第70話「先輩の背中」
砕け散ったブレスレットを、ケイは一瞥した。
床に散らばる欠片は、もう何の光も帯びていない。
ケイは銃を軽く回し、淡々と言う。
「そのブレスレットが壊れた以上――もう人形は再生しない」
その言葉に、遊佐カオリの瞳が大きく揺れた。
「……っ」
初めて、はっきりとした動揺が表情に浮かぶ。
視線が、ケイから――その隣へ。
金のポニーテール。
静かに佇む、蒼い瞳の女。
「……茜坂……夫婦……」
声が、震えた。
エクリプス内部で何度も共有された名前。
最優先警戒対象。
「そんな……なんで……このタイミングで……」
シルファは、微笑まなかった。
ただ、氷のように冷たい声で言う。
「……遊佐カオリ」
一歩、前へ。
「あなたは罪のない人を殺しすぎました」
蒼い瞳が、細くなる。
「その命で償ってもらいます」
ケイは一歩前に出て、背後の二人に声を投げた。
「カイト、ユウヒ」
振り返らずに言う。
「ここから先は――俺とシルファがやる」
カイトが目を見開き、すぐに苦笑した。
「正直、助かった」
ユウヒも息を整えながら、苦笑交じりに言う。
「いや~……これはもう、出番ないやつだね。
ていうか、これ以上いたら邪魔になりそう」
ケイは肩越しに、わずかに笑う。
「よく持ちこたえた。
ジャスティスの名に、恥じない戦いだったぜ」
その言葉に、ユウヒはほっとする。
「……先輩にそう言われると、報われるなぁ」
カイトは煙草を咥え直し、静かに言った。
「……後は、見学だな」
その瞬間。
ガシャン、と音を立てて――
再生し停止していた人形たちが、再び動き出した。
「まだ……この数なら私が有利」
カオリの言葉にケイは、動じない。
銃を構える。
「数がどうした。
全部壊せばいい話だ」
次の瞬間。
ケイの銃口が、紅蓮に燃え上がった。
「――フレアバレット」
引き金。
放たれた弾丸は、一直線ではなかった。
空中で弾け、炎の散弾となって降り注ぐ。
爆炎。
一体、二体――
人形が内部から焼き切られ、崩れ落ちる。
同時に。
シルファが異能のナイフであるアズールナイフを両手に生み出し一歩前へ。
静かに腕を振る。
「――ブルーバード」
蒼い斬撃が、鳥のように空を裂いた。
音もなく飛翔し、複数の人形を一息に切断。
切られた瞬間、
遅れて崩れる――それほどまでに鋭い。
「シルファ!俺が奴らの動きを止める!」
ケイは自信に満ちた表情でシルファに言う。
「はい!!任せて下さい!!」
シルファが返事をした瞬間。
ケイが撃つ。
炎で人形の動きを制限。
シルファの斬撃が、その“止まった瞬間”を正確に穿つ。
炎と蒼。
破壊と断絶。
完璧な連携。
「……は、はは……」
カイトが乾いた笑いを漏らす。
「あの数を一瞬で……
レベルが違いすぎるだろ……」
ユウヒも呆然と呟いた。
「……これが、最強……」
ケイが、前を見据えたまま言う。
「力ってのはな――
“守る覚悟”と“終わらせる覚悟”が揃って、初めて完成する」
シルファが、淡々と続ける。
「迷いがある刃は、鈍ります。
だから私は――迷いません」
最後の人形が、崩れ落ちた。
静寂。
瓦礫の中に、遊佐カオリだけが立っている。
震えながら。
「……来ないで……」
ケイが、ゆっくりと近づく。
その目は、怒りも憎しみもない。
ただ、終わりを告げる目。
「……聞け」
カオリが顔を上げる。
「トワなら――もういない」
「……え?」
「俺が殺した」
淡々と、事実を告げる。
「だから、もう従う必要はない」
銃を下ろし、静かに言った。
「……安らかに眠れ」
カオリの瞳から、力が抜ける。
「……そう……なんだ……」
次の瞬間。
風を切る音。
――シルファの刃が、閃いた。
「……さようなら」
蒼い一閃。
首が落ち、音もなく転がる。
完全な終幕。
シルファは刃を消し、振り返る。
「……ケイ」
「終わったな」
「はい」
わずかに微笑む。
「ジャスティスの前に立つ敵は――
私が、全部斬ります」
ケイは肩をすくめる。
「頼もしいな」
カイトは、倒れ伏す瓦礫と、二人の背中を見つめていた。
しばらくして、煙草を指で弾き、静かに言う。
「……なあ、ユウヒ」
「ん?」
「俺たちさ……
とんでもない人たちの背中、見て戦ってたんだな」
ユウヒは苦笑し、少しだけ肩をすくめる。
「うん……
正直、あの人たちが“本気で敵に回った世界”って、
想像したくもないや」
少し間を置いて、前を見る。
「本当にさぁ」
ユウヒは、はっきりと言った。
「――味方でよかった」
カイトは一瞬だけ笑い、深く息を吐く。
「違いねぇ」
煙が、静かに夜に溶けていく。




