13.相思相愛
自分が天使に近い存在であることをひどく嫌い、自分から受けたとはいえ実験の被験者として重い弊害を背負っているサクラを悲しませてしまった。ようやく反省することができるようになった。が、今のサクラにしっかり目を合わせて謝ることができるだろうか?それが今の一番の不安だった。
電車から降りて自転車を引いて歩き、四人は休憩のためさっきとは別の公園に入った。偶然にもそこはサクラと初めて出会った場所...もう想像できないが、全く言葉に自信が無く他人を怖がっているようだったが、共に暮らすうちに雰囲気がやわらかくなった。だんだんと言葉も普通に交わすことができて、本人がどう思っているかは別として、恋愛感情を彼女に持つまでになった。しかし再び...人と天使の違いに悩むことになってしまった。
(怒ってるよな...言葉が武器になるとはこういうことなんだ)
公園では低学年くらいの小学生が遊具に集まったり、ボールを蹴り合って楽しそうに遊んでいた。
「あの子たち、新一年生かな?この頃は午後の授業なんて無いものね...ウィルシティの学習ラインを世界基準にしてから、子供たちは賢くなったのかしら?」
「さあね、オレらもあんな風にはしゃいでたんだろうな、覚えてねぇけど」
「人の成長って早いんだね、僕もあれからいろんなこと覚えたんだなぁ~」
ーーーキィーン!ーーー
「!!」
子どもたちの元気な遊び様をみてほっこりしていると、ボールが強い威力でクローバの真横を飛んでいき、住宅の敷地に入って...ガシャンと音が鳴った。もしかして割れ物?
「おっと...危なかった」
「大丈夫、クローバ?」
「うん、ギリギリ当たらなかったから平気だよ」
しかし、四人の安心した空気とは裏腹にボールで遊んでいた子どもたちは、大声で喧嘩をしていた。
「おいアレク、お前がやったんだからお前が謝りに行けよ!」
「待ってよフィル君、なんで君がやったのにボクなの!それにみんなも...一緒にサッカーしてたんだからみんなで謝ろうよ!」
「うるせえ、俺とマークとタラスはチームの大事なメンバーなんだぞ!」
「うん、絶対にヤダ。僕悪くないもん!」
「そうだよ、本番の試合だって下手な奴が悪いんだ!」
そうだそうだ!と長い時間続き、全く責任の所在が結局一か所に集中した。
「もういいよ、元々アレクのボールなんだし俺は困らないもんね!みんな帰るぞ!」
「だからボクじゃない!フィル君が蹴ったんだからここはみんなで謝りに行こうよ!」
「フィルはともかくなんで僕たちも謝らなきゃいけないんだよ。この中で一番下手なんだし、せめてチームのために謝れよ!」
「そうだよ、お前最初からサッカー下手くそなんだよ!次の試合ベンチ送りにしてもらうからな?」
「せいぜい新しいボールでもオレたちに用意しろよ、持って来なかったらコーチに言ってやるからな!」
子どもの喧嘩に...加えてサッカーチームの練習に年上が止めに入っても、素人のクセにと子どもの怒りを増幅させてしまう可能性があった。そうして親にまで迷惑をかけてしまっては本末転倒、だが状況だけでも把握するために四人は喧嘩の一部始終を脳に焼き付けていた。
「う...うわぁーん!!!」
最後に全責任を押し付けられたアレクという子が、ひとりだけ公園に残されて泣き出していた。
「やばいな、でもどうやって話しかけよう...っておいクローバ!」
今までいじめを受ける側を生きてきた人間なら、これは到底見過ごせないものだった。周りにいる者の全てを敵だと思い込ませ、精神的な苦痛を一生ものにしてしまうことだってある。今のクローバ・エリッツにはそれを言う資格がないのかもしれないが、反省の意味も含めて体を動かしていた。
「ねえ君、お兄ちゃんさっきの喧嘩見ちゃったんだ...君のせいじゃないのは知ってるから安心して。まぁ、まずは一緒にボールを取りに行こうか?」
「...うん」
「スペイドさん、大体の事情はわかりましたが…私は恋愛相談なんて受け付けてないのですが…」
「そんなこと言わずに、手伝ってくださいよ先生~!二人が結ばれるなら私は反対しませんし...」
「お言葉ですが…ここは学校で、クローバ君は私の受け持ちとは言え生徒の一人に過ぎません...!」
なんとこの母親、クローバの担任のセルゲイ先生に連絡をとっていたのだ。確かにセルゲイ先生は昔、ウィルシティの大学で心理学を学んでいた身であり、この学校内の保健室との関わりが特に強い人物として知られている。そのため、自分のクラス以外の保護者からもカウンセラー並みに相談を受けることが時々あるらしい。
「結婚のような雰囲気になっていますが、クローバ君とサクラさんはまだ未成年でしょう?...ともかく、お互いの言葉に解釈違いを起こしているというのがこの年頃の子たちによくある話です」
サクラは母とセルゲイ先生の会話を聞いている様子を見せつつも、本心ではずっと仲直りしたいとばかり願っていた。
「・・・」
「そうね...わかりました、一度この子たちにしっかりと話し合いの場を準備してみますね」
「ええ、時間をかけて解決しても大体のことは問題ありません」
「本日はどうもありがとうございました」
「いえいえ...」
クローバたち四人とアレクはボールを飛ばしてしまった家に直接謝りに行っていた。
「ごっ...ごめんなさい!次からは遊びかたに気を付けます!」
その公園のすぐ隣にあるこの家は、敷地内の庭が特に広く、建造物も三階くらいの高さまであり、一目でお金持ちだとわかる姿だった。
「...もう起きたことは仕方ないが、ここ最近は本当にひどいんだ。庭の花壇に落としたのに、謝るどころか「おっさん早く取ってくれ」と言う子たちがいたり、わざと庭にボールを置きながらベランダのイスを壊し、一人だけに取りに行かせたこともあった」
アレクはまた泣きそうな顔になり、四人はいじめやそのほかの被害の有様を各々の頭で想像していた。
「私が直接子どもたちや学校に言っても直る気配がないんだ。一体いつまであのヤンチャぶりに付き合わされることになるのかと思うと身体中の力が抜けるよ...全くっ!」
「!!」
「ごめ...nなさい!」
手を上げたくなるくらい、本当は今までの恨みを晴らしたくてたまらないのだろうが、大人は大人としての振る舞いを常に心がけなければいけない。アレク君が叩かれては、いじめた人間の思い通りになってしまう。せめてこの二人は救われるように、自分は心の中のヒーローを演じていた。
「今回の件は俺たちからも謝ります。でも、このアレクという少年は他の子と違います。ボールを蹴ったのはこの子じゃないです。それにいじめに遭ってもちゃんとあなたに謝りに行こうと強く言っていました、みんな帰って自分だけになってもその姿勢は変えなかった。俺たちが見た喧嘩は、この子だけが立派な大人でした...俺たちが証明できます!だから許してあげてください」
お互いに落ち着きを取り戻すように助言をすること、これが今できる最大限のフォローだ。
「ム...そうだな、ちゃんと謝りに来た子には大人として助けをださなければいけないな...アレク君で合ってるかな?ちゃんと謝ってくれてありがとうね、君は偉いよ、みんなより強いんだな。」
(ふぅ~...危なかった)
「...いいの?」
「いいよ、ごめんな怒っちゃって。それと君をいじめた子の名前を全員教えてくれないか?まだまだ”こども”のあいつらにはしっかり言って反省させる、クラブに入ってるんだろ?そのコーチにもちゃんと事情を話すから、君は安心していいよ」
「良かったな」
「うん、お家の人もお兄ちゃんもありがとう!」
「どういたしまして。」
「すげえよなクローバ、あんな一瞬でこどもの問題を解決するなんて!」
「ちょっとしたいじめには慣れてるからな、すぐに終わって良かった」
あの後すぐに家主と一緒にアレクの家に帰り、両親に今回のいじめやクラブでの問題を話して、これから一緒に解決すると言っていた。家主はアレクに家にあったマフィンをプレゼントして、いい大人をあの子と俺たちに見せてくれた。フィル?とか言う人間に少しは感謝するべきかもしれない。
「今のサクラも、あんな気持ちなのかな?」
「それはわからないけど、クローバ君からしっかり謝れば家主さんみたいに考えてくれるって!」
寄り道に時間を食われてしまったがいい経験ができたと思うことにして、何もなかったかのように歩き出した。その間は、どんな時代になってもいじめが消えることはないのかもと開き直っていた。
「サクラちゃんって、今も家にいるの?」
「ああ、今頃部屋でひとりかもしれない」
すると、前の方から人影が見えた。
(あれ、あのシルエット...?)
だんだんと、あっちから歩いてくる人物の顔がはっきりと見えてくる。
「...サクラ?」
「えっ?」
「もしかして前にいるあの女の子か?」
あっちも気づいたようで、一人でこっちに向かってただただ歩いてきた。
「オレたち、そろそろ離れるわ」
「ああ、ありがとな」
家の玄関の前の前で、二人が向かい合って立ち止まった。
「「・・・」」
体をソワソワさせ、顔を見つめるのも恥ずかしかった。三人もその様子を遠くから覗いていた。
「恥ずかしがってどうする!」
「いや、その空気が大事なんじゃん!」
「二人とも、やっぱりクローバたちを見て楽しんでるよね...?」
勇気を出して二人が目を合わせたが、口が中々開かない。顔もお互い赤くなっていた。
「「・・・」」
これが二人の恋だ。「頭がいいだけだった少年」と「天使な少女」の両想いである。
「サクラ...?」
「な...に?」
「えっと...」
「・・・」
「ごめんなさい。俺が天使に近づくことを嫌だって言って、もっとひどいことをされたサクラのこと考えられなかった」
「・・・」
「天使計画は止めるべきだと思ってるけど...」
「それは...」
「俺はサクラのことが好き!だから君は天使でも普通の子でも関係ないんだ」
「私もっ...!」
「うん、ごめん」
「違うの!」
「・・・」
「そうなんだけど...」
「え...待ってよ...!」
「ごめんなさい...!」
「?」
緊張で心の整理がつかない。自分が今どんな感情を持っているかも、どんな状態にあるかも、そしてサクラに切り捨てられたのかさえわからなかった。
「クローバ、怒ってない?」
「・・・?」
「天使じゃないかはもういいの、今クローバが言った通り私が人と天使の違いに悩んでいたのを理解してくれたのはわかったから...大丈夫なの」
「・・・」
「でも、私がクローバに無視したり冷たいこと言ってひどいことしちゃったの!」
俺も涙を流していたし、サクラも涙を流していた。
「・・・」
「だから...クローバ、怒っちゃったよね...?」
「...サクラ!」
恋なんて文章にして書くものじゃない。自分がどういう気持ちでいるのか、サクラがどういう気持ちでいるかなんて本人以外の誰にもわからない。本人たちの日記があったとしても、それを読んで共感しきることなんて絶対にできやしない。
「なあ...あれでいいのか?」
「仲直りできた...のかな?」
「...僕たちには絶対にわからないよ。でも、仮に言い争いになったとしても僕たちに出番はないと思う。まあ...あの様子を見る限りその心配はなさそうだけどね」
(クローバ、君はうらやましいくらいに青春してるよ)
クローバとサクラが出会って初めて抱き合っている様子が、セインの目に映っていた。
Tips:クローバの同級生
・セイン・トゥルスノフ:クローバとはかなり前からの付き合い。彼の数少ない親友であり、良き理解者として認めらている。いつも楽観的な性格をしているが、空気は読めるタイプ。クローバの兄であるダイアのことも知っていて、何度か過去に会ったことがある。研究者に憧れており、室町の存在には驚いていた。サクラのことを気にかけているクローバをいつも気遣うようにしている。
・カナス・テイセ:クローバとは学校の写真部の仲間。入部してからしばらくはクローバも真面目に参加していたため、敬語抜きでの会話を日常的にする。いつもの言動と少々派手な外見からは想像できないが、意外と空気は読めるタイプ。
・ユーア・カーセ:カナスと同じく写真部の仲間。クローバと会話を普通に行える数少ない人物の一人と見られていて、カナスと部活関係で一緒に行動しているため、クローバからはセットで呼ばれることが多い。年相応の少女らしく、恋の話には敏感。




