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白翼のハルピュイア  作者: 依空 まつり
九章 塔の攻防
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【17】亡き父の葛藤、混乱の指導室


古代魔導具(、、、、、)〈楔の塔カリクレイア〉を発動、壁を緊急再生しました。まもなく、メビウス首座塔主が到着します。全員あと少し耐えてください』


 啜り泣く女の声。そして、拡声魔術で響いたミリアム首座塔主補佐の声。

 それを聞いて、ユリウスは確信した。これが、父ザームエル・レーヴェニヒが辿り着いた四つ目の真実なのだと。

 完全に盲点だった──が、どうして気づくことができよう。この〈楔の塔〉そのものが古代魔導具だったなんて。

 古代魔導具と呼ばれる物はその殆どが、武具や装飾品、あるいは鏡等の小物だ。

 古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉が、〈楔の塔〉の敷地のどこまでを指すのかは分からない。ただ、これだけは言える。


 ──おそらくこれは、史上最大級の古代魔導具だ。


 ユリウスの目の前では〈原初の獣〉とゲラルトが、紙一重の戦いを繰り広げていたが、響き渡る声に〈原初の獣〉が動きを止めた。

 銀の狼は鼻から息を吐くと、名残惜しそうに呟く。


「久しぶりに楽しかったぜ、若いの。もう少し実戦にこなれてきたら、印を刻んでやる」


「……こなれる気は、ないです」


 銀狼が巨体を震わせ息を吐いた。おそらく笑ったのだろう。


「そりゃあ残念だ」


 笑いの余韻の残る声で言い、〈原初の獣〉はその場を駆け去った。おそらくゲラルト以上の強者──メビウス首座塔主と戦いに行ったのだ。

〈原初の獣〉の姿が完全に見えなくなったところで、ゲラルトがヘナヘナとその場に膝をついた。〈原初の獣〉と対峙していた時の気迫は、もうどこにもない。

 自分達は生き残った。その事実を確認して、ユリウスは指輪に声をかけた。


「アグニオール、動けるか」


 返事はない。精霊は魔力の塊だ。失血死することはないが、体を切り裂かれたら、その分だけ魔力を失う。

 消滅こそしていないが、回復には時間がかかるだろう。

 頭上ではまだ鳥の魔物達が飛び交い、他の魔物達も周囲をウロウロしている。気の抜けない状況だ。


(まずは見習い達の現状を把握し、可能なら合流を……)


 ローズ、ゾフィー、そしてフィン──と当たり前のようにフィンの顔を思い浮かべ、ユリウスは喪失感を噛み締める。

 フィンに勉強を教えたのは、ただの気まぐれだ……そう割り切るには心を砕き過ぎていた。


「あんた達、まだ動ける?」


 そう声をかけたのはロスヴィータだ。彼女は、茂みの陰で倒れていたエラを助け起こしたところだった。

 ロスヴィータもエラも、〈原初の獣〉の体当たりを喰らったせいで、足元がふらついている。

 エラがずれた眼鏡を直しながら、空を見上げた。


「先ほどの声は、ミリアム首座塔主補佐ですよね? 一体、どういうことなんでしょうか……」


 ユリウスは顔を上げ、消沈を押し殺して口の端を持ち上げた。

 不利な時ほど笑え。それが父の教えだ。自分は上手く笑えているだろうか。


「……クッ、クッ……つまりは〈楔の塔〉そのものが、古代魔導具だったというわけだ」


 父が言い残した〈楔の塔〉の四番目。

 最初は、塔の名称のことだと思っていた。水晶由来の〈白煙〉〈金の針〉〈水泡〉、そして隠されていた〈庭園〉。

 だが、その先にある真実は、〈楔の塔〉にある四つ目の古代魔導具のことを指していたのだ。


 メビウス首座塔主の〈離別のイグナティオス〉。

 リンケ室長の〈愚者の鎖デスピナ〉。

 討伐室のヘレナが持つ〈嗤う泡沫エウリュディケ〉。

 そして四つ目が、〈楔の塔カリクレイア〉。


 ヘレナが〈嗤う泡沫エウリュディケ〉を携えて〈楔の塔〉に来た時期と、父ザームエルが〈楔の塔〉に所属していた時期は重なるから、この説で間違いないだろう。


(〈楔の塔カリクレイア〉の契約者は、あの地下室に閉じ込められていた少女か……)


〈楔の塔カリクレイア〉の能力はおそらく、魔物だけを通さない強固な壁を作る能力。

 そして、強力な古代魔導具は契約者に莫大な負担を強いる。


(建物の形をした古代魔導具……しかも、強力な結界を維持し続けるものとなれば、契約者への負担も大きいに決まっている。寿命を削ってもおかしくない)


 おそらく、あの少女は生贄に近い存在なのだろう。

 たった一人の少女を生贄にして、〈楔の塔〉は人類の平和を守り続けてきた。

 この真実を知ったザームエルは、どうしたのだろう。

 他人を犠牲にすることを厭わない大悪党のザームエルなら、生贄の少女ごと〈楔の塔〉を手中に収めていたかもしれない。

 あるいは、それを交渉のカードにして、魔物と取引をするぐらいはしていたかもしれない。

 だが、ザームエルはそうしなかったのだ。

 地下に閉じ込められていた少女は、こう言っていた。


『ザームエル──優しいけれど優しくない、善にも悪にもなれなかった半端者。彼が中途半端になったのは、きっとあなたがいたからね(、、、、、、、、、)


『極悪魔術師ザームエルには息子がいた。とても優秀で愛しい息子。だからこそ……ザームエルは歳の近いわたしを重ねてしまった。可哀想な子ども(わたし)を放っておけなかった』


 ザームエルは、生贄にされた少女に息子のユリウスを重ねてしまったのだ。

 だから、少女を助けられないかと奔走した。

 だが、少女を解放するということは、魔物を閉じ込める壁がなくなるということ。人類が魔物の危機に晒される。その中には、ユリウスも含まれるのだ。

 ザームエルは葛藤したのだろうか? ……したのだろう。

 そうして、真実を知ってしまったザームエルは、〈楔の塔〉の上層部に呪いをかけられ、追放された。

 ザームエルは、それを受け入れた。


(……父さん)


 フィンの裏切り、アグニオールの負傷、父の真意。積み重なる事実が、ユリウスの頭を圧迫する。

 こんなにも、何かを考えるのが嫌になったのは久しぶりだ。





 目を覚ましたばかりのエラは、痛む体に鞭打って立ち上がる。あの銀の狼は相当加減していたらしい。多分骨は折れていない。精々、あちこちを打撲している程度だ。


(この中で、一番戦力になれないのは私……だから、私ができることをしないと)


 ユリウスもロスヴィータも打ちひしがれている。本当はエラだって泣きたい。フィンの裏切りを否定したい。

 だけど、そうして泣いて現実から目を背ける時間が、今はないのだ。


「皆さん、ローズさん、ゾフィーさんと合流しましょう。二人は庭園近くに隠れているはずですから」


 エラの言葉に、ユリウス、ロスヴィータ、ゲラルトの三人は頷く。

 皆、憔悴しきった顔だ。それだけ追い詰められている。突然の魔物の襲撃に。そして、フィンの裏切りに。

 何が正しいか分からない、何が正解か分からない。それでも、今は自分にできる最大限のことをしなくては。


(皆が、バラバラになることだけは、避けなくては……)


 だからエラは、腹を括った。


「避難するにあたって……私から、提案があります」



 * * *



 指導室の机に突っ伏して寝ていた、指導室室長ヘーゲリヒは、拡声魔術で響くミリアム首座塔主補佐の声で目を覚ました。

 不自然な体勢で寝ていたせいで、体のいたるところが痛い。何故、自分はこんなところでうたた寝をしてしまったのか。

 反逆罪で投獄されたユリウス・レーヴェニヒに、呪いをかけて追放するという案が上層部から出た。なので、それに反対するための書面作りをしていて──そこから先の記憶がない。

 辺りを見回したヘーゲリヒは、他の魔術師達も同じ状況であることに気づいた。まだ寝ている者もいれば、起き上がって状況把握に努めようとしている者もいる。

 外は騒がしく、鳥や獣の鳴き声、人の怒号や悲鳴があちらこちらから聞こえた。


「これは、どういうことだね!?」


 叫ぶヘーゲリヒに、窓の外を見ていたゾンバルトが答える。


「大変です、ヘーゲリヒ室長。魔物が〈楔の塔〉内に侵入を……!」


「なんだと!?」


 何故、そんな大変な時に自分は寝ていたのだ──違う、誰かが一服盛ったのだ。

 温かい飲み物を用意してくれたのは、指導室の魔術師アンネリーゼ・レームだった。そして、室内に彼女の姿はない。最悪の想像が頭をよぎった。

 だが、指導室室長として優先すべきは、決まっている。


「諸君、一般人、及び見習い魔術師達の保護だ! まだ、塔の中に魔物が入り込んでいないのなら、無事な者をここに集めるのだ! 戦える者は私と共に来たまえ! まずは塔の前の魔物を蹴散らすぞ!」


 そう怒鳴り、外に飛び出したヘーゲリヒは詠唱をする。放つのは風の刃。それで上空を飛び交う鳥達を撃ち落とそうとした──が、発動した瞬間、凄まじい速さで飛来した雷の矢が、ヘーゲリヒの魔術を破壊する。


(これは……!)


 魔術の発動を感知し、そのタイミングでカウンターを放つ。〈百眼の魔女〉アンネリーゼ・レームが得意とする魔術ではないか。

 雷の矢が飛んできた方向──指導室の屋上を見上げたヘーゲリヒは目を剥いた。

 指導室の屋上に佇むレームと、その上空を飛び回る討伐室室長ハイドンが、魔術の撃ち合いをしている。

 ハイドンが放った雷の矢を、レームの魔術が相殺した。

 レームの額と手のひらには水晶の欠片が埋め込まれ、魔術の光を反射してキラキラと煌めいている。


(次の攻撃をしても、レーム君のカウンターが……っ)


 攻撃手段を潰されたヘーゲリヒのもとに、上空を飛び交っていた目玉鳥達が殺到した。


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