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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
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【25】そうです、無詠唱幻術です


 飛行用魔導具の翼を広げて高速接近する教え子の姿に、ヒュッターは仰天した。

 まず最初に思ったのは、「こんなところで何やってんだあいつ!」である。そして、ティアがここにいるという事実から、ヒュッターは恐ろしい事態に思い至った。


(……あ、やばい。ティアがいるなら、多分セビルもいる。下手したら他の見習いも……!)


 ティアが何故ここにいるのか? 「ローズの力になるため」「フィンの保護」「セビルの暴走」──理由は幾らでも思いつく。

 そして、ティアがここにいるのなら、十中八九セビルも来ているはずだ。

 見習いはローズ以外村で待機しているから安心だ、と思っていたヒュッターは頭を抱えたくなった。


(何やってんだお前らはぁぁぁ! 後で説教! ……「後で」があるといいな、ちくしょうっ!)


 この状況はまずい。もう何から何までまずいが、一番直近で起こり得るまずい事態は「このままだとティアがジルに殺される。巻き添えで俺も死ぬ」である。


「あっれー? カロンララは何してんの、もー」


 ヒュッターを片手でぶら下げたジルが反対の手をゴキリと鳴らした。

 ティアの飛行用魔導具は強力だが、上位種の魔物に太刀打ちできるとは思えない。それなのに、ティアは真っ直ぐにこちらに飛んでくるのだ。ヒュッターを取り戻すために。どう考えても返り討ちは必至である。


(そうだ、念のため用意しといたアレを……!)


 ヒュッターは袖に仕込んでいたカードを手元に手繰り寄せた。

 重要なのはタイミングだ。どうか一撃で殺されてくれるなよ、それでいて、程々に俺に注目してくれ──と祈りながら、ヒュッターはティアとジルの衝突の瞬間を待つ。

 ティアは器用に高度を調整し、ヒュッターに狙いを定めていた。そのままヒュッターに抱きついて、ジルからヒュッターを奪い取るつもりだったのだろう。だが、それを読んでいたジルは「ざぁんねん」と笑って身を捻る。


(今だ!)


 ティアがヒュッターに注視した瞬間、ヒュッターは口元に人差し指を当て、「内緒だぞ」のポーズをしてから、手元のカードをティアにだけ見える角度でチラつかせた。

 ティアの吊り気味の目が見開かれる。どうやらメッセージは伝わったらしい。

 ヒュッターは手にしたカードを自然な仕草でハラリと捨てて、正門の方を指差した。

 ティアは素早く旋回すると、ヒュッターが落としたカードを器用に口で咥えて正門の方に飛んで行く。その後ろ姿にジルがケラケラと笑った。


「仲間に助けを呼びに行ったのかな? 無駄な努力〜」



 * * *



 ティアはヒュッターが手放したカードを口に咥えて、正門に飛ぶ。

 正門前にいたローヴァイン塔主がギョッとしたように声を荒らげた。


「お前は、見習いの……! なんで、こんなところにいる!?」


「ティア、ごめん! ヒュッター先生を助けられなくて……」


 申し訳なさそうに駆け寄ってくるローズに、ティアはフルフルと首を横に振る。

 そうして口に咥えていたカードを手に取り、皆にも見えるようにした。


「これ、ヒュッター先生の伝言」


『無詠唱幻術使用中』


 きっと、カードを見た者達の頭には「そうです、無詠唱幻術です」と言うヒュッターの姿がよぎったことだろう。

 ローズが目を丸くして問う。


「これってもしかして、ヒュッター先生は……無詠唱幻術を使って、敵陣に潜り込もうとしてたってことかい?」


「多分そうだと思う。ヒュッター先生、わたしと目が合った時、『しー』のポーズしてたから。あれって『内緒だよ』のポーズだよね?」


 大人達はこの場にいるティアへの言及を後回しにし、それぞれの見解を小声で口にした。


「無詠唱幻術ってことは……あの上位種の魔物には、ヒュッター先生が見えてないとか?」


「いや、もしかしたら、仲間の魔物に見える幻術かもしれないぞ」


「でもヒュッター先生、魔物には幻術が効きづらいって言ってなかったか?」


 魔術師達の言葉に、ローヴァインが腕組みをして重々しい口調で言った。


「そう思い込ませるのも、ヒュッター先生の作戦の内だったのかもしれんな。あの人は常に、二手、三手先を読んでいる」


 そう、そうなのだ。ヒュッターはいつも、ティアが考えるよりもずっとずっと先の未来を見据えている。行き当たりばったりの行動なんてしないのだ。

 ……実際は、行き当たりばったりの三流詐欺師が「やべぇ、このままだと吸血鬼にティアが殺される。とりあえずティアに俺は平気だから離れてろって伝えるには……よっしゃコレだ!」と思いつきで行動したとは露知らず、ティア達はヒュッターの行動に胸を熱くした。

 アルト塔主が武器であるフィドルを手に、目を閉じたまま告げる。


「感知の魔術を使ってみた……〈水泡〉に異様な魔力反応がある。魔力炉で異変があったのかもしれん」


「敷地内の魔力濃度はどんな感じかな? 水晶汚染も終わったみたいだし、オレの薔薇要塞でだいぶ薄くできたと思うけど」


 ローズの疑問に、アルト塔主は感知範囲を調整しながら答えた。


「城壁周辺はもうだいぶ薄くなっている。ただ……ムラがあるな。ところどころ、異様に魔力濃度が濃い。特に西の宿舎付近は……なんだこの魔力は……まさか、魔物一匹の魔力、なのか?」


 宿舎付近。ティアはすぐにピンときた。

 ティアは因縁の少女フィーネばかり注視していたが、隣に白い魔物がいたことは覚えている。


「宿舎の近くに、白い魔物がいた。あいつがきっと魔物の王だ。みんなもそこにいる。助けに行かないと」


 あの白い魔物を思い出したら、首の後ろがチリチリしてきた。逆らってはいけない、と本能が告げている。

 それでも、見習いの仲間達がすぐそばにいたのだ。放ってはおけない。


(それに、わたしはまだカイを見つけていない。お姉ちゃんを説得できていない……!)


 カロンララの歌は止まっている。それがやけに不気味だった。まるで、これから起こることに備えているかのようで。


「ティア」


 ローズがティアを呼ぶ。隣の国のすごい魔術師であるらしい彼は、ティアの知るローズらしい態度でティアに言った。


「オレはここを動けない。みんなを頼んでいいかい?」


「ピヨップ! ローズさんも援護お願い!」


 ティアが素直に頼むと、ローズは嬉しそうに笑ってドンと胸を叩いた。


「よしきた、ピヨップ! どんとこいだ!」


 頼もしいピヨップ返しに、ティアはペフフと笑う。

 こんな時でもローズはローズで、それがやけに嬉しかった。



 * * *



 神の子フィーネは空を見上げて、切なく呟いた。


「ティア……」


 あの瞬間、ティアはフィーネを見ていた。真っ直ぐに、激情を煮えたぎらせて。

 途端に、フィーネの胸はキュッと切なく締めつけられた。神の子の心に、人間らしい情動の火が灯った。


 ──嬉しい、嬉しい、ティアが生きていた、ティアが自分を覚えていた、ティアが自分に強い強い執着をしてくれた。


(真っ白な羽も素敵ね、まるで天使様のよう。空を飛んでいるティアは、本当に美しいわ……あぁ、またティアの歌が聞きたいわ。歌ってちょうだい、わたしの可愛い小鳥さん)


 この再会はフィーネにとって運命的であり、極めて重要なものであった。それなのに、不躾にも割って入ったものがいる。ティアはそいつの姿を見ると、フィーネなど目に入らぬとばかりに飛んでいってしまった。


『ヒュッター先生を返せぇぇぇ!!』


(……そう、ヒュッターと言うの)


 本来フィーネただ一人に向けられるべき執着を、横取りした存在がある。

 その存在が、神の子の胸に小さな淀を作り出す。

 排除しなくては。だって、ティアはフィーネの小鳥なのだから。



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