10.通さない喉
…今まで深く考えたことが無かったが、サクラが天使に近い存在と接触しそうになると鳴るという頭に響く音、それ以外に鳴るタイミングはあるのだろうか?そもそも天使にはその機能が存在するのだろうか?
そう考えたとしても、ひとつ絶対に引っかかることがある。自分自身だ。頭の響きを経験した存在である以前に俺は人間だ。最初の仮説を通せば、俺は『天使に近い存在』であることになってしまう。
天使計画とその内容を断片的とはいえ知っている身からすれば、自分が天使に近しい存在だとは絶対に信じたくなかった。
アイスのフレーバーであるパイナップルのすっぱさとメープルの甘さがいつもより弱い気がした。
(サクラは危険を感知するごとにこの音を聞いていたとなると、不安で仕方ないよな…)
サクラも何事もなかったようにいつも通りに振舞っているつもりなのだろうが、今の俺にはどこかで不安を感じている風にしか思えなかった。
「さっきから二人してなんでそんな悲しそうなのさ、もしかして僕注文間違えたかな?」
「いや、そうじゃないんだ。二人でこれまでのことを振り返ってたら、な?」
「もう、せっかくの買い物なのに悲しいこと考えすぎだよクローバ。まるで今日何か自分の身に何か起こるかわかってるみたいな感じになってるよ?」
(…ん?)
それを言われて頭の中で何かと何かがつながりそうな気がして、なんのことだろうと一生懸命に考えた。今、とてつもない難問の紐がほどけそうだと落ち着きがなくなってきた。
ーーーキィーン!ーーー
皮肉にも、さっきと同じ高音の無機質な音が再び鳴って答えがでた。
「キャー!!!」
「あ…あなた、大丈夫ですか?」
「おい、あんた救急を呼んでくれ!俺は警察に連絡するから!」
突然、少し遠くから数人の悲鳴が、そして時間が経つにつれて大人数のザワザワとした小声の集合体が耳を刺激してきた。
(…そうだった。俺の仮説が正しいとして、天使の頭の中でさっきの音が響くことは、近くに危険が迫っている証拠になる。そして同時に、俺は天使の特性を持った存在である可能性が出てきた)
「…なんだろう?救急と警察を呼ぶってかなりの大事なのかな?…二人とも、ちょっと何が起こってるかだけでも見てみようよ!」
そうだ…まだ希望を捨ててはいけない。ただ事件を装った演劇かもしれないし、防犯訓練の可能性だって十分にあるはずだ。
「サクラ、大丈夫か?」
「…はい」
三人とも丁度アイスを食べきったタイミングで現場に向かった。その時にはすでに警察がいて、救急車のサイレンも着いてはいなさそうだが聞こえる。
人だかりを抜けて、クローバとセインが先に現場である狭め通路の状況を目にした。そこにいたのは…
「なっ、なにこれ…?」
「…死んでるのか?」
(死体なのだろうかこれは…?)
中年男性の倒れている。数人の目撃者と警察が対応をして、どうにか命をつなぎ留める動きをしていた。二人で呆然と立っていると、遅れてサクラが合流した。
「…!!」
またその直後、救急隊が到着して男性を運び出した。警察は目撃者と思われる人物に事情聴取をしていた。盗み聞きしたつもりはないが、聴取されている人は全員「突然叫んで倒れた」という共通ワードを使った説明をしていた。
(直接見た人は一人もいないのか、犯人も手際がいいな)
「君達、今日はここで買い物をしていたのかい?事件のこと、何か知りませんか?」
一人の警察が三人に近づいて事情聴取を行おうとしていた。
「あっ、はい。僕たちも後から来たので詳しいことはわからないんですが…」
「そうか…」
警察が諦めたように去ろうとするが、どうしても気がかりなことがあった。こういう時、人間は体が勝手に動くものなんだと自分で感心していた。
「警察さん、少しいいですか?この事件か事故って、まだ真相を直接見ていたという話は誰からも無かったんですか?」
「はい、警察としても現時点でこれ以上は出来事の解決が進まないと見ています。ですので、もうじきTIMERを呼ぶつもりです。」
「…あのTIMERを?!」
「はい…?」
「気になったことがあるので、話してもいいですか?」
「…クローバ、気になったことって言っても、犯人の痕跡が全くわからないんだよ?」
「いや、引っかかってる」
「…ぜひ聞かせてください!」
(言われなくてもこれから言う。それにしても気になることが俺にとっては気になることが山ほどあるんだが、警察は誰も気になっていない様子で、それはそれで問題な気がする)
…もしかして今の俺、天狗になっているのか?少なくとも今現場にいる警察の誰よりも知能が勝っている気分になっているのは事実だと思うが、心の中でそう考えて勝手に恥ずかしくなってきた。
「まず、さっき倒れていた男性から全く血が見えないんですが?」
「…?確かにそうですね…」
「少年!中々いいところに目を付けたな」
「あ先輩、どうしたんですか?」
「今事情聴取しているのはお前だけだぞ?」
「え?」
「いいよいいよ、仕事熱心なのはいいことだ。んで少年、血が出ていないことにすぐ気づくのはいい目をしているな」
「そんな…でしたら、魔法を使って体の内部から異常状態にされた痕跡とかは?」
「残念ながら」
「まだ聞きたいことがあります。事件発生時に一番近くにいた人ってどこにいました?」
「丁度目の前のアクセサリー店のお客さんだったな」
口調からさっきの警察の上司と思われる人物…ただモノではない、俺の脳がそう言ってる。…どうでもいいのだが。
「そのアクセサリー店の人にもお話は聞いたんですか?」
「ああ、何も知らないって言ってたはずだ」
「そうですか…それと男性が運ばれた時、彼はどんな表情をしていましたか?」
「そんなこと聞いてどうするんだ、意識がないんだから無感情に見えたが…」
(やっぱり警察もそこまでは見てないか)
「...わかりました。そういえば、被害者の男性ってどこの病院に運ばれたか知っていますか?」
すると、警察たちの顔が少し険しくなっていることに気が付いた。だが、ここで引き下がると激しい公開に襲われるような気がしてならなかった。
「君、被害者に会わせろなんて言わないだろうな?」
「...はい、でも警察や医者に迷惑はかけないことを絶対に約束します」
「それで俺たち警察が”はい”と言うと思ったか?悪いことは言わないから諦めろ」
「...わかりました。サクラ、セイン、行こう」
「...クローバ?」
クローバが現場から離れても、二人は彼が何を考えているのかわからないままついていくことしかできなかった。セインは心の中でもう彼を止めることは無理だろうと諦めていた。
それから、三人は会話が全く飛び交わないまま、合意だけして室町博士の研究室に出向くことにした。
コンコン...
『どうぞー』
「失礼します、博士」
「おう、クローバ君じゃないか?サクラちゃんと...今回はお友達の紹介かな?」
「彼はセイン、僕の同級生です。確かにセインと博士が会うのは初めてかもしれませんが、僕の目的はもう少し重たい話になります」
セインは震えた小声でクローバに話しかけた。
「ねえ...クローバ?この人、もしかしてあの室町良博士?!」
「うん、そうだけど?」
「こんなすごい人、なんで今まで黙ってたの!」
「知るか、セインは俺の悩み相談をしてくれるだけでも十分ありがたいと思ってたんだ」
セインの興奮がここまで跳ね上がることは全くの予想外。加えてイライラしているせいか、そんなことを気にかける余裕がなかったようだ。それを察した博士が、またハーブティーを出してくれた。
「...なるほど。要は今回の事件や他の危険が起きる前、予兆のタイミングでその『高音の無機質な音』が頭に響くのは、天使や実験の被験者の特徴なのか知りたいってことか?」
「...はい、サクラも同じ感覚だったではと気になります」
「...その本人は、クローバ君の感じ方に共感できるのか?」
「はい、私も同じ体験を何度もしています」
同じ...サクラとお揃いを持つことは嬉しいが、天使に関するものは逆だ。ちっとも嬉しいと思わない。
「クローバ君、その音を聞いたのはその時が初めてか?」
「え~っ...今まではそんなことなかっ...」
「!!」
クローバ・エリッツに記憶のフラッシュバックが起こった
(いや、あった!家族四人でドライブに行って、滝の近くでサクラと二人きりのとき...あの無機質な高い音が、確かに頭に響いた!)
「一度だけ...その時は近くの工事の音だと納得していましたが」
「痛かったか?」
「痛みは感じませんでした、音だけが突然鳴りだすんです」
「そんなこと初めて聞いたぞ...実験を受けていない”純人間”が被験者と同等の能力を持つケースは一度もない。だから疑問が晴れずに心苦しいかもしれないが、私からは何も言えない...すまんな」
そうだよな、博士が知らないことなんだ、だったら俺にもわかるはずがない。でも、純人間が天使や失敗個体と同じような力を持つことは、本当にありえるのだろうか?それとも、天使に関する能力者のそばにいると、近くにいる人間は一時的に力を分け与えられるのだろうか?
「いえ、また何かあったら伝えに来ますね?」
「私もヴィダルや帆友生君にその件は相談してみようと思うんだが、いいかな?」
「はい、僕が望んだわけじゃないのに...どうして急にこんなことが?」
「・・・」
「...どうしたのサクラちゃん、具合でも悪い?」
セインに言われて気づくと、サクラが何やら不安そうな顔をしてクローバを見つめていた。
「サクラ、俺は大丈夫だから。一回家に帰ろうか?」
珍しくクローバの質問に黙ったまま頷いた。最近はクローバに対しては良く声を聴かせることが多くなったが、やはりまだ人間の一般的な暮らしに慣れ切っていないのかもしれない。
「では博士、失礼しました」
「ああ。」
家に帰ると、過保護な両親にサクラの様子がおかしいと伝えたが、今回はなぜかそっとしておけと言われるだけで何も起こらなかった。...そうなのか?どう見ても様子がおかしい、心をまた閉ざし始めたようにも見える。
(サクラ、もしかして何か新しいことでも思い出したのか?だとしたらどうやって彼女から聞き出そう...いつもはもう少し話しかけやすかった覚えがあるが、同じ生きる生命だ、こういうときもあるか)
こうしてクローバは、落ち込んでいるサクラに心を開き直してもらおうとするのだった。
Tips:特別事態調査部隊TIMER/タイマー
12の国全てに存在する組織で、警察のみでは対応しきれない事件や過去に事例の無い異常といった、特別な事態が発生したタイミングでのみ出動する、警察系の最上位部隊。そのメンバーの多くは警察のエリートから選出されているらしいが、ウィルシティのグレードカテゴリーのトップランカー卒業生やスポーツ等の世界規模の大会で入賞経験のある人物にもスカウトが来ることもある。




