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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
十章 詐欺師の大仕事
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【17】詐欺師の即興陰謀論


「その遣いの人間が、双方の話を捻じ曲げた、という可能性はありませんか?」


 ヒュッターの発言に、セビルが「詳しく聞かせよ」と命じる。


(はいはい、お姫様の仰せのままに)


 咄嗟の思いつきに信憑性を持たせるには、聴衆を巻き込む方が良い。

 ヒュッターはミリアムに訊ねた。


「〈楔の塔〉に手紙を届けたのは、どのような人物でしたか?」


「……金髪の若い男でした。年齢は二十代半ばほどでしょうか」


「遣いの人間は一人でしたか?」


「えぇ」


「それは怪しいですね。それだけ重要な話……慎重な先帝なら、二人一組で行動させる方が自然だ」


 まぁ、先帝のやり方なんぞ知らんが。というのが本音である。

 実を言うと、ミリアムの答えは老人でも子どもでも何でも良い。この質問は、あくまで聴衆を話に巻き込むことが目的だ。

 そうしてミリアムの答えに難癖をつけて、怪しい第三者を作り上げれば良い。


「これは例えばの話ですが……ユリウスの主張する通り、ザームエルが〈水晶領域〉のみの売却を提案したとして……何者かが、その話を歪めて伝えていたとしたらどうでしょう?」


 セビルが慎重な口調で訊ねた。


「……その遣いの男が、〈水晶領域〉と〈楔の塔〉の売却を、ザームエルの伝言として先帝に伝えたということか?」


「あぁ、先帝はそれを真に受けて、話を進めようとし……結果、〈楔の塔〉と先帝は衝突、断絶した」


 全員が、ヒュッターの言葉を咀嚼するように沈黙する。

 最初に口を開いたのは、頭の回転の早いレンだった。


「あのさ、そんなことして、その偽物使者に何の得があるわけ? 先帝と〈楔の塔〉が喧嘩して喜ぶのなんて、そんなの……」


 言いかけてレンが言葉を噤む。

 ヒュッターはレンが言いかけた言葉の続きを口にした。


「そう、そんなの魔物ぐらいだよな? まさに今、孤立した〈楔の塔〉は窮地に立たされている」


 後は言わなくても分かるだろう? という雰囲気でヒュッターは黙る。

 セビルが鋭い口調で指摘した。


「ヒュッター先生。先帝と〈楔の塔〉の断絶はおよそ七年前のこと。当時の魔物は〈水晶領域〉から出られぬはずだ」


「全く出られないってことはないだろ。実際、十三年前に魔物の大襲撃があったんだ。或いは魔物に味方する眷属ってやつかもしれないな」


 魔物にとって、〈水晶領域〉を離れるのは命を削る行為だが、不可能ではない。

 或いは、既にその頃から水晶の鋲が完成していた可能性だってゼロじゃない。

 ……と、あくまで可能性の話だが、それをさも可能性の高い話のように語るのが詐欺師である。

 セビルが言葉を続けた。


「魔物は策略を好まぬ。先帝と〈楔の塔〉のやりとりに介入し、仲違いをさせる……魔物らしからぬ策略だと思わぬか?」


「今の状況を見ろ。魔物はダーウォックにメビウス首座塔主を引きつけ、更にランゲの里で陽動の騒ぎを起こし、こっちの戦力を分散させてから〈楔の塔〉を襲撃している。今の魔物には、戦略を立てる奴がいると考えるべきだ」


 この質問、セビルは分かってるな。とヒュッターは密かに舌を巻く。

 おそらくセビルは、このやりとりをミリアムに聞かせるため、あえて分かっていることを聞いているのだ。

 魔物は愚かではない。策を練る知恵があるぞ、とミリアムに伝えるために。

 ミリアムは掠れた声で呟く。


「全ては、魔物の仕業だと言うのですか……っ」


 言いかけて、ミリアムは激しく咳き込んだ。合間に聞こえる呼吸は苦しげだ。

 ヒュッターは「喋ってはいけません」とミリアムの咳がおさまるのを待つ。

 これ以上の長話は、彼女の体に良くない。ならば、手短に話をまとめよう。


「無論、私の言ったことも憶測です。まして、七年前のことともなれば、再調査には時間がかかるでしょう。ですから……全ては〈楔の塔〉を取り戻してから、です」


 適当な第三者(遣いの男)に罪をなすりつけ、責任の所在をうやむやに。

 そして最後に良い感じのことを言ってフィニッシュ。

 これで、〈煙狐〉劇場閉幕だ。


「これ以上ミリアム首座塔主補佐に無理はさせられん。セビル、お前達は一度外に出てろ」


「心得た。行くぞ、ティア、レン、ユリウス」


 セビルは案外素直に仲間達を促し、部屋を出て行こうとする。

 正直、ヒュッターは少し驚いた。


「なんだ、随分素直に従うじゃないか」


「わたくしは、ヒュッター先生の言うことには従うと申したのでな」


 でも都合が悪い時は従わねーんだろーな。とヒュッターは思った。

 セビル達が出て行き、扉が閉まったのを確認してから、ヒュッターはミリアムに話しかける。


「誰か、世話係を呼びますか?」


「……いいえ」


「俺は神職者ではありませんがね。神学を少々かじってます」


 眠たげな瞼の下で、ミリアムの目が少し動いてヒュッターを見る。

 ヒュッターは己の胸に手を当てて告げた。


「……必要なものがあれば調達しますよ」


 ミリアムの命の灯火が消えかけていることは、誰の目にも明らかだった。彼女自身、それを理解しているのだろう。

 だからこそ、ヒュッターは告げたのだ。最期に望む物はあるか、と。

 ラス・ベルシュ正教で司教や司祭が、危篤の者に施す儀式。それをヒュッターが真似事でやってもミリアムは喜ばないだろう。

 だから、必要なものだけ訊ねたのだ。


「……不要です。もとより、わたくしは自分が天国に行けるとは思っていない」


「それは困るな、貴女ほど敬虔な方が地獄行きになったら、私のような不心得者が、神様に拾ってもらえなくなる」


 ミリアムはフッと小さく息を吐いて、咳き込んだ。

 もしかしたら笑ったのかもしれない。


「安心なさい、わたくしは罪人です。己の全てをサティに捧げたことを、神はお許しにならないでしょう」


 サティ──オットーの妻で、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者であるフィーネの母。


「貴女と同じ、ラス・ベルシュ正教の聖女ヘレナ候補でしたっけ?」


「温かで、誰よりも清らかな心を持っていた……サティこそ、聖女ヘレナになるべき人でした」


 ミリアムとサティは、今の聖女ヘレナ(悲しいですのヘレナだ)の前の代で、聖女ヘレナの座を競った関係である。

 だが、ライバル関係ではなかったらしい。ミリアムはサティこそが聖女ヘレナになるべきと信じていたのだ。


「……ですが、聖女ヘレナに選ばれたのは、わたくしだった」


 その理由が、ヒュッターにはすぐにピンときた。

 サティという名前は、主に帝国南方の女性の名前である。見習いならルキエがそうだ。

 帝国南方は帝国に吸収された側の国である。そして、この国はラス・ベルシュ正教ではなく精霊神教の国だったのだ。


(南方出身者を聖女ヘレナにしたくないってお偉いさんが、一定数いたんだろうな)


 一方ミリアムは白い肌に金髪。顔立ちも含めて、いかにも北方出身者に多い容姿だ。

 これは、声に出して言えることではないが、聖女ヘレナの選考基準の一つに容姿があるとヒュッターは確信している。

 聖女は民衆に愛される存在でなくてはならない。だから、愛されやすい容姿でなくてはならない。その方が教会にとって都合が良い。


「だからわたくしは……自ら毒を呷り、喉を潰したのです」


 聖歌を歌えぬ者は、聖女として相応しくない。

 きっと彼女は、そう考えたのだ。


「ですが……わたくしの代わりに聖女ヘレナになったのは、彼女ではなかった」


 きっとその時、ミリアムは気づいてしまったのだろう。

 己が信じていた教会が、聖女ヘレナを選ぶ基準に。


「絶望したわたくしは、焼けた油で顔を焼こうとしました。サティはそれを止め、わたくしに言ったのです」


『一緒に、新しい人生を始めましょう! 私達はもうヘレナじゃない。違う名前で生きるの。私はサティ。子どもの頃の名前よ。貴女の名前は? 無いの? それなら私が考えて良い?』


 聖女ヘレナになれずともサティは腐らず、新しい人生で信仰を続けようと、ミリアムに手を差し伸べた。

 そうして差し伸べられた手が、絶望していたミリアムにはどれだけ尊く見えたのだろう。

 ふと、ヒュッターは古い話を思い出した。


「喉を潰し、顔に煮えたぎる油を……もしかして『オウファの奸臣』ですか?」


「……ご存知でしたか」


 帝国の南方、草原の国より更に南にオウファという国がある。その国の臣下に、歌の上手い若者がいた。

 若者は王に取り立てられて出世したが、彼を妬んだ者達が若者を罠にはめて罪を着せた。

 若者は必死で王に無罪を訴えたが王は信じない。王は若者に裏切られたと思い込み、怒りに我を忘れて言い放った。


『お前の顔など見たくない! その声も、最早聞くに値せぬ!』


 若者はその顔に熱した油をかけられ、挙句、喉に油を流し込まれた。

 それでも若者は生き延び、焼け爛れた喉で、王とその臣下に言い放ったという。


『この国に、災禍あれ』


 まるでその言葉が呪いとなったかのように、オウファ国には災いが続いた。それがオウファの奸臣だ。

 若者が無罪であったと判明したのは、それから随分経ってのこと。オウファの奸臣という言葉が定着した後だった。


「わたくしは『オウファの奸臣』のように、国を呪ったのです」


顔と喉を焼かれた「オウファの奸臣」は、後に肉体操作魔術を生み出し、オウファ国に災いを振り撒きました。

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