12
「さてさて、問題のぶれているロック・ウィィというのは、あいつらか」
気配を殺して忍は、岩と岩の隙間。
進路がぶれるということを聞いた俺は、少しばかり気になってぶれるあたりを聞き込みしてみたのだ。
村長の娘であるという立場も手伝い、情報は比較的容易に手に入った。
其れを図に表わし、このあたりの地形を記した地図をランダから仕入れて照らし合わせてみたところ、もっともロック・ウィィの進路がぶれる場所はこのあたりだった。
動物というのは、基本的に同じ進路を辿るもの。
それは、何世代にもわたって伝えられた、生存本能による最適解であり、動物が魔力によって強力に変化したものである魔獣も、動物としての本能はもちろん備わっているために、同じく進路を辿る習性を持つ。
それがぶれるというのは、確実に”何か”があるということだ。
「………それにしても、見覚えがあるのお……」
蘇る苦い思い出。
魔王ベルゼブブによって殺された地。
まさか、こんな近くにその因縁の場所があるとは思いもしなかったが、クーラン殿が”不滅の剣”捜索中に村に辿り着いたということであるし、おかしくはない。
しかし、これでロック・ウィィが進路をぶれさせる理由もわかってきたな。
おそらくは、問題の”不滅の剣”が原因であろう。
聖剣の類は、常に清浄な力を纏っている。
それは魔を打ち滅ぼすに値する強力無比な力で、魔獣などの低位の魔なるものたちは本能的に忌避するのだ。
例えば、強い力を持った勇者が街にいると、それだけでその街に魔獣が襲い掛かることは少なくなる。
この近くのどこかに俺が置いて行った”不滅の剣”があり、そこから発せられる力のせいでロック・ウィィは進路を変えている……変わっているということは、毎年”不滅の剣”から発せられている力は変動しているのか……?
「ふむ…一考する余地はあるが、とにもかくにも、剣の在処を見つけんとな」
実は、見覚えこそあるが、どこで俺が死んで、剣を置き去りにしたのかよくわかっていない。
ベルゼブブたちを戦闘しながら場所取りなどで移動していたし、もともと地図もないところにせめこんできたために、土地勘など皆無。
この体に生まれ落ちてからも、村の外に出たのは今日が初めてだ。
………内緒で出ているので、ばれないように戻らなければいけない。
いや、それはさておき、そういうことで剣の位置はわかっていないのである。
「………む」
ロック・ウィィが鼻を動かし始めた。
あの魔獣は、鼻が利く。
もちろん、”見切り”によって相手の感知距離とでもいうべき場所を把握し、あらかじめ服すら全部脱ぎ、泥でにおいを隠してはいるが―――安心はできない。
いざとなれば倒す自信もあるにはあるが……まだ不慣れなこの体で争いはしたくないのでな。
どうか、気付かないでいてくれよ……自然、腰にひっさげた剣に手がかかり、力が入った。
「いや違う。探しているのは俺じゃないだと?」
何度も鼻を鳴らして、それが群れ全体に伝播していく。
最終的に、群れすべてのロック・ウィィが向いた先にいたのは、一人の女。
とはいえ、人間ではない。
正確には、人類種ではない……魔物か。
すらっとしたモデル体型で背が高く、服は着ていない。
ゆるっとした金髪が腰まで伸びており、尻の上あたりから、ふさふさしたしっぽが出ていた。
月狼種……か。
人類に味方する魔物である月狼種や森精種の中にも、人類と敵対しているものも少なくはない。
それらは迫害であったり、魔王の寵愛を受けた種の末裔だったりと理由は様々だ。
有名なのは、森精種の中でも特に闇精種と呼ばれるものたちだが……ロック・ウィィと対峙している月狼種は闇精種との混合種というわけでもなさそうだがの。
「ググググ………グガァァァァ!!」
一匹が雄たけびをあげ、魔物の女へ突進を行った。
これはまずい、女は何もせずただ突っ立っているだけだ……助けなければ!
飛び出そうと足に力を込めたとき、女が動いた。
――――ガリッ。
「……グガガゴッ………?!」
魔界のあれた大地は堅い。非常に堅い。
それを、蹴りだけで削り取るほどの脚力、そして無造作に振るわれたにもかかわらず、ロック・ウィィの反応を置き去りにして鎧ごと砕く圧倒的速度と威力―――強い。
「され魔獣。ここはお前たちの来る場所ではないの」
……人類語?
魔界語ではなく、あの魔物は人類語で魔獣に語り掛けた。
なぜ、人類側の言葉を話したのだ?
もしや、人類側から送り込まれてきた人なのだろうか……。
「いったん退却するかの。あの女子は一人で戦えるようだし」
ロック・ウィィの進路変更のもう一つの理由は、彼女かもしれないなぁ。
一人でロック・ウィィを始末できるのだったら、それを脅威を判断し逃げてくることだってある。
動物は賢いからな。
おそらく、率先して襲い掛かったのはリーダーだったのだろう。
ロック・ウィィの群れは鎧を砕かれたとみるや進路を変え、はるか遠くへ去っていった。
あの女子は、敵対しなければ攻撃をしてこないのだろう。
おうことはせず、その付近に佇んでいた。
……ならば、俺も出ても問題なかろう。
岩の隙間から体を出し、村への道を辿ろうとする。
後ろから、何か息をのむ気配がした。
「なんだ?」
「あな…………たは………?」
「うむ……なんとなのったらいいのかの。まあ、リリーだ。リリー・リアラ。ロック・ウィィの撃退、見事だったぞ」
「あ、ちょっと、待つの!」
「む?」
「あなたは―――あなたの名は――――――」
ガァァァァァァン!!。
特大の銅鑼の音が響く。
これは―――村全体の招集か?
……いかん、泥を洗い流して、急いで戻らねばいろいろ追及され、面倒なことになりかねんぞ…!
「すまん、また今度でよいか?!」
「ダメなの!あ、待って!?」
「本当にすまんな、急ぎなのだー!」
「………もう、いつもあなたは!私はここにいるの、必ず会いに来るの!」
「うむ、わかった!!………いつも?」
俺を知っているかのような口ぶり。
やはり、知り合いか…?
気配的にも、確かに誰かに似ている気がするのだが――――しかし、微妙に違う気もする。
うむむ……俺の”見切り”が鈍ったとでもいうのか?
まさか、そんなこともあり得ないと思うのだが―――。
思考はそこまでで、これ以上は全力で走らなければ招集に間に合わない。
急いで、村まで走って行った。
後ろを振り返れば、静かに立ち止まる女の姿があった。
***
「まに……あった……か?」
人目を忍びつつ、水を浴びて泥を洗い流して……新しい服を着る時間はないから、外に放置した結果少々泥がついてそのままの服だが、まあそんなに目立つまい。
「お?リリー!遅いぞ」
「いやすまん、少々外に出ていてな」
「……外ですか?」
「まあ、ただの散策よ。気にするな」
「あらリリー?泥がついていますよ」
「む………すまん」
「いえいえ、ちょっとじっとしていてくださいね」
村の中央に存在する広場―――大人の鬼牙族が模擬戦をしていたところだ。
そこに集まっている者どもによってつくられた人だかりの最も外縁にいた、ゼノとローダ、そしてメイに合流する。
さすが母親、目立たない程度に泥を落としても、気付くものだな。
それにしても、すごい人だ……。
村全員が集まっているのだろう、大きな広間なのにもかかわらず、周囲の道にあふれる人が出てきていた。
もともと身体の大きい鬼牙族だ。
いかに鬼牙族に合わせて設計されているにしても、完全に人員オーバーであった。
「では、これより重大な連絡をする―――お、リリー!ちょっとこーい!」
村長として中心にいるギージに、手招きをされた。
人だかりの外縁にいても、村の中でも一二を争うほどの巨体であるギージは、俺を見つけることができるらしいな。
……いいなぁ、そんな体。
産んでもらったこの体に文句もあるが、愛着も一応はある。
……まあ、なんだ。
孤児だった俺はほとんど親の愛を知らぬしな。
いろいろ新鮮だったのだ。
「なんだ?」
「みんな、この娘が―――俺の愛娘のリリーだ!」
それを紹介するために呼んだのか……。
子煩悩だのー………。
「自慢するなー!」
「子供も美人だけどな!くっそ、メイが嫁さんだなんてうらやましいぜ!」
「俺の初恋相手を………!」
「ふっはっはっはっは!自慢の娘よ!」
……すまぬ、本当にすまぬ。
その自慢の愛娘の正体は、元人類の勇者の、おっさんなのだ……。
いや、しかし……それでも親にこう誇られると、うれしいものだ。
……美人評価などがなければだが。
そればかりはうれしくないぞー…。
そしてだ、メイは人気者なのだな。
まあ、美人であるのは子である俺から見ても明らかだから、男どもが取り合っててもなんらおかしくない。
当の本人は照れていた。
……いや、本当に我が母親ながら………うむ。
「ごほん……では、本題に入ろう。今日より二日後、成人の儀を執り行う!」
「お、やっとか」
「ここ最近は時期もぶれてたしな」
「サイタス、今年の挑戦者をあげてくれ」
「ああ、わかった」
ギージに呼ばれて現れたのは、大柄なギージとほとんど変わらないほどの体格を持つ、ギージから荒っぽさを抜いて知的さを当てはめたような印象の男だった。
頭の上には、岩と草をモチーフにした金属の飾りが乗っかっており、立場的にも村長であるギージと同格なのだろう。
「あ、親父だ」
「……む」
遠くのゼノの口が、そう形作った。
そうか、この御仁がゼノの父君か。
……む?ということは、ゼノはなかなかいい家の出身なのではないだろうか。
では、ゼノを舎弟にしていたあの悪ガキどもが偉そうにふるまっていたのは、名家の跡継ぎになるかもしれないゼノが身内にいたからなのかもしれん。
「今年の挑戦者は三名だ。まずは、私の息子であるスーガ!」
父君――サイタスの声で、周りの人だかりが開く。
そこを堂々たる足取りで歩いてきたのは、ゼノの体格がさらに大きくなり、ちょっとばかり軽めの雰囲気を持つ男だ。
雰囲気こそ軽めとはいえ、その眼光は鋭く、油断も慢心も存在していない。
右手には、俺が今腰に付けているのと同じような、剣を持っていた。
成人の儀で使用する、自身の角から削り出された剣だろう。
「次いでバビ!」
「うおおおおおお!!勝つぞ!!」
「ヴァイツ!」
「………!!!」
呼ばれたあと二人は、一人は荒々しく、もう一人は静かに拳を突き立てながら中央に顕れた。
「そして、ここにいるリリーには、村長の娘として、巫女の役割を演じてもらう。……まあ未届人として、同席してもらうということだ」
ギージが俺を呼んだのは、子煩悩だからだけではなかったのか。
……いや、混じっている気もするが。
それにしても、巫女……か。
「お嬢、勇敢なる戦士の戦いを、あなたに―――」
「……茶化すな茶化すな。しっかりと見届ける」
ふざけて手の甲に口づけをしつつそんなことを言うスーガにあきれつつ、見届けることを約束した。
二日後か――――――うむ、見るのが楽しみである。
その後、ギージの解散の合図によって、一気に人が捌けていったのであった。
***
「将軍、地図の用意完了しました!」
「ご苦労様です。……では、準備は済んだということですね」
「ハッ!!」
騎士の甲冑に身を包んだ兵士は、私の言葉にそう答える。
その騎士の鎧は、まだ傷一つなく、初陣なのだろう。
この初々しさは、私も覚えがある―――気分が高揚して、収まらないのだ。
師であるあの人に、見てもらいたくて。ほめてもらいたくて。
……チクリと痛む胸を隠しつつ、後ろを振り向く。
大量の馬車に積まれた物資を見て、その前にいる兵士たちの目を見る。
「今回の遠征は、少数精鋭などではなく、大軍団による確実な聖剣の回収です。しかし、魔王と遭遇すれば、この軍団でも危険がある―――ゆえに、魔王クラスの敵と合えば、即時撤退を申し付けます」
「いやしかし、それでは―――」
「貴重な兵を喪うわけにはいきません―――頼みますから」
「………そうでした、あの地は」
そう、リングスウェイ―――師匠の死した場所。
もうこれ以上の無駄な犠牲は見たくない。
「誰も犠牲を出さず―――聖剣を回収します。では―――いざ、出陣です!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
一斉に鬨の声が上がり、地鳴りかと聞き違うほどの足音をあげて、私たちは出陣した。
魔界へ向けて―――。




