5.悩み続ける脳
『クローバ君か?言い忘れていたことがあったんだ…』
一体どうしたというのだろうか?先よりも声が低く感じられた。
『サクラちゃんがヴィダルが来たという感覚を覚えたタイミングはあったかな?』
天使同士で何かしらの反応が起こることがこの時点でわかった。
「いえ、そのような反応は見せていません」
と伝えたものの、実際にあったかなかったか考える暇が無く覚えていない。
『天使の特徴として、天使同士が近くに存在するときはお互いに意識を共有できる可能性があるそうだ』
「…つまり、サクラはいずれ見つかるということですね?」
『それはわからん、だが注意してほしい。今言いたいことはこれで全部だ、じゃあ気を付けてな』
「・・・」
その様子をセインは食器を片付ける手を止めて聞いていた。
これで、もうこいつには言い逃れできなくなった。こういう時には全面的な協力を申し込むのが正解なのだろうか?しかし、元々関係のない友人を巻き込みたくなかった。
「クローバ、いい加減に話してくれないと過労死するよ?」
”過労死”なんてきつい言葉を投げかけられたために余計に説明しづらくなってしまった。まだ未成年の高校生にその言葉が使われることになるとは思いもしなかった。家族と博士だけの秘密にしようと隠し続けてきたが、クローバはついにセインを逆に家に連れて行き、家族と一緒に暴露することを決めた。
「電話の内容を聞いたわけじゃないのに、なんで君の家に来ることになるんだよ?」
さっきまで自分に冷たく接したように、クローバもセインを無視しながら腕を引っ張ってきた。これから話すこととは関係ないが、見返せた気分になってひとりニヤリとしながら歩いていた。
「あれ、あんたセイン君なんて連れてきて何する気?こういうことは先に言いいなさいっていったでしょ!」
「今夜はみんなに相談したいことがあるの、とても重いことでひとりじゃ抱えきれないから」
駆け付けた父親も含めて全員が驚いた目をして見つめてきた。しかしクローバはそんな視線に構わずにサクラを呼んで一同をリビングに集めた。
「まず、みんなごめんなさい。俺最近疲れ気味で、学校の小テストをミスるようになっちゃうぐらいまでひどかったらしいけど、博士ともあれから連絡続けてて、そして天使計画がとても重いものだってわかったから…みんなに迷惑かけないように黙ってた。…けどひとりじゃどうしてもやりきれない。みんなには俺が考えてる計画にに付き合ってほしいんだ」
当然のごとく、クローバとサクラ以外の全員が口を開けて唖然としていた。
「クローバ、父さんは変に関わるなって前に言ったよな?」
「でも天使計画のせいで人が死んでることも俺は知ったんだ、もう無関係者じゃいられない」
「でもサクラちゃんには何も起こってないでしょう?」
「いや、天使であるサクラには俺達にはわからない感覚も精神も、もっと言えば肉体も強化されている。前に他の天使を名乗る人物と会って、サクラもわずかながら反応した」
「クローバ、なんでそんな大きいこと今まで黙ってたんだよ!」
「だから、みんなを巻き込みたくなかったって言ったじゃん。」
サクラはクローバから話の詳細まで伝えられたりすることはなかった。しかし献身的に関わり続けた彼の考えはもうお見通しのようで、唯一無反応に近い態度をとっていた。
「…それで?何をしてほしいの?」
「今みんなに情報は話したけど、これ以上他の人には広めないこと。それとサクラや天使に関する話題はすぐに共有するようにしてほしいんだ。動きを見せるには、まだ早すぎるから」
話すことは話した。想定していたが、まだ全員何か言いたそうにしている。
「クローバ、もう一度聞きたいんだが、本当に計画を止める気なのか?」
「…そう決めた」
「学校のことは放っておかないよね?」
「…あくまで俺は”人間”として生きていくつもり」
「友達との時間は減らさないよね?」
「減ったとしても、縁は切れないから安心してよ」
「…クローバ」
この場で初めて、クローバと三人以外の口から言葉が発せられた。
「なに?」
「ありがとう…ございます」
「…ああ。」
突然のお礼で驚いたが、クローバは同時に安心することができていた。
「まあ、サクラにお願いしてもらえるなら仕方ないか」
「そうね、可愛い女の子の頼み事だもの。断る理由はないわね」
「・・・」
「どうしたのクローバ?」
「いや、大事に巻き込んだことが正しかったのか、今更だけど悩んでる」
「僕はクローバに呼ばれて安心できたよ?」
「いや、それ答えになってないからな?」
だが、これでクローバにとってもサクラにとっても悪い話ではない。実質の護衛が増えたんだ。あのヴィダルとかいう男もそう簡単には近づけないだろう。
そしてまた数週間が経った。今日は休日だが、家族で久しぶりに遠出することになっていた。サクラはこれまで家の周りを散歩することしかなかったため、いい気分転換になればと、両親が考えてくれたようだ。
「サクラ、荷物はまとまった?」
「はい、もう少し…」
家に迎えてから少しは慣れてくれたのだろうか?ボソボソとした小声で話すことが大分減ったため、クローバは逆にどうすれば心を許してもらえるのかわからなかった。
「サクラちゃん、車はいつでも出られるからね!あとクローバもグズグズしてないで準備しなさい!」
「俺はもう準備終わってるって!」
早朝から外に出るのはいつぶりだろうとクローバは考えていた。エリッツ家はあまり旅行や外出をしない家庭であり、家族全員がゆっくりと喋る時間も限られている。そのため、非日常を体感するワクワク感よりも、違和感の方が彼的には勝っていた。
「今日はどこに行くの?」
「ある滝を見に行くつもりだ」
それで古びた白線が引かれた道をタイヤのまま進んでいるのかと、クローバはひとつの疑問をここで解決した。道路と言うのは地表にはめ込まれた磁石の上をホバリングするものが当たり前だと思っていたが、初めてのコンクリート路に興奮していた。
(それにしても滝か、そういや兄ちゃん大学でまだ水泳続けてるのかな?連絡も中々してくれないし、結構心配してるんだけどなぁ)
「クローバ…どうかしました?」
「ん?ああ、俺の兄ちゃんのこと考えてた」
「ダイアさんのことを?」
質問に答えようとすると、両親が一生懸命に説明し始めた。
「ああサクラちゃん、ダイアっていうのはクローバの兄で今は大学に通うために他国に住んでるんだ」
「頭は良いのかもしれないけど無愛想なのよ、友達は何人かいたけど遊びには行かない方だったわ。ずっと部屋で勉強かゲーム…」
クローバはだんだん呆れてきた。そんなことはサクラにとっくに教えてるし、本人も部屋の空気からダイアのことが想像できるようだし、過保護な義親を見ている気分になり、車窓に流れる景色に心の助けを求めた。
「あら、中々綺麗な場所ね!」
「そうだな、実際に足を運んだご褒美だ」
声が滝の音にかき消されて何を言っているのかクローバにはわからなかったが、感心していることは顔から読み取れた。サクラも表情こそ変えなかったものの、不安そうにはしていなかった。
「サクラちゃんってどこの出身かも思い出せないんだっけ、もし記憶が戻ったら教えてくれよ」
「ええ、あなたの生まれたところの料理とか文化を見てみたいわ!」
滝の話をしていたはずではないのか。よっぽどサクラの事情が重いと感じたとしか思えない。その意味では心強いが、面倒な親に匿わさせたことを少々後悔した。こんなことなら冷静にどこかの施設に入れるべきだったかもしれない。「天使」であることが知られなければ、の話だが。
「サクラ、こっちに来てくれない?」
「はい…?」
困った顔をしている、なんか嬉しい。
「この切り株に座って話そう」
仕草もアニメのお姫様そのものだった。最初に会ったときから派手な動きは一度として見せず、言葉も丁寧。もしかしたら実験を受ける前はどこかの家の王女として生きていたとか?協力とも妄想とも取れる思考をひとまず捨てて、真剣な顔で話し始めた。
「…あれから、変わったことはないか?」
「私が実験を志願したこと以外は、何も。」
「そっか、この家には慣れてきた?キツいと感じたら俺に相談してよ。」
「はい…でも毎日楽しいです」
「なら、良かった」
二人はさっきよりも遠いところから、大きな音を出す滝を見ていた。鳥の鳴き声と木の揺れる音と一緒に聞くと、心が晴れてくる。
「ねえ、クローバ」
「…!なに?」
「ありがとう」
(やっと言ってくれた。こんなに嬉しいと感じた「ありがとう」は久しぶりだ…。俺、サクラのことちゃんと好きなんだな)
「どういたしまして」
「そろそろ、戻りましょう?」
「わかった」
『キィーン!』
「!」
クローバとサクラは頭に響く程の高い音をキャッチし、つい顔を見合わせた。
「お~い、二人とも突っ立って何考えてるんだ。車に戻る時間だぞ」
「えっ、はい!」
父親の声が聞こえたので、車に戻った。正直頭がチクッとしたが、人間のクローバにもわかるなら、近くで金属でも擦れたのだろう。
「さっきは二人で何してたんだ?」
「高い金属みたいな音が遠くからして、二人で反応してただけだよ」
「近くに集落もあるみたいだし、建物の工事をしていたのかもしれないな」
(まあ、そうだよな)
その頃、研究所では室町博士がいつものように膨大な量のデータの山を片付けていた。
コンコン…
「どうぞー」
「お久しぶりです、室町先生」
「その声、ヴィダルか!」
「この前言った資料は用意していただけましたか?」
「これだ」
「…少し失礼」
博士はヴィダルの腕時計のデータを転送し、彼は資料をスクロールした。
「…何やら面白い仮説が載っていますね」
「お前さんの発言を参考に考えたものだ。いかがだろうか?」
「後ほど拝見させていただきます。ところで、サクラとクローバ・エリッツの様子はどうです?」
「最近の会話では特に変わった様子はなかったな」
するとヴィダルは目を閉じて何かを考え始めた。いや、思考を読んでいるのか。
「やはり慣れんな」
「…あなたの言うことは、その通りのようですね。その会話は数週間前のものですね?なら、そろそろ私が直接会ってもいい頃合いですかね」
「待て、あの二人に何をするのか今ここで私に教えるんだ。返答次第では二人を逃がすぞ?」
「フッ、あなたも過保護な人間だ…。いいでしょう、メモのご用意をお願いします」
Tips:道路
かつて道路と言えば「直線や曲線、十字形やT字型のコンクリートに白線を引き、その上をタイヤで走るもの」だったが、現代では「木や土の地表に磁石をはめ込み、その上をとある技術で浮いた車両で走るもの」である。ただ、一部地域ではコンクリートの道路が残っており、それを見て驚く若者も少なくないとか。




