表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
269/273

【28】ポッポー体操/風見鶏はポッポー


 旅芸人が芸を披露する際、一番困難なのが場を温めることだ。いわゆる「楽しいことをしているぞ!」という空気作りである。

 これは酒場だと割とやりやすい。程々に狭い室内で、酒の入った連中が相手だからだ。芸を披露する前に客と一緒に飲んで、知り合いになってから芸を披露すると尚良い。

 その逆のパターン──開けた場所で、素面の人間を相手にすると、一気に難易度が跳ね上がる。道端で芸を披露したところで、足を止めてくれる人間なんてごく僅かだ。

 芸人はまず、客を引き込み、笑いやすい和やかな空気を作らなくてはいけない。その空気に客を巻き込まねばならない。

 それでは、クソほど深刻なこの状況で、どうやって場を温めるか?

 悪どい詐欺師は、子どもを利用することにした。


『みんなー、ポッポー体操、はーじまーるよー!』


「ポッポー!」


 子ども達が舞台の周りに集まる。狭い舞台なので、子ども達全員は乗れないのだ。ここからはヒュッターも動き回るので、子ども達が舞台に乗ると都合が悪い。

 舞台の周りに集まった子ども達の中には、ヒュッター教室のティア、レン、セビルの姿もある。

 ヒュッターは客席に目配せをする。作業中の者や治療中の者もいるので、集まっているのは〈楔の塔〉の魔術師と村人を合わせて百人超。

 ヒュッター教室以外の見習い達の姿もチラホラとあった。


(見習いで来ているのは、ローズ、ゲラルト、ユリウス、エラ、ロスヴィータ、ゾフィーの六人。ルキエは来なかったか……この面子で乗ってくれそうなのはローズだな。エラも真面目だから、必要なことと理解したら乗ってくれる。エラを巻き込めばロスヴィータとゾフィーも動くだろ)


 続いて室長。こちらはほぼ全員集まっているが、皆困惑の表情だ。ヘーゲリヒ室長は憤死寸前の顔色である。


(サーセン、ヘーゲリヒ室長……!)


 唯一、管理室のカペル老人だけが、なんだなんだ楽しいことが始まったじゃねぇか、という顔をしていた。こういうじいさんが客にいるとありがたい。適当にヤジを飛ばしてもらおう。盛り上がるのならヤジだって大歓迎だ。

 一番キツイのは「それ、面白いと思ってるの?」という冷笑の空気。知ったことか、クソッタレ。こっちは命懸けだ。

 ヒュッターはマンドーラを足下に置き、足は肩幅程度に開いて、両手を広げた。


「みんなー、体をほぐして温めるぞー! まずは両手を大きく広げて、胸をそらして、鳩胸のポーズ! はい、ポッポッポー、ポッポッポー!」


 ヒュッター教室withちびっ子ダンサーズが、ヒュッターと同じように両手を広げて胸をそらした。

 若者達にはダンスの振りのように見えるかもしれないが、中年になると「あ〜効く効く」となるポーズである。

 特にデスクワーク続きで肩が内側に巻き気味になっているおっさんには、てきめんに効く。


「広げた両手を上下に動かし、羽ばたく鳩の動きー! はい、ポッポッポー、ポッポッポー!」


 これも、肩周りが凝りに凝った中年には「あ〜効く効くぅ〜」となる運動である。ヒュッターの肩がゴキッと鳴った。


「次はポッポーステップいくぞー! はい、ポッポッポー、ポッポッポポー。ポッポッポー、ポッポッポポー! 慣れてきたら、腕も動かしてみよう! ポッポッポー、ポッポッポポー。ポッポッポー、ポッポッポポー!」


 ポッポーステップといっても、簡単な動きだ。昨日教えた子ども達は多少動きにバラつきがあるが、何回か繰り返している内に、テンポが合ってきた。

 ヒュッター教室の三人は、ティアが若干危ういが、セビルとレンは昨日きっちり教え込んだので、完璧なステップである。

 それにしても、セビルの堂々としたステップは素晴らしい。体幹が良く、音にバチッと合わせてくるので、ステップを踏んで、腕を動かすだけで様になっていた。

 ティアはステップこそ危ういが、楽しそうにポッポッポー、と歌っている。芸人には、その楽しそうな空気が大事なので花丸をあげよう。

 レンだけはいまだに「なんでオレ、こんなことしてんだろ……」と恥ずかしさが拭いきれていない表情である。乗り越えろ、美少年。


「さぁ、みんなー、体はあったまったかー?」


 子ども達が「はーい!」と返す。


「よーし、ヒュッター先生の体もあったまってきたから、無詠唱幻術頑張るぞー! みんなー、応援してくれー!」


 場の空気は、まだ温まったとは言い難い。和やかさより困惑が圧倒的に上回っている。

 ただ、一体何をしているんだ、と罵声や罵倒を飛ばす大人はいなかった。これは楽しそうに体を動かしている子ども達のおかげだ。ヘーゲリヒ室長ですら、ぐぬぬと唸って怒鳴るのを堪えている。

〈楔の塔〉の大人逹は基本的に善良だ。子ども逹に罵声や石を投げるような真似はしない。それを計算して、ヒュッターは子ども逹を味方につけたのだ。

 ゾンバルト曰く「子ども逹を盾にするなんて、悪い大人ですね、ヒュッター先生!」。嬉しくない大絶賛である。

 そんなことを思い出しつつ、ヒュッターは足元のマンドーラを拾い上げた。

 六本の弦を押さえ、ポロンポロンと指先で音を奏でる。ここはあえてジャカジャカ弾かない。ポロンポロンぐらいで良いのだ。

 ポロロロロロロロロン。と切ないメロディを奏で、しっとりとした声で歌い上げる。


「屋根の上をくるくる回る矢、いなくなった風見鶏〜。そこにとまるは……(ポロロロロロロン)……鳩ぉ〜」


 ジャカジャ──ン!!

 突然の激しいメロディに、場の空気が変わる。

 ドンパン、ドンパン、と規則正しいリズムで、セビルとレンが鍋を木の棒で叩く。近くの民家にお願いして借りた物だ。

 出だしはノリが良く、かつリズムが単純で、覚えやすい曲がいい。その方が観客がノリやすい。


「ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!

 ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!」


 ドンパン、ドンパン、のリズムに合わせて子ども達も手拍子をする。


「何をやっても上手くいかない? クルクルポッポー、クルポッポー。

 上手くいってもクルクル回る? クルクルポッポー、クルポッポー。

 目まぐるしく回る世界、そりゃ風見鶏だって目も回る。

 明日の風を探して、今日も回るぜ風見鶏ぃ〜……の鳩!」


 早口の歌詞は滑舌が命だ。この際、音が多少外れても良いから、リズムと滑舌を意識。

 肺活量が落ちているのを嫌でも実感する。歳だ。正直、ポッポー体操のあたりでもう息が上がっていた。


「ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!

 ポッポポーロ、ポッポッポポ? ポッポポーロ、ポッポッポポ!」



 * * *



 チャカポコ、カンカンと鍋を叩きながら、奇跡の美少年レン・バイヤーは羞恥心と必死で戦っていた。


(ぐぉぉぉ、恥ずかしいぞ、これ……!)


 今日のこれは、ヒュッター教室の特別課題。避難所を貸してくれた村人達に感謝を込めた、慰安コンサートであるらしい。

 だが、どう見ても無許可だ。三塔主も室長達も呆気に取られている。

 そもそも、帝国全土に関わる危機的状況なのだ。歌って踊ってポッポーしてる場合じゃねぇだろ、とレンは思ったのだが、セビルがこう言ったのだ。


『なるほど、ヒュッター先生には何か考えがあるらしい』


 セビルはヒュッター先生を過大評価しすぎている気がする。

 どんな考えがあったら、この状況でポッポーショータイムが始まるのか教えてほしい。


(ああああああ、見てる連中の視線が痛い……っ、ユリウス! ゲラルト! そんな目でオレを見るなぁぁぁぁ!)


 そんな目=「何やってんだ」の目である。辛い。


「レン、顔を上げよ」


 俯くレンに、ポコポコと鍋を叩きながらセビルが言う。


「始まる前に、ヒュッター先生に言われたことを忘れたか?」


「うぐぐぐぐ……」


 練習中、ヒュッターは言った。


『失敗しても良いから、思い切りやれ。半端に恥ずかしがる方が恥ずかしいぞ。つーか、こういうのはお前、得意だろ。美少年。お前の愛嬌も織り込み済みの作戦なんだから、死ぬ気で愛嬌振りまけ』


 レンはうぐぐと唸りながら、腹に力を込める。

 集まれ、美少年パワー!

 目に輝きを、肌と髪に艶を、振り撒く空気にキラキラを。


 ──みんなー! うちの先生がちょっと変なことしてるけど、この美少年に免じて許してくれよな!


「駄目っぽ〜〜〜(ポッポポ、ポッポッポポー)

 無理っぽ〜〜〜(ポッポポ、ポッポッポポー)

 風向きなんて、一日の内に変ーわーるーだろうー」


 ジャカジャカ、チャカポコ、デケデケデケ。

 有り合わせの楽器が賑やかな音を立てるが、観客の反応は今ひとつ。困惑が勝っているのだ。

 間奏のタイミングで、セビルが声を張り上げた。


「皆のもの! 我が師の呼びかけに応え、いざ叫べ! ポッポーと!」


 頼りないポッポーコールが返ってきた。

 コールを返したのは、権力者に弱い財務室のヘル(こいつはマジだぜ、の人)、あとは楽しそうなローズと、他数名だ。

 セビルが怒鳴る。


「声が小さい!」


 今度はさっきより少し元気なポッポーが返ってくる。

 やけになって叫びながら、レンは思った。

 ポッポーコールを命じたお姫様なんて、世界中探してもセビルだけだろうな……と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ