2.挙動不審の口
「君、親や友人を待っているとかだったら断っていいんだけどさ。このまま公園にひとりでいるつもりならさ…俺の家に…来ない?」
いきなりの発言にサクラは呆然とした様子だった。起きてすぐに目の前でご飯を食べていた同い年くらいの男から、自分の家に来ないか?と言われたのだ、無理もない。
だが今のクローバにこのシーンを客観的に捉えることはできなかった。
「え…あ…」
「・・・」
誘っておきながらも、ここまでくると少々苛立ってきた。午前に考えていた言葉を思い出す。
”どうして人間は言いたいはずのことを口にして言わない?死ぬわけでもないのに。”
もう自身を制御する機能が働かなくなる寸前だった。サクラが話下手だということを忘れてつい当たりの強い言葉を口にしてしまいそうだったが、ギリギリ留まる。
「…いきなり話せないなら落ち着いたところで話したほうが気が楽だろ?」
「・・・」
そうして、無意識にモヤモヤを消したいという衝動に駆られた少年は、少女を連れて家に帰った。サクラは特に嫌そうな反応は見せず、手はつながなかったがついてきてくれた。
「ここ、俺の家。入って一番広い部屋で待ってて」
自転車を押しているときも彼女は一言もしゃべらなかった。その間に「どこに住んでるの?」とか「誰か待っていたの?」だったり様々な質問をしていたクローバは、恥ずかしい思いをたくさんしながら少しでもサクラの心を開いてもらおうと必死だった。
「話す前に、何か食べない?元気なさそうだからとりあえずなんか持ってくる」
冷凍庫を開けて、学校用に作り置きされていた冷凍弁当をレンジに入れた。温まっている月曜の弁当のメニューは鶏肉とキャベツの塩胡椒炒めだった。
「はいこれ。食べていいよ」
「…いた…だきま…す」
弱々しい声でそう言い、箸を使って食べようとしたものの手に力が入っていないようで、食材をうまくつかむことができなかった。ウィルシティ出身かそこに移住した人間は箸を上手に使うと聞いたことがあるが、やはりすべての人間がそうではないのだと理解し、フォークを食器棚から持ってきた。
一段落ついたところで、ついにクローバはサクラへ聞きたいことを質問していった。
「君は、どうしてあの公園で寝ていたんだ?」
「…わかり…ません」
「寝る前に、どんなことをしていたかは覚えてるか?」
「…わかり…ません」
何を聞いても欲しがっていた答えがひとつも返ってこない。このままでは自分が疲れて逆に彼女に迷惑をかけてしまうと考え、思い切ったことを伝えた。
「君の…親とか友達って、誰か覚えている人はいるか?」
「…いません。誰も覚えて…ません」
どうりで”わかりません”しか口から出ないわけだ。記憶がないんだ、この子。ツーリス王国の軍の研究施設では『人類の進化』を掲げて様々な実験を行っていて、同意のもとで人に実験に協力してもらうことがある。そのため、実験の影響で記憶を失くすといった副作用を起こした人を見ることも少なくない。彼女もその一人になってしまったのだろう。
「そっか…」
しかしどうしたものか。状況はわかったが、このまま警察に連れて行く気にはならなかった。
「…じゃあもし行く当てがないなら、今しばらくこの家でくつろいで行かない?夜には親が帰ってくるから、そこでどうするか相談しよう。」
それまで、どうやって過ごそうかとても悩んだ。ソファに一人寝転んでゲームやネサフをするわけにはいかなかった。自分の部屋やトイレに一回一回向かうたびに、「ちょっと〇〇で▢▢するから」と声をかけてからやることをやった。家の中なのにどうしてこんなに緊張しなければならないのだろうか。
カチンとドアが開く音がする。どっちかが帰ってきた。
「ただいまー」
「母さん、いきなりなんだけど相談したいことがあって…」
「なに?」
サクラがいる部屋に母親を入れると、驚きに近い怒りが放たれた。
「あんた、人ん家の女の子をこんな時間まで置いておくって、なに考えてんの!」
「待って待って、とりあえず話を聞いてくれ!」
「聞かなくたってわかります、今すぐ帰しなさい!」
「この子は記憶がないし迷子なんだよ!」
当の本人は親子喧嘩に怯えて涙ぐんでいる。一瞬小さな悲鳴が響くとすぐに気づき、気まずくなったため話の続きは父親が来てからすることにした。
「…で、この子は我が軍の研究の犠牲者ってことか?」
「多分、そうなんじゃないかな?」
「ならなんで公園に一人でいたの?あとクローバはなんで気づいたの?」
「えっと、急いで夕飯を買っちゃって、公園で食べようとしたら、いたんだよ」
「サクラちゃん、合ってる?」
「…はい」
クローバは大きな安堵のため息をついた。これで違うなんて言われたらとんでもないことになっていただろう。
「なら本当にどうしようか。警察に連れていくのは確かに可哀想だ」
「サクラって名前、ウィルシティの人間っぽいよね、父さんか母さんの知り合いでウィルシティに送ることはできないの?」
「それはしちゃいけない。ウィルシィの人間であるかはわからないし、仮に彼女がツーリス軍のありえない研究の結果だとしたら、誰が身の安全を保証できるんだ」
「それは…確かに」
「なら、サクラちゃんを家で引き取るっていうのはどう?」
「え?いきなり何言い出すの母さん!」
「おお、その手があったか。賛成だ」
「なんで父さんも止めないの!」
息子がいるにも関わらず、その息子と同じくらいの年の女の子を家に迎えようとする両親の頭の中をのぞけるものなら、ぜひのぞきたいものだ。
「俺がいるのにそんな余裕あるの!」
「ダイアが春に引っ越してから1部屋空いただろう?その部屋は改修もしてないから使えるはずだ」
「それに、4人暮らしの感覚はまだ残ってるし、大丈夫よ」
ダイアは春にウィルシティにある大学に進学したクローバの兄である。それはともかく、両親とクローバの聞きたいことが噛み合っていない。
「いやいやいやいや、部屋とかお金の問題じゃなくて、息子がいるのに同じくらいの年の異性を家に入れようとしてるんだよ、抵抗とかないの?」
「家族がいるかもわからない女の子を放っておくの!お母さんにはそんなことできません」
「軍にまた利用されるよりはってことだ」
「…わかった。部屋掃除からすればいい?」
「ああ、頼んだよ!…サクラちゃんだっけ?ごめんね、勝手にいろんなことを決めて。でも私たちも想像すればするほど心配になってね、しばらくはここでゆっくりしていってくれ」
サクラは小さく頷いた。
一夜を過ごした翌日、父さんの提案で母さんが働いている医療施設にサクラを連れて行くことにした。
ツーリス王国では、軍の研究施設の近くに病院や看護施設が建つことはよくあることで、そこも例外ではなかった。
しかし母さんは敢えて研究施設から、一人の科学者を呼び出した。なんでもその科学者は母さんの昔からの知り合いのようで、今回は軍に情報が行かないように特別な配慮をしてもらうようにお願いしたそうだ。
クローバ達はサクラを連れて、その科学者に会いに行った。クローバはどんな恐ろしいおじさんがいるのだろうと緊張していたが、部屋に入るとその思考はマイナスに働いた。
「おお、久しぶりだな。家族全員で来るとは思わなかったが、座ってくれ。さっそくお茶を入れて来るよ。」
マイナスというのはいい意味で。思ってたより若い。母さん知り合いということは、年齢はほぼ同じなのだろうか?それに堅苦しい雰囲気どころか、妙にリラックスしているようにも見えた。
「…お茶?ここ病院ですよね?」
すると少々驚いた素振りを見せて、クローバの方に振り返った。
「…君は確かクローバ君だったかな?そうか、ダイアから私のことは聞いてないのか」
「紹介するわ、彼は室町良。私とは大学で知り合ったの。卒業してからはウィルシティで研究してたんだけど、ツーリス王国に拠点を変えてから、先に帰国して働いていた私と再会したの。」
研究にぴったりな環境のウィルシティから、なぜこのツーリス王国に拠点を移したのだろう?
「君が今回検査する子かい?家族も記憶も浮かばないなんてかなりの重症者だと覚悟していたが、見る限りはおとなしいな。まあまずは、お茶だ。口に合うといいんだが」
ドクター・良が淹れるお茶、意外とおいしい。さては通だな。
「さて、ここからはサクラちゃん以外は退出していただきます。普通の病院の受付あたりで座っていてください。結果がで次第呼び出させます」
そして、クローバ達は受付のイスで数時間待つことになった。サクラが何をされているかはわからなかったが、クローバのモヤモヤがまだ残っている感覚からすれば、良い結果は出されないと内心思ってしまっていた。
『…先生、室町先生がお呼びです。』
母さんの名前がアナウンスで呼ばれた。
「失礼します」
「…さっそくだが、大声を出さずに聞いてくれ。順番に話す。」
クローバはまだ何も伝えられていないにも関わらず、とてつもなく緊張していた。顔の色がはっきりと白くなっている。
「まず、最近のツーリス軍の研究内容について、知っていることはあるか?」
「そう言うってことは、何かしらの実験体だったってこと?」
「俺最近、『人の心をつなぐための…なんとか』ってニュースで聞いた」
「…やはり一般向けにはその程度の情報しか流さないのか。内密にしてほしいんだが、実は研究にはテーマがもうひとつあるんだ」
「…と言うと、なんて言うんですか?」
「『Project-Angel』と一部で呼んでいるものだ。略して『天使計画』。その名の通り、天使を発現するための取り組みだ。サクラちゃんはその被験者の一人と考えられる。」
「あの天使を人工で生み出せるんですか!」
「ああ、目的は知らんが利用しようと考えているに違いないだろう」
天使計画。軍が関わっているとなるとかなり大規模なことだ。それに自分が巻き込まれていると考えているとまた身体が震えてくる。
「じゃあ良君、サクラちゃんは天使なの?」
「そうだ、しかも…」
大声を出さないことは簡単にできた。なぜなら驚きで声が出ないからだ。
「…彼女は、天使の能力を持っている」
Tips:ウィルシティ
大昔、日本と呼ばれていた場所。12の国のひとつで、学生の教育に力を入れた学術都市としての役割を担っている。全国に中学校、高校、大学が数えきれないほどあり、世界中の学生が進学する。各国にも学校はあるが、全体的に見れば珍しいケース。




