12.縛られる胸
高校初めての夏休み目前、学校の生徒たちは全員期末テストに追われていた。この学校では、前期期末の結果が夏休み中に学校用端末で発信されることになっている。この学年の上位勢は、中間テストの成績トップであるクローバ・エリッツ打倒のため燃え、勉強を嫌う者たちは嫌々と叫びながら当日を待つ日々であった。
「・・・」
しかし、肝心のクローバはまだサクラとの距離の本当の解決ができていなかった。今はペンを握りはしているが、テストに向けた勉強が全く捗らず、その心は常に不安でいっぱいだった。
〈数日前・サクラの部屋〉
事件から日は経っても、いつもの関係から来る安心感が感じられない。クローバは数日おきにサクラに機嫌が悪い理由を聞いて関係を改善しようと試みていた。
「なあサクラ、俺に気に入らないことがあるなら正直に言ってよ...?何も言ってくれないと俺もどう接していいかわからないよ...」
「だから私はどうも思ってない...それに、もうすぐテストでしょ...?」
「...絶対に大丈夫じゃない、俺にはサクラが怒ってるように見えるよ」
「あれはもういいの...あなたと私は違う生命なの、当然でしょう...?」
何度も理由を考えた、でも本当に自分ではわからない。だとしても、こんな気持ち他の人には絶対にわからない。正直もう手詰まりだ。
「はぁ...なんであんなに俺と距離を取りたがるんだよ、俺のこと嫌いになったのか...?でもなんでだろう...」
昼休み前の授業が終わっても、その場から動かずに黙り込んだままだった。そんな彼の横に、友人が手を肩に置いた。
「クローバ...放課後駅前の公園に行くよ。僕にはどう考えてもクローバが苦しんでるようにしか見えない、嫌と言っても連れて行くからね?」
どうしてそうなるんだ、もうこのまま放っておいてほしいのに。でも、このセインの顔は本気だ、こんなのもう従うしかなくなったじゃないか。
「...わかった」
〈サクラの部屋〉
当の本人も、クローバとの不安定な関係に心苦しさを抱えていた。
「・・・」
二人の様子の変化は、さすがの親も勘づいていた。実の息子と事情を抱えた少女が男女の関係に近づいていくのも、気づかぬふりをして陰ながら応援していたが、そんなラブラブな雰囲気を漂わせていた二人の関係に曇りがかかっているのは、親にとっては見過ごせない重大な事件であった。今日は平日だが、母は休みを取っていた。
母・スペイドは元気のない子どもたちのために慣れないケーキを作っていた。普段は息子たち...クローバとその兄・ダイアの誕生日にしか作らないのだが、保護者として子どもの機嫌を少しでも良くしようと、特別にふるまおうとしていたのだ。
「サクラちゃん、今日は珍しくケーキを作ってみたの。二人が帰ったら四人で夕食後のデザートにしようと思うんだけど、クリームの味見してみない?」
「...いえ、食後の楽しみにします」
このように彼女は言っているが、その顔に嬉しさの感情はなかった。案の定弱いサクラの声を聞いて、味見用に取った小皿をテーブルに置き直した。
「...ねえサクラちゃん、今まで子どもの関係には親として何も言わないつもりだったけど...今の二人は辛そうに見えるよ?」
「...えっ?」
「あの子と何がきっかけで話さなくなったのか、教えてくれる?」
「・・・」
「ダメ?」
「クローバの...言ったことが。でも私は本当は...」
いくら保護者とはいえ、相談したところで自分の気持ちを理解できる人間などいるはずがない。自分はあくまでクローバという少年によって、この家にいるだけである。非現実的な”天使”に関わった存在と知っても、最初から同じ態度で接してくれていたが、付き合いが長くなれば特別な存在としての意味が良くも悪くも薄れる。別に天使だから特別扱いをしてほしいわけではない、でも彼の最近の態度を見ると愛想をつかされている気がしてならなかった。あの言葉を聞いてから...どうあっても私と彼は違う生命なんだと、はっきりさせられた。自分自身は認めているつもりだ、でも彼にとっては違った...認めてもらえなくて、本当は悲しい。
「そう、あの子にもちゃんと言ってやらないと!サクラちゃん...もしも自分のことで悩んでいるなら、ーーーにも話してみない?」
それを聞いたサクラは、少し顔が上がった。
「...ーーーに?」
「そう、どうせなら悩みはしっかり聞いてもらう方がいいでしょ?ここは私を信じて、一度行ってみましょう?」
「でも私はクローバに冷たく...」
自分がひどく怒ったようにしてクローバを困らせた自覚もないわけじゃなかった。
「今はあの子のことはいいの!さて、クローバに置手紙書かないと...」
クローバの通う学校は、今日確かに登校日だったが、テスト本番が入る週だったため早上がりだった。セインに連れられたクローバは、学校の入り口付近でセインに引っ張られていた。たくさんの学生が密集している中、いち早く靴棚に到着した。
「クローバ、今日は僕たちだけじゃなくてもう二人呼んでるんだ」
「...二人も?俺の気分転換より自分の勉強に時間を使った方が絶対にいいよ、特にお前はな」
「精神疾患でも患ったらこっちが困るの!...ほら、来たよ?」
「...なんだお前たちか」
カナスとユーアだった。どうやらセインが同じ部活のメンバーと知っててアポイントを取ったに違いない。しかし今回はかなりの大がかりのようだ。
「”なんだ”とはこれまた失礼な言い方だな?...一応オレだって、事情を知ったからには協力するって決めたんだよ」
「クローバ君がいつまでもそんなじゃわたしたちだって安心できないのよ」
「・・・」
「それにわたし、サクラちゃんの気持ちなんだかんだでわかった気がするの」
「...ぇえっ?」
「当事者であるあなたの気持ちは理解できる。でもあなたは心の底で、彼女と自分の違いを見出しているままなのよ」
彼女の気持ちが理解できるとは、一体何を勘違いしているんだ?そんな簡単に他の心の気持ちがわかってたまるものか。
「...そんなことができたら苦労しないって」
「まずいいから、公園であなたにはわからなかった答えを教えてあげる」
四人は問題なく公園までたどり着こうとしている。しかし会話は一切ない、背中がやや丸くなっているクローバを、セイン、カナス、ユーアの三人の視線が焦点を絞って離さなかった。
中にはちょうど四人が収まりそうな、木製の屋根付きテーブルが置いてあったので、ゆったりとそこに座って会議ともとれる会話を始めた。
「なあユーア、さっきサクラの気持ちがわかるって言ったの...本当なのか?」
「うん、順番に話すけど...まずひとつあなたに言えることがありますね?」
「...なに?」
「あなたには”女心”がなにもわかってない!」
「はぁ?!」
何かと思えば、いきなり人を罵るようなことを言ってきた。
「言えてるね」
「ああ、言えてるな」
加えて誰もユーアの発言を撤回させようとする味方はここにはいなかった。
「お前たちまで...からかうつもりだったんなら帰る!」
「待ってよクローバ!」
「嫌だ!」
「いいかげんに自分の失言に気づいてよ、このバカ男!」
「!!!」
(...今、あのセインが”バカ男”って言った?)
今までセインとは本当に一番の親友と言って過言ではなかった。彼は他人のことを基本悪く言ったり、陰口をたたくような人間じゃなかった。”今”までは。
「おい...今なんつった、え?!」
「”バカ男”って言ったの!...聞こえなかったなら何度でも言うよ!」
「チッ...!」
確かに言いたいことを口に出すことは大事なことだと自分でも思ってる。でもそうまじまじと言われると腹が立つ、なんでこんなやつらに大口叩かれなきゃならないんだ...意味が分からない。
「前にクローバ言ってたよね、”どうして言いたいことを口にして言わないのか”って。でも、すべて口で言うことは間違ってるよ?」
「...どういうことだよ?」
「もう答えが出ちゃったから言うけど、クローバ君...あなたはわたしたちなんかよりも頭がいいのはわかる。でもそれを自覚しているからこそ、わたしたちのような人を心のどこかで見下している節がある!」
「つまり自分のことだからきちんとわきまえられていると過信していたが故に、自分で自分の失言に気づくことができないまま、サクラちゃんにとって不安になる発言をしたんだ。...これでもわからないマジのバカ男じゃないよな?」
「・・・」
”どうして人間は言いたいはずのことを口にして言わない?死ぬわけでもないのに”
セイン、カナス、ユーア、そのほかの同級生、果てには両親まで信用せず、さらにサクラにまでしつこく追い返される始末。自分は今まで正しいと思ってきたことをやったつもりだ。それでも俺は人間、間違いがあることを認められなかった。特に人間関係のは、16の俺では理解のできない難問だったようだ。
「・・・」
「僕が思うに...サクラちゃんはきっと、自分の存在について悩んでるんじゃない?」
「...俺はバカだから、そんなこともわからない。頼む、答えをもう言ってくれ」
「いいよ、もう一度事件当日の発言思い出してみなさい?答えはそこにある。」
だから...俺だけじゃダメなんだよ...!俺がサクラに言ってがっかりさせてしまったタイミングは、ええと...俺は天使の能力らしき現象を体験して、事件が起きて、ショックは全員受けてたけど普通に帰って、博士のところにいって能力のことを相談して、俺は自分が天使であることを認められなくて、博士を困らせて、それから家に帰って...おかしい、家に着いてしまった。もう一度よく思い出せ...
何度も家について苦戦した。ずっとひとりで頭の中をグルグルして、一時間は軽く要した。他の三人も決して彼の邪魔をしないように、だれもネットの世界に飛ぶこと無く、静かに黙ったまま見つめていた。
そしてついに反省と必死さが神様に伝わったのか、とある言葉が脳に浮かんだ。
”はい、僕が望んだわけじゃないのに...どうして急にこんなことが?”
「ああっ...」
わかった瞬間、なぜか涙があふれてきた。
「ようやく思い出したらしいな」
「どう、サクラちゃんと仲直りできそう?」
「うぅっ...!」
「まだ時間あるし、クローバの家まで僕たちも一緒に行くよ。もちろん、正直に話すときになったら帰るからさ」
セインはクローバの涙を見て優しく語りかけた。
(クローバ、本当にサクラちゃんのこと”好き”なんだなぁ)
Tips:エリッツ家
・クローバ・エリッツ:高校一年の16才ながら武術・魔法共に能力が非常に高い。ウィルシティの高校には入らなかったが、グレードカテゴリーのランクインも引けを取らないと思っている。サクラと出会って「天使計画」を知り、ツーリス軍が秘密裏に進めているこの計画を止めたいと願い、室町博士と協力してプランを練っている。
・ハアト・エリッツ:二人の息子の父。作中名前が全く上がらなかったが、サクラのことを快く受け入れている。研究者として働いており、帰りが遅くなることがよくある。クローバの「天使計画」への干渉の準備をしている事実を知らない。
・スペイド・エリッツ:二人の息子の母。作中名前がほぼ上がらなかったが、サクラのことを快く受け入れている。室町博士とは知り合い。父同様にクローバの「天使計画」への干渉の準備をしている事実を知らない。
・ダイア・エリッツ:クローバの兄。弟同様に能力が非常に高く、現在は推薦で入ったウィルシティの大学に行き、一人暮らしをしている。「天使計画」には関わりを持っていないが、室町博士と知り合いのようで、クローバが博士と初めて出会ったときには自分のことを「ダイアから聞いてないのか」と言っていた。実家の空き部屋は現在サクラが使っている。




