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4.疲れた体

「…失礼ですが、あなたは?」


「『天使』って言ったら、信じますか?」


「!」


「驚くということは、あの計画を知っているようですね」


(しまった…)


男性が少し笑っているようだった。クローバは頭をフル回転させて、妥当な言い訳を考えていた。


「ええ、計画が存在していることはここの博士から最近教えてもらいましたが、少々曖昧な言われ方をされたので、あなたが想像するほどは知らないですよ?」


男性は何か考えている。こちらの考えを読めるのだろうか?本当の天使だというなら、今こうして考えていることも丸聞こえなのか?クローバは恐怖におびえながらも堂々とした態度をとり続けた。


「…失礼。今日はその博士に会いに来たんですよ。あなたの話からすれば、この施設で間違いないようですね、では私はこれで。」


見逃してくれたのか、それともただ脅すように施設にいる博士のことを聞きたかったのか、クローバには全く理解ができなかった。




不気味な体験を後にして、家に帰ってきた。親から今日の勉強ノートの提出を求められたが、事前にやっておいたものを見せて満足させ、すぐにクローバは自分の荷物を置く前にサクラの部屋を訪ねた。


「サクラ、今いいか?」


毎度のように返事がないので、クローバはそのまま足を踏み入れた。そこには朝描いていた兄の絵が完成された状態で床に置かれていて、サクラはその絵をただ見つめている。


(まさかあれからずっとここにいたわけじゃないよな?)

「絵、完成したの?」


「…今は完成です。これ以上のことはまだ描けません」


確かに空白があるにはあるが、無理に詰め込むものでもないだろうに。いや、天使の思考がただの人間にはわかるまいと、クローバは自分勝手に解釈した。


「ねえ、君が天使だって知ったときになんて思ったの?」


「…少しだけ、昔のことを思い出しました」


「?」


「…子供のころに、天使になれると喜んで…自ら研究に参加したこと…」


「・・・」


今更思うのも遅いのだろうが、彼女はあまりにも大人すぎる。高校生くらいの女の子だったら、数人のグループになってスイーツ食べたり、ワイワイと恋バナをするイメージなのに。そんな雰囲気が全くしないなんて、実験が終わる頃にはどんな状態で施設を出たのか気になって仕方がない。


「実験ってさ、天使はどんな存在だ的なこと、言われた?」


「…覚えてません」


「そっか…変なこと聞いてごめん」




空が暗くなり一段落ついたクローバは、ベッドに寝転がりながら天井を見つめていた。


(サクラが実験を受けているなら、「天使が人間を支配する」思考に洗脳されていてもおかしくない。でも彼女はどうだ、内気な印象だが丁寧な言葉で接してくれている…本当に完成した天使なのか?)


ドアの向こうからサクラと母さんのやり取りが聞こえる。


「サクラ~、お風呂開いたよ~」


「はい」


「・・・」

(肉体も精神も強化されているって言ってたけど、サクラと腕相撲したら俺は負けるのか?どんなにひどいことを言っても、サクラは怒りも悲しみも感じないのか?)



考えるほどこの計画の狂いようがわかる。


その夜はいつもより早く眠りにつけた気がした。





今週もまた学校が始まるが、クローバはサクラが来てから授業に集中できていない気がしていた。彼自身は高い能力の持ち主で、文学も実技も成績は学年でトップクラスだ。中間テストの基礎七教科のうち三つは一位を叩き出して、先生からも注目の的となっている。特に担任は疲れた彼を放っておかなかった。


「エリッツ君、最近顔がやつれているように見えるんですけど…放課後に話を聞かせてくれませんか?」


「先生?…わかりました」


彼の異変は他の生徒にも広まっていた。「学年一位が疲れている、抜くなら今だ」と。セインは成績上位の順位争いに関係なくクローバの体調を心配してくれていた。


しかし彼は一言言って話をすることを拒んでいた。

「…生活リズムが崩れがちなだけだよ。これくらいならまだ直せるし、変に気にしなくていいって。」


もちろん、心身ともに直せるような重さの悩みじゃない。



「エリッツ君、言える範囲でいいんですけど、最近の生活で直したいところとか、調子が崩れている要因みたいなものに、心当たりはありますか?すみませんね、元気じゃない前提で話して」


「最近、よく合う人がいるんですが、どうやらその人はちょっと障害を持っているみたいで、どう接すればいいか困ってるんです」


「…その人とは前から会っているんですか?」


「…つい数週間前からです」


ぎこちない感覚だが、世間を騒がせない程度に言えるだけのことを先生に話した。先生はそれを聞いて安心したのか、これから頑張ってくださいとだけ伝えて面談はお開きになった。




面談して一時的に解放された気分だったが、サクラのことを気にかけた瞬間に、おんぶしているくらいの重さが背中から感じられた。


「…ただいまー」


「クローバ、元気ないな?…サクラのことなら、考えすぎだ。あの子は今は家族だ、それ以上考えて暮らすことはない」


今日は仕事が休みの父さんは正しい。計画なんて、誰かが止めてくれるんじゃないか?一人の女の子にモヤモヤを抱きすぎて学校が嫌になるほど疲れてるなんて知られたら、どんなにがっかりするだろう。クローバ自身もそう思っている。ヒーローが現れて、一瞬で解決できるなら、今すぐにでもしてほしいぐらいだ。が…


(それ以上考えなければいけない理由があるから、悩んでいるのに…)


部屋に荷物を置くと、丁度よく電話が掛かってきた。掛けたのは室町博士のようだ。


『…クローバ君であってるかな、私は室町というものですが…』


「はい、間違いないです。どうかしたんですか?」


博士の声がやや低く感じられた。これで明るい話題は来ないことが確定した。


『先週末に君が研究所を離れて少し経ったあと、あるひとりの男が私のもとを訪ねたんだ。』


あの男のことかと、冷や汗をかきながら博士の話を聞いていた。


『その男と話をしているうちに、君とサクラのことと思われる話題になってな。かなり詳しいものだから会話で探ってみたところ、その男も天使なんだそうだ。その証拠に私が無意識に思い浮かべた君が”クローバ・エリッツ”だということを知れらてしまった。』


(これで、あの男ともう一度会った時はもう知らないふりはできないってことか。天使計画に関わっている人間である以上、あの男が何者なのかをはっきりさせる必要がありそうだな)


「博士、その男の名前を教えてください」


『確か”ヴィダル”と名乗っていた、聞く感じはコードネームのようだがな。とにかくまだお互い探り合いの状態だ、君もサクラも変に外から出ないほうがいいかもしれん。私との連絡も電話を多めにしよう』


「わかりました、連絡ありがとうございました」


仮にあの男が天使だとして、何をしに博士のもとへ行ったのだろうか?と聞くのを忘れたと、クローバは電話を切った直後に悔やんだ。そのヴィダルという男に自分のことが知られているなら、周りの人間にも被害が及ぶ可能性もないわけじゃないと考え、サクラにすぐそれらのことを伝えようとした。


ただ…サクラは気持ちよさそうに目を閉じていた。




それからも学校では、クローバはまだ元気のなさそうな顔をして過ごしていた。そんな彼を友人の身であるセインは何があったのかを知らないまま励ましていたものの、虚しかった。


しかしある日、あまり怒らないセインが突然爆発した。数週間後のある放課後、セインはクローバを無理やり説得して最寄り駅とは逆方向の喫茶店に連れて行った。


「そんなに引っ張るなよ、子供じゃないんだし」


「そうでもしないとクローバこないじゃんか」


セインは時々鋭いことを発言する。こうなったらクローバが反論ができなくなるまで続くのがお決まりとなっている。


「いらっしゃい」


この店の店長だとは思えたがクローバはなぜか納得できなかったようだ。二階があるほど建物が大きいため、もっと人が混む人気店だと並ぶことを覚悟していたのだが、想定外の静けさに疑問が勝った。


「こんにちはマスター、友達のクローバっていうやつです。このお店のコーヒーを飲んでみたいと言っていたので連れてきました!早速オリジナルを二つお願いしてもいいですか?」


「もちろん。少々お待ちください…」


「おいセイン、俺はそんなこと言ってないし連れてこられた側なんだが?」

カウンター席に座った状態で小声で話したが、焦っているクローバをセインは相手にしなかった。


(なんだよ俺のことを引っ張っておいて、俺の文句も耳を貸さないなんて…)


「クローバ君、あなたはどこでわたしのコーヒーを知ったのですか?」


マスターが興味深々に聞いてきた。ヴィダルの話の詰め方とは雰囲気は違ったが、返答に時間がかかるのはなぜか一緒だった。


「えっと、このセインってやつから適当な理由でここに連れてこられたから何も知らないです」


それでもマスターは何も言わずニコニコとした表情を崩さなかった。嬉しそうにしているのか、それとも怒っているのか見分けがつかなかった。さっきまでを振り返っても、セインが冷たい態度をとって喫茶店に連れてきておきながらそのあとは無視。今日はなんて不幸な日なんだろうと勝手に思い込んでいた。



「どうぞ、この店のオリジナルです」


当たり前だがクローバの目の前にコーヒーが置いてある。コーヒー通、あるいはマニアを名乗る者は、フルーティーだの酸味があっていいだの言っているところを動画で見るが、疲れ切っているクローバにとって味を語る余力は残されていなかった。仮に元気だとしても苦いことしかわからないのだが…


(うん、コーヒーだ。苦い…)


ドラマに出る喫茶のマスターと言えば「お味はいかがですか?」のフレーズがお決まりだが、この店のマスターは黙ったままだった。




(…リラックスできたのだろうか?体は何も教えない)


コーヒーが時々眠気を誘って家では気持ちよくなれそうだったが、よくよく考えたら帰り道を歩く上では逆効果だろうと、クローバは頭の中でイラついていた。


『ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ…』


電話…博士?


『クローバ君か?言い忘れていたことがあったんだ…』

Tips:ツーリス王国

12の国の一つで、他国の暴走に対して軍事力をもって鎮圧・制圧を目的としている。他国にはない兵器を多数保有しているが、それゆえにこの国の代表を決める際は厳重な審査をもって、平和思想を唱え、利益に囚われず、人々を平等に扱うことのできるものだけが、資格者に選ばれている。本来は世界の観光産業の中心部の役割を持っている国だった。

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