【10】ぽい
その男は、場違いに煌びやかな衣装を身につけていた。繊細な模様を織り込んだ生地に金糸の刺繍を贅沢に施した上着、光沢のあるシルクのスカーフを留めるのは大粒のルビー、靴は一度も土を踏んだことがないのではというぐらいピカピカだ。
そんな煌びやかな衣装に負けないぐらい、男は華やかな美貌の持ち主である。
一目見て、ピンときた。
(あ、こいつ魔物だ)
この状況下で、〈楔の塔〉付近にいて、初対面の相手を「人間ちゃん」呼ばわりする人間など、まずいない。
そういえば、ダーウォック王城に現れた魔物が、こんな感じの容姿ではなかったか。
やばい、まずい、これは死ぬ──そう思った瞬間、その場しのぎに全力な三流詐欺師は、次の行動に移った。
驚きを表情にのせて、やや不躾に相手を指さし、声を上げる。
「あ〜〜〜! はいはい! はい!」
俺、分かっちゃいましたわー。というニュアンスでヒュッターは大袈裟に感動してみせる。
「ぽい! めっちゃぽいっすね!! それ、吸血鬼ジルベールの衣装でしょう? 俺、帝都のオペラ見たんですよ!」
即ち、ヒュッターは「俺は魔物のことなど何も知らない一般人で、たまたま吸血鬼の格好をした兄ちゃんに会ったから、役者と勘違いしてはしゃいでます」というていで、ゴリ押すことにしたのだ。
この時、「吸血鬼っぽい」を強調することで、本物だと気づいていませんよ、とアピールするのが秘訣である。
金髪の魔物は、呆気に取られたような表情をしている──呆気に取られるだけの感情があるのなら、話は通じるはずだ。
ヒュッターは興奮した一般人を装い、捲し立てた。
「俺ね、帝都のオペラハウスで吸血鬼ジルベールの衣装を見た時から、思ってたんすよ。吸血鬼は銀に弱いって設定なのに、銀糸の刺繍しちゃダメじゃね? って……いや、舞台映えが大事なのは分かるっすよ? でも、舞台も衣装も役者も完璧なのに、そこだけが気になって……その点、この衣装は全部金糸! 分かってますね〜」
「えぇ〜分かるぅ!? そうそう、そうなの! 眷属ちゃんに献上させてさぁ」
金髪の魔物がはしゃいだ声をあげる。
ヒュッターは冷や汗の滲む拳を握った。
(よし、食いついた──が、眷属ちゃんとか言うのやめろよ。本物感が出ちゃうだろうが。こっちは「役者相手に話してる、魔物を知らない一般人」のていなんだぞ)
ヒュッターはあえて、目の前の魔物を「吸血鬼ジルベールになりきってる人」として扱い、熱弁を振るう。
「いや〜、クオリティ半端ないっすわー! すっげぇ〜! 近くで見て良いっすか!? うひょー、マジもんの金糸じゃないすか! 最近は銅を金っぽく見せる奴が多いんすけどね、これ本物っすよ〜!」
「そこはこだわりっていうかぁ〜? ほら俺って銀はお肌に合わないから、身につける糸には気をつかうんだよねぇ」
「っは〜、その作り込み良いっすね〜! 吸血鬼ジルベールは、そうでなくっちゃ!」
この魔物、どうやら褒め殺しが有効らしい。
こういう時は徹底的に、おだてて褒めて持ち上げて、気分を良くさせたところで、「や〜良いもの見せていただきました、旅のお方。それではさよなら、お元気で」と爽やかに立ち去るのが一番である。
金髪の魔物はヒュッターの言葉に気を良くしていたようだったが、突然フッと寂しげな表情を浮かべた。
「本当は俺もオペラが見てみたいんだけどねぇ……ほら、俺達って、水晶領域から出られなかったでしょ?」
あー、はいはい、そういう設定なんですね! という顔で相槌を打ち、ヒュッターは微妙に話を逸らす。
「去年の冬の舞台は特に良かったですよ。台詞が原本からアレンジされていて、恋人のジュリアンとの別れのシーンで吸血鬼ジルベールがこう言うんですよ」
語りは詐欺師の得意技だ。ヒュッターは表情と声音を寄せて、その一幕を再現する。
片手を空に掲げ、表情はやや苦しげに。
「──『おぉ、夜の帳よ隠してくれるな、我が愛しい恋人を!』」
表情やポーズだけでなく、感情ののせ方、細かなニュアンスまで再現。
ヒュッターは決して美男ではないし、目立つ容姿でもないが、「それっぽい空気」を作るのは得意だ。「ここにいるのは美しき吸血鬼」という空気を作れば、観客は「理想の美しい吸血鬼」を自分の頭で想像し、補完してくれる。
目の前にいる金髪の魔物もまた、今の一幕でその舞台を脳内補完してくれたらしい。
「えっ……いい……すごくいい! かなりロマンス強めの改変? そういうの俺、好き好き大好き〜」
「第二夜で、ヒロインの兄貴が殺されるシーンがあるじゃないすか? その時、ヒロインは吸血鬼ジルベールを慕う気持ちを捨てきれず、葛藤するって描写が増えてて」
「やだぁ〜、燃える〜!」
「ヒロインの、『貴方は私の夜そのもの』って歌が挿入されるんですけどね、こんな感じに」
流石に女声を完璧に真似ることはできないが、雰囲気を寄せることはできる。
ヒロインが吸血鬼ジルベールに向けた歌を、ヒュッターが歌ってみせると、金髪の魔物は切なげに眉根を寄せて、目をウルウルさせた。
「切ない〜泣けるぅ〜」
俺は今、お前に殺されそうで泣きたいんだが? とヒュッターは胸の内で呟いた。この魔物は気紛れに爪を一振りするだけで、人間を惨殺できるのだ。
魔物はグスンと洟を啜ると、綺麗なレースのハンカチで涙を拭った。
「俺ねぇ、以前お前のダンスを見てるのよ」
「へ」
「あれは秋だったかな? ポッポー! ってやつ」
秋──おそらく、ティア達をつれて課外授業に行った時だ。
あの時のヒュッターは、迷子になったポッポー三号を召喚するために、森の中で一人、ポッポーダンスを踊っていたのである。まさか、それを見られていたなんて!
「あの時は『何あれ〜、変な人間がいる〜』て感じでさっさと帰っちゃったんだけどさぁ、この間のお前のショーは良かったよ。音楽に合わせて、ついつい体動いちゃったもん」
「へ、へへ、そりゃどうも……」
「一番好きなのは『鳩胸に抱かれ、眠れ』ね。あれ良かったぁ〜。また聴かせてよ」
「そりゃ光栄です……」
ヒュッターが一歩後ずさると、金髪の魔物は三歩距離を詰めた。
ゾッとするほど美しい顔が、及び腰のヒュッターを覗き込む。その口元には、人間にしては鋭すぎる白い牙がのぞいていた。
「お前は気に入ったから、俺の従者にしてあげるよ、人間ちゃん──『〈楔の塔〉を裏切り、我が庇護下に入るが良い』」
ここで返事を間違えたら、殺される。
途端にヒュッターの頭脳は高速回転した。この恐ろしい魔物を喜ばせる答えはどうあるべきか?
(今の台詞は原書の『太陽を裏切り、我が庇護下に入るが良い』だな。太陽を〈楔の塔〉に置き換えたってことか。それなら……)
ヒュッターはその場に膝をつき、仰々しく声を張り上げる。
「──『下賎なわたくしは太陽を裏切った貴方様のしもべ。永遠に長き夜の道を歩きましょう』」
これもまた、作中に登場する台詞である。
おそらく、この魔物はオペラや芝居、物語の類が好きなのだ。特に自分が──吸血鬼がテーマの作品だと、殊更気分を良くする。
故にヒュッターは、人間を裏切り吸血鬼に魂を売った男が跪くシーンを再現してみせた。
どうやら、この返しは百点満点だったらしい。金髪の魔物は、それはもう気を良くした様子で頷く。
「お前には、ジルと呼ぶことを許そう。『さぁ、ついてくるが良い、我が眷属よ。夜の帳こそ我が加護である!』」
「ははー、ジル様の仰せのままに」
こうして三流詐欺師は逃走失敗し、ジルと名乗る魔物についていくことになったのである。
敗因は、褒め殺しが効きすぎたことであった。




