 二枚目。


 三枚目。


 今度はマリアにも生地を混ぜてもらいながら焼いていく。


 その横で、バルドは何かを書き留めていた。


「何書いてるの?」


「先ほどのソースの材料と、おおよその分量です」


「俺ほとんど目分量だったけど」


「ですから、私が記録しているのです」


「プロだ」


「料理長ですので」


「それ前も聞いたな」


「何度でも申し上げますぞ」


 全部焼き終える頃には、夕食の時間も近づいていた。



 すき焼き風の鍋を温め直し、お好み焼きと一緒に食卓へ運ぶ。


 そこへエリシアとアデルも合流し、マリアとバルドを含めて席についた。


「これがナギの世界の料理ですか?」


 エリシアが早速鍋を覗き込む。


「正確には、こっちの材料も使ってるから『すき焼き風』かな」


「スキヤキ」


「また覚える気だな」


「当然でしょう」


「料理の名前まで研究対象なの?」


「異世界文化ですから」


「便利だな、その言葉」


 アデルは鍋から立ち上る香りを楽しむように目を細めた。


「ずいぶん甘い香りがしますね」


「ラグと砂糖と酒を合わせてる」


「ラグを甘く使うのですか」


「俺の世界に似た発酵調味料があってさ。それの代わり。ただ、味は結構違うからバルドと調整した」


「そのまま置き換えたわけではありません」


 バルドが補足する。


「ラグはこちらの料理に合わせた使い方がありますからな。ナギ殿の求める味を聞きながら、こちらの材料に合わせました」


「では、ナギさんの世界の料理でありながら、レグナリアの料理でもあるわけですね」


 アデルの言葉に、俺は鍋を見る。


「……まあ、そうなるのかな」


 日本で食べていたすき焼きとは違う。


 地球の材料だけで作ったわけでもない。


 俺が味を知っていて、バルドがこの世界の材料を知っている。


 その二つを合わせてできたものだ。


「とりあえず食おう。冷める」


「ナギは本当にそこだけは一貫していますね」


「飯は温かいうちが一番だからな」


 鍋から具材を取り分ける。


 豚肉。


 長ネギ。


 豆腐。


 グラウ。


 紫色のリゼル。


 エリシアが最初に豚肉を口へ運び、目を瞬いた。


「甘い」


「嫌?」


「いえ。肉に甘い味を合わせる料理はこちらにもありますが、ラグをこれほど使うのは珍しいので……面白いです」


「美味しい?」


「美味しいです」


「ならよし」



 マリアはリゼルを食べている。


「街でいただいたときとは、随分印象が違いますね」


「煮ると結構甘くなるな」


「ええ。この味付けにもよく合います」


 アデルは豆腐を気に入ったらしい。


「私はこれが好きですね。味が染みているのに、食感がとても柔らかい」


「それは地球から持ってきたやつ」


「では、もう食べられないのですか?」


「同じものは、これで最後」


「それは残念です」


「こっちにも豆はあるし、似たもの作れないかな」


 作り方は大雑把にしか知らない。


 固めるのに何を使うかも詳しくは分からない。


 でも、それこそバルドやミーネと調べれば何か見つかるかもしれない。


「そういえば」


 エリシアが卵へ目を向けた。


「先ほどマリアから聞いたのですが、ナギの国では卵を生のまま食べることがあるそうですね」


「話回るの早いな」


「本当なのですか?」


「本当。ただ、生で食べられるようにちゃんと管理されたやつな」


「管理?」


「洗ったり、温度を保ったり、期限を決めたり。俺も詳しい基準までは知らないけど」


「なるほど……」


「それで思ったんだけど、浄化魔法って使えない?」


 エリシアの動きが止まる。


 あ。


 この顔、知ってる。


「例えば卵の表面とか。食中毒の原因になるものを除去できるなら、安全に食えるようにできる可能性ない?」


「……可能性はあります」


「やっぱり?」


「ただし、何を除去するのかを明確にする必要があります。浄化術式は対象の指定によって――」


 急に速度が上がった。


「待って」


「ですが、食品保存にも応用できる可能性があります。もし腐敗の原因となる――」


「エリシア」


「はい」


「飯食ってから」


「……はい」


 アデルが小さく笑う。


「エリシア様の扱いに慣れてこられましたね」


「数日一緒にいるからな」


「扱いとは失礼ですね」


「今の見て言える?」


「……食事を続けましょう」


「よろしい」


 すき焼き風がある程度減ったところで、もう一つの皿を出す。


「で、こっちがお好み焼き」


「オコノミヤキ」


 エリシアが即座に復唱する。


「やっぱり覚えるんだ」


「当然です」


 切り分けて配る。


 最初の一口で、今度はアデルが少し驚いた顔をした。


「こちらのソースも、ナギさんの世界のものですか?」


「元になった味はそう。でもこれはバルドと作った、この世界版」


「城にある材料だけで?」


「そう」


「それは興味深いですね」


「元の味を知らぬ以上、再現できているかは分かりませんがな」


 バルドが腕を組む。


「再現できてなくても、これはこれでうまいからいい」


「ナギさんらしいですね」


「今日二人目なんだけど、それ言うの」


「二人目?」


「さっき王女にも言われた」


「フィリア殿下にお会いになったのですか?」


「お好み焼きの匂いにつられて厨房に来た」


 アデルが一瞬黙った。


「……いかにもフィリア殿下らしいですね」


「やっぱそういう人なんだ」


「さて、どうでしょう」


「またそれだ」


 俺も一切れ食べる。


 キャベツの甘味。


 卵と出汁を混ぜた生地。


 豚肉。


 そこへ、バルドと作った甘酸っぱいソース。


「……うん」


 やっぱり違う。


 日本で食べていたものとまったく同じではない。


 それでも俺には、ちゃんとお好み焼きに思えた。


 食事が進むにつれて、鍋も皿も空になっていく。


 最後に残ったお好み焼き一切れへ、マリアとエリシアがほぼ同時に手を伸ばした。


 二人とも止まる。


「……どうぞ」


「いえ、マリアが」


「私は先ほどいただきましたので」


「私もいただきました」


「半分にすれば?」


 二人が揃って俺を見る。


「最初からそうしてください」


「なんで俺が怒られた?」


 半分に切って渡すと、バルドが笑い、アデルも口元を隠していた。



 食事を終え、使ったものを片付ける。


 最後に冷蔵庫を開けた。


 そこに、見慣れたスーパーの袋はもうない。


 豚肉も。


 キャベツも。


 卵も。


 豆腐も。


 長ネギも。


 地球から持ってきた食べ物は、これで全部なくなった。


「……終わりか」


 別に高級品だったわけじゃない。


 大学の帰りに寄ったスーパーで買った、どこにでもある食材だ。


 帰れば、また買える。


 少なくとも、数日前まではそう思っていた。


 次に生姜焼きが食べたくなっても、冷蔵庫を開けば日本の豚肉が入っていることはない。


 味噌汁を作ろうと思っても、あの豆腐はもうない。


 地球の食べ物を最後に食べた。


 そう考えると、思っていたより少しだけ来るものがあった。


 ――帰れれば、また食えるんだけどな。


 帰る方法はまだ分からない。


 勝手に呼び出されたことを許したわけでもない。


 この国を信用したわけでもない。


 それはそれ。


 でも、今日のことまで嫌だったわけじゃない。


 バルドと味を探して。


 マリアに手伝ってもらって。


 エリシアとアデルが食べて。


 途中で、知らない女の子に味見してもらったら王女様だった。


 一人で最後の食材を惜しみながら食べるよりは、こっちの方がよかったと思う。


「ナギ様?」


 振り返ると、マリアがいた。


「どうかなさいましたか?」


「いや」


 もう一度、空になった中を見る。


「次に何か作るときは、もう全部こっちの材料なんだなって」


 マリアも冷蔵庫を見る。


「……そうですね」


「まあ」


 扉を閉める。


「それはそれで面白そうだけど」


「面白そう、ですか?」


「今日だけでも知らない食材いくつかあったし。まだ食ってないのも山ほどあるだろ?」


「それはもう」


「じゃあ次は、俺がこっちの料理を教えてもらう番かな」


「バルド様に?」


「うん。作ってみたい」


 地球へ帰りたい気持ちは変わっていない。


 ここに連れてこられた経緯だって、納得していない。


 それでも、この世界にいる間ずっと嫌なことだけを考えて過ごす必要もない。


 知らないものを知るのは、普通に面白い。


 料理なら、なおさらだ。


「さて」


「お部屋へ戻られますか?」


「その前にバルドに、明日何作るか聞いてくる」


「もう次のお料理ですか?」


「気になったから」


 マリアが少し呆れたように、それでも笑っていた。


 俺はもう一度厨房の方へ戻る。


 地球から持ってきた食材はなくなった。


 でも、この世界で食べてみたいものは、むしろ増えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。