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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【26】深夜の特別課題


「ティア」


 セビルがティアを呼ぶ。

 何て返そう、何を言えば良いかな、難しいな──上手に言葉が出てこないティアに、レンがズンズンと詰め寄る。


「おいティア、縦と横、どっちだ! 選べ!」


「ペウゥゥゥゥ………………横ぉ……」


 よしきた、とばかりにレンがティアの右腕、セビルがティアの左腕を掴み、体を押し付ける。左右からぎゅうぎゅうに挟まれる体勢がティアは好きだ。狭い所に寄り添い合うハルピュイアの群れみたいで──そこまで考えて、姉に寄り添った日々を思い出す。

 ティアの極彩色の羽と、姉の赤とオレンジの綺麗な羽が重なって。誰かが歌ったら、それにみんなが声を重ねて。

 もう二度と帰らぬ日々だ。


「ペヴヴ、ウゥ……ウー……」


 レンとセビルはティアを挟んでゆっくり歩き、建物から離れた。そうして、畑の近くにある簡易ベンチに腰を下ろす。


「おねえちゃんに、会ったの」


 ポツリと零した言葉に、二人の体が強張るのを感じた。

 偵察に行った先での、姉との再会。それが、再会を喜び合うものではないと、二人は察しているのだ。

 ティアの姉、カロンララは人間に恋慕を抱き、人になりたいと望んだ。

 人として人の子を宿し、人として──おばあちゃんになって死にたい、と願っていた。

 そのことを、ティアは二人に話そうと思わなかった。なんとなく、話してはいけないと思ったのだ。

 だって、ティアは人間になりたいなんて微塵も思っていないから。

 それをレンが寂しく思っていることを、ティアは薄々察していたから。


「おねえちゃんに、二度と姿を見せるなって……裏切り者って言われた」


 人の皮を得たティアは、もう姉に受け入れられることはない。それが事実だ。

 自由に飛ぶ羽を失い、姉から突き放されたティアは、これからどこに行けば良いのだろう。首折り渓谷に、もう仲間のハルピュイアはいないのに。

 ハルピュイアのティアの望みは、首折り渓谷に戻って、空を飛んで、歌を歌って……それだけで良かったはずなのに。

 同胞が死に、唯一生き残った姉に突き放された今、首折り渓谷に帰ろうという気持ちが湧いてこない。

 風切り羽根を失った時以上の喪失感に、ティアは途方に暮れていた。

 そんなティアの腕をギュッと掴んで、レンが言う。


「ティア、お前はオレに言ったよな。オレは何にでもなれるって。最強愛されハッピー美少年でも、違う何かでも、望む何かになれる生き物だって」


 あれは、レンの母親が亡くなった時のことだったか。

 確かにティアは、レンにそう願った。レンはハルピュイアとは違うから、人は何にでもなれる生き物だから。


「オレは、お前にもそうなってほしい。幸せな生き物でいてほしい」


 レンは不敵に笑っていた。動揺を押し殺した強がりの笑いはとても人間的で、強がり美少年のレンらしくて素敵だった。


「だから、どうすればティアが幸せな生き物になれるか、一緒に考えようぜ」


 すごくレンらしい言葉だ。

 レンは、これからは人として生きろ、とは言わない。それはきっとレンの優しさだ。

 今度はセビルが、前を向いたまま静かに言った。


「わたくし達は、〈楔の塔〉を取り戻すために戦うが、それをお前に強要はせぬ」


「行くよ。奪還作戦」


 ティアの返事に、セビルとレンは少し驚いたようだった。

 だけど、ティアはこれだけは決めているのだ。


「わたしは、知りに行かなくちゃいけない」


 ヒュッターの話から浮上した、先帝と〈楔の塔〉を断絶させた使者の存在。

 そして、ティアを陥れようとした者の存在。

 色々な思惑が、一本の糸に繋がりそうな予感がある。その糸を手繰った先にいる者の存在に、ティアは薄々気がついていた。

 生き残りのハルピュイアとして、確かめなくてはならない。その者の真意を。悪意の正体を。


(わたしはハルピュイアだから、ハルピュイアに向けられた悪意は、この鉤爪で引き裂くよ……カイ)


 ギュッと足の指を丸め、ティアは宣言する。


「これからどう生きるかは、その後で決める」


 ティアの宣言に、セビルが息を吐くみたいに笑った。


「お前は、もう踏ん切っていたのだな」


「ペフッ、ルキエのおかげかな」


 ティアがペフンと笑って言うと、レンが驚いたような顔をする。


「ルキエが? え、ルキエがお前慰めたの? マジ?」


「ルキエは、ちゃんと自分で考えて選んだことなら、尊重(そんちょー)してくれるよ?」


「お前、割とルキエと仲良いよなー……」


 レンが拗ねたように唇を尖らせる。

 ティアに言わせると、仲が良いのはレンやセビルだが、ルキエはなんというか、考え方がティアに似ているのだ。

 だから、ルキエは人間の中では生きづらいだろうなぁ、とも思う。

 その時、ティアの耳が馴染みのある足音を捉えた。ティアはピョフン! と喉を鳴らして背後を振り向く。


「ヒュッター先生!」


 夜道にぼんやりと揺れるランタンが、こちらに近づいてくる。

 ランタンを片手にぶら下げ、反対の手に大きな紙袋を抱えているのは、ティア達の指導員カスパー・ヒュッターだ。

 ヒュッターはティア達に気づくと、こちらに足を向けた。


「……お前ら、こんな時間に何やってんだ? もう、ほぼ自由行動中なのは分かってるが、もうちょい人目をはばかってだな……」


 小言を言うヒュッターに、セビルが悪びれもせずに言う。


「人目をはばかっているからこそ、深夜に散歩をしたのだ」


 ヒュッターは「はばかり方おかしくない?」とぼやいていたが、すぐに何かを思いついたような顔をした。


「さてはお前ら、相当元気が有り余ってるな?」


「当然じゃん。オレ達、若いんだからさぁ」


 レンの生意気な返しに、ヒュッターがニヤリと笑った。


「よーし、そうかそうか。それじゃあ、お前らに特別課題を出してやろう」


「えー、こんな時に課題ぃ……?」


「あいにくだが、わたくし達は取り込んでいる」


「ピヨッ! それって難しい課題?」


 レン、セビル、ティアの反応に、ヒュッターはますます笑みを深くした。

 ちょっと悪い大人の笑みだ。


「お前らにピッタリの課題だ。もう適任も適任。超適任。実は明日──」



 * * *



 ティアをレンとセビルの下に送り出したルキエは、預かった飛行用魔導具を抱えて、見習い達が滞在に使っている集会所の部屋に向かい走った。

 今から自分がしようとしていることは、職人の禁忌だ。それを覚悟の上で、ルキエはその選択を選んだ。

 滞在用の部屋では、エラだけが起きていて、他の者──ローズ、ユリウス、ゲラルト、ロスヴィータ、ゾフィーは寝ている。

 ティア、レン、セビルの三人はまだ部屋に戻っていないらしい。好都合だ。


「ルキエさん、どうされたんですか?」


 エラが書き物をする手を止めて、ルキエを見た。

 エラが書き込んでいるのは、偵察したティアが持ち帰った情報だろう。


(やっぱり、ティアは偵察に行ってから、様子がおかしくなったのね……ということは……)


 ルキエは己の手の中にある、飛行用魔導具を見下ろす。

 これを発明したのは管理室室長のカペル老人だが、ここまでティアに最適な形に調整をしたのは自分だという自負がある。


「エラ、なるべく静かに皆を起こして。急ぎで伝えなきゃいけないことがある」


 ルキエは自分が職人であることに誇りを持っている。

 その上で、職人としての禁忌を犯そうとしていた。


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