14.つながる手
落ち着いた様子で二人は家に入っていくのが見えた。三人にとっては何もせずにただ待つ時間が過ぎているようにも見えるが、誰も無駄な時間だとは思っていなかった。むしろ二人の仲直りのシーンを妄想して楽しんでいる者もいた。
(それにしてもあの事件、犯人がまだ見つかってなかったっけ)
少年が天使に近い能力を発現したというあの日から、ずっとそのことばかりに気を取られていたが、結局ニュースとして報道されずそのままになっている。もちろんTIMERが事件捜査に動くことはそれだけで大きいことなのだが、それすらも世の人は知らない状態だった。まあ、今はどうでもいいことか。
「ねえ、僕ら一度あの公園に戻らない?ずっと立ってるのはなんか疲れるし」
「あっ、ああ。そうだな、クローバのことだし大丈夫か」
家とは反対の方向を向いて歩き始めると、車が一台こちらに向かってきた。
「?」
運転席の窓が開くと、一人の女性が顔を出してこちらの様子をうかがっていた。
「こんにちは、あなたたちは...」
「こんにちは...何かわたしたちに用事があるんですか?」
すると運転席の後ろの窓も開いて、もう一人子どもが顔を出した。
「あ、お母さん!あのあのお兄ちゃんたちが僕を助けてくれたんだよ」
「もしかして、アレク君か?!」
「あらそうなの?さっきこの子が家に帰ってきたら私も知ってる公園の近くのお父さんと一緒で、話を聞いたら四人組の男女が助けてくれたって言うんですもの。それでさっそくお礼をしたくて来たんです」
アレクの母親が助手席の方にある買い物袋をいくつも取り出し、セインたちに渡そうとしてきた。お菓子屋ジュース、さらには世界でも有名な洋菓子店「Bloom/ブルーム」のケーキだった。母親によれば、イチゴがふんだんに使われている看板メニューのブルームショートが四切れ入っているという。
「子どもを助けてくれてありがとう、ちゃんと四人分買ってあるからみんなで食べてちょうだい!」
「いっ、いいんですか?!」
「僕Bloomのケーキ初めて食べるよ、一個がとても高価で中々手を出せるものじゃないよ...お母さん、本当にありがとうございます!」
「いいのよ。こちらこそ、アレクのことをありがとうね」
そうして颯爽と車を走らせて行った。こんな短い時間であのお店のケーキを購入しようなんて余程嬉しい時にしか買ったことがないと友人の親は言っていた。
「普通に渡してくれたけど、とんでもないものもらっちゃったな?」
「わたしたちで食べてって言ってたけど...よくよく考えたらサクラちゃんの前でクローバ君のケーキを渡すのはダメよね...」
「あ...」
「あら...セイン君、それにお友達?クローバに何か用事があるの?」
今度はクローバの母が帰ってきた。彼女もまた買い物をしてきたようで、サクラは元々母と一緒に出掛けていのだと、ここでさっきの疑問が解決した。
「スペイドさん!えっと、クローバは今サクラちゃんと仲直り中のはずです」
「そうなの...あなたたち二人もサクラちゃんのこと知ってるの?」
「はい、同級生で同じ部活のカナス・テイセです」
「ユーア・カーセです。カナスと同じく同級生です」
「スペイド・エリッツです、それにしてもセイン君...かなりの大荷物ね?」
「はい、さっき近くの公園でクローバがいじめに遭っていた男の子を助けて、それから彼のお母さんからお礼をもらったんです。だからこれのほとんどは彼のものです」
「そうだったの...思ったよりお菓子やジュースが多いわね」
セインはここでケーキのことをスペイドに相談しようか悩んでいた。四人分しかないケーキをサクラも考慮しながら分ける方法を彼女なら解決してくれそうな気がしたが、素直に四人で食べたい気持ちもあった。
「あら、Bloomのケーキも頂いたの?あの子、とても気に入られたのね」
(秒でバレた!...仕方がないか)
「あの、お母さん。このケーキ四人分入ってるんですけど...せっかくなら仲直りしたクローバとサクラちゃんに食べてもらおうかと迷ってて」
三人にとっては重大な迷い道だったのだが、さすがは母と言ったところか。悩む行為を一秒もせずに言葉を発した。
「だったら、私が食べたいわ!実はさっきの買い物は手作りケーキの材料なの。最近元気のない二人に作ってあげようと思ってたんだけど、Bloomのケーキがあると知ったらいくらあの子でも悔しがるでしょうし、私たち四人でこっそり食べましょうよ、それならあの二人は同じものを食べることができるわ」
それはそれで二人が可哀そうな気がしてきたが、それが一番だと思った。
「でもあの二人の邪魔はできませんよ、どこで食ったらいいでしょうね?」
「なら私の車の中で食べましょう、お父さんも帰りは遅いし大丈夫でしょう」
そんなBloomのケーキの存在を1ミリも知らないクローバとサクラは、ダイアの部屋のベッドに二人で座っていた。距離が近い。
「ねえ...サクラ?」
「...うん?」
「君がどうして公園に倒れていたのかは俺にはわからないけど...それでも家に連れてきたことを後悔したことは一度もない、嘘じゃないよ」
「わたしも、嫌だとは一度も思ったこと無いよ」
「・・・」
「・・・」
わからない、これで合ってるのか1ミリもわからなかった。お互いにドラマで見るようなセリフは言えなかったが、すでに相手を許している空気は感じていた。
「ごめん、俺ちっともロマンチストじゃないね」
「...クスッ」
「...フッ」
なぜかなんて簡単だ。自分が笑顔に戻ってサクラを見つめられていることが自覚できるし、サクラの顔が笑みを浮かべていることもわかる。
「これ以上はもういいよ、安心できたから大丈夫」
「そっ、か。じゃあ...その、これからも一緒な?」
「うん。そうだクローバ、今日お母さんがケーキの材料買ってきてたの」
「ほんと?!」
「ホントだよ、仕上げと盛り付けは私がするの」
「へぇ~楽しみだなぁ」
「...夕ご飯のデザートだからね?」
「はい!」
外で待っててくれているセインたちに仲直りの証を見せるため家を出たが、姿が見えない。サクラによれば母もフルーツを求めて買い物をしていると言っていた。
「あれ、三人がいない?」
「クローバの同級生?」
「うん、今更だけど...俺の”親友”たちにだけはサクラのこと言っちゃった」
「いいよ、クローバのお友達なんでしょう?」
どうやら二人は無自覚のようだが、自然と手をつないでいた。事実上のカップルになった彼らを車の中から見ていた四人は、朝の姿からは想像できないくっつき具合に体が動かなくなっていた。
「モグモグ...はへ、ふおーはひゃへ?(あれ、クローバじゃね?)」
「へっ!ほうはははほひひひゃっはほ?!(えっ!もう仲直りしちゃったの?!)」
「どっ、どうしよう...ケーキがずっしりでまだ食べきってないよ!」
「仕方ないわ...ここはすぐに食べて寝たふりでもしましょう!」
ーーーキィーン!ーーー
「「!!」」
二人が危機(?)を察知するとすぐさま車の方を振り返った。
「お母さんもみんなも車にいるよ...何か食べてる?」
「待てよ、あれケーキか?」
ゆっくりと近づくと、四人の様子が明らかにおかしい。俺ら二人に見られるとまずいケーキでも食べているのだろうか?
「母さん、窓開けてよ。それBloomのケーキでしょ?」
ウィーン...
「ご、ごめんなさい。これはねぇ...」
「母さんたちが焦って食べてるってことは、俺らの分はなさそうだな?」
「Bloomのケーキがあるなら私も食べたかったなぁ...」
「二人ともごめんってーーー!!!」
セインの叫びとともに、二人の恋騒動とケーキ騒動の両方が収まったのでした!
「「ごちそうさまでした!」」
無事夕食を食べ終わると、サクラが席を立ってクローバに確認を取る。
「じゃあ...ちょっと待っててね?」
「うん!」
サクラが冷蔵庫からケーキを取り出し、一人分のサイズに切り始めた。
(兄ちゃんが今の俺見たらなんて言うかな。やっぱ一言目はバカにするか?)
「まさか、サクラちゃんからケーキを渡される日が来るなんてな」
「そうね、元気が戻ったみたいだしよかったわ」
父さんが俺の近くで小さな声で聞いてきた。
「なあ、どうやって仲直りしたんだ?」
「言えないよ、そもそも会話のセリフなんて覚えてないし」
言っても完全な理解はできない。そう割り切って二人だけの世界を保った。
「お待たせ、クローバ」
「ありがとう」
サクラが席に着くと、なぜか今度は両親が席を立った。
「?」
「どうかしました?」
「お父さんたちは寝る部屋に行くよ、ケーキは後で食べるから安心して」
「今は二人で食べてほしいの、サクラちゃんはこっちの席に着いていいわよ?」
ギクッ!
クローバとサクラの顔が赤くなった。両親はこれまでのことをすべてわかっていたかのように、カップルの世界を楽しめと言わんばかりにリビングを出ていった。
ガチャン。
「・・・」
「・・・」
「じゃあ...食べようか?」
「うん...食べよ?」
フォークを優しく手に持って、手を合わせた。
「「いただきます」」
クリームとイチゴが沢山のったやわらかい生地に金属を通し、一口サイズにカットして口に運んだ。口の中で甘さが爆発して体もとろけそうになった。
「どう?」
「うん、とても美味しいよ...サクラ!」
クローバは感動と不安の解放と嬉しさと...いろいろな感情の混じった涙を流していた。彼はその涙だけはケーキと同じくらい甘かったと感じたらしい。
ーーー
〈数か月後・博士の研究所〉
「...それじゃあ、サクラ、セイン、カナス、ユーア、博士、ヴィダルさん、帆友生さん、ミシシッピさん、イトウ君...全員いるね?」
「ああ、思いっきり言ってくれ!」
「フゥー...」
「クローバ、大丈夫?」
「うん。...俺たちはこれから『フォース・アッキヌフォート』として、天使計画への干渉・阻止のための行動を全員で行います。俺クローバ・エリッツは、そのリーダーとしてできる限りの力を尽くすことを宣言します。みんな、よろしく頼む!」
Tips:アッキヌフォートの由来
「トリスタン」と呼ばれる人物の弓として知られている。「フェイルノート」の原典とされるノルマン・フランス語の「Arc qui ne faut」をカタカナ表記したもの。『無駄なしの弓』とも呼ばれている。作中のフォース名としては室町博士考案の名前らしいが、なぜこの弓から拾ったかは本人から語られていない。




