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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【18】風向き


「〈楔の塔〉に来てからも、わたくしにはサティが全てでした」


 ミリアムはあまりにも、サティを神聖視しすぎたのだ。

 だから、彼女が妊娠したことに衝撃を受けたし、サティが出産の際に産褥熱で死んだ時、途方に暮れたのだろう。

 そして、耐え難かったサティの妊娠と死に、宗教的な意義を見出した。


 ──サティが産んだのは神の子である。故にサティは聖母である。


 そうして、サティが産んだ赤ん坊を神の子として育てた。


(人類を守る〈楔の塔カリクレイア〉の契約者なんて、いかにも神の子のお役目向きだもんな)


 親友を守るために、親友の娘を犠牲にするしかなかったメビウス。

 契約者の世話をし、己の娘を契約者として差し出すことを強要され、娘の短い生涯を見送ったエーベル。

 聖母の幻想に縋り、友人の娘を神の子として崇めたミリアム。

 皆いびつで、愚かで、そして哀れだと思った。

 ヒュッターはミリアムを見下ろし、胸の内で呟く。


(……あんたのやったことは許されないが、それを咎めるのは俺じゃない)


 ヒュッターは弁の立つ男だが、ミリアムの信仰を否定し、論破しようとは思わなかった。

 詐欺師の役割は別にある。


「ミリアム首座塔主補佐。ローズとゾフィーの封印ですが……」


「解きませんよ。わたくしは部外者を信用しません。たとえそれが、隣国の七賢人であろうとも」


 ヒュッターは眉尻を下げ、少しだけ寂しげに笑った。


「俺も部外者ですよ。ミリアム首座塔主補佐」


「…………」


「一つ賭けをしましょう。いや、聖職者に賭けはまずいな……じゃあ、勝負だ」


 ミリアムが少しだけ顔を傾け、ヒュッターを見上げた。

 ……相手に聞く耳はある。ならば、詐欺は通じる。


「貴女が俺を信じて、部外者もまぁ信じてもいいって思えたら……その時は、あの二人の封印を解いてやってください」


 戯言ですね、とは言われなかった。



 * * *



 セビル達と共に部屋を出たティアは、壁にもたれて、耳を澄ませる。

 耳の良いティアには、扉越しでもヒュッターとミリアムの会話は聞こえた。

 聖女がどうとか、ティアには難しい話ばかりだが、ヒュッターが何をしようとしているのかは、漠然と理解できた。

 ヒュッターは、ローズとゾフィーの封印解除のために尽力してくれている。そのために、難しい話をたくさんしているのだ。


(ヒュッター先生、すごい)


 少しでもヒュッターの話を理解しようと、ティアはまず、〈楔の塔〉とザームエルの間にあった諍いについて考える。

 実を言うと、この辺りの話が、ティアには今ひとつ理解できていないのだ。

 人間の政治と情と陰謀が入り乱れている実に人間的な話なので、どうにもハルピュイアには難しい。


(えっと、先帝はセビルのお父さん。ザームエルはユリウスのお父さん。セビルのお父さんと、ユリウスのお父さん……の連絡係をしてた人間が、何かしたってことだよね? それで、〈楔の塔〉の偉い人達が怒っちゃった)


 ティアはミリアムの話を思い出す。

 人の領域を出歩ける金髪の若者。〈楔の塔〉の事情に精通している存在。〈楔の塔〉の孤立を望む者──その時、ティアの頭に一人の人物がよぎった。


(それって……)


 飛躍しすぎているだろうか? だが、胸がザワザワする。

 無意識にヴヴヴ……と唇を震わせていたティアは、ふと、ユリウスの方から声が聞こえることに気づいた。ユリウスは、気づいていない。


「ペフッ、ユリウス」


「……なんだ」


 先ほどのやりとりは、ユリウスにしてみればミリアムを言いこめることができず、不完全燃焼なのだろう。声がどんより沈んでいる。

 ティアはペフンと、ユリウスの手元を指差した。


「アグニオールが呼んでるよ」


「なに?」


 ユリウスが咄嗟に手元の指輪を見る。レンが「あ、本当だ。光ってる」と口にした通り、ユリウスの指輪が弱く輝いていた。

 手をかざして陰を作らないと光っていることが分からない、か細い光だ。

 耳を澄ますと、ティア以外にも聞こえたらしい。アグニオールの「ぼっちゃーん」という小さな声が。

 ユリウスが詠唱を口にして、指輪に手を添える。おそらく、魔力を与えているのだ。

 輝きがほんの少しだけ強くなったかと思いきや、その輝きが指輪からこぼれ落ち、獅子の形を作る──ただし小さい。

 現れたのは、ウサギほどの大きさの赤い獅子だ。


「わーん! こんなに小さくなってしまいましたぁー! あの銀色狼ぃー! 次に会ったらメラッとしてペシャンとしてやります!」


 獅子に人間のような表情はない。だが、小さな獅子は明確に怒りを表明していた。

 ティアは知っている。精霊は本来、あまり表情豊かではないのだが、炎霊の場合、怒りだけは分かりやすい。

 アグニオールがいつもニコニコしているのは、かなり異例のことなのだ。


「……アグニオール」


 ユリウスがボソリと呼ぶと、赤い獅子は短い前足でペフペフと床を叩いた。


「わーん、坊ちゃん! 悔しいです! とっても悔しい! わたし、上手に加減したんですよ! 坊ちゃん達を焦がさないように気をつけて燃やしたのに、あの狼! ぬるいって! ぬるいって! ムキー!!」


 なお、ティア達は知らないが、アグニオールの言う「上手に加減」した火は、ロスヴィータが水の魚で防御したからこそ、ユリウス達は巻き込まれずに済んだ──それぐらい強烈な威力であった。少なくとも上級魔術師相当である。

 ユリウスはその場に膝をつき、ペフペフと地団駄を踏んでいるアグニオールを抱き上げた。そうして俯き、喉を震わせる。


「ク、ク、クク……」


「あっ、坊ちゃんがザームエル君の真似してる! ちょっぴり元気になったんですねむぐぅ」


 アグニオールの口を塞ぎ、ユリウスは不敵に口の端を持ち上げた。


「どうやら、俺達の悪運はまだ尽きていなかったらしい」


「坊ちゃん、坊ちゃん、ごめんなさい。今は、いつもの半分ぐらいしか燃やせないんですー」


「ク、ク、安心しろ。その方が都合が良い」


 おそらく、この場にいる全員がユリウスと同じことを思っているだろう。

 炎霊アグニオールは強力だが、手加減できないからこそ、最終兵器(ほぼ自爆用)兼セビルの乗り物扱いだったのだ。

 今のアグニオールは弱体化しているが、それでもいつもの半分ぐらいは燃やせるらしい。

 寧ろ、加減が効く分、今まで以上にできることが増える。


「よく分かんないけど、坊ちゃんが笑ってるなら大丈夫ですね! ザームエル君言ってました! 強者は笑うものだって!」


 なるほど、アグニオールが精霊でありながら、いつもニコニコしている理由が分かった気がする。あれは、ユリウスのクククと同じなのだ。


「アグニオールよ、その方の復活、実に喜ばしい」


 セビルが、ユリウスに抱えられているアグニオールを撫でる。

 アグニオールが嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らした。


「大きいお方ー! 喜んでくれるんですか! 嬉しい! もっと喜んで良いんですよ!」


「そうか」


 そう言ってセビルは身を乗り出し、アグニオールの額にチュッと口づけを落とした。

 ユリウスがギョッとしたような顔をし、アグニオールが「大胆!」と声をあげる。

 炎霊にキスを贈った豪胆な姫君は、獅子よりもなお凶悪に笑った。


「戦には風向きがある。アグニオールの復活で風向きが変わったぞ」


「わたしは風霊じゃないから、風は起こせませんよ、大きいお方ー」


「勝利の風は、風霊でも自在には操れぬ。さて、確実に手札が揃っているな。あとはルキエか」


 噂をしたらなんとやら、廊下の角を曲がってルキエが姿を見せた。

 まるで、セビルが幸運の風を操っているみたいだ。それはハルピュイアでも操れない、他者を導く人間だけが起こせる風なのだ。

 ルキエはユリウスが抱えているアグニオールを見て、少し驚いたらしい。

 だが、アグニオールへの言及を後回しにして、ティアに告げる。


「飛行用魔導具の予備があったわ」


「ピヨ! 本当!?」


「えぇ、管理室の人間が避難する時に、片っ端から使えそうな物掴んで逃げたみたいなの」


 魔力炉のある管理室を乗っ取られた今、飛行用魔導具の修理は難しいかと思っていたが、これは想定外の幸運だ。

 ルキエが言うには、管理室室長のカペル老人は、ありったけの工具や高級素材を服に詰め込み、斜めがけの鞄を掛けられるだけ体にかけ、背中に飛行用魔導具を背負って脱出したらしい。

 曰く「馬鹿もん! 金ヅルを捨てていけるかぁ!」──人間の執念って素晴らしい。


「そういうわけで、調整したいから来てくれる?」


「ピヨップ! あのね、だったら……」


 ティアは水晶汚染された〈楔の塔〉を見た時から考えていたことを口にした。


「わたし、今夜、偵察に行ってくる!」


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