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「ふむ、立て続けとは面倒な。……せめて祝杯をあげるくらいの時間はまてんのか……」
人類はせっかちだ。
これは俺にも言えることであるが、如何せん魔族に比べると寿命が短く、代替わりが激しい人類が焦りに身を任せてしまうのは、ある意味仕方のないことだ。
せっかちゆえに急速な発展をすることができたともいえるのだし、一概に短所とは言えない。
しかし……今だけは不都合だ。
岩山を削り砕きながら、巨躯の泥猪が迫る。
……ふむ、今の俺は、それなりに気分が悪いのだ。
「なにせ、せっかくの戦士の誕生の瞬間に立ち会えたというのにな。まさか、面倒な軋轢を生む戦が控えてるなど思いもしないだろう?」
しかも、総じて戦とは……決して負けられない戦いなのだ。
さて、ロック・ウィィの対処法として、ヴァイツがやったように関節を狙うという選択肢は最適だ。
なにせ、露出した肉を直接刈り取れる。
「リリー、あぶね…………ェ?」
五撃で十分。
四肢をすべて断ち、倒れさせる。
そして、自重によって砕けた鎧の中に埋まる生身の肉体を両断した。
「次だ。俺はちと本気だぞ?」
言葉は憐れな逃亡者であるロック・ウィィではなく、そのあとに侵攻してくる遠征軍へ向けて。
一人残らずぶちのめす。
さてさて……血が滾るなぁ。
「やべえ、リリーのやつなんかキレてるぞ……」
「し、師匠を助けないと!」
「お前達はこっちだ!」
「のわ、ちょっと待て親父!リリーが!」
「ギージになんとかさせる!」
俺が一匹を切り裂いたことで、他のロック・ウィィも脅威判定をしたようだ。
次々に臨戦態勢へと入っていく。
―――好都合だ。
逃げようとする個体がいないのは幸運である。
なにせ、この体はそこまで身体能力が高くない。
ロック・ウィィの強靭な四肢によって生み出される運動能力を、逃走に回されては追いつけないからな。
だが、寧ろ迫ってきてくれるのなら、いくらでも対処できるわ!
「単調だ、もっと技を鍛えろ!」
巨体を生かした前足での押し付け。
しかし、ただ図体の大きさを生かしただけでは、流れを読める”見切り”の前には無意味。
剣の刃で前足を滑らせ、力を側面に流す。
傍から見れば、俺の剣でロック・ウィィが滑り落ちるかのように映ることだろう。
しかし、そんなものは普通の剣士でもできる。
”見切り”の神髄はそんなものではない。
側面に流した力を活かし、返す。
剣を逆手に持ち変えて、柄尻を顎下にぶつける。
いくら重厚な泥の鎧とはいえ、肉体と接触している以上は、衝撃を伝えてしまう。
本来的に与えるはずだった自身の力を半分返されたロック・ウィィは、脳震盪を起こし、気絶した。
「ええい、甘い甘すぎる!!今のままではこの程度か!!」
鈍った、ずいぶんと鈍ってしまった!
返せる力がたったの半分だと!?
温い!前の肉体ならば二倍にして返していたわ!
―――ならば、ロック・ウィィ達には申し訳ないが、俺の肩慣らし相手になってもらう。
「GUUUUUUUUUUUUUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
ますます怒り狂ったのか、ロック・ウィィが方向をあげた。
俺も気を引き締め、柄を握りなおす。
……ふむ。鎧に対して有効なのは斬撃ではなく衝撃だ。
人と人との戦では、刃の代わりに槌を使ったものだが、今はそんなものは存在しない。
故に、剣の腹で代用した。
「――――ッはあ!!」
基本的には突進か押しつけしかしてこないロック・ウィィは対応が簡単だ。
力の流れを見極め、制御する”見切り”の再訓練にはちょうどいい。
突進してきたロック・ウィィの巨大な牙に、刃の腹を当てる。
骨と骨がカチ当たり、盛大な音が響く。
それが摩擦に代わりだす前に、見切った流れを作用させる。
……行う動作は突き上げ。
牙を振り上げる動作は、この巨体ならそれだけで相手に致命傷を与えられるだろう。
そうなる前に、潰す。
――――力が見える。
流れた力は頭蓋を下へ向けさせる。
干渉するならばいまだ。
牙の側面にある剣を、上方へ。
ついでに俺自身の力も込めて、頭を垂れさせることにした。
飛び上がりながら剣の腹を押し付け、ロック・ウィィの頭は魔界の土の下へと陥没していった。
背を台にそのロック・ウィィの背後へ。
動き出しても構わないように関節裏の腱を切りつつ、次を見る。
「――――む」
いかん、暴れすぎたか。
皆が俺を見る目が、すでに変わっていた。
驚愕、呆け、そして……恐怖。
当然だ。得体のしれないものは怖い。
心を持つものならば必ずそう感じるのだ。
…………しかし、ここで暮らしていけなくなるとしても今だけは全力で戦う。
そうでなければ、俺はここで二度目の生を貰えたということに対して、恩返しをすることができなくなってしまうのだから。
そうだ。
俺は、お袋にもギージにも……いや、この鬼牙族の村中に感謝しているのだ。
「故に退けぬ。猪共も遠征軍も、責任をもって打ち払う!」
―――――そして、終わったらこの村を出ていこう。
それが、この村に混乱を招いた俺ができる最後の事だ。
「………………」
無言で剣を構える。
鈍った技術は気合で押し切る。
村の誰一人として怪我すらさせん。
「おいテメェら、俺の娘にだけ働かせるとはどういう了見だ!!!!さっさと動けこのアホ共!!!!!うちの娘になぁ、ケガさせたら承知しねえぞ!!!!!」
「――――なっ!?」
そんな中で、ただ一人だけ、ただ楽しげな視線を向けてきた男がいた。
……ギージ、いや……親父。
親父は黙って俺の後ろに立つと、頭に巻き付けた布がほどけるほど強く頭を撫でてきた。
「リリー。お前がなんでそんなに強いのかとか、そんな細かいことは俺は知らん。俺はサイタスみたいに頭よくないからなぁ」
だけど。
「娘が、父さんと一緒に戦ってくれるっていうんだ。これで張り切らねぇ父親なんていないだろ?」
「…………ああ、そうだな」
俺にとってメイが初めての母親であると同時に、ギージだって初めての父親なのだ。
もともとが男である俺には、少しだけ変な意地があって。
しかし……やはり、本当の子持ちの父親には敵わないものだな……!
「親父、怪我はしないでくれよ」
「馬鹿言え、誰に言ってるんだ。俺はこの村一番の戦士だぞ?」
「……なら、娘がしっかりとその名を継がないといけないな!」
親父が、自身と同じほどの大きさを持つ大剣を取り出した。
俺ももう一度、剣を構えなおす。
さて。
親父と一緒ならば負ける気などしないな、まったく。
…………だから。今更になって初めて呼べた名だけど。
あと少しだけ、親父と呼ぶことを許してくれ。
「リリー?」
「…………」
親父の俺を呼ぶ言葉、それを聞こえないふりをして。
―――ああ、俺はあなたたちの子供として失格なのだろうな。
***
「遠視の魔術の結果なのですが、聖遺物の付近には鬼牙族の村があるようです」
「……なるほど」
「どうしますか?」
本当ならば争いはしない方がいい。
だが、もし魔王を呼ばれたのなら、これほど奥地に来てしまった以上、撤退しきれる保証はどこにもない。
師匠のような戦力を欠いた今の状態では、全滅すらあり得る。
「見つからなければ放置、もし発見されれば――――排除します」
「はッ!了解いたしました!」
いざとなれば、私が時間稼ぎをしなければならないだろう。
……やはり、私には将など向いていないのだ。
「それともう一つ……村の付近で、魔物と鬼牙族が戦闘を起こしている様なのですが……」
「……まさか」
「はい、先ほど我が軍が追い払った魔物です。このままではおそらく、発見されてしまいますが……」
聖剣の場所と村はほど近い。
このあたりの最新の地図を取り出し、場所を確認してみるも、この大軍では見つからずに済む方が奇跡というレベルだろう。
……魔物は聖水を嫌う。
故に、無駄な戦いを避けるために聖水を大量に散布したというのに、それがめぐりめぐって自身の首を絞めることになるとは。
……ああ、つくづく向いていない。
やはり、将とは……王とは、あの人のようなことを言うのだろう。
―――しかし、今は将としての責を負ってしまっている以上、私が決断するしかない。
「―――村を、滅ぼします。全軍、支度を」
「「了解!!」」
…………運命の戦いが幕を開ける。
幼き夢を叶える第一戦が。
かつての面影を追った少女の戦いが。
―――そして、このセカイの命運を決める物語が、始まる。




