↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
281/304

【6】ライバルとして


〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームが操るのは、風の精霊王召喚。

 指導室室長ヘーゲリヒが操るのは、炎の精霊王召喚。

 精霊王召喚は、あくまで門を通じて精霊王の力の一部を借りるものであり、どういう形でその力を利用するかは魔術師次第。

 単純に高威力の魔術として敵に放っても良いし、複雑かつ大規模な魔術にしても良い。

 そして、〈百眼の魔女〉は、この精霊王召喚の風を百眼にする。敵の魔力反応を察知して、高速・高威力の風の矢を放つのだ。

 一方、ヘーゲリヒは精霊王召喚の炎を非常に細かに分散し、レームを守る魔物達を狙った。

 魔物達は基本的に統率がとれていないので、レームの周辺は混戦状態である。中には人と魔物が入り乱れており、援護がしづらいところもあった。

 魔法剣で戦う守護室の魔術師と、獣の魔物が至近距離で戦っている。下手にヘーゲリヒが援護をしたら、仲間を巻き添えにしかねない状況だ。

 だが、ヘーゲリヒの放った火球は、人間の髪を温風で揺らすだけにとどめ、そしてきっちり魔物を焼く。


「完璧に制御された火の魔術は、燃やす対象を選べるのだよ。覚えておきたまえ」


(あぁ、やっぱりすごい人だわ。ヘーゲリヒ室長……)


 レームはライバルとの戦いという熱に高揚しつつ、冷静にこの状況を見極めていた。

 レームの周囲に集う風が、ヘーゲリヒの火球を次々と撃ち落とす。

 爆音が響き、早朝の空に火の粉と魔物の残骸が散った。レームは百眼の風を周囲に残すよう調整する。全て、ヘーゲリヒ対策に当ててしまうと、本命と戦えない。

 頭上から雷の矢が飛来する。

 レームは得意気に微笑み、詠唱をした──飛行魔術の詠唱だ。そして飛び上がり、攻撃を回避する。

 上空からレームを見下ろしていたハイドンが唸った。


「精霊王召喚を用いた百眼と、飛行魔術……併用できるように、なったのか」


「努力した、なんて言わないわ。水晶鋲のおかげだから」


 魔術師が一度に同時維持できる魔術は、基本的に二つまで。

 ただ、以前のレームは精霊王召喚に一手、そこから百眼に転じるのに一手を使っていたため、飛行魔術との併用ができなかったのだ。

 そうでなくとも、百眼は非常に精緻な魔術だ。他の魔術との併用は難しい。

 だが、それを額と手のひらに刺した水晶鋲が補助していた。

 水晶鋲は、簡単に言うと、穴の空いたレームの魔力器官を覆って、かつ、魔力の流れる魔力管を強化している。そのおかげで、今まで以上に強い魔力でも細やかな操作ができるのだ。

 レームの百眼は、魔力操作技術が命。そして、水晶鋲は完璧にそれを補ってくれている。結果、精霊王召喚と百眼で一手とする奇跡が成立していた。だから、飛行魔術を併用できる。

 水晶鋲に頼っている、ずるいことをしている、と言われたら、レームは否定しない。


(そうよ、私は狡いことをしている)


 だから、一対一でなくても良い。敵が何人いようと構わない。

 どんな形であれ、レームはハイドンと戦うことができれば、それでいい。

 ハイドンの大剣がレームを狙う。レームはそれを、軽く身体を捻ってかわした。

 レームは体術の達人ではないが、飛行魔術に関してはハイドンに遅れを取らない。それこそ討伐室時代は、飛翔する魔物を追いかけ回したこともあるのだ。

 だから、空中での回避の仕方を知っていた。


「私も武器を使うよ。まだ死なないでね、フリッツ君」


 レームの手のひらに刺した水晶鋲がピキピキと音を立てながら成長し、刃となる。長剣ほどではないが、ナイフよりは長い水晶の刃だ。

 ハイドンが追尾効果のある雷の矢を放った。それを百眼で迎撃し、レームは手のひらの水晶刃でハイドンの首を狙う。

 ハイドンもそれぐらいでは動揺しない。適切に距離をとりながら、レームをあしらっている。大剣は懐に入られると不利だと分かっているのだ。


「リーゼ……俺はっ」


「何も言わないで」


 ハイドンはぐしゃぐしゃの酷い顔をしていた。レームが、そういう顔をさせたのだ。

 そのことに対する罪悪感はあった。レームは決してハイドンを悲しませたかったわけではない。

 ハイドンがレームに向けるような、柔らかく暖かな愛情。それがレームの中にも芽生えたら、魔術を使えなくなっても上手くやっていけただろうか。


(……いいえ。私はきっと死ぬ瞬間まで、魔術とライバルに対する執着を、熱を、捨てられない)


 ハイドンは、ライバル以外でも良かった。

 レームは、ライバルでないと嫌だった。

 魔力器官を損傷して、魔術が使えなくなった時点で、諦めるなり、別のものに熱意を注ぐなりすれば良かったのだ。でも、レームはそれができなかった。執着を捨てられなかった。だから、悪魔に魂を売ってここにいる。

 両腕の骨のあたりが、ジンジンと痛むのを感じた。

 額に穿った水晶からも、血がダラダラと溢れてレームの顔と髪を汚す。

 地上から矢が飛来する。ベル達だ。攻撃魔術と飛び道具による攻撃を上手く織り交ぜて、魔物とレームを抑え込んでいる。

 更に、上空にいるレームにヘーゲリヒ室長の高火力の炎弾が飛んできた。燃やす対象が魔物だけになるよう細かく制御しつつ、威力も高い。

 流石、〈楔の塔〉屈指の実力者なだけある。

 レームが飛行魔術で回避している間に、ハイドンが詠唱をした。その詠唱にレームは目を見開く。


(そんな……フリッツ君はあの魔術を使えなかったはず……!)


「雷轟の鼓を打つ黄金(こがね)の王、我が呼びかけに応え、その力の片鱗を示さん」


 長い、長い詠唱の後に続く、儀礼詠唱。

 これから現れる偉大な存在に捧げる言葉に、レームは驚愕し、そして胸を躍らせた。

 努力を重ね、技術を磨き続けてきたのは、レームだけではないのだ。

 だって彼は、討伐室室長フリッツ・ハイドンなのだから!


「フリッツ・ハイドンの名の下に、開け、門。その威を示し、現れ出でよ、雷の精霊王ヴォルガング!」


 金色の光の粒を集めたその門は、どんな黄金よりも眩く輝いていた。

 レームの風の精霊王召喚と、ヘーゲリヒの炎の精霊王召喚に並ぶ高位魔術。雷の精霊王召喚!

 圧倒的な高威力の雷の矢が、雨となってレームを狙う。それをレームが百眼の風で迎撃した。

 吹き荒れる風、バチバチと音を立てる雷、その僅かな隙間を縫うように、ハイドンとレームは互いの武器を打ちつけ合う。

 一瞬の判断ミスが命取りになる戦況だ。なんて、幸福な時間だろう。いつまでも、いつまでも酔いしれていたい。

 飛行魔術を用いての近接戦闘では、ハイドンに分があった。

 一方、魔術の撃ち合いでは、レームの方が速度と手数で勝る。

 ハイドンが振るう大剣を、レームは水晶刃で受け止める。だが衝撃を殺しきれず、水晶の刃が砕け、右腕の肘から先が斬り落とされた。

 鮮血と水晶片が飛び散り、二人を汚す。

 致命傷を負ったのはレームの方なのに、ハイドンの方が苦しそうな顔をしている。


「そんな顔しないで」


 レームは親しい友に向けるように笑いかけた。

 ボタボタと血の垂れる右手……その切断面が水晶に覆われていく。


「こんなもの、致命傷にならないから」


 切断面を覆う水晶は、勢い良く成長し、水晶の義手となった。先端は人の手ではなく、刃を模している。

 レームの身を覆う水晶は、時間の経過と共に、どんどんその質量を増していった。額に穿った水晶鋲は既に顔の半分を、左手に穿った水晶鋲は左半身をいびつな鎧のように覆っている。

 水晶に覆われたその姿は、異形の魔物のそれだ。


「……リーゼ、もう、戻れないのか」


 呟くハイドンの声が悲しかった。

 あの日に戻れたら、あの頃みたいに笑い合えたら──そう考えたことが、なかったわけじゃない。

 それでも、感傷で心は満たされない。

 悪魔があの日に戻れるよ、と囁いても、レームは首を横に振るだろう。


「駄目だよ、私達にはいつだって、今しかないんだから」


 フリッツ・ハイドンは成長を止めない。いつだって「今」が最盛期だ。

 そんなハイドンの今が欲しい。今の彼の全力を、余すところなくぶつけてほしい。


「だから、フリッツ君の今を、全部頂戴」


 じきに、精霊王召喚の門が閉じる。

 残った力の全てをもって、レームはハイドンの攻撃を迎撃した。

 ハイドンは風の刃に切り裂かれながら、それでも飛行魔術で突っ込んでくる。

 同時に、ハイドンの放った追尾効果の高い雷が、レームの身体を覆う水晶を砕いた。

 そうして顕になった肌を、一本の矢が貫く──地上のベルが放った矢だ。

 レームの動きが止まる。血が、水晶片があたりに飛び散る。そこにハイドンは剣を振り下ろした。肩から腹にかけて、斜めに振り下ろされた刃が肉と骨を切り裂く。

 絶対に倒す、という強い意志のもと振り下ろされた一撃に、レームは心の底から喜んだ。これ以上ないほど自分勝手な喜びだ。


「フリッツ君」


 最期の瞬間、最低最悪の魔女は笑った。これ以上ないほど晴れやかに。


「ライバルとして、殺してくれて、ありがとう」





 ハイドンの目の前で、レームの身体は水晶に覆われていった。

 そうして彼女の体はボトリと地面に落ち、粉々に砕けちる。


 ──ガシャン、とガラスが砕けるみたいな音を立てて、好きな女の子の体は骸ではなく、ただの残骸となった。


 これが魔物に魂を売った者の末路なのだと言わんばかりに、目玉鳥達がギャイギャイと鳴いた。まるで嘲り笑うかのように。

 ハイドンはそんな目玉鳥達を撃ち落とし、残った雷撃全てを城壁に叩き込んだ。

 崩壊した城壁の一部が、レームの亡骸でもある水晶片を飲み込み、埋め尽くす。


「……知ってるか、リーゼ」


 ハイドンにとって、「ライバル」と「好きな女の子」は交友関係における最上位の存在だ。

 ライバルへの競争心も、好きな女の子への恋慕も、どちらかが上ということはなく、ただ一人の特別に向けられた感情だった。


「……俺にとってお前は、たった一人のライバルで、たった一人の好きな女の子だったんだぜ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。