8.震え上がる背中
日に日に学校は終業式に近づき、もうすぐ夏の長期休みに入ることになる。セインはすでに夏休みの想像をして浮かれている。入学と同時にサクラと出会って、ヴィダルの件などいろいろあったが勉強もやれている、不満な点はない。
…とは言えなかった。
「クローバ、夏休み前の最後くらい部室に顔出してくれよ!」
「ここ最近全然来ないから、部長が怒り爆発しそうなの、今日はお願いだから来てよ!」
(部活のことだけすっかり忘れてた…)
一応この二人は他クラスの同学年。名前はそれぞれ…何だったかな?出会って数ヶ月かつ、部活でしか話さないような人の名前は簡単には記憶できない。確かカナスとユーア…だったかな?
「わかった、わかったからこれ以上入り口で叫ばないでくれ!」
「絶対だからな」
シューっとドアが閉まる音がした。昔はドアを手でスライドさせていたんだな、とまた適当なことを考え始めていた。
「クローバがこんなにサボることなんて珍しいね。勉強は学年一位の君が部活だけは全くしないって将来的に大丈夫なの?」
「まあな…でもお前なら今の俺の状況を理解できるだろう?」
「まあね。僕にできることがあれば、言ってくれていいからね?」
「なんだよ、そのマンガみたいなセリフ」
「僕はまだ余裕があるってことだよ」
サクラのことを話してからのセイン、人が変わったように感じる。どうでもいいことで肩を掴まなくなったし、疲れていたかもしれない日は気を使ってくれている。彼なりに天使計画のことを頭に入れているのだろう。
「ところで、最近あの話を聞かないけど新しくわかったことってあるでしょ?そろそろ僕にも教えてくれない?」
「そうだな…俺的にも一段落できそうだし、今度二人で食べに行かね?そこで話す。」
「オッケーイ、今度はどこの店行く?」
「いつもの定食屋でいいだろ」
「そう?せっかく電車でここまで来てるんだから、学校の近くで探そうよ」
「…わかった、お前にまかせるから」
結局自分が食べたいだけじゃないのかと脳裏によぎるが、口にする前にそう考えていたことがスッと消えた。
またシューっと教室のドアが開いた。今は昼休みの途中、授業開始までまだ数分あるはずだが、世界言語の先生が珍しい時間にモニターの準備を進めていた。
「そういえば、予習課題出てたよね?」
「ああ、古代日本敬語のまとめをしろって…まさかやってないのか?」
「さすがクローバ、わかってるね!」
「わかりたくなかったよ」
時間があるとは言ったが、課題を終わらせられるかはまた違う。なんでいつも家でやろうと思わないのかこの人間は。
「クローバ君って今ここにいます?」
スクリーンを用意し終えた先生が人探しをし始めた。
「はい」
「今日の放課後って時間あります?無理なら明日でもいいんですけど、さっきあなた宛に電話が掛かって来たんですよ、本人の確認を取って会わせてほしいと頼まれました」
「わかりました、でも今日は部活で大事な用事がありまして…絶対に顔を出さないといけないんです」
「なら明日の朝にでも、ね」
「はぁい」
前にもこんな感じの呼び出しがあったような気もするが、また知らない人物と会わなければいけないことがクローバには容易に想像できた。ただ、今回はヴィダルの関係者である可能性がある。前よりは身構えが薄くてもいいかもしれない。
「…クローバ宛って、また?」
「次は前回よりは安全だといいんだけどな」
(まあ、まだ俺自身には天使計画を止める力なんて一つも持っちゃいないから、関係者は多いに越したことはない)
♪~…
チャイムが鳴った、授業開始の合図だ。
数時間後の放課後、クローバは予定通りに部室に向かった。ちなみにクローバは写真部に所属している。
「おーい、来たぞ」
カナスとユーア、他の先輩と…?
「部長は?」
「会議するって、準備室に何人か連れて行ったっけな」
クローバの存在が部室に感知され始めると、先輩たちが一斉に寄ってきた。
「クローバじゃんよ〜!なんで今までサボってたんだよ〜、部長が最近イラついてばっかだからお前なんとかしろよぉ〜」
「正直あなたの名前、覚えてない。コンクール近い、大丈夫?」
「それなら上手くやってますよ、ハハハ…」
(…やってないに決まってる、ただサクラのことで忙しかったなんて絶対に言えない…)
「そう。」
自ら言うのもなんだが、この部には変な人が多い。語尾が「よ〜」のお気楽な男の先輩、言葉使いがぎこちないクールな女の先輩、そして…
バァン!!!(ドアが勢いよく開く音)
「よぉしあんたたち、早速会議始めるよ!そしてクローバ・エリッツ、最近見なかったけどどういうつもりだぁ?」
とんでもなく男勝りな口調で可愛げがない女の部長…正直疲れる、とクローバは目に写る光景を見ながら頭の中で思った。
「すみませんでした!」
だが対処法ならある、元気な人間には元気に、部長に負けない声量で謝罪するのだ。
「今度から気ぃつけな!」
「はい!」
(…ッシャ!)
本当に許されたかはともかくとして、心の中でガッツポーズが決まった。
「…元気なのはよろしいですが、規則は守るものですよエリッツ君。」
今度はとてもなじみのある声がする…僕の担任兼写真部顧問のセルゲイ先生の姿だった。授業の時とは違って少し熱が入っているのか、怖気着くことがあったのをたった今思い出した。
「先生、ところで今日はなにするのよ~」
「後で部長と一緒に説明しますからまずは出席確認しますよ。クローバ・エリッツ君はいいとして、カナス・テイセ、ユーア・カーセ、・・・」
(遠回しに俺のこと批判したな先生)
その後の説明と言うのは、コンクールに参加するにあたっての作品の提出、講演会場が遠いため一泊二日の日程の確認、それぐらいだったと思う。
”だったと思う”というのは、本当に話を半分聞いていなかったからに過ぎなかった。それ以上の理由は今回はない。
翌日の朝、学校に着くなり職員室に向かった。いつもより一つ早い電車を使ったためか、人の姿が面白いほど少なかった。
「おはようございます」
名前と用件を告げると、昨日昼に連絡をくれた先生が取り次いでくれた。
「…来訪者様がこちらに来るまで時間があるみたいなので、お客様用の部屋を開けておきます、そこで待っていてください」
教室とは全く雰囲気の違う部屋に入れられて、しばらくその客人を一人で待つことになった。同じ学校のはずなのに、どうも落ち着かない。職員室とも違う空気感に潰されるかもしれないと適当なことを考えていた。
(そう言えばヴィダルさん、最近姿見せないけどどこに行ったんだろう。博士みたいに一言くらい言ってくれれば変に気にかけなかったのに)
「エリッツ君、来訪者様がお見えになりましたよ」
(いよいよか…面倒なことにならないことを祈ろう)
コツコツとヒールみたいな音がよく響いた後、ついに顔を合わせた。
「…え?」
(ヒールを履いているのは当たり、さらに今見えるものは手入れが大変そうな黒髪ロングヘア、ノースリーブの上、とても短い…いや破かれているズボン。まとめると、まあなんだ…高露出な女性とでも言えばいいか?)
「…あなたがクローバ・エリッツ殿で間違いないか?」
「はい、そうです。」
「初めまして、私は白縫帆友生と申します」
(しらぬい…ほどき?これまたずいぶんと変わった名前だな)
「こちらこそ初めまして。…早速なんですが、今日は俺にどのような用件で?」
大人かなと疑問も出るくらい若い、というより同じくらいかもしれない。だがまずはヴィダルの仲間かどうかをまずは確認しないといけない。
「ヴィダルと名乗る人物から呼びかけがあり、あなたの助けになってほしいと頼まれた。元々私はウィルシティの学校から来たただの留学生だから、最初は断ったのだが、あの室町博士が所属するグループからも同じ頼みがあってな」
クローバは突然の大きい話題に内心驚いていた。ヴィダルと室町博士が所属するグループから白縫帆友生に依頼され、天使計画の助けになったことになる。今まで計画に全く関わりの無かった者に協力してもらうとは一つも考えていなかった。
「…例の計画についてはどのくらい?」
「最近知った。」
「マジで?!」
「急に大声を出すな、まだ朝だぞ」
冷静に言葉を放つと、連絡機をいじり始めた。人が目の前にいるのに呑気に通話とは、この人物の礼儀が正しいかどうか怪しく思えてきた。
「…電話の時間だ」
「…?」
『もしもし、帆友生君かな?電話をくれたってことは、クローバ君も一緒なんだな?』
(ああ、聞いたことがある声だ)
「ああ、とても威勢のいい人だな」
「博士、ヴィダルさんの言ってた助っ人って…この人のこと?」
連絡機から元気そうな声が流れ、部屋中の空気の振動が微かに感じられる。
『その通り、彼女はウィルシティのグレードカテゴリー現No.2の超エリート女子高生だ』
「…女子高生?!」
『あれ、もしかしてまだ会ったばかりか?』
「あの白縫さん…失礼ですが今おいくつ?」
「…17だが?」
(俺のひとつ上ぇ!しかもウィルのNo.2とは、とんでもない人間をよこされたな)
「博士、この人がすごいことはよくわかったけど、なにも今まで計画と無関係だった人に関わらせるのは違うんじゃ…」
『他に頼りになる人間なんていなかったんだよ、それにヴィダルはまだ他にも人を探すつもりらしいからな』
(なんだなんだこの展開。ヴィダルの奴人使いが荒い…ってか博士はヴィダルと連絡取ってるんかい!)
これまでクローバ・エリッツはサクラと関わりを持ってから様々な経験をしている。しかし彼に取っては今日の出来事が今までで一番冷や汗をかいた日だったようで、家に帰るなりサクラに心配されながらベッドの上でぐったりと寝転がっていたという。
しかし、天使計画に実際に干渉する準備と考えられるこの工程は、本当にただの”準備”でしかなかった。最終的に計画の根幹にダメージを与えるのはクローバ本人であり、他に代われる人物はいない。夜、寝付く直前、彼はそれに気づいた。
Tips:ウィルシティのグレードカテゴリー
ウィルシティで学習に取り組む小学生から大学生までの全学生を対象に、全国で総合的に成績が特に優れている上位10名を国がランキング形式で毎年公開している。成績といっても勉学だけではなく、物理的な身体能力、魔法や武術などの技術、その他の個性的な特徴、とランクインの理由は人によって様々である。




