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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
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【10】ぽい


 その男は、場違いに煌びやかな衣装を身につけていた。繊細な模様を織り込んだ生地に金糸の刺繍を贅沢に施した上着、光沢のあるシルクのスカーフを留めるのは大粒のルビー、靴は一度も土を踏んだことがないのではというぐらいピカピカだ。

 そんな煌びやかな衣装に負けないぐらい、男は華やかな美貌の持ち主である。

 一目見て、ピンときた。


(あ、こいつ魔物だ)


 この状況下で、〈楔の塔〉付近にいて、初対面の相手を「人間ちゃん」呼ばわりする人間など、まずいない。

 そういえば、ダーウォック王城に現れた魔物が、こんな感じの容姿ではなかったか。

 やばい、まずい、これは死ぬ──そう思った瞬間、その場しのぎに全力な三流詐欺師は、次の行動に移った。

 驚きを表情にのせて、やや不躾に相手を指さし、声を上げる。


「あ〜〜〜! はいはい! はい!」


 俺、分かっちゃいましたわー。というニュアンスでヒュッターは大袈裟に感動してみせる。


ぽい(、、)! めっちゃぽい(、、)っすね!! それ、吸血鬼ジルベールの衣装でしょう? 俺、帝都のオペラ見たんですよ!」


 即ち、ヒュッターは「俺は魔物のことなど何も知らない一般人で、たまたま吸血鬼の格好をした兄ちゃんに会ったから、役者と勘違いしてはしゃいでます」というていで、ゴリ押すことにしたのだ。

 この時、「吸血鬼っぽい(、、)」を強調することで、本物だと気づいていませんよ、とアピールするのが秘訣である。

 金髪の魔物は、呆気に取られたような表情をしている──呆気に取られるだけの感情があるのなら、話は通じるはずだ。

 ヒュッターは興奮した一般人を装い、捲し立てた。


「俺ね、帝都のオペラハウスで吸血鬼ジルベールの衣装を見た時から、思ってたんすよ。吸血鬼は銀に弱いって設定なのに、銀糸の刺繍しちゃダメじゃね? って……いや、舞台映えが大事なのは分かるっすよ? でも、舞台も衣装も役者も完璧なのに、そこだけが気になって……その点、この衣装は全部金糸! 分かってますね〜」


「えぇ〜分かるぅ!? そうそう、そうなの! 眷属ちゃんに献上させてさぁ」


 金髪の魔物がはしゃいだ声をあげる。

 ヒュッターは冷や汗の滲む拳を握った。


(よし、食いついた──が、眷属ちゃんとか言うのやめろよ。本物感が出ちゃうだろうが。こっちは「役者相手に話してる、魔物を知らない一般人」のていなんだぞ)


 ヒュッターはあえて、目の前の魔物を「吸血鬼ジルベールになりきってる人」として扱い、熱弁を振るう。


「いや〜、クオリティ半端ないっすわー! すっげぇ〜! 近くで見て良いっすか!? うひょー、マジもんの金糸じゃないすか! 最近は銅を金っぽく見せる奴が多いんすけどね、これ本物っすよ〜!」


「そこはこだわりっていうかぁ〜? ほら俺って銀はお肌に合わないから、身につける糸には気をつかうんだよねぇ」


「っは〜、その作り込み良いっすね〜! 吸血鬼ジルベールは、そうでなくっちゃ!」


 この魔物、どうやら褒め殺しが有効らしい。

 こういう時は徹底的に、おだてて褒めて持ち上げて、気分を良くさせたところで、「や〜良いもの見せていただきました、旅のお方。それではさよなら、お元気で」と爽やかに立ち去るのが一番である。

 金髪の魔物はヒュッターの言葉に気を良くしていたようだったが、突然フッと寂しげな表情を浮かべた。


「本当は俺もオペラが見てみたいんだけどねぇ……ほら、俺達って、水晶領域から出られなかったでしょ?」


 あー、はいはい、そういう設定なんですね! という顔で相槌を打ち、ヒュッターは微妙に話を逸らす。


「去年の冬の舞台は特に良かったですよ。台詞が原本からアレンジされていて、恋人のジュリアンとの別れのシーンで吸血鬼ジルベールがこう言うんですよ」


 語りは詐欺師の得意技だ。ヒュッターは表情と声音を寄せて、その一幕を再現する。

 片手を空に掲げ、表情はやや苦しげに。


「──『おぉ、夜の(とばり)よ隠してくれるな、我が愛しい恋人を!』」


 表情やポーズだけでなく、感情ののせ方、細かなニュアンスまで再現。

 ヒュッターは決して美男ではないし、目立つ容姿でもないが、「それっぽい空気」を作るのは得意だ。「ここにいるのは美しき吸血鬼」という空気を作れば、観客は「理想の美しい吸血鬼」を自分の頭で想像し、補完してくれる。

 目の前にいる金髪の魔物もまた、今の一幕でその舞台を脳内補完してくれたらしい。


「えっ……いい……すごくいい! かなりロマンス強めの改変? そういうの俺、好き好き大好き〜」


「第二夜で、ヒロインの兄貴が殺されるシーンがあるじゃないすか? その時、ヒロインは吸血鬼ジルベールを慕う気持ちを捨てきれず、葛藤するって描写が増えてて」


「やだぁ〜、燃える〜!」


「ヒロインの、『貴方は私の夜そのもの』って歌が挿入されるんですけどね、こんな感じに」


 流石に女声を完璧に真似ることはできないが、雰囲気を寄せることはできる。

 ヒロインが吸血鬼ジルベールに向けた歌を、ヒュッターが歌ってみせると、金髪の魔物は切なげに眉根を寄せて、目をウルウルさせた。


「切ない〜泣けるぅ〜」


 俺は今、お前に殺されそうで泣きたいんだが? とヒュッターは胸の内で呟いた。この魔物は気紛れに爪を一振りするだけで、人間を惨殺できるのだ。

 魔物はグスンと洟を啜ると、綺麗なレースのハンカチで涙を拭った。


「俺ねぇ、以前お前のダンスを見てるのよ」


「へ」


「あれは秋だったかな? ポッポー! ってやつ」


 秋──おそらく、ティア達をつれて課外授業に行った時だ。

 あの時のヒュッターは、迷子になったポッポー三号を召喚するために、森の中で一人、ポッポーダンスを踊っていたのである。まさか、それを見られていたなんて!


「あの時は『何あれ〜、変な人間がいる〜』て感じでさっさと帰っちゃったんだけどさぁ、この間のお前のショーは良かったよ。音楽に合わせて、ついつい体動いちゃったもん」


「へ、へへ、そりゃどうも……」


「一番好きなのは『鳩胸に抱かれ、眠れ』ね。あれ良かったぁ〜。また聴かせてよ」


「そりゃ光栄です……」


 ヒュッターが一歩後ずさると、金髪の魔物は三歩距離を詰めた。

 ゾッとするほど美しい顔が、及び腰のヒュッターを覗き込む。その口元には、人間にしては鋭すぎる白い牙がのぞいていた。


「お前は気に入ったから、俺の従者にしてあげるよ、人間ちゃん──『〈楔の塔〉を裏切り、我が庇護下に入るが良い』」


 ここで返事を間違えたら、殺される。

 途端にヒュッターの頭脳は高速回転した。この恐ろしい魔物を喜ばせる答えはどうあるべきか?


(今の台詞は原書の『太陽を裏切り、我が庇護下に入るが良い』だな。太陽を〈楔の塔〉に置き換えたってことか。それなら……)


 ヒュッターはその場に膝をつき、仰々しく声を張り上げる。


「──『下賎なわたくしは太陽を裏切った貴方様のしもべ。永遠(とわ)に長き夜の道を歩きましょう』」


 これもまた、作中に登場する台詞である。

 おそらく、この魔物はオペラや芝居、物語の類が好きなのだ。特に自分が──吸血鬼がテーマの作品だと、殊更気分を良くする。

 故にヒュッターは、人間を裏切り吸血鬼に魂を売った男が跪くシーンを再現してみせた。

 どうやら、この返しは百点満点だったらしい。金髪の魔物は、それはもう気を良くした様子で頷く。


「お前には、ジルと呼ぶことを許そう。『さぁ、ついてくるが良い、我が眷属よ。夜の(とばり)こそ我が加護である!』」


「ははー、ジル様の仰せのままに」


 こうして三流詐欺師は逃走失敗し、ジルと名乗る魔物についていくことになったのである。

 敗因は、褒め殺しが効きすぎたことであった。


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