6.理解不能な耳
「ごちそうさまでした」
「はい~、ありがとうございまァース!」
前から無性に食べたかったウィリアンディッシュの店には行けたが、店員がここまで元気な人達ばかりとは予想していなかった。
(サクラも俺たちと同じ定食を食べたけど、特に心配なさそうだったな)
クローバは少し前からサクラの目がいい意味で変わったように感じていた。
「いやぁ~、サクラちゃんも美味しそうに食べてくれてこっちまで嬉しかったよ!」
「本当ね、最初のご飯がどんな感じだったか想像できなくなっちゃった!」
「はい」
「父さん、母さん、サクラも一人で物事は考えられるんだから心配しすぎだよ」
サクラも実際はともかく見た目はクローバと同じくらいなのだ。あまりにも行き過ぎていると感じたため注意をしてみたが、
「何を言ってるんだ、もしものことがあったら私は責任なんてとれやしない!」
と、反論された。自分と兄ももっと小さい頃にはこんな風に育てられたのだろうかと思った。もちろんサクラと条件が違うのは承知の上だ。種族、性別、血縁関係、性格まで何もかもが正反対と言っていい。兄のダイアと比べればその違いはより鋭く現れるに違いないと心の中で確信していた。
「確かにサクラのことも頼んだけど、俺には過保護に見えて本人には逆効果だと思うんだけど」
「過保護ですって、彼女を守るにはこれぐらいしないと。むしろ十分には足りないくらいよ!」
また反論された。いくら記憶をたどってもそんなことを自分に言ってくれた例は無かったはずだ。両親には天使がよほど貴重な存在なのだろう。こうなったら「過保護」の域では収まらないだろう。
帰り道を車で走り続け、途中で休憩施設に入ることになった。周りに集落どころか建物もほぼない場所に建っていたが、外観はその空気感に似合わない大きなお城のようだった。駐車されている他の車もあったが、両親はナビと建物に目を何度も行き来させていた。
もう一台車が入ってきた音に気付いたクローバがそこに目をやると、とても高級な雰囲気が漂う車両が停まり、いつもじゃ見ない格好をした男性が出てきた。
「なにかすごい人なのかな?人気インフルエンサーだったりして」
「やだ、こんなところにそんな人が来るわけがないじゃないの」
親たちが適当なことを言っている最中、一人だけ怯えた表情をしていた。
「あの人…」
「どうしたサクラ?」
「…こっちに、来る?」
クローバにだけ聞こえる小声でつぶやいた。言われてみれば確かに近づいてくる。シルエットがわかるまでの距離になってついに、クローバは男性の正体を突き止めた。
(サングラスをしてるから最初はわからなかったけど、ヴィダル…)
そのヴィダルは、運転席に向かって手のジェスチャーをしていた。右手の人差し指をボタンを押すように下に動かし、左の手のひらをこちらに向け、ゆっくりと下げている。
「な、なによあの男」
「なんだあの仕草は?」
「多分窓を開けろって言ってる」
「なんだって?」
「僕の窓開けて、知ってる人かも」
ウィーン…
「ありがとうございます、私はヴィダル。クローバ君とさ…」
「やっぱり!父さん母さん、この人は俺とサッカーの話で盛り上がった人なんだ、トイレのついでに話してきてもいい?」
親の判断に委ねている瞬間、クローバはヴィダルに天使計画の関係者であることを悟られないよう、目で合図しているつもりだった。
(天使は思考を読めるんだろ、だったら俺が言いたいこともわかるよな?)
ヴィダルがニコッと笑った。
「ああ、なるべく早く済ませて来いよ」
「なんだ、セレブじゃないのね。」
「あはは、どうやらお取り込み中に話しかけてしまったみたいですね、失礼しました。じゃあ、クローバ君とお話しますね」
(本当だよ…いきなり現れるなんて聞いてないって)
三人と離れて外のチェアにテーブルを挟んで座った。険しい表情をするクローバに対し、ヴィダルはずっと笑顔だった。
「今日は何しに来たの?」
「できればサクラも一緒に聞いて欲しいのだけれど、そうもいかなそうだね」
「当たり前だ。それに天使同士なら思考上で会話できるんじゃないのか?」
「姿が見えないと会話はできない。存在は感知できるのだが、」
「俺の質問を薄めないでくれ、用件が無いなら帰るよ?」
「二人とゆっくり話したかっただけだよ。俺が室町博士の元を訪れたことは知っているんだろう、何も聞いていないのか?」
「それは聞いたけど、まさか今日来るなんて思うはずないだろ、博士に俺たちと会うことは伝えたのか?」
「ああ。最初は止められたが、理由を言ったら何も言わなくなった」
「今あんた『理由』って言ったよな、俺はずっとそれを知りたいんだが?」
いくら直接的に質問をしても曖昧に回避される。クローバは途中からヴィダルに試されているかもしれないと思いつつ、警戒な姿勢を崩さなかった。
「はぁ…しつこいと彼女に嫌われるぞ?」
「そっちから会いに来ておいてその返しはないだろう?」
「わかったわかった…天使計画だ。君は特に知識も能力もない人間であるにも関わらず、計画に関わっている。サクラもサクラで、天使とは思えない性格と仕草を取り続けた。」
「なにが言いたいのかはっきりしてくれ、なぞなぞは嫌いなんだ」
「単刀直入に言う。サクラを私に引き渡し、君は計画から手を引いてくれないか?」
だんだんと笑う顔が変形している。ヴィダルも真面目にこの話をしているのだろう。
「無理な相談だね」
「元々君はひとりの学生だ、そんな純粋な人間を計画に巻き込むのは私は違うと思う」
「そもそも支配思想がそんなに強いなら、サクラはともかく俺は十分な反逆者だ、殺すこともできるはずなのに」
「私は君を殺すつもりはない。今君と座って会話していることが証拠だ」
「それでも嫌だ。俺はサクラのことが好きらしいから、簡単には諦められない。サクラだって、自分が天使であることは一部しか自覚していない。サクラに危険が及ぶ可能性があるなら渡せない、俺との約束を守る。」
ヴィダルの目が少し見開いた気がした。これは彼も初めて聞いたのか、驚いていた。
「なるほど、君が恋にまで目覚めたのなら説得では通用しないな。」
そう言ってヴィダルが席を立とうとしたが、今度はクローバが彼を引き留めた。
「まだ俺の質問の半分しか答えてない、あんたが何の目的で動いてるのかもセットだ。」
「悪いが私にも用事がある。君もそろそろ三人の元へ戻ったらどうだ、15分は経っているぞ。」
はっと思い出したかのように口が開くのを数秒経ってから感じた。疑問が残るモヤモヤを無理やり振りほどき、車の元へ戻っていった。両親はちょくちょくサクラの方を向きながら、とても楽しそうに会話していた。
「おまたせ」
「ああ、大丈夫だよハハハッ、いや~今まで昔話でこんなに笑えたかな?」
「あなたがあんなプロポーズをするから、私まで恥ずかしかったんだから」
「ハァ…」
サクラは寝起きのような目でクローバを見ていた。彼はその表情を可愛いと自覚した。
「まさか、サクラがひとりの男を惚れさせるとは…あいつも女なのだな。」
高級車はすでに施設を離れていた。
(しかし、あの男が天使を怖がらないのは何故だ?普通の人間なら存在を拒絶しかねない。博士以外であんな奴は初めてだ)
「着いたぞ」
「以外と早かったわね」
(俺が調べたら思ったより近いスポットだったしな、寝たらいいなんてしつこく言うのはそうでしかないじゃないか)
家に着くと、各々が部屋に戻る。
「クローバ…ちょっといい?」
突然サクラが呼び止めた。顔は笑っていないため、真剣に話さないといけないようだとクローバは覚悟を決めた。
ガチャ。
「どうしたの?」
ゆっくりと唇が動いた。
「ひとつだけ思い出しました」
「まさか、実験の頃の?」
うん、と首を縦に振った。
「私には、妹がいました」
「妹…名前はなんて言うの?」
「ナノハ、とても大人しい子です」
「…そうなんだ」
覚悟を決めたはずなのに、返す言葉に対して詰まってしまう。
「その…ナノハって子は、サクラが天使であることを…」
「知っていますし、あの子も天使です」
「!」
「ヴィダルが近づくと、時々昔を思い出せそうになることがあります。」
「そのナノハは今どうしてるの?」
「それは…わかりません」
だんだんとサクラの顔色が悪くなっているような気がしたため、クローバは話を切り上げて自分の部屋に戻った。
(ホント、思い出すのは突然だな)
そもそも、天使は現時点でどのくらい存在するのだろうか。サクラの年齢なんて聞いたこともないし、聞いても無駄だろうが、結構前から実験は行われていたことが想像できた。天使になろうとした全員がサクラのように能力を発現し、現在も生きているわけではないと聞くが、それでも人間の上位の存在となるべく活動している。考えれば考えるほど、サクラがどうして人間のような振る舞いをしているかが気になって仕方がない。
「?」
電話か…
「もしもし」
『数日ぶりだな、お互いの報告会を今開きたいが、時間はあるかな?』
「ええ、今家に帰ったばかりなのでしばらくは大丈夫かと」
『クローバ君、疲れていないか?前よりも声が低いように感じるのだが』
そう言われた瞬間、クローバは自身の体に気だるさを感じた。疲れを自覚するとこうも動きたくなくなるのもだろうか。電話ではなく親から言われていたらとっくにベッドで寝ていたかもしれない。
『悪いが、続けるぞ。ヴィダルとしばらく交流を続けているうちに、”天使”と言われる生命体について新しい情報を手に入れた。まず実験の被験者についてだ、彼らは成功個体と失敗個体の大きく二つに分類されるらしいのだが、成功個体はこの世界に一桁しか存在しないようだ。反対は無数にいるらしいが…』
新しい情報に反応して、クローバの眠りかけていた脳が動き始めた。
「もしかしてその分類が性格に影響をもたらすとか」
『当たりだ、しかしそれでややこしいことが判明した。』
博士が急に暗い雰囲気に音色が変わった。人のことが言えたものではない。
「…なんです?」
『サクラと、あのヴィダルという男。あの二人は失敗個体だ』
Tips:ツーリス王国の絶景
エリッツ家が身に行った滝以外にも、国、世界中で世界遺産と呼ばれる場所や景色が存在する。大昔から仕組みはあるらしいが、昔に何があったのかを詳しく語れる者は少ない。




