14
***
土煙をあげて一匹の巨大なロック・ウィィが現れる。
堅牢な鎧に身を包んだ魔物。
それと相対するはたくましい肉体を持つ三人の若者。
―――――今日この日、とうとう成人の儀が訪れた。
「この私が巫女として見守ろう。健闘を祈る」
一応衆目の前なので口調は気にしつつ、スーガ、バビ、ヴァイツが俺の前に、まるで守るかのように立ち並ぶ。
否、実際に守るためにいるのだ。
一人前の鬼牙族ならば、守るものがあり―――決して、敵に触れさせてはいけない。
もし触れさせてしまったのなら、それは鬼牙族としての名折れであり、恥ずべきこととされている。
数百年、いや数千年にわたり鬼牙族の男たちはこれを守ってきたのだろう。
故に、鬼牙族の女子の情報はセカイに対して一切漏れていないのだ。
鋼の意志と肉体。
それを試すこの成人の儀は、決して馬鹿にすることなどできない、真なる儀式なのだ。
「分かってるとは思うが、俺たちはリリーが危険になる場合を除いて手助けなんてしない。お前たちがくたばりそうになっても、助けることはできない」
「わかってらぁ、ボス!そんなことされたらどっちにしてもこの村じゃ生きていけねぇよ」
「ふむ、わかっているようで何よりだ。おい息子、しっかり戦えよ」
「見てろよ親父、俺様の軽さは力の上にあるっつうことを見せてやる!」
「軽いということを自覚してるなら、治さぬか馬鹿者……」
そんな親子のやり取りに若干の笑いが起きつつも、皆緊張感は取り去られていない。
当たり前だ、今もロック・ウィィは威嚇を続けているのだから。
屈強な前足で地面を削り取る。
その巨躯を支える脚は、大柄な鬼牙族の男ですら蹴り殺せるだけの力を持つだろう。
自然、守られる立場にいる俺の腕にも力が籠もる。
だが、当然―――問題が起きた場合を除いて、俺もこやつらの戦いには手を出せぬ。
戦士の戦いに水を差すなど、同じ戦士としてあり得ないからだ。
そも、これだけの目の中で本気で戦うこともできないという理由もあるがな。
「――――来るぜ……散れ!」
「「――――応ッ!!!!」」
バビとヴァイツがそれぞれ左右に散り、挟撃の構えをとる。
スーガも刃を抜き―――――なんと、正面からロック・ウィィへと挑んでいった。
「…………くく、なんと豪放な……。おもしろい!!こいつは大物になるぞ!」
思わず笑いがこみ上げた。
まさか、自分をすら蹴り殺せるほどの相手に対し、真正面から向かう馬鹿がどこに居ようか!
面白い面白い……なんとまあ、部下にしたい人材であろうか!
「…………足は抑える」
「なら俺は鎧を砕く!」
強固な泥の鎧に身を包んだロック・ウィィとはいえ、関節の継ぎ目などには鎧を付けることができない。
それを瞬時に見抜いたヴァイツは知能派か。
あるいは元から知っていたのか……どちらにしても、力だけで戦うタイプではあるまい。
勇に、知。
二つ、そろった。
ならばあと一つは――――。
「ググララララアラァァァァァァァァ!!!!!!」
腹の底から吐き出すかのような声。
一瞬……バビの身体が膨れ上がったかのような錯覚を覚えた。
作法も戦い方も、技術もない単純明快な殴り。
それが、関節を狙われ、一瞬動きの止まったロック・ウィィの鎧を砕いた。
「おお、そろった!すさまじい怪力だ!」
知、勇に力。
この村には、なかなかの人材が存在している。
だが、ロック・ウィィはまだ倒れない。
当然だ、確かに怪力は凄まじいとはいえ、バビはまだ鬼牙族の中では若い。
巨躯とはいえ、ギージやサイラスには劣る。
しかし、鎧を砕いたというのは大きな前進である。
「……ほう」
スーガの流れを見て、次に何をするつもりなのかを把握した。
自慢の鎧を砕かれたロック・ウィィは攻撃対象をバビに絞り、そちらを向いた。
意識が逸れたその瞬間、スーガは剣を手に瞬く間に接近し、片目を抉り取った。
獣とはいえ、普通の人ならば躊躇する手段をとれるとは、なかなかの戦士ではないか。
相手が魔物とはいえ、自分がされて嫌なことはなかなかできないというのが人の心だ。
それがたとえ自分を殺しかねない相手でも、な。
「――――ふむ、いつの間にか、人間の括りに当然のように入っているのだな」
自分の心にやや驚き、そして納得した。
――――人類も魔族も、人間に変わりはないのだから。
「ヴァイツ、足狙い続けろよ!」
「おいスーガ、そっち行くぞ!」
「分かってらぁ、バビ後ろから殴っちまえ!」
「任せろおおあああああああああああああああああああああああ!」
「………………ふぅむ、楽しそうだの……………………混ざりたいのぉ………………」
自身の力を試す絶好の機会。
戦などという血生臭く、後腐れが面倒なものとは違い、自身の技能と相手の力を存分に出し合い、極限の命を懸けた戦いに挑めるというのは、戦士にとって幸せなことなのだ。
この場、このときにおいては人と魔物の差異などどこにも存在せず、ただこの世に生を受けた存在として、生存を競い合う。
必死であるが故に楽しく、死が近いからこそ生を感じる。
…………ううむ、混ざりたい。
思わず剣に手が掛かるが、これは成人を迎える者達の儀。
俺が邪魔するわけにもいかない。
それでもなおそわそわしていると……。
「もらったあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
攻撃を掠りながらも躱し、切り裂き、刃が欠けても構わぬとばかりに打ちつける。
刃が折れたのなら肉体で。それでもだめなら気合で。
そう体現するかのように戦いを演じる三人。
やがて顕れる、長い戦いによって、何度も殴られ、抉れた鎧に生じた、急所への隙間。
その場所に的確に剣を突き入れたスーガによって―――――ついに、ロック・ウィィの討伐は果たされた。
……直後。
「善しっ!!!よくやったぞ息子!!!!!!」
サイタスを始めとした、大歓声が巻き起こった。
今この瞬間、この者たちは庇護される子供から、庇護する大人になったのだ。
これを喜ばずして、何が大人か。
そう言いたげな村中からの祝福。
俺の賞賛の言葉を送りたいが――――――どうも、そうはいかないようである。
「さて、見事だったぞ、三人とも」
「だろ?お嬢。なかなかのもんだろ!」
「…………ところで、もう数十戦する元気は余っているか?」
「……なん?」
ポカンとした顔。
当然だろうな、これだけ見事な戦いをしたのだ、これから何も考えず祝杯を挙げてもおかしくはない。
…………そうするべきなのだ。
なにせ、こやつらは見事に自身の力を示したのだから。
…………”征王”として、大人として、三人を必ず褒めなければなるまいな。
「さて、そのためには……………」
腰から刃を抜き、先ほどロック・ウィィが現れた場所を見る。
…………ふむ、感じるぞ。
かなり大きい気配を。
恐怖に駆られこちらへと逃走してくる一団の流れを。
厄介だ。
何故なら、これから最低は二戦以上の戦をしなければならないということなのだから。
「伝令!!!ギージさん、まずいですよ!!」
「ど、どうしたクーラン殿」
「群れが…………ロック・ウィィ群れがこちらへ侵攻しています!それだけじゃありません、その背後には、遠征軍も!」
「―――――な」
……なるほど、遠征軍から逃げてきたか。
獣は気配に敏感。
自分たちの群れでは到底かなわない規模の敵が現れたことによって、逃走を開始したのだろう。
そして、おそらくだが……遠征軍を呼んだ原因は俺にある。
クーラン殿がここに来た理由を思い出す。
――――それは、”不滅の剣”を回収しようとしたからだ。
貴重な勇者を生み出す武具を、たった一度の失敗であきらめる?
そんなことはあり得ない。
人類ならば、力をため込み、確実を期して挑んでくるはずだ。
「女と子供達は村へ帰せ!男どもは前へ!…………クーラン殿とサイタスは村へ」
「いえ、私も!」
「人類と戦うのは辛かろう。サイタスは、俺が斃れた場合に……村を」
「……任せておけ」
「辛い役目を、すまんな」
ギージやサイタスから感じるのは、決死の覚悟。
……ランダに聞いた。
今まで外部に鬼牙族の女子の情報が洩れなかったのは、鬼牙族が決死の覚悟をして守り切ったからであり、そしてそれでもなお守れないならば―――――死をもって隠蔽しているからだと。
そうなれば、メイは……お袋は。
「始めてできた母親を亡くすわけにはいくまいに。スーガ、布借りるぞ」
「お嬢……?」
ここまで情報を守り通してきたのだ。
俺がばらしてしまうことはあってはならない。
スーガから借りた一張羅をバンダナのように頭に巻き付け、男共と一緒に敵の来る方へと歩く。
「ちょ、リリー!お前は後ろだ!」
「なに、足手まといにはならん……寧ろ、俺を気にしすぎて足元を掬われんようにな」
もっとも。
鬼牙族の男は強い心を持つ戦士ばかりだ。
そんなことはないだろうがな。
「さて。来るぞ……!」
そして。この体としては初めての戦が始まった。




