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翌日。
ランダの婆さんのところに向かっていると、大人の鬼牙族の模擬戦を目にした。
模擬戦をやっているのは、村の中央の広場。
ランダの屋台は、その向こう側にあるので、そこを通過しようとしたときに見つけたのだ。
大柄な鬼牙族の男が、片方は棍棒、片方は大剣をもって戦っている。
とはいえ、さすがに刃などはつぶしてあるが。
「行け!倒せ!」
「まけんな、オルバ!」
「ぐぉぉぉぉ?!」
「貰ったぞ!」
今は大剣持ちの方が押されている状況。
周囲には観客が集まり、ちょっとした催し物みたいになっている。
……それにしても、改めて思うのは、鬼牙族の体のでかさだ。
俺の身長は、今の時点でだいたい130㎝くらい。
それに比べ、鬼牙族の大人の男は3mを優に超し、その特徴である角は50㎝から、長いものは一mにも及ぶ。
昨日ギージに、今俺が背中にかけている片手剣の逸話を聞いてみたところ、大人になる男の鬼牙族は、五歳になると成人の儀というものをやるらしい。
その成人の儀というのは、成人する鬼牙族の男児が一人で堅い鎧に覆われた巨大な猪型の魔獣、ロック・ウィィを倒すという物なのだそうだ。
その時に使う武器が、自身の角を加工して作った武器であり、今俺が下げている剣だ。
まあ、この武器はほとんどの場合で、この成人の儀でしか使われないらしいのだが。
しかし、鬼牙族の男児は成人の儀が終わった後もみな取っておくのだそうだ。そして、子供ができたときにお守り代わりだったり、練習用だったりと理由は違えど、必ず渡すらしい(ただし、本来なら男に限る)。
「バッタルの勝ちだ!」
「よっしゃあ!」
「あー!くそ、負けた!!」
気づくと、周りから歓声が上がっていた。
模擬戦が終了していたらしい。
勝負は、棍棒持ちの方が勝ったようである。
……成人の儀か。
あれは男しかできないそうだが、女の姿である俺でも見ることはできる。
今年の成人の儀、観戦させてもらおう。
「さて、そろそろランダのところに向かうか」
今日の訓練に備えるためにな。
***
「長老ー、邪魔するぞー」
「リリーか。いらっしゃい。今日は遅かったじゃないか」
「うむ、村で模擬戦をやっていてな。つい見入ってしまったよ」
「血が騒ぐかい?」
「俺は戦闘狂ではないぞ。楽しそうだとは思ったが」
本音を言えば、俺も戦ってみたいが、今はその願望はかなうまい。
とりあえず、いくつか本を物色させてもらうか。
今日ここに来たのは、歴史を教えてもらう以外にもローダに魔法構造を教えるための教材集めでもある。
だいたいの場合、魔法は本に記述されており、魔法使いはそれを見て、勉強し自分のものにするのである。
ローダのように魔法の構造を自力で作り上げるのは、本来ならば魔躁師と呼ばれる魔法を新たに作り出すことを生業としている研究者がやることであり、魔法使いの仕事ではない。
魔法を使い才能と魔法を造る才能は別物なのだ。
……つまりこれは、ローダは両方の才能を持っているということだが。
いやはや、弟子ながらに末恐ろしい。
生前に取った三人の弟子もそうだが、俺は弟子に恵まれるという星の巡りにあるらしい。
「……見つからんな」
「何を探しているんだい」
「魔法本」
「こっちだ」
奥に引っ込んだランダについていき、角を曲がると本を渡された。
分厚い革の装丁。
開いてみると、丁寧に羊皮紙で作られており、年代を感じさせられる。
保存状態はいいようで、虫食いや黄ばみはなかった。
「それは私が作った本だ。かなり昔のことになるがね」
「あんたが?というか、作れたのか、本と魔法」
「五百年くらい前に、詳しく学んだ……学ばされた?ことがあってね。その時に作ったんだ。まあ、時代が時代だから、かなり前の魔法になるが」
魔法は研究され、発展していく学問だ。
基本的には、新しい魔法の方が強い。
渡されたものをぺらぺらめくる。
ふむ、よくわからんな。
魔法の構造は、ほとんどが精密に描かれた魔方陣で表わされる。
中には、俺が昨日ローダに教えたみたいに、詞の魔法構造も存在しているが、そういったものはだいたいが単一の効果であり、効果も微弱であることが多い。
まあ、よくわからなくても、わかることがある。
それは、この魔法構造が人間のものであるということだ。
かつての弟子、森精族出身であるシリアは魔法が得意だった。
その魔法の勉強などを覗いたことがあるが、使われている文字や、記号などに共通部分がある。
「人間とともに行動していたことがあったのか?」
「ああ。今はもう昔のことだがね。その一人に魔法使いがいたのさ。そいつはとても強く、才能もあったが……いかんせん、教える能力が欠如しすぎていた。そのアホの代わりに私が教鞭をとることになってね、その時にその魔法使いからいろいろ教えてもらいながら作った教材が、その本だよ」
「……アホ?」
「ああ、大馬鹿の大アホだ。あいつほど才能を無駄遣いし、欲望に忠実に生きた魔法使いは知らないほどに」
長く生きたランダがそこまで言う人間の魔法使い……あってみたい気もするな。
「それでいいなら持っていきな。ただし、私の本屋にはそれしか魔法の本はないからね。……そもそも、鬼牙族の本屋に人間の魔法の本を置いても意味ないんだから」
「人間の魔法は魔物には使えないのか?」
「なんだったかな……そう、防衛術っていうのを掛けているから、人類種と特定の魔物しか人類の魔法は使えないようになってるそうだ。私はそれの例外になっているみたいだから使うことはできるがね……」
「魔物も魔法を使っている気がするが…?」
「あれはルシファー様が人間の魔法を模倣した劣化品だ。人間の魔法とは強さも違うし、使える者の種類も魔法の多彩さも限られる」
「初耳だ……そんなことになっていたのか」
いや、問題はなぜ人間であった俺ですら知りえなかった情報をランダが持っているということなのだが。
……数百年前に行動を共にしていた人間というのは、まさか………?
いや、それを喪ってしまったランダにそのことを聞くのは善くないな。
「では、貰って行ってく、大切に使わせてもらおう。……それはそれとして、歴史の勉強を頼んでもいいか?」
「任せておけ」
***
「今回もいい勉強になったな」
ランダの店でしばし勉強をし、今は二人の訓練のために家に帰る途中だ。
今回は、ランダに魔界の大雑把な成り立ちを教えてもらったのだが、これがまた興味深かった。
生前にいた、人類側の歴史とは違う箇所がいくつも存在していたからだ。
まず一つ。
戦争の始まりについてだ。
もっとも直接的な原因は、遥かなる太古にこの大陸、魔界が人類の住まう大陸、天地に近づいたこと。
そこは人類側と同じである。
ただ、戦争を仕掛けた相手は決して魔界側からではないらしい。
魔界を総べる七大魔王は、もっとも最初に人類を相対したとき、
「何て弱い生き物だ。戦う価値すらない」
そう結論付けた。
そうして、人類など放っておけ、襲ってきたら適当に追い返せといったらしい。
魔物は、その命を守り、行うことは正当防衛だけだった。
しかし、人類が何度も何度も戦闘を仕掛けるうちに、魔物にも大きく被害が発生するようになった。原因は魔法の発明だといわれている。
これには七大魔王も予想外だったようで、魔界は天地を本格的に侵略し始めた。
これが、事の始まりだそうだ。
人類史にはもっと簡潔に、魔界が戦争を仕掛けた、そう記述されている。
――さて、どちらが真実なのだろうか。
もし魔界側が真実だった場合、”敵は魔物””悪者は魔物”、その概念が覆ることになる。
次に、勇者について。
聖遺物である武器を手に、魔物や時として魔王とすら戦う、人類最強の守護者。
意外なことに、勇者は戦争最初期からいたわけではないらしいのだ。
だいたい戦争中期で生まれはじめ、それと同時に、状況さえ整えば魔王とすら対等に戦って見せる勇者が生まれたことで戦争は過激になった。
皮肉なものだ。
また、勇者が生まれたころに、いつの間にか俺の不滅の剣のような聖遺物ができていたらしい。
「人類側と魔界側の認識の差異……戦争の始まりなども調べてみる必要があるか」
ただし、そのためにはこの村の中にずっといるわけにはいかないだろうが、な。
門をくぐり家の中へ。
「うおっ?!おま!?」
水場で全裸で体の泥を洗い流しているゼノの横を通り抜けていく。
集合一時間前――だいたい十二時頃だが、やはり来ていたか。
おそらく、ローダもいるだろう。
「師匠!」
「ローダ。いらっしゃい」
「はい!」
「ところで、ゼノが水場で水を浴びていたが、いったいなぜだ?」
「ギージさんと戦ってました!」
「模擬戦か」
まあ、ギージなら手加減をいい感じにしてくれるだろう。
心配いらないな。
それよりも俺のめしだ。
「お袋ー?」
「はーい、ご飯できてますよ」
メイのおいしいご飯を戴いて――今日もまた特訓が始まった。
***
ローダは魔法の勉強中。
模擬戦が気になるようで意識がちょくちょくこちらに向いているのを感じるがな。
さて、その模擬戦。俺とゼノは、得物を使った戦闘の訓練中だ。
若いというのはいいものだな。
教えたことをすぐに覚えてくれる。もちろん、俺の弟子たちの出来がいいということもあるが。
この分では、あと少しの訓練で基礎的なすべて技能は覚えてしまうかもしれない。
そうなったら、俺の出番はもう終わりだ。
俺はあくまで基本だけを教えるだけ。
それ以降は、自分で考え、自分で見つけ出すべきものだからだ。
「行くぞ!」
「おうぞ、かかってこい」
ゼノは突進してきた。
大柄な体と、得物の棍棒を考えれば、当然の行動か。
まあ、しばらくは逃げに徹するとするか。
風切り音をならして振り下ろされた棍棒。
棍棒はゼノの右腕に持たれているため、直線的に振り下ろされればもちろん反対側の左ががら空きになる。
本来ならばそこに剣を叩き込むが、これはゼノへの訓練だ。
そうしたところで意味はない。
俺は跳躍すると、ゼノの肩に飛び乗り、背後へ。
「後ろ!」
「おっと」
勘がいい。
俺が後ろへ移動したという”事実”から、おおよその移動位置を割り出し、勘で攻撃して見せた。
棍棒は俺の目の前をからぶっていく。
危ない危ない。
ゼノは棍棒を引き戻し、再度突進。
しかし、今度は途中で棍棒を投げつけてきた。
もちろん避けるが、避けたことでゼノの利き手側、右側に移動させられた。
本命の攻撃を充てるための詰め手に棍棒を使ったのだ。
その判断は正しい。
なぜなら、俺は獲物を使った訓練とは言ったが、得物以外を使ってはいけないなどといっていないからだ。
ちゃんと後ろの言葉まで読めているようで大変結構!
「もら―――ったぁ!?」
「甘い甘い。この程度で驚いてはいけないぞ」
驚いた理由は至極簡単。
俺が一切何も構えずにゼノの目の前に移動したからだ。
いきなり謎の行動をした俺に、ゼノは一瞬何をするのかという考えが浮かび、動作が停止した。
そこですかさず足を出す。
ゼノは意識が別のところへ飛んだ一瞬のうちに俺の足に足をひっかけ、ずっこけた。
「ぐごごごご」
「かか、相手が何をしても冷静でいられるようにならぬといけないぞ。戦場で意外な行動をしてくる相手などいくらでもいる。そんなのに足をすくわれて死にたくはないだろう?」
今の技術だって、暗殺者の真似事だ。
本物は、もっと強力にやって見せる。
地面とキスをしているゼノの上に座りながら言う。
「ああ!ギージさんとやった時は単純な力で負けて、リリーとやったら駆け引きで負けだ!くっそ、悔しい!」
「悔しいという感情は強くなるスパイスだ。しっかり持てよ。……ふむ、ギージには力で負けたのか」
大人の体格と、俺に比べれば大柄とはいえ、まだ子供のゼノ。
確かに、力の差は圧倒的だ。
さらに、ギージは手加減していただろうしな。
鬼牙族は、怪力自慢の魔物。
その殴りは地面をえぐるほどだ。
魔法親和性は低いものの、肉体の頑強さと力強さなら魔物の中でも高い水準にある。
……ひとつ、裏ワザを教えてやるかの。
「ゼノ、立て」
「おう。……まずお前が下りろよ」
「ああすまん。……さて、お前に一つ技を伝授しよう」
「―――技?」
「そうだ。これがあれば、一瞬だけならギージにも対抗できる―――かもしれない」
「まじか!ぜひに!お願いします!」
「まあ、原理は簡単なんだがな。発勁という技術だ」
目の前でやって見せる。
用意したのは、そこらへんに落ちてた丸太だ。
もちろん、俺には持てないので、ゼノが持っている。
「……で、ど、どうするんだ…?」
「まあ、見ておれ。……これを、こうだ」
普段は意識しないで使っているその技術を分かりやすく行う。
30㎝ほどの距離から、体全体の流れを制御して、力を流す。
足から生まれた力を、体の中を通して腕へ伝えて、蓄えるイメージ。そして、丸太に当たった瞬間に、放つ――!
俺の何の変哲もない掌底が当たった瞬間、丸太は真っ二つに割れた。
「……!?うおおお!?」
「これが発頸。体内部の力を淀ませずに流すことで、一瞬だけではあるが高い力を出すことができるようになる技術だ」
もちろん、学ぶのは大変だが。
流れを感覚的に理解できるおれですら1か月かかったのだからな。
「――学ぶか?」
「もちろん!たのんだぜ、リリー!」
「はは、任せておけ」
向上心のある弟子がそろって、よいことだ。
やはり、ゼノを誘ったのは正解だった。
さて、もういい時間か。
最後のゼノとローダの模擬戦の時間だな。
そのまえに、ローダを見てくるとしようか。
このセカイは、西暦で表すと1200年くらいです。
200年くらいの時に魔界接触、戦闘開始です。
もっと話が進んだら作中でも説明しますが、わかりやすくしたかったのでここでいったん説明します。




