【16】〈煙狐〉ミッション達成
突如、財務室の若者に呼び出されたヒュッターは、半眼で指摘した。
「なんで連帯責任で謹慎中の人間が、見張りに命令してんだ?」
「それ、もうオレが突っ込んだ」
レンが諦め顔で肩をすくめた。どうやらヒュッターがアルムスターを締め上げている間、見習い達の方は何やら結託していたらしい。
留守番をしていた見習い達が反逆罪で捕えられた顛末は、ゾンバルトから聞いている。
あの爽やかクズ野郎は自分がけしかけたユリウスが捕まっても、何もせず静観していたのだ。
更には見習いの中に、五代目〈茨の魔女〉が紛れていたことが判明し、扱いに困った上層部はとりあえず見習い達をまとめて一室に閉じ込め、見張りをつけていたという。
とは言え、これは見習い達も大暴れはしないだろうと見越しての処置だ。
特に五代目〈茨の魔女〉は外交的に微妙な立場である。ひとまず、上層部の意見がまとまるまで、部屋で大人しくしていてくれ──という状態だったのだが、これをひっくり返したぶっ飛び姫がいた。
言わずもがな、セビルである。
「わたくしが尻を叩かねば、上はいつまでも結論を先送りにするであろう? なにより、わたくしの同期達が腹を空かせ、憔悴していたのだ。どうして見て見ぬ振りができよう」
自分の仲間が腹を空かしていたから、食事を要求した……までは、まだ分かる。
だが現実には、ゲラルトとローズが炊き出しの手伝いをしていたのだ。
曰く「人手不足みたいだし、体力が余ってるから」。
(ローズって、五代目〈茨の魔女〉なんだよな? それでいいのか?)
見張り達が閉じ込められている部屋では、何人かが毛布に包まり、仮眠を取っていた。
食事を届けさせ、男女別々の部屋で清拭の時間を設けさせ、そうして休める者は休むよう、セビルが指示したらしい。
エラ、ロスヴィータ、ゾフィーの三人は固まって、スヤスヤと寝息を立てている。
ルキエはティアの飛行用魔導具を修理する素材を探して、管理室の人間のもとに行ったらしい。
そして、ヒュッターを待ち構えていたのが、セビル、ティア、レン、そしてユリウスの四人だ。
「それで、なんで俺が呼び出されたんだ?」
「うむ。これから、外出するのでヒュッター先生に同行を頼みたいのだ」
猛烈に嫌な予感がする。
ヤダァ〜行きたくなぁ〜い、と頭の中で喚きながら、ヒュッターは訊ねた。
「外出って……どこに?」
「ミリアム首座塔主補佐の元にだ」
「おっっっまえら……! 状況分かってんのか!?」
「ピヨップ! とっても大変なじょーきょー!」
「はい、ティア正解っ! 大変な状況なんだよ、引っかき回すな!」
ミリアム首座塔主補佐は、古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉に強制干渉したため、生死の境を彷徨っている状態だ。
そして、ユリウスは反逆罪で拘束されていた身である。会わせてもらえるとは、とても思えない。
ところが、見習い達の見張り役をしていた財務室の男が、気まずそうに背中を丸めてヒュッターに言った。
「ミリアム首座塔主補佐は、ヒュッター先生が同行するなら、という条件付きで了承されたんだ。こいつはマジだぜ。エーベル様も許可を出された」
どうやらヒュッターの見えないところで、権力者達の駆け引きがあったらしい。
ヒュッターは、ふーむと唸り、あえて険しい顔で腕組みをして訊ねる。
「これだけは聞かせろ。お前達は、ミリアム首座塔主補佐に何の用がある? 殴るとか殺すとか脅すとかだったら止めるぞ俺は」
セビルは指を二本立てた。
「用件は二つ。一つ目はローズとゾフィーの封印解除の嘆願。そしてもう一つは……」
「俺の父と〈楔の塔〉に関する話だ」
口を挟んだのは、ユリウスだ。
彼は何やら腹を括ったような顔をしていた。血の気の引いた青白い顔の中で、蛇のような目が爛々と輝いている。
(ユリウスの父……ザームエル・レーヴェニヒ絡みか)
これはもしかしたら、ヒュッターの任務──先帝と〈楔の塔〉の断絶理由の調査──に繋がるかもしれない。
ヒュッターは、あえて不承不承という態度で頷いた。
「分かった、同行しよう。ただし、ミリアム首座塔主補佐の体に負担をかけんじゃねーぞ」
* * *
ヒュッターの知るミリアム首座塔主補佐とは、いつも修道服を身につけて、真っ直ぐに前だけを見据えている。
メビウス首座塔主やオットー達と同年代のはずだが、実年齢よりも若く見える、美しい女だった。
だが、今ベッドに横たわっているのは、どこから見ても老女だ。くすんだ顔には深い皺が刻まれ、眼は落ち窪んでいる。
古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉に強制介入し、壁を再起動した代償がこれだ。
彼女の命の火は、今にも燃え尽きようとしている。それは誰の目にも明らかだった。
「指導室のカスパー・ヒュッター、帰還いたしました」
「……貴方は部外者です」
耳をすまさねば聞こえないほど、嗄れて掠れた酷い声で、ミリアムは言う。
「……〈楔の塔〉の現状を知り、そのまま逃げるものと思っていました」
逃げると黒獅子皇に首を切られますから! というのが悲しい現実である。
ダーウォック亡命のためダーウォック語を練習していたことは伏せ、ヒュッターは誠実な教師の顔で言った。
「そうですね、逃げたくなかったと言えば嘘になります……ただ、逃げるなら、生徒達の無事を確認してからでしょう?」
「……貴方に、できることは、何もありません」
だから逃げて良いですよ、と言われた気がした。
そこに、セビルが口を挟む。
「ヒュッター先生はわたくしの指導員だ。逃げられては困るな」
(逃がしてくれよ、頼むから! お前のお兄様に首根っこ押さえられてんだぞ、俺は!)
ティアが小声で「ヒュッター先生、モテモテ」と呟いた。全く嬉しくない。
セビルがギリギリ脅迫にならない──だが嘆願と言うには偉そうな態度で言った。
「ミリアム首座塔主補佐、率直に言おう。ローズとゾフィーの封印を解除してもらいたい」
「……一週間もすれば、解除されます。そう、設定しました」
「それでは作戦開始に間に合わぬ。やはり、貴女はあの二人を〈楔の塔〉奪還作戦に連れていきたくないのだな」
この場合の「連れて行きたくない」は、ローズとゾフィーとで意味合いが違う。
ローズは隣国の七賢人で部外者だから、ミリアムとエーベルは好きにさせたくないのだ。
ゾフィーは現状、〈愚者の鎖デスピナ〉に適性のある貴重な人間だ。だから、魔物との戦闘で死なせたくないのだろう。
(ミリアム首座塔主補佐が、解除術式を教えてくれれば良いんだが……まぁ、そう上手くは行かないか)
セビルがあまり強く言い募るようなら、脅迫判定で強制退場させるところだが、セビルは案外冷静だった。
「ならば、次の用件だ。ユリウスの父ザームエル・レーヴェニヒ追放の理由を聞きたい」
こちらこそ、ヒュッターの本題でもある。
ヒュッターは固唾を飲んで、ミリアム首座塔主補佐の声に耳を傾けた。
「……ザームエル・レーヴェニヒは先帝を唆し、〈水晶領域〉と〈楔の塔〉を、他国に売り払おうとしたのです」
「そんなわけがないっ!」
声を荒らげたのは、ユリウスだ。ヒュッターが無言で肩を叩くと、ユリウスは少しだけ声のトーンを落とした。
「……父は、〈水晶領域〉だけを他国に売ろうとしたはずだ」
「根拠はありますか?」
「……ザームエルは、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者を自由にしたいと考えていた。ならば、〈楔の塔〉を他国に売る提案はしないはずだ」
「では、それは根拠のない貴方の妄想なのですね? こちらには、先帝の遣いが寄越した手紙が証拠としてあります……今は〈楔の塔〉にあるので、お見せできませんが」
ユリウスが唇を曲げ、黙り込む。
三流詐欺師〈煙狐〉は思った。
(ちょっ、ちょっ、ちょっ、待て待て待て、情報が多い!)
ユリウスの父ザームエル・レーヴェニヒが、先帝を唆し、〈水晶領域〉と〈楔の塔〉を他国に売り払おうとした。
これだ。これこそが、ヒュッターが知りたかったこと──先帝と〈楔の塔〉側の断絶の理由だ。
(そりゃ、そんなん言われたら、メビウス首座塔主もミリアム首座塔主補佐もぶちギレるわ!)
今までは皇帝の支援を受けつつ、魔物の魔の手から帝国を守ってきたのだ。それがある日突然、
『お前ら用済み。金食い虫はいらねーから、魔物のいる〈水晶領域〉ごと、よそに売るわ。これからはそっちで頑張ってね! バイバイ!』
と言われたも同然である。
その後、他国への売却の話は流れ、皇帝が代替わりしたとしても、〈楔の塔〉側にしてみれば、皇帝なんぞ信用できない。
これはもう、皇帝一族が代替わりする度に、コロコロと態度を変えすぎたのが悪い。呪術師シュヴァルツェンベルク家の処遇が良い例である。
〈楔の塔〉側にしてみれば、皇帝は信用できないし頼れない。また突然、売却などと言い出すかもしれない。だから絶縁した。
(どいつもこいつも、政治クソ下手だなーとは思うが、まぁ、納得のいく流れではある)
一方、ユリウスの言い分はこうだ。
『ザームエルパパは優しい人なんだ。だから、〈楔の塔カリクレイア〉の契約者を助けたかったはず! それなのに、〈楔の塔〉を他国に売るはずがないよ! ザームエルパパは、〈水晶領域〉だけを他国に押し付けるつもりだったんだ!』
ヒュッターとしては、正直ミリアムの話の方が信憑性がある。
(……ユリウス側の言い分は、あくまでザームエルの人柄を理由にしてるだけで、明確な証拠があるわけじゃねぇ。実際、俺もザームエルのことをよく知らねーし。あ〜、でも、ゾンバルトの奴はザームエルはユリウスを養子にしてから、甘ちゃんになったって言ってたか……)
だが、ヒュッターには、どうにもピンとこないのだ。
ザームエルは可愛い息子のために、危険な〈水晶領域〉と〈楔の塔〉を他国に押し付けるよう、先帝を唆しました! ……という方が、まだしっくりくる。
実際、ミリアムの手元には、先帝の遣いが寄越した手紙という証拠があるのだ。今は流石に回収できないが、おそらく嘘ではないだろう。
それでも、ユリウスは納得がいかない、という顔をしている。
(これは話が拗れそうだな……)
こういう時、場を納めるために三流詐欺師が好んで使う手段がある。
揉めている二者に対し、共通の敵をでっち上げるのだ。
「一つ、私からもよろしいでしょうか?」
全員の視線がヒュッターに集中する。
ヒュッターは「部外者が口出しするのは恐縮ですが……」と前置きをし、言った。
「話の流れから察するに、先帝とザームエルは、何らかの形で連絡を取り合っていた様子」
「……えぇ、間に遣いの人間が入っていたようです」
ミリアムが小さく頷く。まぁ、そうだろう。〈楔の塔〉と皇帝のいる宮殿は距離があるのだ。ザームエルがそうそう〈楔の塔〉を留守にできたとも思えない。
思いつきで喋ることだけが取り柄の詐欺師は、即興の陰謀論をペラペラと語り出した。
「その遣いの人間が、双方の話を捻じ曲げた、という可能性はありませんか?」




