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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【32】他人事の神様


「『あの女……ミリアムの遺言はこうです。カスパー・ヒュッター、勝負は貴方の勝ちです。貴方の推測は正しかった』」


 ティアがオットーの言葉を再現すると、見習い達の表情が変わる。

 驚愕と、そして見出された一筋の希望。

 頭の回転の速いレンが、声をあげた。


「やっぱり、ヒュッター先生の推理は正しかったんだ。先帝と〈楔の塔〉、それとユリウスの親父さんを仲違いさせたのは、魔物の仕業だ……!」


 人間同士を仲違いさせた、正体不明の遣いの人間。金髪の若者。ティアの胸がざわつく。

 セビルが周囲を見回し、早口で指示を出した。


「エラ、ティアとレンを連れて、情報収集を頼む。わたくし達は一度中に引っ込み、様子をうかがう」


「了解です」


「ピヨップ!」


「よしきた美少年!」


 聡明で慎重なエラ、耳の良いティア、交渉上手なレン──おそらく、セビルが考える最強の情報収集部隊だ。

 セビルは他の見習い達と共に、素早く建物の中に移動した。駆けつけた、ヴァルムベルク辺境伯──セビルのダーリンで、ゲラルトの兄から隠れる算段だろう。

 エラが身を屈め、ティアの耳元で訊ねる。


「ティアさん、他に何か言ってますか?」


「……うん、ヒュッター先生と塔主達が、難しい話してる」


「ティア、そのまま再現してくれ。状況整理は、オレとエラがやる」


「分かった」


 レンの言葉に頷き、ティアは大人達の会話を再現した。



 * * *



 ミリアム首座塔主補佐の遺言「貴方の推測は正しかった」に、三塔主達は困惑しているようだった。

 実は、それを告げられたヒュッターも困惑していた。即ち(え? 俺の推測? 何の話?)である。


(俺の語りなんて九割思いつきの適当発言なんだが……あー……あー……あ〜〜〜〜! はいはいはい! あれね! あれ!)


 先日、ベッドにふせっているミリアムと、見習い達の間で諍いが生じた。

 ミリアムは、先帝がザームエルと手を組んで〈楔の塔〉と水晶領域を他国に切り売りするつもりだったと主張し、ユリウスは水晶領域だけのはずだと主張。

 解決は難しそうだと判断したヒュッターは、その場を収めるために、全ては魔物の仕業ではないか、と即興の陰謀論をぶちまけた。

 ヒュッターは険しい顔で三塔主達を見る。


「私が正しかった、というのは……おそらく、〈楔の塔〉と先帝、ザームエルの間に入った遣いが魔物の手先だった、という説のことでしょう」


 そんなのが当たってたまるか。あれは思いつきのでまかせだぞ……というのがヒュッターの本音である。

 三塔主は困惑しているようだった。特にエーベルの顔からは穏やかさが消えている。

 遺言を聞き届けたオットーは、様々な感情を押し殺した声で言った。


「ミリアムは、自分が精神干渉魔術の影響下にあった可能性を指摘している」


 ヒュッターは付け焼き刃の知識を引っ張り出した。

 精神干渉魔術は言葉通り、他者の精神に干渉する魔術だ。具体的には、記憶や認識に影響を与えることができる。

 当然に悪用されやすいし、人間の精神に重篤な後遺症を残す可能性もある。故に誰にでも扱えるものではないはずだ。

 とりあえず詐欺師は空気を読んで、「そんな!? 精神干渉魔術だってぇ!?」という顔をしておく。

 アルト塔主がオットーに問う。


「何者かが、ミリアム首座塔主補佐に精神干渉魔術を使っていたということか? 誰が、何のために?」


「ミリアムは、俺の娘を神の子として扱ったのは、神が必要だと囁いた者がいるからだ。何者かがそうするよう精神干渉魔術をかけたからだ。と言い残して逝きやがった」


 オットーは口の端を持ち上げ笑う。皮肉げに、込み上げてくる怒りを押し殺そうとするかのように。


「それが、俺に許しを乞うための言い訳なら、俺は鼻で笑ったさ。だが、俺は知っている……あの女は、俺に許しを乞うような女じゃない」


 おそらくヒュッターよりもオットーの方が、ミリアム首座塔主補佐のことを理解している。なにせ、見習い時代の同期なのだ。

 そのオットーが断言するなら、きっとそうなのだろう。

 ヒュッターもまた、ミリアムが死の間際にオットーに許しを乞おうとするとは思えなかった。彼女は、自分が天国には行けないことを受け入れていた。

 その上で、自分が精神干渉魔術の影響下にあったことを言い残したのなら、それは意味のある情報なのだ。


(ミリアム首座塔主補佐が、神の子に執着するよう唆した奴がいるとして……それで、犯人はどんな得をする?)


 そこに伝令の魔術師が駆けつけた。どうやら援軍の将が、塔主にお目通り願いたいと申し出ているらしい。

 ローヴァインがヒュッターを見て、口を開いた。


「同行してもらえるな、ヒュッター先生? この状況だ。あんたの身柄を拘束して、牢にぶち込むような真似はさせん」


 塔主側は、既にヒュッターが黒獅子皇の部下だと理解している。その上で、今は黒獅子皇の援軍が必要だから、ヒュッターを丁重に扱うと言っているのだ。

 ならば、多少はこちらの話も聞いてもらえるかもしれない。

 ヒュッターは真面目な顔で提案をした。


「セビルが……アデルハイト殿下がいることは、ひとまず伏せておきましょう。奪還作戦前に一悶着起こされては敵わない」


 でないと、セビルが暴れて手に負えないからな! ──詐欺師の紛れもない本心である。



 * * *



 セビルの存在は、援軍にはしばらく伏せておくらしい。

 ティアがそう伝えると、レンがグッと拳を握った。


「流石、ヒュッター先生! 分かってるぅ〜!」


「ヒュッター先生は、皇帝陛下が寄越した人間……なんですよね?」


 エラの呟きに、レンが「多分そうだろ」と頷く。


「先帝との断絶理由とか、そのあたりの調査をするために、送り込まれたんじゃないかな? 魔力器官損傷も、そのための作り話だろうな」


「そのために、〈夢幻の魔術師〉ほどの方を送り込むなんて、黒獅子皇は剛毅ですね……」


 エラの言葉にレンが目を丸くする。ティアも驚きに喉を鳴らした。


「ピョフっ……ヒュッター先生って、そんなにすごい人なの?」


「はい、凄い人ですよ。〈夢幻の魔術師〉と言えば、上級魔術師の中でも指折りの実力者です。前の学校でも、何度か名前を聞きましたし」


 ヒュッターは黒獅子皇と繋がっていた、と分かっても、ティアもレンもさほど動揺していない。

 だってヒュッターは、〈楔の塔〉のために身を張って(ポッポーして)、援軍を呼んでくれたのだ。それぐらいはティアでも分かる。

 セビルも、特にヒュッターに対して恨み言がある雰囲気ではなかった。寧ろあれは「わたくしの部下に欲しい」という顔だ。


(それよりも、修道服(ミリアム)が何者かに精神干渉魔術を受けてたって話……多分、わたし、無関係じゃない)


 かつてフィーネに飼われていたティアは、持てる力を振り絞って拘束用魔導具を破壊し、逃げ出した。

 だが、逃げる時の経緯がうろ覚えだ。ただひたすら、風の流れる方に歩いた記憶しかない。


(わたしが逃げることができたのは、人間どもが間抜けだったからじゃなくて……そうなるように、誰かが仕向けたからだとしたら?)


 ティアが脱走したタイミングで現れたカイ。ミリアム達が気づいていない、地下の抜け道の存在。

 ……あまりにも出来すぎている。


(カイが、ミリアムに精神干渉魔術を使っていたのなら、わたしを逃す隙は作れる)


 フィーネが神の子であるように仕向けたのも、フィーネにティアを与え、そして逃したのも、全てカイの計画だとしたら?

 フィーネが魔物達の側についた現状を踏まえて、ティアは考える。


(もしかして、カイは神様を必要としていた……?)


 いや、それは違う。とティアは首を横に振る。

 ティアは以前、人間の振りを勉強する時、カイに言われたことがあるのだ。


『人間のふりをするなら、宗教と神について知っておかないといけないね』


『歌に出てくるやつでしょ。知ってるよ。人間が崇めてるもの。魔物にとっての魔王かな?』


『それは少し違うな。神とはもっと特別でなくてはならないんだ』


 そう言ってカイは、人間達が多種多様な神を崇めていることを教えてくれた。


『自然現象、精霊、竜といった人智の及ばぬ存在を神として崇める者もいれば、別の何かを神とする者もいる。大事なのは、それが神であるという説得力であるらしい』


『せっとくりょく?』


『そう、信心を預けるに足る存在の説得力。神が神たる由縁を伝える物語が必要だ。祈りの言葉、しきたり、聖歌、宗教画……これらは神の物語を広め、曖昧な認識を束ね、やがてそれ自身が人の心を支えるよすがとなる。その積み重ねが信仰の説得力となるのさ』


 あの時は、カイが言ってることの意味がよく分からなかった。正直、今でもよく分からない。

 ただ、カイの言葉を通じて、理解したことが一つある。


 ──カイは、神様を必要としていない。


 カイの言葉は、どこまでも他人事のようだった。

 それだけはハッキリと覚えている。


(神様を必要としていないカイが、裏で根回しをして、神様を用意していた……多分、カイにとって重要な誰かが、神様を欲していたんじゃないかな)


 神様を欲する魔物なんていない。いるとしたらそれは、神様に、或いは宗教に執着する変わり者の魔物だろう。

 そんな魔物、いるのだろうか? と思ったが、ありえない話ではない気がした。

 だって、魔物は人間や人間が作ったものに執着するから。

 神様も宗教も、魔物は持っていない、人間だけのものだから。


(カイは、すごく面倒くさいことを考えてる……)


 カイの考え方は時に人間的で、時に酷く魔物的だ。なにより、彼は人も魔物も見下している。

 ティアは今まで、カイの正体に興味がなかったけれど、今はその正体が重要な気がした。


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