【31】物騒ダーリン、逃走プリンセス
こちらに向かってくる軍勢を眺め、舞台上のヒュッターは汗を拭った。
やるべきことはやった。なんかもう、やらんで良いことまでやった気がする。
「やはり貴方は、黒獅子皇と通じていたのですね」
背後で声がした。剣呑な目でヒュッターを見ているのは、エーベル塔主だ。
ヒュッターはあえて一歩も動かず、ニヒルに笑った。
「私は、村の子ども達との約束を守っただけですよ。楽しいことをする、ってね」
「白々しいことを」
「いやぁ、盛り上がりを偶然聞きつけた方達が来てくれて助かりました」
正確には、盛り上がりを聞きつけたポッポー四号ちゃんから伝言を回収し、援軍に向かって狼煙を上げたという方が正しい。
だが、ヒュッターのポッポーショウタイムを伝書鳩を呼ぶための儀式だと言っても、塔主達を困惑させるだけだろう。
エーベルの背後に控えているアルト塔主は困惑顔だが、ローヴァイン塔主は笑いを噛み殺していた。ローヴァインは元々救援を呼ぶべきと主張していたから、ヒュッターを悪いようにはしないだろう。
「〈夢幻の魔術師〉殿にいっぱい食わされたな、エーベル」
ローヴァインの言葉に、エーベルが黙り込む。
「黒獅子皇と通じてるってんなら、丁重に扱わんといかんな。まずは、これから援軍を出迎えるにあたって、俺達に同行してもらおうか」
ヒュッターとしては、「黒獅子皇の手の者を置いておけるか! 出ていけ!」と追放される方が嬉しい。そうすれば、そのまま逃げられるからだ。だが、そう甘くはないらしい。
(まぁ、黒獅子皇が知りたがってたことは調べたし、〈楔の塔〉の現状伝えて、居場所も知らせたし……俺、充分仕事したよな? もう、ずらかっていいよな?)
唯一の懸念は見習い魔術師達の処遇だったが、〈楔の塔〉の大人達は、隣国の七賢人であるローズ以外は奪還作戦に参加させる気はない。
懸念していた奪還作戦も、援軍が来てくれた。ひとまず見習い達の身柄は安心と言って良いだろう……と、そこまで考え、ヒュッターは気づく。
(あれ? ティア達どこ行った?)
ティアだけではない。セビルとレンもだ。
ついさっきまで、舞台下にいたヒュッター教室の三人の姿が見当たらない。
(あ〜〜〜、さてはセビル…………!)
* * *
「ピロロロローン……」
「おい、セビル! 美少年の腕は繊細なんだ。乱暴に引っ張んな!」
ティアが離れた場所の姉と歌声を交わし、余韻に浸っているのも束の間、セビルが険しい顔でティアとレンの腕を掴み、移動を始めた。
腕を引かれながら、レンが喚く。
「なぁ、ヒュッター先生は一体何をしたんだよ!? なんで歌って踊ってポッポーしたら、援軍が来るんだ!?」
「ヒュッター先生は兄の手先だったのだ。おそらく、あの歌と踊りとポッポーは、なんらかの符丁であろう」
「そんな符丁あるかなぁ!? ……いや待て、兄の手先って」
「ピヨ? セビルのお兄さんって、こーてーへーか?」
「いかにも! 〈夢幻の魔術師〉ほどの男を間諜にするとは、贅沢な話だ!」
ティアは、うろ覚えの知識を引っ張りだす。
〈楔の塔〉と皇帝は対立状態にあったはずだ。そして、ヒュッターは皇帝が差し向けた人間だった。なにやら複雑な状況である。
だが、セビルはあっさりと「それはいいのだ」と切り捨てる。どうやら、セビルが移動をしているのは、ヒュッターが理由ではないらしい。
「問題は援軍だ。ヘンリック殿が来ている」
援軍を率いるのは、ヴァルムベルク辺境伯のヘンリック・ブランケ。
ゲラルト(本名ゲルハルト)の兄であり、そして……。
「セビルのダーリン!」
そこまで言って、ティアは気づく。何故、セビルは愛しのダーリンから逃げているのだろう。
ダーリンが来ているのなら、駆けつけて求愛行為をするべき流れではないだろうか?
これは、人間独自の考え方なのだろうか? とティアは思ったが、レンも「なんで?」という顔をしている。
やがてセビルは人混みをかき分け、見習い達のもとに辿り着いた。ルキエは来ていないが、それ以外の者は見に来ていたらしい。
ティアはペフン! と琥珀色の目を丸くした。ゲラルトがぐったりして、ローズに抱き上げられている。
「ピロロ……ローズさん、ゲラルト、どうしたの?」
「それが、お兄さんが来てるって聞いたら、ぶっ倒れちゃってさー……おーい、ゲラルトー、大丈夫かい?」
ローズが軽く揺さぶって声をかけると、ボサボサの前髪の隙間でゲラルトの目が開くのが見えた。
いつも前髪で隠しているが、ゲラルトの目は案外鋭い。その鋭い目が、周囲を警戒するようにギョロギョロ動いた。
「今、恐ろしい夢を……兄が来ている夢を見たんです……」
「気を確かにもて、ゲラルト。それは現実だ」
セビルの言葉に、ゲラルトの喉がグェェ……と鳴る。絶望を煮詰めたような鳴き声だ。
セビルは舞台の方をチラリと見て、テキパキと指示を出した。
「ローズよ、ゲラルトを連れて速やかに室内に戻るぞ。わたくし達見習いは、お行儀良く謹慎していたことにするのだ」
「えぇ……それは、流石に無理じゃないかなぁ? オレ達、かなり大きい声でポッポーコールしちゃったぜ?」
ローズの言葉に、エラとロスヴィータもうんうん頷く。
「セビルさん達は、前で踊っていましたし……」
「あれだけポッポーしておいて、それは無理でしょ」
空気を読まぬアグニオールが「楽しかったですね! 坊ちゃん!」と声をあげて、ユリウスが無言を貫く。
だが、セビルは頑なな態度で、皆を室内に促した。
「わたくしがここにいることを、ヘンリック殿はまだ知らぬ……が、いつ耳に入るやも分からん。一刻も早く身を隠し、作戦を開始せねばならぬ」
セビルは珍しく焦っている。
その様子に、ゾフィーが何かを察した様子で、ピンク色の目をキラキラさせた。
「それってそれってぇ〜、もしセビルが見つかったら、『貴女を危険な目に遭わせるわけにはいきません、姫』って閉じ込められちゃうから? 愛あるからこその束縛ってやつぅ?」
「うむ。ヘンリック殿は、わたくしを殴ってでも止めるだろう」
止め方が物騒だった。
だが、確かにセビルはそれぐらいしないと止まらないだろう。なにせ勇猛果敢な蛮剣姫だ。殴った程度で止まるかも怪しい。
「そして騒動が片付いたら、ヘンリック殿は自らの首を斬り、皇妹に手を上げたことを詫びるだろうな。あれはそういう男だ」
「だから、なんでそんな血生臭いのぉ!?」
ゾフィーの叫びに、ハルピュイアのティアも心から同意した。人間って怖い。もしかしたら、魔物より怖いのではないだろうか。
見習い達が絶句している中、ローズに抱き上げられたゲラルトが「兄上なら……間違いなくそうします……」と小声で言った。
レンが真顔で唸る。
「ゲラルト……お前んち、いつの時代を生きてんだよ……」
「お恥ずかしい限りです……」
ゲラルトがボソボソと言い、セビルが渋面で言う。
「あの家は、ものの考え方が古いのだ。だが、率いる兵は機動力のある少数精鋭。実力は確かだ。わたくしが保証しよう」
その時、ティアの優れた聴力が、聞き捨てならない声を拾った。
あれは、オットーの声だ。そういえば、人混みの中で見かけなかったが、今まで建物の中にいたらしい。
その声を聞いたティアは、セビルの服を引っ張った。
「ピヨ……セビル、移動するの、ちょっと待って」
「どうした、ティア」
「オットーさんが、こう言ってる」
オットーが、ヒュッターやエーベル塔主達に語った言葉、それをティアはそのまま再現する。
「『ミリアム首座塔主補佐が、お亡くなりになりました』」
* * *
「ミリアム首座塔主補佐が、お亡くなりになりました」
オットーの言葉に、ヒュッターは「そうですか」と静かに返した。
彼女は奪還作戦開始まで生きられないのではないか、とそんな予感はあったのだ。
(勝負は、間に合わなかったか……)
ミリアム首座塔主補佐に、外部の人間を信じさせることができたら、ローズとゾフィーの封印を解除する。
それが、ミリアム首座塔主補佐と三流詐欺師の勝負だった。だが、結果はミリアム首座塔主補佐の勝ち逃げだ。
これでローズとゾフィーの封印は、一週間は解けないことが確定した。
歯噛みするヒュッターに、オットーは小瓶を差し出す。あれは、ヒュッターがミリアム首座塔主補佐に贈った飴の小瓶だ。中には、折り畳んだ紙が入っている。
ヒュッターは小瓶を受け取り、折り畳んだ紙を広げる。オットーが静かに言った。
「ヒュッター先生なら、一目で分かるだろう、とのことです」
(いや分からん)
記されているのは魔術式的な何かだ。三流詐欺師に分かるはずもない。
ヒュッターは全てを悟った顔で、その紙をピッとかざしてみせた。主に三塔主に見えるように。
(頼む、俺の代わりに読んでくれ)
三塔主の顔色が変わる。アルト塔主が呟いた。
「それは……〈愚者の鎖デスピナ〉の封印解除術式かっ!」
なんだって。とヒュッターは手元の紙を凝視する。
オットーが低い声で言った。
「あの女……ミリアムの遺言はこうです。『カスパー・ヒュッター、勝負は貴方の勝ちです。貴方の推測は正しかった』」




