【6】ライバルとして
〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームが操るのは、風の精霊王召喚。
指導室室長ヘーゲリヒが操るのは、炎の精霊王召喚。
精霊王召喚は、あくまで門を通じて精霊王の力の一部を借りるものであり、どういう形でその力を利用するかは魔術師次第。
単純に高威力の魔術として敵に放っても良いし、複雑かつ大規模な魔術にしても良い。
そして、〈百眼の魔女〉は、この精霊王召喚の風を百眼にする。敵の魔力反応を察知して、高速・高威力の風の矢を放つのだ。
一方、ヘーゲリヒは精霊王召喚の炎を非常に細かに分散し、レームを守る魔物達を狙った。
魔物達は基本的に統率がとれていないので、レームの周辺は混戦状態である。中には人と魔物が入り乱れており、援護がしづらいところもあった。
魔法剣で戦う守護室の魔術師と、獣の魔物が至近距離で戦っている。下手にヘーゲリヒが援護をしたら、仲間を巻き添えにしかねない状況だ。
だが、ヘーゲリヒの放った火球は、人間の髪を温風で揺らすだけにとどめ、そしてきっちり魔物を焼く。
「完璧に制御された火の魔術は、燃やす対象を選べるのだよ。覚えておきたまえ」
(あぁ、やっぱりすごい人だわ。ヘーゲリヒ室長……)
レームはライバルとの戦いという熱に高揚しつつ、冷静にこの状況を見極めていた。
レームの周囲に集う風が、ヘーゲリヒの火球を次々と撃ち落とす。
爆音が響き、早朝の空に火の粉と魔物の残骸が散った。レームは百眼の風を周囲に残すよう調整する。全て、ヘーゲリヒ対策に当ててしまうと、本命と戦えない。
頭上から雷の矢が飛来する。
レームは得意気に微笑み、詠唱をした──飛行魔術の詠唱だ。そして飛び上がり、攻撃を回避する。
上空からレームを見下ろしていたハイドンが唸った。
「精霊王召喚を用いた百眼と、飛行魔術……併用できるように、なったのか」
「努力した、なんて言わないわ。水晶鋲のおかげだから」
魔術師が一度に同時維持できる魔術は、基本的に二つまで。
ただ、以前のレームは精霊王召喚に一手、そこから百眼に転じるのに一手を使っていたため、飛行魔術との併用ができなかったのだ。
そうでなくとも、百眼は非常に精緻な魔術だ。他の魔術との併用は難しい。
だが、それを額と手のひらに刺した水晶鋲が補助していた。
水晶鋲は、簡単に言うと、穴の空いたレームの魔力器官を覆って、かつ、魔力の流れる魔力管を強化している。そのおかげで、今まで以上に強い魔力でも細やかな操作ができるのだ。
レームの百眼は、魔力操作技術が命。そして、水晶鋲は完璧にそれを補ってくれている。結果、精霊王召喚と百眼で一手とする奇跡が成立していた。だから、飛行魔術を併用できる。
水晶鋲に頼っている、ずるいことをしている、と言われたら、レームは否定しない。
(そうよ、私は狡いことをしている)
だから、一対一でなくても良い。敵が何人いようと構わない。
どんな形であれ、レームはハイドンと戦うことができれば、それでいい。
ハイドンの大剣がレームを狙う。レームはそれを、軽く身体を捻ってかわした。
レームは体術の達人ではないが、飛行魔術に関してはハイドンに遅れを取らない。それこそ討伐室時代は、飛翔する魔物を追いかけ回したこともあるのだ。
だから、空中での回避の仕方を知っていた。
「私も武器を使うよ。まだ死なないでね、フリッツ君」
レームの手のひらに刺した水晶鋲がピキピキと音を立てながら成長し、刃となる。長剣ほどではないが、ナイフよりは長い水晶の刃だ。
ハイドンが追尾効果のある雷の矢を放った。それを百眼で迎撃し、レームは手のひらの水晶刃でハイドンの首を狙う。
ハイドンもそれぐらいでは動揺しない。適切に距離をとりながら、レームをあしらっている。大剣は懐に入られると不利だと分かっているのだ。
「リーゼ……俺はっ」
「何も言わないで」
ハイドンはぐしゃぐしゃの酷い顔をしていた。レームが、そういう顔をさせたのだ。
そのことに対する罪悪感はあった。レームは決してハイドンを悲しませたかったわけではない。
ハイドンがレームに向けるような、柔らかく暖かな愛情。それがレームの中にも芽生えたら、魔術を使えなくなっても上手くやっていけただろうか。
(……いいえ。私はきっと死ぬ瞬間まで、魔術とライバルに対する執着を、熱を、捨てられない)
ハイドンは、ライバル以外でも良かった。
レームは、ライバルでないと嫌だった。
魔力器官を損傷して、魔術が使えなくなった時点で、諦めるなり、別のものに熱意を注ぐなりすれば良かったのだ。でも、レームはそれができなかった。執着を捨てられなかった。だから、悪魔に魂を売ってここにいる。
両腕の骨のあたりが、ジンジンと痛むのを感じた。
額に穿った水晶からも、血がダラダラと溢れてレームの顔と髪を汚す。
地上から矢が飛来する。ベル達だ。攻撃魔術と飛び道具による攻撃を上手く織り交ぜて、魔物とレームを抑え込んでいる。
更に、上空にいるレームにヘーゲリヒ室長の高火力の炎弾が飛んできた。燃やす対象が魔物だけになるよう細かく制御しつつ、威力も高い。
流石、〈楔の塔〉屈指の実力者なだけある。
レームが飛行魔術で回避している間に、ハイドンが詠唱をした。その詠唱にレームは目を見開く。
(そんな……フリッツ君はあの魔術を使えなかったはず……!)
「雷轟の鼓を打つ黄金の王、我が呼びかけに応え、その力の片鱗を示さん」
長い、長い詠唱の後に続く、儀礼詠唱。
これから現れる偉大な存在に捧げる言葉に、レームは驚愕し、そして胸を躍らせた。
努力を重ね、技術を磨き続けてきたのは、レームだけではないのだ。
だって彼は、討伐室室長フリッツ・ハイドンなのだから!
「フリッツ・ハイドンの名の下に、開け、門。その威を示し、現れ出でよ、雷の精霊王ヴォルガング!」
金色の光の粒を集めたその門は、どんな黄金よりも眩く輝いていた。
レームの風の精霊王召喚と、ヘーゲリヒの炎の精霊王召喚に並ぶ高位魔術。雷の精霊王召喚!
圧倒的な高威力の雷の矢が、雨となってレームを狙う。それをレームが百眼の風で迎撃した。
吹き荒れる風、バチバチと音を立てる雷、その僅かな隙間を縫うように、ハイドンとレームは互いの武器を打ちつけ合う。
一瞬の判断ミスが命取りになる戦況だ。なんて、幸福な時間だろう。いつまでも、いつまでも酔いしれていたい。
飛行魔術を用いての近接戦闘では、ハイドンに分があった。
一方、魔術の撃ち合いでは、レームの方が速度と手数で勝る。
ハイドンが振るう大剣を、レームは水晶刃で受け止める。だが衝撃を殺しきれず、水晶の刃が砕け、右腕の肘から先が斬り落とされた。
鮮血と水晶片が飛び散り、二人を汚す。
致命傷を負ったのはレームの方なのに、ハイドンの方が苦しそうな顔をしている。
「そんな顔しないで」
レームは親しい友に向けるように笑いかけた。
ボタボタと血の垂れる右手……その切断面が水晶に覆われていく。
「こんなもの、致命傷にならないから」
切断面を覆う水晶は、勢い良く成長し、水晶の義手となった。先端は人の手ではなく、刃を模している。
レームの身を覆う水晶は、時間の経過と共に、どんどんその質量を増していった。額に穿った水晶鋲は既に顔の半分を、左手に穿った水晶鋲は左半身をいびつな鎧のように覆っている。
水晶に覆われたその姿は、異形の魔物のそれだ。
「……リーゼ、もう、戻れないのか」
呟くハイドンの声が悲しかった。
あの日に戻れたら、あの頃みたいに笑い合えたら──そう考えたことが、なかったわけじゃない。
それでも、感傷で心は満たされない。
悪魔があの日に戻れるよ、と囁いても、レームは首を横に振るだろう。
「駄目だよ、私達にはいつだって、今しかないんだから」
フリッツ・ハイドンは成長を止めない。いつだって「今」が最盛期だ。
そんなハイドンの今が欲しい。今の彼の全力を、余すところなくぶつけてほしい。
「だから、フリッツ君の今を、全部頂戴」
じきに、精霊王召喚の門が閉じる。
残った力の全てをもって、レームはハイドンの攻撃を迎撃した。
ハイドンは風の刃に切り裂かれながら、それでも飛行魔術で突っ込んでくる。
同時に、ハイドンの放った追尾効果の高い雷が、レームの身体を覆う水晶を砕いた。
そうして顕になった肌を、一本の矢が貫く──地上のベルが放った矢だ。
レームの動きが止まる。血が、水晶片があたりに飛び散る。そこにハイドンは剣を振り下ろした。肩から腹にかけて、斜めに振り下ろされた刃が肉と骨を切り裂く。
絶対に倒す、という強い意志のもと振り下ろされた一撃に、レームは心の底から喜んだ。これ以上ないほど自分勝手な喜びだ。
「フリッツ君」
最期の瞬間、最低最悪の魔女は笑った。これ以上ないほど晴れやかに。
「ライバルとして、殺してくれて、ありがとう」
ハイドンの目の前で、レームの身体は水晶に覆われていった。
そうして彼女の体はボトリと地面に落ち、粉々に砕けちる。
──ガシャン、とガラスが砕けるみたいな音を立てて、好きな女の子の体は骸ではなく、ただの残骸となった。
これが魔物に魂を売った者の末路なのだと言わんばかりに、目玉鳥達がギャイギャイと鳴いた。まるで嘲り笑うかのように。
ハイドンはそんな目玉鳥達を撃ち落とし、残った雷撃全てを城壁に叩き込んだ。
崩壊した城壁の一部が、レームの亡骸でもある水晶片を飲み込み、埋め尽くす。
「……知ってるか、リーゼ」
ハイドンにとって、「ライバル」と「好きな女の子」は交友関係における最上位の存在だ。
ライバルへの競争心も、好きな女の子への恋慕も、どちらかが上ということはなく、ただ一人の特別に向けられた感情だった。
「……俺にとってお前は、たった一人のライバルで、たった一人の好きな女の子だったんだぜ」




