第69話「月下人形劇、介入者現る」
「……この異能の気配」
遊佐カオリは、ゆっくりと視線を巡らせた。
人形たちではなく、カイトとユウヒ、その“内側”を測るように。
「やっぱり、そうだよね。
ジャスティス……でしょう?」
静かな声だった。
だが、その一言で空気が凍りつく。
カイトは眉をひそめ、タバコをふかせながら一歩前に出る。
「名乗ってもないのに、よく分かるな」
「分かるよ」
カオリは淡々と答えた。
「この街にいる人間とは、質が違う。
まるで――“選ばれた側”の匂い」
人形の一体が、ぎこり、と首を傾ける。
それに呼応するように、他の人形たちも一斉に動きを止めた。
カオリの視線が、今度はユウヒに向けられる。
「……あなた」
その目が、わずかに細くなった。
「前に会ってる」
ユウヒの心臓が、どくりと跳ねる。
「……」
何か言う前にカオリの口から答えが落ちた。
「日和山。あの時、……お兄ちゃんのことを知っている人と一緒だった」
ユウヒは思わず息を呑んだ。警戒した様子でカオリの目を真っ直ぐ見る。
「へぇ……私のこと覚えてたんだ」
忘れるはずがない。遠くで感じた、ぞっとするほど冷たい視線。
彼女はヤヤの親友の遊佐アキトの妹。
だがヤヤからはもう二人とも亡くなったと聞いていた。
カイトが一歩、強く踏み出す。
「――遊佐カオリだな」
カオリは、否定もしなかった。
ただ、ゆっくりと首を傾ける。
「そう呼ばれてる」
「やっぱりな」
カイトは周囲を一瞥する。
動かない人形たち。
沈黙した商業施設。
生き物の気配が、何ひとつない空間。
「お台場が妙に静かなのは、お前の仕業だな?」
問いかけは、ほとんど詰問だった。
「この人形……まさか全員、元は“人間”か?」
遊佐カオリの口元が、ほんのわずかに歪んだ。
「そうだよ。私達の計画に邪魔な存在は皆殺しにするようにトワ様に言われたから」
「それで無差別殺人ね……てめえには善悪の区別ないのかよ」
カイトはカオリを睨み付けながらそう言う。
それに対してカオリはまるで罪を何も感じていないかのように微笑む。
「トワ様の命は善……だからあなた達も殺すね?」
同時に。
人形たちの指が、一斉に――カイトとユウヒを指し示した。
「くるぞっ!!ユウヒ!」
「うん!わかってる!」
ユウヒの右手に、淡い緑光が灯る。
空気が軋み、花弁のような粒子が舞い上がる。
音もなく形成されたのは、深緑の拳銃。
《フローラ・モルティス》。
ユウヒは、銃口を人形の群れへ向け――小さく息を吸った。
「――ローズ」
引き金。
放たれた弾丸は、赤い残光を引きながら飛翔する。
命中した瞬間、弾丸は内部で炸裂し、鋭い花弁状の破片が内側から人形を引き裂いた。
「っ、硬い……でも!」
「上等だ」
カイトはタバコを咥え、火を点ける。
煙が吐き出された瞬間、それは“自然現象”ではなくなった。
「――《スモーク・カーテン》」
濃密な煙幕が、二人を覆い隠す。
人形たちが突っ込むが、視界を奪われ動きが鈍る。
「次――」
ユウヒが銃を傾ける。
「――リリー」
放たれた弾丸は、貫通力を極端に高めた白光となり、一直線に三体の人形を貫いた。
「やるじゃねぇか!」
カイトが低く言う。
指先でタバコを弾く。
「――《ニコチン・ブレイズ》」
煙に火が走る。
視界を覆っていたスモークが、瞬時に燃え上がり、炎の奔流となって人形を薙ぎ払った。
その様子を、遊佐カオリは興味深そうに眺めていた。
「へぇ……」
ぱちぱち、と小さく拍手する。
「ちゃんと分かってるんだ。
この子たちに“触れたら終わり”ってこと」
視線が細まる。
「もし指一本でも掴まれてたら、
あなた達、もう――人形だったのに」
だが――
その言葉と同時。
人形たちの動きが、明らかに変わった。
床を蹴り、天井から落ち、壁を走る。
数が――増えている。
「っ、湧いてきてる!?」
ユウヒが息を呑む。
「チッ……無限湧きかよ!キメェ!」
カイトが舌打ちする。
別の通路、別のフロアから次々と現れる。
「数の暴力、ってやつか」
カイトが低く言う。
遊佐カオリは、楽しそうに微笑んだ。
「知ってる?
“どんなに優れた個も、数には勝てない”って」
人形たちが、四方から迫る。
「戦争も、処刑も、革命も。
全部――数が決める」
「クソ理論だな」
カイトが煙を広げながら吐き捨てる。
「ユウヒ!トリガーモードは!?」
一瞬の沈黙。
「……使えない」
「何?」
「さっき藤堂アヤネと戦って使ったばっかり。
血が……足りないの」
カイトは一瞬だけ歯を噛みしめた。
「……そうか」
人形の群れが、ついに距離を詰めてくる。
逃げ場が、削られていく。
そのとき――
「なぁユウヒ」
カイトが、ふっと笑った。
「一発、賭けてみる気はあるか?」
「……え?」
「俺の煙に、お前の花を混ぜろ」
ユウヒの目が見開かれる。
「煙は、形を持たない。
でも――弾丸なら、話は別だ」
一瞬の理解。
ユウヒは、笑った。
「前から思ってたけどさ~カイト君って本当に無駄に頭いいよね」
「無駄は大きなお世話だ」
ユウヒは深く息を吸い、銃口を構える。
「でも……のった!その作戦!」
「ったく!行くぞ!
俺のタイミングに合わせろ!」
カイトがタバコを叩き落とす。
床に落ちた瞬間、煙が爆発的に広がった。
「今だ!!」
「カーネーション!!」
カイトの合図と共にユウヒが引き金を引く。
放たれた弾丸は、煙の中で花開いた。
蔓が伸び、煙に絡み、無数の“導火線”を形成する。
「――咲けッ!!」
次の瞬間。
煙全体が、爆ぜた。
花弁の嵐。
火と緑光が交錯し、人形の群れを一掃する。
破壊。
粉砕。
殲滅。
静寂。
カイトが息を吐く。
「……やったか」
ユウヒも膝に手をつき、笑った。
「勝った……よね?」
だが。
「すごいね。でも――私の勝ち」
遊佐カオリが、静かに言った。
右手のブレスレットが、淡く光る。
次の瞬間。
砕けたはずの人形たちが、音を立てて立ち上がった。
割れた身体が修復され、元の姿に戻っていく。
「……不死身、かよ」
カイトの声が、低く沈む。
「このブレスレットが有る限り
この子たちは何度でも立ち上がる」
人形たちが、再び迫る。
ユウヒは銃を構えようとして、腕が震えた。
「……もう、撃てない」
死を、覚悟した――その瞬間。
――バンッ。
乾いた銃声。
炎を纏った弾丸が、一直線に飛ぶ。
針に糸を通すような、完璧な軌道。
遊佐カオリの右手。
ブレスレットが――砕け散った。
「……え?」
人形たちが、動きを止める。
視線が、一斉に弾道の先へ向いた。
そこに立っていたのは――
「間に合ったみたいだな」
獣のような殺気をむき出しにしながら銃を構えた男。
茜坂ケイ。
その隣には、金色のポニーテールの髪をなびかせる女性。
茜坂シルファ。
「……カッコよすぎだろ」
カイトが呟く。
ケイは、カオリを見据え、静かに言った。
「悪いが」
一歩、前へ。
「人形遊びは――ここまでだ」
窓から差し込む月光が、彼の銃身を照らしていた。




