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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【27】ジャカジャーン!


〈楔の塔〉が魔物達の襲撃で乗っ取られた翌々日の昼過ぎ、村の広場にある小さな舞台周辺に、〈楔の塔〉の魔術師達が集まり、三塔主による説明会が開かれた。

〈楔の塔〉の正体が、西の壁を維持するための古代魔導具であったこと。

 今はミリアム首座塔主補佐とリンケ室長の決死の措置で壁は維持できているが、明日の夜には壁が消えること。

 第一の塔〈白煙〉のエーベル塔主が主となって、事情の説明を行なっているが、それを聞いている魔術師達の表情は冴えない。

 まぁ、当然だろう。とヒュッターは胸の内で呟く。


(城を奪われ、敗走した兵……って考えたら、そりゃ士気は最悪だよなぁ。まして、増援は見込めないときた)


 三塔主を見る魔術師達の表情は皆くたびれ、悲壮感に満ちていた。

 こういう時、先頭に立つべき討伐室室長ハイドンと守護室室長ベルは、旧友アンネリーゼ・レームの裏切りで、完全に消沈している。

 主戦力でもある首座塔主と首座塔主補佐は瀕死。

 ランゲの里とアクスの里に配置された実力者達は、まだ戻っていない。

 あまりにも絶望的な状況だ。だが、逃げることは許されない。


「このままでは魔物達は壁を越えて、帝国全土への侵略を開始するでしょう。必ずや、ここで食い止めねばなりません」


 そう皆に語って聞かせるエーベル塔主は、いつもより力強い声だ。だが、それだけでは士気を盛り上げるには弱い。

 全てが明かされたこの状況下で、今まで通りの態度を貫ける太々しさは大したものだが、彼女は戦う者を鼓舞するのに向いていないのだ。

 いつだって穏やかな声音は、相手をたしなめる方が向いている。


「明日の早朝に〈楔の塔〉奪還作戦を行います」


 エーベルの宣言に、緊張感が走る。


(ここだ)


「それにあたりまして、詳細をローヴァイン塔主から……」


 エーベルがローヴァインに目配せをしたそのタイミングで、ヒュッターはすかさず舞台に登った。

 高さは階段四段分。粗末な木の舞台は、横幅は大人五人が手を繋いで並べる程度の広さだ。前後はヒュッターの足で三歩分しかない。

 ヒュッターはあえて走ったりせず、ゆったりと、堂々とした足取りでエーベルに歩み寄る。

 三塔主は皆、訝しげにヒュッターを見ていた。当然だ。〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターは魔術師組合から出向してきた部外者。こういった場で、皆に何かを話すような立場ではない。

 なんだなんだ、という視線がヒュッターに突き刺さる。

 ヒュッターはキリリと顔を引き締め、誠実なヒュッター先生の顔で言った。


「大事なお話中にすみません、エーベル塔主」


「〈楔の塔〉の命運を分つ場と知りながら、あえてここに上がった理由を聞きましょう」


 穏やかだが、明確な棘を感じた。

 さぁ、ここが正念場だ。


「私はこの〈楔の塔〉の皆さんに、大変お世話になりました。だからこそ、誰にも死んでほしくない。このまま、絶望の戦いに身を投じてほしくないのです」


「だから、魔物達に帝国を明け渡せと? 既に多数の死者が出ているのに、貴方の戯言に時間をさけと仰るのですか」


「私は真剣です。こちらも人命がかかっている」


 主に俺の命が。と声に出さず付け足す。

 そう、命がけなのだ。しくじったら、黒獅子皇に殺される。


「私はこの絶望的な戦いに一筋の光を届けたいのです。そう……希望という名の光を。そのために、今から小さな奇跡を起こそうと思います」


 後半の台詞は、壇上のやり取りに注目している者達を見て、語りかけるように言う。


「この奇跡には、皆さんの協力が必要なのです。どうか、暖かなご声援をいただけると幸いです」


 一体何が始まるんだ、と場がざわつき始めた。

 ヘーゲリヒ室長が「何を考えているのかね、ヒュッター君!?」と叫んでいる。


 ──サーセン、室長。ちょっと俺、ハジけます。


 さりげなく近づいてきたゾンバルトが、三塔主を「危ないのでこちらへどうぞ〜」と舞台下に誘導する。

 それを確認して、ヒュッターは右手を体の前で折り、左手はローブをつまんで淑女のスカートのように広げ、礼をした。

 広げたローブは目隠しのカーテンだ。小さな舞台の裏側に潜んでいたアルムスターの人形達が動き出す。


「さぁ、〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターが、皆さんに希望をお見せしましょう」



 * * *



 ミリアム首座塔主補佐が眠る部屋の扉が、音もなく開いた。

 ベッドに横たわる老婆──ミリアムは薄く目を開ける。


「……貴方が来ることは分かっていました。ルッツ・オットー」


 オットーは無言で剣の柄に手をかけた。

 ミリアムが大声で人を呼ぶのではと懸念していたが、その気配はない。彼女は全てを理解した目で、オットーを見ている。


「あぁ、あんた……最初(ハナ)から、俺に殺される覚悟だったんだなぁ」


「メビウスもです。もっとも、覚悟の理由は異なりますが」


 メビウスにとって、オットーとその妻のサティは大事な友人だ。

 彼は、大事な人達の娘であるフィーネを奪ったことに罪悪感を抱いていた。魔物を駆逐し、フィーネが自由になる日が来たら、オットーか娘のフィーネに殺されても良いとすら思っていた。

 だが、ミリアムは違う。


「わたくしは、サティを汚した貴方を排除すべき敵であると認識している」


「…………」


「敵に殺される覚悟は、できています」


 オットーはゆっくりと息を吐く。だが、剣の柄から手は離さない。

 いつもヘラヘラと情けなく笑っている顔は、無表情だった。


「俺は、あんたのことが好きじゃなかったが、サティはあんたを大事にしてた」


「…………」


「あんたが俺に噛み付いて、サティが庇って、メビウスが気の利かないフォローをして……そういう時間が嫌いじゃなかったよ」


 感傷じみたことを言いながら、オットーは剣を抜く。

 冷たい刃が、窓から差し込む午後の日差しを反射した。

 ミリアムは命乞いなどしない。する意味もない。


「貴方はわたくしからサティを奪い、わたくしは貴方からフィーネを奪った。それが事実です」


「あぁ、そうだな。憎み憎まれる関係だ。それ以外の余地なんざ必要ない──だから」


 オットーはミリアムの喉に切先を突きつける。


「あんたを殺して、フィーネを救う」


 その時、窓の外がざわついた。

 今は三塔主達による説明会が行われているのだ。故に、この集会所に人は殆どいない。

 だからこそ、オットーは邪魔が入らぬこのタイミングを狙って、ミリアムを殺しに来たのだろう。

 ふと、ミリアムの耳が微かな空気の震えをとらえる。これは拡声魔術を発動した音だ。

 窓の外から、聞き覚えのある声が響き渡る。



 * * *



 舞台下に潜んでいたアルムスターの人形が、隠していた弦楽器をポイと投げる。

 ヒュッターはローブの裾をバサリと翻しながら体を回転させて、楽器を受け取った。傍目には、突然楽器が現れたように見えるだろう。

 そうです、無詠唱幻術で隠していました──という顔で、ヒュッターは楽器を構える。

 マンドーラというリュートに似た弦楽器は、村のじいさんに借りた物である。これが借りられたのは運が良かった。

 ヒュッターは音楽家ではない。なので、弦楽器については雑にこう認識している。


 ──弦楽器をジャカジャカ鳴らすと、なんか盛り上がる。


 特にシンと静まり返っていたタイミングでのジャカジャーン! は効くのだ。何かが始まるぞ、という合図になる。

 そのセオリーに則り、ジャカジャーン! とマンドーラを一鳴らししたところで、舞台下のゾンバルトが拡声魔術を発動。

 ヒュッターは朗らかな声で告げる。


『みんなー、ポッポー体操、はーじまーるよー!』


「ポッポー!」


 ヒュッターの呼びかけに、村の子ども達が元気に応じた。


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