第89話「議会議員を辞めてね。何か面白いことをやりたかったんだよ。」
拍手は止まらない。
パチ。
パチ。
パチ。
夜の静寂に、不気味な音だけが響き続ける。
暗闇の中から、一人の男がゆっくりと歩み出た。
血で赤く染まった左手。
優しそうな笑顔。
まるで近所の父親のような穏やかな雰囲気だった。
しかし、その足元には無数の骸骨が跪いている。
「いやぁ、感動したよ」
男は笑った。
「小さな女の子を助けるなんて、まさにヒーローだねぇ」
ヤヤは銃口を男へ向ける。
「……蔵内イサム」
男は嬉しそうに目を細めた。
「おや。」
「僕のことを知ってるのか。」
「ジャスティスかい?」
「だったら話が早い。」
ヤヤの瞳が鋭くなる。
「五年前のホテル爆破事件。」
「お前らが犯人だな。」
イサムは肩をすくめた。
「そうだよ。」
「あれは僕らだ。」
あまりにもあっさりと認めた。
まるで昼食のメニューでも答えるような軽さだった。
「……っ」
ヤヤは奥歯を噛み締める。
イサムは続けた。
「二百七十八人だったかな。」
「いや、二百八十一人だったかな。」
「まぁ、忘れちゃった。」
その笑顔は、一切崩れない。
「どうしてあんなことをした。」
ヤヤが低く問う。
イサムは少し考える素振りを見せた。
「うーん……。」
「暇だったから。」
「……は?」
「議会議員を辞めてね。何か面白いことをやりたかったんだよ。」
「炎が上がって。」
「悲鳴が響いて。」
「ガラスが降って。」
「人が逃げ惑う。」
「最高の花火だったな。」
ヤヤの拳が震える。
「貴様……!」
「それにね。」
イサムは足元の血だまりを見つめる。
「人間って面白い。」
「昨日まで笑ってた人が。」
「次の瞬間には死体になる。」
「その境界線を見るのが好きなんだ。」
「だから僕は、人を殺す。」
そこには思想も、復讐も、信念もない。
純粋な"嗜好"だった。
ヤヤは静かに息を吐く。
「理解する気もない。」
「そう?」
イサムは残念そうに笑う。
「ジャスティスの君なら分かってくれると思ったんだけど。」
「断る。」
「そうか。」
イサムは小さく頷いた。
「じゃあ――」
その瞬間。
イサムは何の前触れもなく、自分の右腕へナイフを突き立てた。
ブシュッ――。
大量の血が噴き出す。
しかし男は笑っている。
滴り落ちた血が石畳を染めた。
その血が、生き物のように蠢き始める。
ズズズズズズ……
血だまりが盛り上がる。
一本。
二本。
十本。
白い腕が地面から飛び出した。
ガコッ……
ガタガタガタ……
十体。
二十体。
五十体。
骸骨が次々と立ち上がる。
その数は、一瞬でヤヤを包囲した。
「紹介しよう。」
イサムが両腕を広げる。
「僕の家族だ。」
カタカタカタ……
骸骨たちは一斉にヤヤへ顔を向けた。
赤黒い眼窩が妖しく灯る。
イサムは微笑む。
「さぁ。」
「遊ぼうか。」
その一言を合図に――
カタカタカタカタッ!!
数十体の骸骨が、一斉にヤヤへ殺到した。
地面を蹴る音が重なる。
四方八方。
逃げ場はない。
しかし――
ヤヤは一歩も動かなかった。
右手に握る闇の銃を静かに構える。
瞳だけが、骸骨たちの動きを追っていた。
(右、七体)
(左、五体)
(正面……十)
(後方にもいるか)
ほんの一秒。
すべての位置を把握する。
ヤヤは小さく息を吐いた。
「――消えろ。」
引き金を引く。
パンッ!!
放たれた黒い弾丸は空中で形を変えた。
一本の弾丸が、十数本の黒い棘へと分裂する。
ドドドドドドドッ!!
骸骨の頭蓋を正確に撃ち抜き、十数体が一瞬で砕け散った。
「ほぉ……」
イサムが感心したように目を細める。
「面白い銃だね。」
ヤヤは返事をしない。
次の瞬間、二十体近い骸骨が同時に飛びかかる。
「遅い。」
パンッ。
パンッ。
パンッ。
乾いた銃声だけが響く。
撃つ。
避ける。
撃つ。
撃つ。
骸骨が次々と崩れ落ちる。
頭部だけを正確に撃ち抜く神業。
一切無駄のない動きだった。
しかし――
ガコン。
ガコン。
ガコン。
倒れた骸骨の後ろから、さらに新たな骸骨が現れる。
二十。
三十。
五十。
「……チッ。ウゼェな」
「使い捨ての家族ってか」
初めてヤヤが舌打ちした。
倒しても。
倒しても。
数が減らない。
イサムは楽しそうに笑う。
「気付いた?」
「僕の血がある限り、この子たちは何度でも生まれる。」
そう言うと、自らの掌をさらにナイフで切り裂く。
ブシュッ――。
鮮血が噴き出す。
ズズズズズ……
再び地面が盛り上がる。
新たな骸骨が何十体も這い出してくる。
その光景は、まるで地獄そのものだった。
「さぁ。」
「まだまだ遊べるよ。」
「……くだらない。」
ヤヤは低く呟く。
「命を玩具にする奴は嫌いだ。」
次の瞬間。
ヤヤの姿が消えた。
「なっ?」
イサムの瞳がわずかに見開く。
ザンッ!!
骸骨の群れをすり抜け、一瞬で十数体を蹴散らす。
ヤヤはイサムの目前まで肉薄していた。
「速っ――」
パンッ!!
黒い弾丸がイサムの眉間へ向かう。
しかし。
ガギィィン!!
一体の骸骨が身を投げ出し、その弾丸を頭蓋で受け止めた。
骨が砕け散る。
だが、その一瞬で十分だった。
イサムは後方へ飛び退く。
「危ない危ない。」
「今のは本当に死ぬところだった。」
笑っている。
心の底から楽しそうに。
「やっぱり君は最高だ。」
「殺し甲斐がある。」
イサムは両手をゆっくり広げた。
「だったら――」
「もっと増やそう。」
その瞬間だった。
ゴボッ。
ゴボゴボゴボッ――。
イサムの足元だけではない。
周囲数十メートルの地面という地面から、一斉に血が噴き出した。
「……っ!」
ヤヤの表情が変わる。
血だまりは無数に広がり、そのすべてから骸骨の腕が突き出してくる。
一本。
十本。
百本。
数えることすらできない。
カタ……。
カタカタ……。
カタカタカタカタカタッ!!
骸骨の軍勢は、もはや「群れ」ではなかった。
それは――
軍隊だった。
ヤヤはの銃を握り直し、静かに息を吐く。
「……なるほど。」
「数で押し潰すつもりか。」
イサムは満面の笑みを浮かべる。
「君は強い。」
「だから正々堂々なんてしない。」
「勝てばいい。」
「それが悪人だからね。」
そう言って、イサムはゆっくりと右手を振り下ろした。
「殺せ。」
その命令とともに――
数百体もの骸骨が、一斉にヤヤへ雪崩れ込んだ。




