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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十一章 深淵の使徒
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【5】最低の人間


〈茨の魔女〉の薔薇要塞は南門に始まり、城壁を伝って〈楔の塔〉の敷地をグルリと囲い込むように展開した。

 この蔓薔薇は、魔力を吸い上げる効果があり、既に城壁付近の魔力濃度は、人間が活動しても問題ない程度まで薄くなりつつある。

 また、蔓薔薇は魔物に対する攻撃性能も持つが、それができるのは術者の目の届く南門付近のみ。西、東、北に展開した蔓薔薇は攻撃性能を持たないので、包囲した魔術師達は魔力を吸う蔓薔薇を守りつつ、魔物達と戦う必要があった。

〈楔の塔〉の東西には出入りできる門がないため、人間達は城壁を壊すか、飛行魔術で城壁を飛び越えねばならない。

 東に列を組む〈楔の塔〉の魔術師達は一斉に詠唱をし、東の壁の部分破壊を狙った。

 風の矢が、氷の槍が、東の城壁を狙う──だが、それらの攻撃が城壁に届く直前、高密度の雷の矢がそれらの攻撃魔術を穿ち、そのまま術者を狙う。


「防御結界展開!」


 指導室室長ヘーゲリヒの声に合わせて、結界担当の魔術師達が防御結界を展開。そして、その集団から大剣を持った一人の男が飛行魔術で飛び出す。

 討伐室室長フリッツ・ハイドン。

 メビウス首座塔主が倒れた今、彼が〈楔の塔〉の最高実力者だ。


「リ──ゼッ!!」


 東の城壁の上に佇むのは、前髪を短く切った女。その額と手のひらには、水晶の鋲が刺さっている。

 裏切りの魔術師〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームは、水晶を打ち込んだ手のひらをハイドンに向けた。


「さぁ、殺し合いましょう。フリッツ君」



 * * *



〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームにとって最も輝かしい時間は、ハイドンと共に肩を並べて戦った日々である。

 見習いの頃からの同期であり、そしてライバルでもあるハイドンは、周りの魔術師達の中でも抜きん出た存在だった。

 大剣と飛行魔術を組み合わせた近接戦闘の技術は、メビウス首座塔主に匹敵するし、遠距離の攻撃魔術も非常に強力だ。特に、しつこく獲物を追いかける追尾の性能は他の追随を許さない。

 彼に勝つにはどうしたら良いか。それを考えるのが楽しかった。こんなに楽しいことは他にはないと思えるぐらい、充実した時間だった。

 だが、楽しい時間はレームの魔力器官損傷と同時に終わりを迎える。

 思うように魔力放出ができない日々は、レームの神経を苛んだ。

 古今東西あらゆる手段を探して、試して、失敗して、それでもレームは諦めなかった。血反吐を吐いても、全身に激痛が走っても、また、あの輝かしい日に戻るのだと自分に言い聞かせ、資料を読み解き、魔力放出に挑んだ。


『リーゼ、お前が好きだ』


 およそ一年前ハイドンに告白された時、レームは絶望すると同時に、猛烈に腹を立てた。


 ──どうして、私を恋愛対象なんか(、、、)にしちゃったの。


 もう自分は、フリッツ・ハイドンにライバルとして見てもらうことはできないのだ、と気づいたレームは考えた。

 もし、ここでハイドンの告白を断ったら? きっと彼は困ったように笑い、これからも友人のままでいてくれと言うだろう。

 そして、レームのことは「かつてのライバル」という綺麗な思い出として気持ちを整理し、レームに対する執着を失うのだ。


(……そんなの、嫌)


 ハイドンと恋人になりたいわけじゃない。だけど、彼が自分以外に執着するのは許せない。

 だって、レームはこんなにもこんなにもこんなにも!! フリッツ・ハイドンのライバルであることに執着しているのだ。そのためだけに、人生の全てを捧げて、血の滲むような努力をしてきたのだ。

 だからレームは歯を食いしばりたくなるのを堪え、ハイドンの告白にこう返した。


『少し考えさせてほしいの』


 自分は最低の人間だ。

 ハイドンの告白に応えるつもりなどないのに、彼の執着を失うのが嫌で、告白の返事を引き延ばした。


(早く、早く、早く、魔力器官損傷を治さなきゃ。フリッツ君が私に執着している内に。彼の熱が冷める前に。早くライバルに戻らなくちゃ)


 それからレームは、より一層、魔力器官損傷の治療に執心した。

 だが、どれだけ手を尽くしても、空いた穴は塞がらない。放出した魔力は体内に漏れ出し、レームを苦しめる。


 だからレームは、悪魔に魂を売ったのだ。



 * * *



 アンネリーゼ・レームと旧友だった守護室室長ベルは、城壁を乗り越えて襲いかかってくる鳥の魔物達に矢を射かける。ベルは剣も得意だが、弓も得意だ。

 剣や槍などの武器と違い、弓矢や銃といった飛び道具は魔術師の組織ではあまり良い顔をされない。魔術師なら、攻撃魔術で獲物を射落とせ、というわけだ。

 だが、〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームと敵対したこの状況において、魔力を帯びていない弓矢は、非常に役に立つ武器だった。

 弦を弾きしぼり、狙いを定め、矢を放つ。放たれた矢は、魔術師達を狙う目玉鳥の脳天を射抜いた。


(リーゼの魔術は、こちらの魔力反応を察知して、反撃してくるもの)


 本来、魔術師は敵の攻撃を察知してから詠唱しては、攻撃に間に合わない。だから、レームは先に魔術を展開して待ち構えるのだ。

 レームの二つ名たる百眼。それは、感知の魔術に雷等の攻撃魔術を組み合わせた複合魔術だ。

 予め攻撃魔術を分割しておき、それを感知の魔術結果と紐づける。そして、魔力反応のある場所に分割した攻撃魔術を放つ──敵の攻撃を察知し、誰よりも早く迎撃する、カウンター型の魔術だ。

 この感知の魔術を調整すれば、魔力量の多い魔物を発見次第、即殲滅──という戦い方もできる。

 だが、今のレームは人間の魔術師の攻撃だけに焦点を合わせ、百眼を展開しているのだ。

 恐ろしく繊細で複雑な魔術──〈楔の塔〉が誇る才女アンネリーゼ・レームにしか使えない魔術である。


(それでも弱点はある……リーゼの百眼は、魔力を帯びていない攻撃は感知できず、百眼も発動しない)


 だからこそ、弓や投石のような単純な物理攻撃が効く。

 ただ、レームもそれは分かっているらしい。故に、それらの物理攻撃から身を守るように、魔物達が展開している。


(ライバル同士の宿願の対決に水をさして悪いけど……ここからは総力戦よ、リーゼ)


 ここに来る前に、涙が枯れるほどに泣いてきた。

 過ぎし日の青春と煌めくような思い出に別れを告げて、守護室室長ベルはここに立っている。


「目玉鳥接近! 弓を剣に持ち替えよ! 結界班を守れ! 我らの〈楔の塔〉を取り返せ!!」


 弓を剣に持ち替え吠えるベルに、守護室、討伐室の魔術師達が応と叫んだ。



 * * *



 百眼の魔術は魔力に反応して高速発動するものである。それは、飛行魔術も例外ではない。

 ハイドンが操る飛行魔術の魔力に反応し、レームの百眼が雷の矢を放つ。

 高速で迫り来るレームの攻撃を、ハイドンは飛行魔術を加速して引き離し、自身の雷の矢で迎撃した。

 同時に、攻撃魔術班が雷の矢を放つ。それをレームの百眼が迎撃──と魔術と魔術の応酬が始まる。

 この戦いの前、ハイドンはヘーゲリヒに言われている。


『君達の一騎討ちに、とはできないが構わんかね?』


『えぇ、構いません』


 ハイドンは迷うことなく頷いた。

 かつて、討伐室に所属していた頃、どちらがより多く魔物を討ち取れるか競うこともあった。

 見習い時代、二人の魔法戦に別の者が割って入っても、ハイドンもレームも気にせず戦いを続けた。

 仲間がいてもいなくても、互いの立場が変わっても、どんな状況下であっても全力を出して戦い、競い合うのがハイドンとレームなのだ。それは、今も変わらない。

 レームは次の魔術の詠唱をしていた。それを察したヘーゲリヒもまた、それに応じるべく詠唱をしている。

 先に詠唱を終えたのは、レームだ。


「姿無き導きの王、我が呼びかけに応え、その力の片鱗を示さん。〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームの名の下に、開け、門」


 レームの前方に魔力の煌めきが集い、光り輝く門を形作る。

 その門が、開いた。


「静寂の縁より現れ出でよ、風の精霊王シェフィールド!」


 現代魔術における最高峰の魔術、精霊王召喚。

 門を通じて精霊王の力を借り、任意の形で行使する大魔術をもって、レームは百眼を展開した。

 同時に、指導室室長ヘーゲリヒも杖を掲げて叫ぶ。


「勝利を約束せし炎の王、我が呼びかけに応え、その力の片鱗を示せ、メルヒオール・ジョン・ヘーゲリヒの名の下に、開け、門」


 精霊王召喚を扱える人間は〈楔の塔〉でも、そう多くない。

 その一人が彼、指導室室長ヘーゲリヒなのだ。

 赤く輝く光の粒が集い、ヘーゲリヒの頭上で門となる。


「祝祭の業火を纏いて、現れ出でよ。炎の精霊王フレム・ブレム」



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