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3.天使計画


「…彼女は、天使の能力を持っている」


サクラは本当に軍の実験に巻き込まれていた。じゃあ、成功した被験体のはずなのにどうして逃げ出し、逃がせたのだろう?


「人間じゃないってことですか?」


「正確には違う、わかりやすく言うなら…人間と天使の人工ハーフといったところかな?」


天使を人工とはいえ生み出そうと考えている人間がいることに恐怖を感じた。こんな突飛な計画を発案した人間に会ってみたいものだ。


「…よし、ならなおさら家で面倒を見る必要がありそうだな」


「今すぐ匿う必要性はないが、それが一番安全かもしれないな…サクラちゃん、驚くことが山ほどあっただろうが、話は事実だと捉えてほしい。捕まって軍に再び利用されるのは嫌だろう?彼らもこう言ってくれているし、迎え入れてもらおう。」


「…わかりました」


細々とした返事で、病室という名の研究室を後にした。帰りもサクラはひと言も口を開けなかった。




クローバは帰ってすぐに自分の部屋にこもると、ネットを開いて「天使計画」に関するできる限りの情報を集めた。しかし、一般向けの核心をつけない情報しか出てこない。


(どうにかして、天使計画の全貌を突き止めないと。軍が良からぬことを考えているなら、そのときは止めないといけない!)


数時間かけたはずが、いつの間にか関係のない記事を読んでいた。


「…なにやってんだろうな」


大きな計画に巻き込まれたとはいえ、クローバにとってはただ一人の少女に過ぎないのだ。事件まで知ることなんてないのに。


リラックスしようと廊下を出ると、兄のダイアが使っていた部屋が目に止まった。そこにはサクラがひとり、大きな四角を前に背筋を伸ばし、手に棒のようなものを持っていた。


「なにやってるんだ?」


すると、手を止めて口を開けた。


「…絵を、描いていました」


「…見てもいい?」


何も言ってくれなかったが、自然を装って後ろに回ってチラリと覗いてみると、クローバの目が見開いた。


「…なんで兄ちゃんの絵描いてるの、もしかして知り合い?!」


ダイアの人物画が四角の中に描かれていた。


「…いえ、ここの空気から想像…した」


それにしては完成度が高すぎる。クローバの画力はそれなりにある方だと自負していたが、素の技量だけでも数倍上手だ。


「…空気から想像って、どうやって?」


これ以降はいつもの黙り込んでいるサクラだった。しかしいきなり話が続くと逆に困惑しそうだった、というかした。


(そうだ、もう一度室町先生に話を聞けないかな?母さんにお願い…しちゃいけないな。絶対に止められる)




こうして、クローバは一週間後の週末に一人で室町に会いに行った。両親には友人と勉強してくると伝えて了承を得ている。


(サクラや他の人間が天使にされているなら、なんのためにそんなことをしているのかは絶対に聞き出したい。その上で俺が…)


クローバは待てと自分の頭を冷やした。自分は天使計画をどうしたいのだろうか?いつの間にか計画にありえないぐらいの興味を示している。だがこれも全部一向に消えないモヤモヤのせいなのだ、気が済むまで調べてやろうと思った。


「ハァ、ハァ…」


昔から進化し続けているはずの世界で、自転車ほど古く感じるものは他にあるだろうか?車やバイクはとっくに走るときに浮く技術が施されているのに、自転車だけは改良の余地がないのだろうか?いつもの駅より倍遠いため、余計に辛く感じた。



(着いた、結構疲れたなぁ)


当たり前だが病院には用がない。しかし施設の警備員は高校生を相手にしないに決まってるし、研究施設に入るには、こっそりくぐり抜けるほかないだろう。

ただ、警備状態に全くスキが無い。交代制なら入れ替わる瞬間を狙うのが一般的だろうけど、逆に人の目につきやすくなっているかもしれない。だとしたら、油断している今がベストだ!


クローバは正門の横から上手くすり抜け、施設の潜入に成功した。


「…外と違って、全然人がいないな」


誰がどう見たって警備体制が薄すぎる。博士が侵入者用に仕掛けた罠かもしれないと慎重に進んだが、本当に室町の部屋と思われる場所に着いてしまった。


建物にひっそりと侵入した人間の行動とは思えないが、ドアを3回ノックして入れと言う返事をもらって部屋に入った。まるで入試にきた学生と面接官のようなやりとりだった。


「失礼します、室町先生」


「…クローバ君?あの頑固そうな警備員たちにどんな説得をして入って来たんだ?」


「…先生のような方だったら、てっきり侵入だけは見逃して、説教の準備をしていたんだろうと思って震えてました」


「侵入?あ~それじゃあしょうがないね」


先生がわざとらしい仕草でクローバを油断させようとしている風にしか見えなかった。


「…人が侵入するなんて考えはツーリス軍にはないんだよ。大体の人は外の警備員の前で引き返すから、侵入はおろか正式な許可を出すことも無いと思い込む。その結果、警備が甘くなった説が私の中であるんだ」


一般人を見下しているのか、それとも本当に自分たちが強いという思い込みがあるのか、クローバには全く読めなかったが、今回限りは許してもらえそうだった。


「…今日は侵入までしてなんの用だい?」


「サクラが新しい行動をとったから不思議に思ったんです。これからサクラと長く付き合うことになりそうだし、俺に天使計画について教えてください」


「言いたいことはわかるが、私も重要関係者じゃない。詳しいことは言えないぞ?」


「知っていることを教えてください。俺は天使計画をおかしいと思っています、他にもそんな人間が多くいるならすぐにでも止めるべきだ!」


「…目的は?止めた暁に何を掲げる?」



クローバは、恐れることなく口を動かした。



自転車で悩んでから部屋で話している間だけですぐに答えが出来上がったことは、本人にも驚きだった。



「なかなか面白いこと言うじゃない、でも知ったからには責任ある行動を約束してもらうよ?」


「わかりました」




こうして室町の講義が始まった。


「実は『天使計画』は昔からツーリス軍が王国に秘密にしながら、少しずつ進めていたものだったんだ。一度は手を引いたが最近になって再始動した」


「きっかけは何です?」


「他国の成長ぶりが顕著になったことだ。例えば授業で使っている魔法の教科書はケミカルタウンで作られていることは知っているな?あの魔法を正式に科目認定させたのは十数年前だ」


「そうなんですか?もっと昔からあると思ってました」


「それを受けてウィルシティもいくつか新しい高校と大学を建てることを宣言した。こうした、国が連鎖的に大きな動きを見せたことに焦りを感じたんだろう。」


「どうしてですか、魔法が授業になって学校が増えただけ。ツーリス王国にもその恩恵は十分あったはずでは?」


「"王国"には恩恵があっても、"軍"には脅威だったってわけだ。将来的に魔法を使える人間が多くなることで、国としての役割が機能しなくなったり、損なわれたりすることを恐れたんだ。」


クローバは頭の中で整理するが、どこか引っかかったままだ。


「…脅威って、魔法は自分たちにも使えるはずでしょう?過剰に警戒しすぎですって」


「…クローバ君って高校何年生だっけ?」


「高一ですが?」


「あ~だからか、『魔術史』っていう高校二年で習う授業の内容にあるんだが、魔法がスムーズに習得できるのは基本的に二十歳前後までと言われているんだ。大人が習得するには下手すると年ごろの人の倍以上かかる。」


それは初耳だった。…となれば、魔法の源であるケミカルタウンや学校の多いウィルシティに脅威が生まれると恐れるのも納得だ。


「他にも要因があるかもしれないが、大きいのはそれだろう。立場を揺らがせられないよう対策を練った結果、天使計画に手を出したってわけだ」


(なるほど、自分たちの権威を守るためか)


「軍は天使を生み出そうと実験したが、いきなり成功しないのは当たり前で、特に子どもを何人も犠牲にした。私が噂で聞いた実験の具体的な方法として、物理的な肉体強化、五感と精神力の強化、天使による支配的な思想の埋め込み、魔法をはじめとする能力の徹底向上、などなど」


「でも、そんな人工の天使が完成してしまったら…」


"天使が人間を完全に支配する"


それでは自分の国が利用しようとした天使に逆に支配されることになる。大昔にアースが経験した出来事とは違う形で、世界を終わらせることになってしまう。


「クローバ君、君はお世辞抜きで本当に頭が良い。そこまで考えるとは私も思っていなかったよ」


「サクラが今朝、会ったことがないはずの兄の絵を描いていたんです、それも本物の写真のように完璧で。彼女は部屋の空気から想像で描いたって。」


室町の話にリンクさせれば、五感と精神の強化がサクラに施された証拠の欠片になる出来事のはずだ。


「ほう…それは興味深いな。…よしクローバ君、今度から施設の警備員たちに君が来たら入れるように頼んでおくよ。証明書を今作るから待っててくれ。」


その話を聞いて安心したが、それ以上に室町が話を最後まで聞き、対応してくれたことが何よりも嬉しかった。


「ほら、これが君の証明書だ。捕まる可能性は低いかもしれないが、侵入はもうするんじゃないぞ?自分で言うのもなんだが、私が短期間で人を気に入るのは相当珍しいんだ」


「次からもお願いします。まだ聞ききれてない部分がたくさんありますから」



安全を確保された上で外に出た。夕方まで話していたようで、空は綺麗なオレンジ色になっていた。親に勉強をすると伝えたが、あながち間違いでもない気がする。


自転車に乗ろうとすると、誰かが声をかけてきた。声質で言うと低くはないが高くもない若い成人男性だった。


「…すみません、あなたはこの研究施設の関係者ですか?」


反応に困った。質問内容だけで怪しいと感じ、関係者とは答えないと決めた。とっさの判断で上手い返しを思いついた。


「いえ、学校の課題で職業インタビューをしていまして、今日はこの施設の人にいろいろ聞いていたんです」


「具体的はどんなことを?」


これで怪しい人物だということはわかった。頭を回転させてベストな嘘を作り上げた。


「えっと…一日のスケジュールとか、最近の研究内容もほんのちょっとですが教えてもらいました。」


しかし、クローバの読みは外れた。


「それ嘘ですよね?そんなことで軍は高校生一人だけを入れるはずがない。」


「…失礼ですが、あなたは?」


「『天使』って言ったら、信じますか?」

Tips:大昔の出来事

大昔に惑星アースが体験した「絶望」以外の何でもない出来事。その終わりを迎えた頃に生き残った人間の多くが、気を取り直した瞬間の印象は深夜だったと言っていたことから、「ミッドナイト」と人々は呼んでいる。

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